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出会って一年で、すっかり後輩に攻略される  作者: 無味乾燥
十二月はクリスマス
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人差指

「そんなに、ひどい顔だったか」

 特許の申請案件をきっかけに。ある程度親しいと感じていた先輩社員との仲が壊れたこと。時間をかけてじわじわと、少し業務に支障が出るくらいには、面倒な噂が出回ってしまったこと。その噂にはなんの根拠もリファレンスも付随していないのに、それを真に受けている人間がいること。


 そしてそれらに対して、僕は憤ってはいないけれど、いい加減うんざりし始めていること。洗いざらい、全てを吐かされた後に、少しばかりくやしい心境に陥って、僕はそう付け加えた。


「へ?」

 何のことか分からなかった様子で、百井はこてんと首を傾げる。


「これでも部署の人間相手には、誰にも心配をかけていない自信があるんだけど」

 ようやく百井は、ああ、と頷いた。顎に細い指先をあてがって、その視線が宙を向いた。


「それは喜ばしいことですね。私の前だけでも素直な表情が出せるようになったのは、私の草の根活動の成果です」

 そんな彼女の冗談にも、僕は上手く笑うことができなかった。


「秋葉さん?」


「いや、何でもなんだ」

 覗き込んできた百井の瞳から、やっぱり僕は目をそらしてしまう。


 しばらくはしつこく、僕の表情を確認しようと奮闘していた百井だけれど。やがて諦めたように、手にしていたトレイを近場のテーブルにことりと置いてから口を開いた。


「あの、秋葉さん。これは以前にも言ったかもしれませんが、私は初めて秋葉さんの話を聞いた時、その人は私に似てるかもなって思ったんです」


「ああ。前にも聞いた。でも結局は全く違ったってことも」


「はい。でも、やっぱり行動だけ見れば私たちは似てると思います。プロセスなんて傍から見たら結局大したことじゃない気がします」


「どういう意味だ?」


「やり方なんて、どうだっていいということです。結果として、自分で言うのもなんですが、私も秋葉さんもたくさんの方を手助けしてきたんですよ」


「でも、僕のそれは自衛のためで、結局誰かのためを思っての行動じゃ……」

 そこまで言ってから思わず僕は、自らの言葉を止める。そして大きく目を見開いた。


 気が付いた時には、百井の人差し指が、僕の唇に触れていたから。


「ひとまず私の話を聞いてください」

 それはほんの一瞬だったけれど、僕などを黙らせるには十分すぎるほどのインパクトで。僕は黙って、続く百井の言葉を待つ羽目になった。


「秋葉さんがどう思って行動していようが、関係ないんです。重要なのは、秋葉さんの行によって助けられた人が実際に何人もいるという事実ですよ」

 一度言葉を切ってから、ぽつりとつぶやくように百井は続けた。

「私も、その一人です」

 

「それは、そうかもしれないけど、それが……」

 どうしたと言うのか、と問おうとした僕に、百井は少しだけ寂し気に、告げる。


「やっぱり分かってなかった……。そんな人たちはきっと秋葉さんのことをちゃんとわかってくれているはずです。根も葉もない噂に振り回されることなんてないはずなんです」

 

「それが……」

 そこまで言われても、僕は未だに百井の言葉の意味を掴みかねる。きっとそれは、僕が過剰なまでに自分以外の誰かを信じられないことに起因しているというのは分かっているのだけれど。


「そんな人たちを、少しは頼ってみたらいいんじゃないですか? 案外簡単に、解決してしまうことなのかもしれませんよ」

 結局最後は、少しおどけた調子で百井が言った。


「まさか」

 僕も自嘲気味に応じる。するとその場に。


「おう、秋葉くん……とそっちは百井さん? だったかな?」

 空のマグカップを持った、片山さんが現れた。


 僕と百井は思わず顔を見合わせる。まさか先ほどまでの会話を聞かれていたのではないだろうか、と。


「どうしたんだ、二人とも、深刻そうな顔をして?」

 けれども、その片山さんの様子を見るに、どうやら本当に今ふらっとパントリーへ立ち寄ったようだった。ほっと胸を撫で下ろす僕に、しかし百井が想定外の言葉を返す。


「片山さんは、秋葉さんともお知り合いだったんですか?」


「ああ、同じ化合物開発部だしな。それに以前仕事でも世話になった」


「世話に?」


「いや、お世話になったのは僕の方ですよ」

 ふっと、片山さんが笑みを漏らす。

 

「あれはたしかに俺の方がきみに助けられてたよ。謙遜も行き過ぎるのはどうかと思うぞ」


「そんなことは……」

 なおも片山さんの言葉を受け入れない僕とは対照的に。

「そのお話、もう少し聞かせていただいてもよろしいですか?」

 何故か百井は興奮気味に、片山さんに詰め寄っていた。


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