便利屋
「あの人は、僕を便利屋かなにかと勘違いしているんでしょうか」
町田さんの前であったが、思わずため息が漏れた。
「確かに、最近なにかと頼まれごとが君のところに来ているようだね」
あの人というのは村瀬部門長のことである。僕などが心配することではないだろうが、腹心の部下と呼べるような社員の一人や二人いないのだろうか。
「こっちのグループの仕事を頼みづらくなるのは困るんだけど」
「何か言いました?」
「いいや、なんでも」
僕は聞こえていないふりをしたし、町田さんは何も言っていないふりをした。
「つまりは、今年度上期の大規模な進捗報告会をしたいから、その運営を手伝えということですよね?」
部門内で年に二回大規模な研究報告会が催されるのは、ここ数年では恒例のことである。部門長への進捗報告という側面も多分に含まれるが、主な目的は研究員同士の情報共有であり、部門間コラボレーション促進のため、他部署の研究員の参加も推奨されている。
「そういうことになるね。部門長からのメールによると、オーガナイザーという役職らしいけど」
ちなみに、去年で既に参加者は数百人にのぼっており、年々その規模は拡大傾向にあるから、発表者の募集も含め、そのとりまとめはなかなかに骨が折れると思われる。
僕が思案顔をしていると、町田さんが問うた。
「それで、受けてくれるんだよね? 受けてくれないと少々困るんだけど」
どうもその言い方がやや気になるところだったが、これまた部門長からの勅命となると逃げることは難しそうである。
「僕が断った場合はどうなるんでしょうか」
「もちろん僕の方から部門長にその旨は伝えておくよ。誠心誠意頼んでみたけど、秋葉くんにはふられましたってね」
「町田さん、僕がいま業務飽和気味なのご存知ですよね?」
「まあ、そうだね」
「GM判断として町田さんの方から断っていただいたり」
「それは角が立ちそうだよね」
「では、こちらでの業務を少し軽減していただけると。抄読会の司会とか、僕じゃないくても……」
「まぁ、君の本業はあくまで基礎探索グループだからねぇ」
僕は少しでも交渉で楽な立場を勝ち取ろうとするけれど。押しても引いてもどうにもならないような町田さんのこの態度は、どうにも与しにくい。
「あの、このままだと、残業時間はまた三月水準まで逆戻りですが」
仕方なく僕が、最後のカードを切ると。
「まぁ、それくらいは大目にみるよ」
あっさり、そこだけ承諾を受ける。おそらく初めから、町田さんの想定していた落としどころだったのだろう。
「では、そういうことでお引き受けしますよ」
「頼んだよ。頑張ってね」
なんでもないことのように町田さんに言われると、こちらも文句を言ってはいけないかのような感覚にいつも陥るのだ。
「分かりましたよ……。ところでウチからはどのテーマをエントリーする予定なんです?」
「ああ……」
すると、町田さんは一瞬思案する素振りを見せた後、以外にもするすると答え始める。
「まあ、室田さん、香月さん、井川くんからは少なくとも各一題。香月さんは二題出してもらうことになりそうだね。あとは、連城さん……。まあ、彼女に関しては自主性に任せることにするよ」
そのラインナップはおおよそ僕も予想したとおりである。連城さんはおそらく町田さんが出せと頼んだ時点で出さないことが確定するだろうから、その判断が正しそうだ。
ただ気になる点がないわけでもない。
「頼んだところで、香月さんが二題出してくれますかね」
するとまた、町田さんは一瞬思案した後、にやにやしながら僕に視線を向けた。
その様子から危険を察知した僕は、町田さんが口を開く前に、慌てて声を出す。
「まあ、そこはGMの頼み方次第ですよね。僕はオーガナイザーの立場になるようですし、基礎探索グループからはできるかぎりたくさん演題を出していただくようお願いします」
「え、僕が頼むの」
「当たり前でしょう。では、僕はそろそろ仕事に戻ります」
放っておいたら、きっと香月さんが演題を出さなかったときの埋め合わせも僕にまわってくるのだ。ぺこりと一例して、出来る限り早急にその場を離れる。
このグループで上手く生き残るにはこの程度のリスクマネジメントは必須スキルだというのがまた、嘆かわしい。




