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出会って一年で、すっかり後輩に攻略される  作者: 無味乾燥
幕間・ゴールデンウィークの組合員
33/121

ニッチ

「ああ、大器晩成?」


「それだ」

 恵さんが答えにたどり着いて、曽我部さんが書きこむ。七枚目の問題用紙の解答だった。空欄の埋まっていない設問はとうとう六番目だけになった。先ほど垣内が一度目を通したものの、一分ほどで回答を諦めていたものだ。


「あとは、これだけね」

 曽我部さんが机の中心に置き直した用紙を全員で取り囲む。ちなみに垣内は、回答も早いが諦めも早い。本人曰はく、一分で答えの出ない問題はどれだけ悩んでも回答にたどりつかないのだそうだ。仕事の際に、彼が言っていたのを思い出す。


「ある島では、もぐらは空き巣と、蜘蛛は籠屋と、雀は絵描きと、いっしょに暮している。では、豆腐屋と暮らしているのは?」

 因みに僕の場合は、一時間以上悩みぬいた課題の改善案が、一日後にふと頭を過るなんてことも多いから、僕と垣内は基本的に思考の構造が異なっているのだろう。


 彼は自分の内にあるものを見つけるのが得意だ。そして僕は、いつだって自分の内にあるものを見つけるのが苦手だ。


「答えは、たった二文字なんだけど……」

 曽我部さんが眉根を寄せて。


「もぐら、蜘蛛、雀、と来ているから普通に考えれば、生き物よね」

 恵さんが一歩だけ答えに近づく。


「もぐらと空き巣、蜘蛛と籠屋、雀と絵描き、の共通点がないか。あるいはもぐらをなんとか変換して空き巣にたどり着かないか」

 流石に垣内は思考の論理性が際立っている。


「ああ、そういう発想もありなのか。雀と絵描きの共通点……。想像もつかない。じゃあ蜘蛛と籠屋……。ってかそもそも、かごやって何なのよ? 職業?」

 曽我部さんが行き着いたのは尤もな疑問だ。


「確かに聞きなれませんね。普通に籠を売っている人なんているんでしょうか」

 僕も素直に白旗を上げる。


 すると以外な人物から助け船が出された。

「篭屋は多分、普通に籠を売る人で合ってます。昔はそういう人もいたみたいだし」


「へぇ、恵さん、詳しいですね」


「確かに、なんでそんなこと知っているのよ」


「何でって、古典落語なんかを聞いているとたまに出てくるから」


 その時、ぴくんと僕のアンテナがかすかに反応した。今恵さんが何か決定的なことを口走った気がする。


「恵さん……。抜け雀って確か有名な絵師の噺じゃなかったですっけ?」


「え? そうだけど。急になんなのよ」


「因みにその、篭屋が出てくるという噺の演目って分かりますか?」


 ええ、と数秒迷っただけで、恵さんが口を開く。やっぱりこの人は無類の落語好きだ。

「あれは、確か『住吉籠』とか『蜘蛛籠』って……あっ」


「どうやら落語と関係あるみたいですね」

 答えにたどり着きながら。この問題を、他にどこか解けそうな班があるだろうかと僕は溜息をついた。まあ、今やだれでもスマートフォンを持ち歩いている時代だから、一つでも関連する噺を知っていれば、検索をかけて答えにたどり着けるかもしれないが。


「なるほど」

 一連の会話を聞いていた垣内が頷いて唇を湿らせた。

「タイトルの生き物と主要人物の職業って組合わせ、みたいっすね」


「そこは、演目って言ってほしいですが」

 どうやら恵さん、少し興奮して変なスイッチが入りかけている。


「どーでもいいわね。そんで、もちろん空き巣が登場する、もぐらなんとかって噺もあんの?」

 流石は同期という気の置けない間柄だけあって、曽我部さんはたまに恵さんを雑に扱っている。僕などがそんな反応をしたら、二日程は機嫌が悪くなりそうだけれど。


「あるわね、もぐら泥棒。空き巣じゃなくて、泥棒だけど」


「その辺は気にしなくてもよさそうっすね。じゃあ、豆腐屋が登場する噺も?」


 ええと、とまたしても恵さんは数秒考えるだけで答えにたどり着いたようだった。

「豆腐屋なんて、滅多に出てこないから印象的。たしか『鹿政談』に登場するわね」


「てことは、答えは」


「シカ、だっ‼」

 恵さんと曽我部さんの声が重なる。垣内が最後の解答欄に文字を埋めた。


 出そろったワードは一つ目から順に、ドストエフスキー、アカトウガラシ、ノット、ブドウ、ノスタルジー、シカ、タイキバンセイ。太枠になっているのが、それぞれ五文字目、四文字目、三文字目、三文字目、二文字目、二文字目、三文字目。


 繋げて読むと「フウトウスカセ」。


「封筒、透かせ、だって」

 曽我部さんが、日本語らしき音節にたどり着く。


 僕たちの手元にはこれ見よがしに、トレス台が鎮座していた。垣内がおもむろに、問題文を収めてあった封筒をトレス台にセットする。


 LEDを灯すと、封筒の一部だけが光を透過しない加工をされているらしく、影が文字となって浮かび上がった。


『ザンネン、ハズレ。 モウイチド アタマヲ ツカッテ カンガエナオシ』


「えぇえっ!? 」

 瞬間、恵さんが頓狂な声を上げた。


「まあまあ、恵は落ち着いて」

 意外にも曽我部さんが、恵さんをなだめる構図となっている。ほんとうに、基礎探索の女性研究員をおちょくるような真似は軽々しく行わないでほしい。運営サイドにまったく罪はないのだけれど。


「しかし、どっかでミスったかね。ここまで割と確信をもって答えてきたつもりだったけど」


「たしかに。まあ、太枠部分を読めって指示されたわけじゃないし、根本的に進め方が違う?」

 垣内の言葉に、恵さんが頷く。


「じゃあ、太枠はミスリードってことなのかな」

 だんだんと、皆の思考の方向がばらけ始めていた。この脱出ゲームで初めて訪れた、大きな分岐路だ。諦めて最初から解き直すか否か。


 僕はもう一度、回答用紙を眺める。綺麗に並んだ方眼の解答欄。どこか違和感を覚える、もっと頭をつかって考え直せという一文。


 ああ、と僕はほっと胸を撫で下ろした。

 

 つかつかと、入室した入り口まで歩みを進め、普段は覗き込んだりしない、死角になっているドアノブの裏側を左手でまさぐった。


 不自然な凹凸が指先に触れる。


「ありました、部屋の鍵」

 ビニールテープでノブに固定されていたそれを、引きはがして僕は少しだけ声を張った。


「え、何で」 

 曽我部さんが驚いて目を見開く。ああ、と垣内は得心した様子だった。


「出た単語の、アタマを使って。つまり、頭文字を繋げて読んでみてください」


「ああ、ええっと、……ドアノブノシタ。ドアノブの下!」


「そういうオチかぁ……」

 落語好きとしてはオチを予想したかったのだろうか。少しだけ残念そうな恵さんの言葉を最後に、僕たちはようやく部屋からの脱出に成功した。


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