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出会って一年で、すっかり後輩に攻略される  作者: 無味乾燥
六月の働き方改革
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折衷案

「どういうことですか! 三分の一しかGMの許可が得られていなって」

 イベント開始前日の最終打ち合わせの席で、僕は川島さんに怒鳴られていた。


「え……。三分の一はけっこうな数だと思うのですが」

 僕は出来る限り感情を揺らさないように努める。もうっともそういう態度は僕の得意分野だし、今回はこういった事態になることがあらかじめ予想されたから、そこまで難しいことではない。


「全然足りませんよ。そもそも全員の許可を得るつもりだったんですから」


 え、と僕はわざと言葉を詰まらせた。

「それはすみません。だとすると、自分と川島さんたちの間に理解の相違があったみたいです」


「なっ……。理解の相違ですむ話じゃないでしょう」


「川島さん、少し、私に話をさせてもらえませんか」

 再び川島さんが声を荒らげそうになったところで、遠藤さんが彼の肩をつかんだ。彼女の声音は至って冷静で。川島さんは流石に、自分が興奮しすぎていることに気付いたのか、開きかけた口を閉じて、渋々身を引いた。


「秋葉さん、説明していただけますよね。確か先日進捗を確認した際には順調だと伺ったと思うのですが」

 僕は嘘をついていたわけではない。ただ、意図的に彼らの思いを汲まなかっただけだ。


 僕が基礎研究系と総務部のGMに送ったメールは遠藤さんのものとは少し異なる。


 送り先のGMから許可を得たい、返信がない場合には直接話をしたいという旨の文章はその一切を削除して。代わりに、賛同いただける場合はご返信くださいという一文のみを付け足した。


「説明も何も、今川島さんに言った通りです。僕には初めから、GM全員の許可を得なければならないとは思っていませんでした。三分の一でも返事を得られれば僥倖かと思っていました。すみません」

 殊勝に述べる。


 遠藤さんのメールにはGMがメールを無視してしまうことに対する対策が幾つかなされていた。おそらく、無反応という対応が、GM全員から許可を得る上で一番のハードルとなると考えたからだろう。訪問するなどと面倒なことを言われれば、よっぽどフリーアドレス推進に反対していない限りは、問題ないというメールをGM達は返すはずだ。


 僕のメールではそれを一切合切なくしてしまったのだから、返信率が下がるのは当然だった。加えて、消極的にイベントに反対している人物は何もしなければその意見が反映されるのだから、当然メールを返さないだろう。


 僕と遠藤さんのメールは、イベントに対する消極的反対派にどういった行動を取らせるかという点で、全く逆の文面であると言える。


 予想通りというか、幸いというか。町田さんと百井のグループのGMからは返信を得られなかった。町田さんは部下に嫌われない選択を楽に行うことができたし、百井のグループでは、僕からの提案が穏やかだったために余計な火種が生じすに済んだ。メールで無理やりにでも許可を得ようとしていれば、川島さんがフリーアドレス推進をGMに提案した際と同じように、百井の恐れた自体が起きたかもしれない。


「以前お送りしたメールの文面を読んでもらえれば、私が全員の許可を得ようとしていたことは分かると思いますが」


「すみません、その辺りもよく確認しないままメールを送ってしまったもので」

 ちらと視線をやると、あたふたと首をふりながら、百井はことの成り行きを見守っていた。他の参加メンバーたちも、おおよそは同じような様子だ。


「あなた……」

 すると遠藤さんは僕のもともこうもない嘘に一瞬激しく眉根を寄せたが、やがて何かを悟ったかのように、細く長い溜息をついた。


「この状態では、とても来週頭からイベントを開始することはできません。部門長からも、判断は現場GMに任せるということで許可を頂いているわけですし」


「そんな!? 今まで自分や、ここにいる方たちは自分の時間を削って準備を手伝ってくださったんですよ。それを今さらとりやめるなんて。こんな、無責任な人のつまらないミスなんかで」

 川島さんは僕に人差し指を向ける。


「川島さん」

 しかし、遠藤さんが彼の言葉を窘めた。


「仕方がないでしょう。今回の件で、彼がイベントに積極的でないことはよく分かりましたが……。イベント自体は延期なりなんなりするしかありません」


「ですが、開催期間はもうアナウンスを出してしまっているんですよ」


「それは謝るしかないでしょう」


「だったらそれはせめて、秋葉さんに」


「そんな必要はありませんよ」

 そこで僕は、二人の話に割って入る。だって、僕は何もイベントを潰したかったわけではない。少しだけその性質を変えたかっただけなのだ。


 じろり、と川島さんが恨みがましい視線を僕に向け、遠藤さんも先ほどまでよりいくらか冷めた瞳で僕を見据えた。

「少し黙っていていただいても? イベント開催に反対するのは構いませんが、こんなやり方をされては困ります。川島さんほどではありませんが、私も少し腹をたてています」


 冷静な分、僕にとっては川島さんより彼女の言葉の方が強く刺さる。しかしここでひるむわけにもいかなかった。

 

「いえ。言わせてください。そもそもイベント開催に反対というのが誤解です。僕は今でもイベントは来週の頭から開始すべきだと思っています」

 僕は、というより僕の部門長はというのが正確なところだ。しかしそれを今話したところで、事が捩れるだけだろう。


「GM方の許可など必要ないと?」

 予想外の言葉を投げかけられた遠藤さんが訝しんで訪ねる。


「いいえ」

 僕は少しだけ唇を湿らせて告げた。

「来週のイベント開始のアナウンスは、許可を得られたGMのグループにだけ流せばいいじゃないですか。そう思っていたから、僕も全員からの許可はいらないと勘違いしていたんです」

 え、と遠藤さんが言葉を詰まらせる。おそらくイベントに対して、零か百かで考えていたから、虚を突かれたのだろう。初めから彼らに折衷案の意識はなかった。反対派から大きな声が出ていなかったからそれも仕方がないことではあるけれど。


 彼らはそういった研究員がこの中にも一定数いることを意識しておくべきだった。


「参加したくて、上司からも許可を得られた人だけが参加する。まずはそんな有志のイベントでいいのではないですか」


 肯定派には、何か行動を起こしたという満足感を。否定派には結局本質は何も変わっていないと安心感を与えるような取り組みを。そんな部門長の意図に沿ったイベントに、僕は少しでも近づけることができたのだろうか。


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