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出会って一年で、すっかり後輩に攻略される  作者: 無味乾燥
八月の特許申請
74/121

譲渡

八月編お仕事パートはほぼ終了です。

次話、七月からおあずけしていたあの娘とのお出かけ。

「国内だけなら、百二十四件でした。意外に少ないと言えます」

 僕と香月さんと町田さんを前にして、滝川はよどみのない口調で告げた。


「では残りを我々で引き受ければいいということですね」

 香月さんは受け取った電子ファイルを開きながら告げる。M2の特許申請にあたって、その新規性を確認するために収集してもらっていた情報だった。数百件規模での確認作業を行わなければならないと覚悟していた分、香月さんも機嫌がよさそうである。


 おそらくは、滝川の事前のスクリーニングが効いているのだろう。


「M2のデータ採取に実際に関わっておられるお二人なら概要欄だけで判断可能な案件もあるでしょうから、実際に請求項の内容を子細に把握しなければならいものは数件でしょう」


「その件数だと助かります。香月さん、とりあえず自分が見ましょうか?」


「いえ、半々でいいでしょう。後程半分ほどリストを渡します」


 すると、僕たちのやり取りが一通り終了したと判断したのか滝川が再び口を開く。

「あの、ではこれで情報スクリーニングに関しては十分だと思うのですが……」


「どうかしたのかな? 芳しくない様子だけど」

 一瞬言いよどんだ滝川に、町田さんが先を促す。


「その、申請書類作成の件もあるので、そろそろ筆頭発明者の方を決めないといけません。私の方では、あまりその辺りの事情を聴いていませんが、その件でその、少々揉めていると、伺ったのですが」

 町田さんが苦い顔をする。彼も出来れば不要ないざこざは避けたいタイプの人種だということだ。滝川の方も、優秀と周囲に認知されているだけのことはやはりあるようで、余計な火種になりそうな案件に関しては早めに潰しておくのがいいと考えているのだろう。

 

「確か、抗体医薬からのクレームが入ったのですよね? 現行ではプロジェクトの全権を委任されているのですからそんなものは無視していればいいでしょう」

 香月さんは町田さんへ向き直って言う。


「そりゃ、きみの立場からしたらそうだろう」

 町田さんのその発言に。


「私はなにも手柄欲しさに言っているのではありませんよ。いちいちそんな苦情を聞き入れていては仕事など一向に進まないと言っているんです。なんなら、筆頭に関しては秋葉くんでも構いませんが」

 香月さんが反論する。僕の名前を出したのは例え話だとは思うけれど。


「い、一応言っておきますが、僕はどちらかというと筆頭はいやですよ」

 そんなことをすれば、森下さんに何をされるか分かったものではない。


「できれば、そういった話合いは結論が出てから我々に。もちろん早めに決めていただくことは我々としても歓迎なのですが」

 すると、滝川はいざこざに巻き込まれるのはごめんだと思ったのか、遠慮がちにではあるけれど、そう言った。


「かといって、向こうの主張を無視するのもなぁ」

 ぎし、と町田さんは背もたれに深く身を預ける。僕も、これ以上森下さんとの関係悪化は望むところではなかった。もっとももう改善は不可能かもしれないけれど。


「かといって、申請だけして成果をむこうに渡すわけにはいかないでしょう。お人よしだけでやっているわけではないのですから。こういうのは悩んだ者が損をするんです」


「まあ、仕方ないかなぁ……」

 そう話が収まりそうになったところで。僕は仕方なく溜息をついた。おそらくこの提案はまた僕自身の仕事量を増やす結果につながってしまうけれど。この状況では背に腹は代えられない。


「あの、あくまでもアイディア段階なのですが」

 ぴくと町田さんが反応を示す。


「何かあるの?」

 その視線には少しだけ期待が込められれている気がした。こういった場面で僕の小賢しい悪知恵が良い方向に機能することはこれまでにもたまにあったからだろうか。こくりと頷いてから僕は続ける。

 

「申請をもう一件出してはどうですか? 一件はM2で、もう一件はその効能評価のために構築した免疫ネットワークモデルで」

 

 数秒、その場に沈黙が下りる。僕はそれに耐えられなくなって、思わず説明を加えた。


「M2の件はあちらに譲って、評価モデルは完全にこちらのオリジナルですから文句はでないでしょう。もともと予定していたウチの成果もまあ、なんとか出せる形になります」


 そうこうしているうちに、意外なところから助け船が入る。

「あの、このタイミングで言うのもなんですが。実は私はそのようにご提案しようとも思っていたんです。知財グループとしては、その方がおススメですよと」

 確かに、考えてみれば、グループの立場的に、滝川は僕の意見に賛成しやすそうだ。予定していなかった知財案件が二つも舞い込むことになるのだから。


「それ、いいかもねぇ……」

 すると同調するように町田さんも頷く。


「我々の方のスクリーニングはイチからやり直しということになりますが」

 香月さんだけはやや不満顔で告げた。途端に、町田さんが、ばっと僕に視線を向ける。


 はぁ、と小さく溜息をついてから僕はそれに答える。想定していた内容だから、落胆もまあ少なくて済む。


「ええと……、その辺りは僕が請け負いますよ。香月さんには迷惑かけません」

 というよりも、香月さんにとっては元の申請書類の内容が抗体医薬マターになる分、新規の案件に関わらないのであれば業務量的には歓迎すべき結果である。


 気休めにすぎないとは思うけれど、なんとか二グループの関係悪化を食い止めるきっかけになればいいとは思う。最後に僕自身の仕事が膨らんでしまうのは、甘んじて受け入れるべきお約束ということなのだろうか。


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