嘘と譲渡
ガコンと、大き目の音が鳴って、自動販売機から無糖のコーヒーが吐き出される。
それを望月に手渡してから、僕はストレートの紅茶のボタンを押した。
「自販機でよかったのか?」
「はい。別に、長話をして仕事をさぼる気はありません」
相変わらず、彼の態度はふてぶてしい。もう、引っ込みがつかないという面もあるのかもしれない。
「そうか。じゃあ、単刀直入に言う。リーダー補佐の役割を俺と代わってほしい」
望月が眉根を寄せる。
「は?」
「聞こえなかったか? 今僕が受け持っているリーダー補佐の役割を君に代わってほしいんだ」
「聞こえましたよ。それを俺が受けると思っているんですか? あんななよなよしたリーダーの下で補佐役なんて」
ほぼ反射的と思える速度で、彼は否定的な言葉を返した。だが、僕の見立てでは彼は今既に、言葉ほどには僕の依頼に否定的ではないはずだ。
「もちろん、君に頼むのが筋違いだというのは、理解している。だけど、君が最も適任だと思うから、僕は今こうして頼んでいる」
望月が黙っているのを確認してから僕は続ける。
「このままだと、研修全体が、なあなあで、程々のものになる。僕が補佐として全体の動きをもう少し誘導できればいいんだが、正直今は、グループの業務が忙しすぎてあまり時間を割けないんだ。まあ、そういう事情も鑑みて三年目が研修では中心的に動くということになっているんだろうけど」
「それはそうかもしれませんが。責任は俺ではなく、あなたと坂口を選んだあの議会にあるでしょう?」
「そうかもしれない。だから、ここは先輩にひとつ貸しを作ると思って」
頼む、と僕は目を伏せる。頭を下げたりはしない。本気の伺えないそれは、安っぽさがにじみ出てしまう可能性がある。
「でも、今更……」
それでも引き受けようとしない彼に対して。
僕は最後の手札を切ることにする。彼の根底にあるもの。それをくすぐる最後の駄目押しとして、決して褒められたものではない方法を使う。
けれど色んな状況を丸く収めるには。結局言葉にはならなかった百井の希望をを叶えるには。これが一番効率的だ。
「あの坂口って、お前の同期……」
ぽつりと零すように言ってから。
「正直使えないよな。あいつが漏らした仕事が全部俺のところに降ってきて、正直もううんざりだ。僕に替わって、同期のお前がそのあたりフォローしてくれると助かるんだが」
心にもないことをさらりと、一息で告げる。
「頼りない同期の尻ぬぐいをしてやるのも、優秀な人材のさだめだと思うんだよなぁ」
しばしの沈黙が二人の間に降りた。望月は腕を組んだ姿勢のまま目を伏せていた。やがて、たっぷり、十秒程が経過して、ようやく口を開く。
「分かりました。そこまで言うなら引き受けますよ」
彼は僕とはついぞ目を合わせないまま、少しだけ満足そうに頷いていた。




