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出会って一年で、すっかり後輩に攻略される  作者: 無味乾燥
九月の人事異動
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体裁

 PCのメーラーが新着メッセージの受信を告げる。その送信者を確認して、僕は意外な心境になった。


「連城さん……」

 ぽつりと相手の名前を零す。先にメールを送信したのは僕の方だったけれど、返信は少なくともあと一日二日は後になると思っていた。


 しかし、その内容を確認して、僕は結局顔をしかめる。


『連絡ありがとうございます。最近引継ぎ業務で多忙となっており、候補日が少ないことをお許しください。二十八日(金)であれば可能です。いかがでしょうか。』

 月末の金曜日ということになれば、少なくとも基礎探索グループの数名は参加できないだろう。僕も何か予定が入っていなかったとカレンダーアプリもデスクトップ上で起動する。


「わざとだな、多分」

 自分が参加しないため失念していたが、今月末の金曜日は生物安全性学会という非常にマイナーな学会のシンポジウムが開催される。生物学実験における細菌やウイルスの取り扱いに関する演題が毎年多数講演されるが、室田さんが演者となっているために、町田さんと室田さんは仙台へ出張予定だ。


 この二人が参加不可となれば、開催は難しいだろう。不在がこの二人でなければ。例えば僕や恵さん、井川さんあたりであったなら、全員参加の形は諦めて強制開催も可能だったのだが。


 ぎしと背もたれに身を預け、天井を仰いでいると、ちょうど町田さんがすぐそばを通りかかった。


「あ、秋葉くん。なんか大変そうだね」

 顔には出さないけれど、なんとも腹立たしいことに彼はスティック状のパンを口に加えたままこちらに顔を向けていた。


 僕だけが悩むのは御免だから、ここぞとばかりに僕は町田さんを巻き込むことに決める。


「町田さん、ちょうどいいところに」

 

「ちょっと立て込んでるんだけど」


「全く説得力がありませんよ」

 そういって、手元のPC画面を反転させ、町田さんにその画面を提示した。そこには、僕と連城さんのやり取りが、一連のボックスに格納されている。壮行会開催の日程調整のために僕が先日送った、連城さんの予定を伺うためのメールと、たった今僕が確認しメールだ。


 加えていたパンを一度左手に持ち直してから、町田さんは画面をのぞき込む。

「あぁ、あぁ、だから幹事の腕の見せ所だって言ったのに」


「誰が聞いてもこうなっていた自信があります」


「とにかく二十八はダメだね。僕は最悪不参加でも……。というよりその方が上手く会が回りそうだけど」


「いえ、町田さんも出てくださらないと困りますよ。GMなんですから」

 聞こえていたはずではあるけれど、それについては言及せず。


「室田さんもいないのはちょっとなぁ」


「やっぱりそうですよね……」

 それきり、キーボードを打つ手を止めた僕を町田さんは怪訝な顔で見つめる。


「リスケしかないでしょ。さっさと連城さんに連絡しないと」


「いや、無理ですよ。どうせ連城さん、分かってて敢えてこの日程しか無理だと言って来てますから」


「そういう決めつけは、良くないと思うけどな」

 町田さんお得意の、知らぬ存ぜぬである。


「本当にやらなきゃいけないものですか?」


「そこは絶対だよ。うちのグループの評判に関わる部分だからね」


「むりやり会を開いたほうが、連城さんにとって印象は悪いと思いますが」


「ぶっちゃけた話ね」

 左手に持ったままであったパンを一口頬張ってから、町田さんは続ける。

「連城さんには何と思われようがどうだっていいんだよ。要は、彼女以外の多くの人たちにどう思われるかという問題で」


「話が見えないんですが」

 僕は首を傾げる。


「連城さんのメールの文面を見ている限り、彼女が壮行会を開くことをのぞんでいないのは明らかがけど、別に連城さん自らがそう言ったわけではないでしょ」


「まあ、それはそうです」


「つまり、あっちもあっちで体裁だけは気にしているんだよ。気にしないんだったら、開催する暇などありませんと一刀両断すればいいわけだから。だからこっちも体裁だけは大切にする。連城さんが生体情報部で誰かと仲良くなった時、『私のための送別会を開いてもらえなかった』と噂を流されるか、『断ったけどわざわざ壮行会を開かれた』と吹聴されるの、どっちが印象悪いかわかるよね?」

 町田さんはどこか遠い目をしている。これ以上断り続けても埒が明かないだろうから、僕は口を開く。


「言いたいことは分かりましたが、では、この状況はどうすればいいんですかね」


「メールを打っても断られると分かってるなら直接話して説得するしかないよね?」


「本気で言ってるんですか」


「もちろん。まあ、僕が出向きたいところだけど、それではさらに事が拗れるだけだろうしね。グループの中ではそうだな、きみか朝比奈くんにしか頼めない仕事だ」


「分かりましたよ……」

 力なく僕は頷く。緩慢な仕草でPCを引き寄せてから、僕はメッセージへの返信の文言を考え始めた。そして最後に、一つ。先日の試薬のお礼を言いたいので、異動前に一度だけ昼食をご一緒させてもらえませんかと付け加えた。


 これは、最悪の場合のセーフティネットを用意しておかなければ。


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