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出会って一年で、すっかり後輩に攻略される  作者: 無味乾燥
七月の研究交流会
65/121

ちから技

七月編は明日で完結です。

「以上になります。村瀬さんの方から、何かコメントはありますか」

 さすがにその瞬間だけは、少しだけ片山さんが緊張してるのが伺える。部門長は相変わらず、何を考えているのかが分かりにくいいつもの表情を見せていた。


 しかしその一言目は柔らかい言葉だった。

「うん、分かりやすくまとめてくれている。大筋を変更する必要はないだろう。いくつか質問をしてもいいね?」


「かまいません」


「まず、アンケートの件で、ええ、確か参加者が六百くらいということだったがこちらはどのくらい回収できたのかな」


「確か、二百人分ほど。回答率が三十パーセント程ということですね」

 この件は僕たちの間でも一度話題に上がった。やや低いけれど、母数が大きい分十分信頼できる数が集まったと言うのが僕たちの見解だ。


「やや低いが、まあ統計をとるなら問題ないくらいだな。次からはもう少し回収できるように考えてくれるかな?」


「その点に関しては、次回から開催後にウェブアンケートをメールで配送するのがいいという話になっています。その方が集計も楽なようなので」

 こくりと右島さんが頷く。


「いいね。じゃあ次に……」

 自らのメモ帳に一旦視線を落としてから、部門長は続ける。

「参加人数の件だけど。確か前回の報告の際、部門別の参加者も見せてくれていたね。今回は他部門からの参加者はどの程度だったかね。それも評価に加えた方がいいように思うのだが」


 瞬間的に。片山さんの表情が曇ったのを感じ取る。

「今回は、そのデータを集計していないんです」


 ぴくと部門長の眉が動く。

「何故? 他部門からの参加者の少なさは課題だったんだろう? それに受付で来場者の所属は分かるようになっているはずだが」

 おそらく部門長は単純に疑問を抱いてそれを問うたのだろう。


「あ、いえ。その、それはそうなのですが」

 しかし片山さんはそれを問い詰めれたと感じたようだった。

 

 その様子を見て、一つ溜息をついた右島さんが口を開く。こういうことは早めに言っておくのがいいのだと言わんばかりに、一息に真実を口にする。

「村瀬さん、すみません。実はさっきの来場者の数字はあくまで推測なんです」


「どういうことかな」

 少しずつ部門長の表情が鋭くなる。それはおそらく、僕たちを責めるための鋭さではなくて、事の真相を見間違えないための鋭さだ。


「実は今回、運営の人数不足を補うために、」


「右島っ」

 それを制しようとした片山さんに右島さんは冷ややかな一瞥してから、続けた。


「運営の人数不足を補うために初めて受付を来場者のセルフ形式にしたのですが、会場の入り口が広すぎることや、複数あったことが良くなかったのか、受付に気付かない方が多くいたんです。それで、これは集計後に明らかになったのですが、どうやら多くの参加者がフリーで会場入りしていたようで。実際に受付されていた人の数は、三百五十人程でした」

 右島さんは、ありのままを述べている。真実を話すにしたって、片山さんがああいう報告の仕方をしてしまった以上、そこまで正直に述べることはないと、僕は思うけれど。


「ん? では、六百という数字はいったいどこから出てきたんだ? まさかでっち上げではないんだろう?」

 たらと背中に冷や汗が流れる。その部門長の様子に、右島さんは慌てて付け加えた。


「でっち上げではありません。確実に開場にいらっしゃった方というのが一定数いらっしゃいましたので、その方々の中で何割が受付登録をされていたのかは分かります。その割合を参加者全体にも当てはめて全体の人数を逆算しました」


「なるほど」

 部門長は蓄えた髭に手をやって、何やら思案している。やがて。

「まあ、確かにでたらめとは言えないが、根拠に乏しいね」

 そう、呟いた。


「この数値を出そうと言い出したのは、君か」

 すっと、鋭い視線が片山さんへ向けられる。


「え、ええ。ただ、実際会場にいた感覚からも」


「感覚などと言われても誰も信用できんだろう」

 その言葉を聞いて、限界だなと僕は判断する。


 なおも何かを告げようとする片山さんを制して、口を挟んだ。


「僕も、その数値を出すことには賛成したんです」

 すると部門長は、やや驚いたよう目を見開いた後、何かを見透かすように目を眇めて僕の瞳を覗き込んだ。


「君もかね?」

 片山さんと右島さんもはっと、僕に注視しているのを感じる。


「はい。ですがそれは、六百人、正確には五百九十二人ですが。その数字の正確性を確かめることが可能だったからです。なので、その数値は概算値ではありません」


「だが、受付はかなりの数の漏れがあったんだろう? どうやって正確な数字を?」


「完全に正確とは言えませんが」

 僕は前置きしてから続けた。

「今回は、幸い会場の写真が大量に撮影されていたので、移っている人物を重複のないように全てリストアップしてみたんです」


「はっ……?」

 部門長の前だということを恐らく失念して。右島さんがあっけにとられたように声を出す。


「リストアップされた人物から受付に登録されていない人数を加えて算出しました。来場者全員を拾えているわけではないでしょうが、少なくとも五百九十人は参加していた理屈になります」


「ふむ……」


「名前はリスト化できていますので、所属も調べればすぐに……」


「分かった、分かった」

 そこまで言ったところで、部門長は僕を制するように口を開いた。そしてこちらを指さして告げる。


「では、その所属も明らかにした上で、部門会までに部門ごとの参加者数もグラフにして資料を作成しておくこと。できるね」


「はい。承りました」

 また少々仕事は増えてしまったけれど。これをもってようやくオーガナイザーという面倒な仕事からも解放されそうだと、僕は溜息をついた。


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