9話 町も人も魅力で溢れているぞ
その後は衛門府の客間で過ごすナイン。遼四郎への正式な叙任が行われるまでは、ここを離れるわけにもいかないのだ。ただし、彼らはこの世界のことを何も知らない。少しでも理解するために町へ出ようと話し合う。
「だが、俺たちは坊主の集団だ」
勝利が自虐的に吐き出す。たしかに、ゾロゾロと町を徘徊すれば、目立つし、気味悪がられる。
そこで、目立たないように、この世界にもあるターバン風の帽子を着用し、2、3人ずつエリーやリサらに付き添われながら、外に出ることを彼女らが提案した。そして、ジャスティンらとの勝負を終えた午後。まずは、ハンナに連れられ、一也と陸が町へ出ることになった。
イケメンの一也と、食いもので広い社交性を発揮してきた陸の組み合わせを、まずは試金石にしたのだ。決して、遼四郎が独断で決めたのではない。すでに顔を知られつつある遼四郎と、有名人に勝ってしまった小柄な男と超戦士を封印し、変人風味の宙と章吾を却下し、メガネの下の目が怖い男とギャンブル癖の男、口が軽い下級生を排除していくと、この2名が残ったのだ。
「うん、陸君にはおいしいもの教えてあげたいし、一也みたいな顔の子は、おばちゃんがやさしくしてくれるからね。勝利とかはムリだもんね」
陽気な性格がなれなれしさに転じ、すでに陸以外の全員を呼び捨てにするようになっていたハンナが、軽快に解説した。
「名指しで批判しなくてもいいと思うぞ」
勝利はメガネの奥を怒らせながら、ハンナに食い下がる。
「勝利君は、その目が怖く見えるのよ。今日の様子を聞いて、あなた用の変装を考えるから、我慢しなさい」
横からリサがツッコミを入れた。勝利はまだグズグズ言ったが、なんだかんだで、ハンナやリサと馴染んでいた。遼四郎たちがいない時間に、この男なりに役割を果たしたのだろう。
宿舎は2名ずつ1室が割り振られていて、やはり、畳敷きの部屋だった。ついでに、食事などは1階の広間に集まってする形。
「なんか、ちょっと豪華な合宿に来たような気分だ」
秀樹が正直な気分を口にする。
「玄関先に“多摩広井高校野球部 御一行様”と書いてあっても、おかしくない」
宙がイメージを膨らませると、みんなが笑う。そこに、町に出ていた3人が戻ってくる。
「やっぱり、一也はおばちゃん人気抜群だね~。行く先々のお店で、“ちょっと、アンタ、ウチのお婿さんにならない”とか言われてんの」
ケラケラとハンナが笑う。イケメンは帰るや否やターバンを外して、坊主頭に触れて言う。
「早く髪が伸びないと、やりにくくて仕方ないね。普通の髪でウロウロしてれば、僕らみたいな顔は目立つこともないのに」
「でも、かなりにぎやかな町でしたよ。屋台もたくさんあって、ラーメンやうどんみたいな麺料理もいっぱいあるんです。安いみたいなんで、ついでにお昼も食べた方が、ここに馴染めそうですよ」
「あ、それから、ここの服は和洋折衷だね。ただし、練習用の白ユニではダサすぎる。僕らはいくつか服も買ってきたから、みんなも好みのを買っておいた方がいいよ。ただし、ジャージとかはご法度だね。町中でそれじゃ、野球部どころか、柔道部だよ」
「食材いろいろ買ってきたんですよ。明日、ハンナさんにカレーのつくり方を教えてあげることにしたんです。みんなでやりましょう」
スタイルのことしか話さない一也と、食いもの以外見ていない陸。完全に想定内の結果だが、衣食についての情報が得られたのだ。野球部の人材選びは完璧だったといえる。
「よっしゃ、そんな話を聞きながら、夕飯にでもしようか。みんなも気づいたことも多いだろう? 適当に話し合っておこうや」
「うん、それがいいね。そうしよう。一也だけじゃなくって、陸君もすごいおばちゃんキラーだったんだよ。聞きたい?」
ハンナが遼四郎の提案を当然のように受ける。帰る気なんて、まったくなかった。
誰もが、話したいことがいっぱいあった。エリーとリサ、ハンナも同じ。それを、みんなで共有する。異世界3日目の夜は、まさに合宿だった。
翌日、朝食の席に宙と章吾が現れなかった。ピッチャー同士が理由でもないのだが、同部屋にしたふたりがいない。探しても見つからないので、リサが門番の兵に確かめに行く。
「なんだが、ヨーコがやってきて、ふたりを連れていっちゃったみたい」
戻ってきたリサが話すと、エリーが声を上げる。
「ええーっ! なんで?」
リサの報告よりも、エリーの声に驚いた遼四郎。
「どういうこと?」
ため息をついて、答えるエリー。
「ごめん。みんなには話してなかったけど、遼四郎の部隊には私とリサとハンナのほかに、あと2名が配属予定なの。で、そのひとりが、宙君たちを連れだした張本人、ヨーコ・デヨ・ヨート……」
「デヨ・ヨートって、女王の?」
「そう、孫よ。それで、私と同い年の幼なじみ」
「それって、お姫様?」
エリーはまた、ため息をつく。
「そうなんだけど、まあ、王位継承権は少し遠め。だから、そんなにお姫様扱いしなくていいのよ。でも、ね……」
「何?」
「性格がね、もう、お姫様全開で……。ハンナがおとなしく見えるくらいに、はじけてて……」
「そんな予測不能の女子が、宙と章吾という変人2名を町へ連れ出した?」
「そういうことよね。もう、何が起こるかわからない!」
エリーが軽くパニックに陥り、頭を抱える。遼四郎は一瞬考えたが、すぐに笑いだした。
「ハハハ、エリー、大丈夫だよ。宙は変人だけど、変人の扱いがうまいんだ。だから、章吾の面倒を見させてるところがある。平気、平気。宙はそのお姫様も上手に扱うよ。あいつ、女子にはやさしいというか、熱いというか、まあ、いいんだよ」
そう言って、さらにゲラゲラ笑う。そのバカげた笑いを聞いていると、エリーもバカバカしくなってきた。そして、遼四郎が宙を信頼していることが伝わった。
「そうよね。街中で火球や電撃が飛ぶようなことにはならないよね」
「いや、それはあるよ。エリー……」
遼四郎はマジメな顔で応じた。だが、その顔がすぐに笑みに変わる。一瞬だけ騙されたことに気づき、エリーは遼四郎の肩を叩いた。いつの間にか、自分も笑っていることに彼女は気づいた。
この日の朝。宙と章吾はみんなよりは早めに起きだし、庭に出て身体をストレッチでほぐしていた。ともにピッチャーであるだけでなく、火球と電撃という特殊能力の保持者でもあった。その使い方を探求したい、さらにパワーアップしたいという気持ちもある。
「ちょっと、走りたいんだよな。ただ、外に出るのは、まだ禁止だし……」
そんなことを宙が章吾に話しているとき、背後から、突然、声をかけられた。
「じゃあ、走ろうよ!」
ふたりが振り返ると、そこにはブロンドの髪をなびかせた、瞳の大きい、派手な容姿の女子が立っていた。
「誰?」
「今日からキミたちと一緒になるヨーコよ。エリーの友達!」
「ハンナやリサと同じ?」
「そうそう。あの子たちも友達よ。だから、走ろう。私が一緒だから、外に出ても大丈夫」
どこか変な気もしたが、考えてみれば、リサもハンナもよくわからない間に慣れてしまった。そんなことを考えて、宙は章吾を見た。行きたいという顔をしていた。
「じゃあ……」
了解の意志を伝えようとしたときには、すでに宙は背中を押されていた。そして、門の方へ駆けだしていた。
「衛門府征竜部隊のヨーコです。部隊員2名の外出に随行してきまーす!」
門番の兵は、ヨーコが叫ぶと、あわてて道を開けた。これを見て、宙はヨーコの自己申告が正しいようだと思った。ならば、とりあえず走っておこうと考える。
宙は衛門府に来たときの道を戻るように駆けだした。章吾もついてくる。身体をほぐす意味なので、そこまでの速度にはしない。
「で、どこ行くー?」
ヨーコは後ろを駆けながら聞いてくる。宙は足を止めることなく答える。
「俺たちはどこも知らないんだ。20分ほど走って、その後は歩いて戻りたい。いいコースはないか? できれば、石畳よりも土の道だと、なお、うれしい」
「朝ごはん、まだだよね?」
質問に対して、質問で返されたのだが、その問いは魅力的だった。
「もちろん、まだ」
「じゃあ、いいところ連れてってあげる! ふたつ目の角を右に曲がろう。すぐに、土の道になるよ」
「了解!」
宙はそう答えて、角を曲がった。狭い道だったが、たしかに足元は土だった。それほど硬くなく、宙は気持ちがいいからか、軽くスピードを上げてしまった。だが、意外にもヨーコは付いてきていた。
「気持ちいいし、走ってる男子はカッコいいよ~。私も負けないからね」
薄っすらと汗をかきながらも、そんな調子でついてくる。
「ごめん、苦しくなる前に言ってくれ。バカみたいに速く走る必要もないんだ」
「平気、平気。あ、その先の角、左ね」
「ヨーコさんって、普段も走ってるの?」
ようやく、章吾が声を上げた。いつも自分のペースで生きている男なのだが、ヨーコの突拍子もない感じに、調子が崩れたようだ。
「走ってるよ~。特にこの町はガキのころからの庭よ、庭。なんでも聞いてね~」
「わ、わかりました」
まだ、章吾の調子は崩れているようだった。
そんな感じで20分ほど走り続ける。みんな、そこそこに息が上がり、汗も流れる。だが、気分はいい。
「もう少し先に屋台街があるから、その近くで、朝ごはんでいい?」
「了解。章吾、緩めよう」
スピードを緩め、ウォークに切り替える。呼吸を整えながら、いい香りが漂ってくる一角へ向かう。人も急に多くなる。
「おばちゃん、タオルもらうよ。お代はここに置いとくからね」
「あら、ヨーコちゃん、久しぶり。お代とか気にしなくてもいいのに」
ヨーコは金物店の店先からタオルを三つ抜き出し、店開き中の女性とやりとりする。そして、宙と章吾にタオルを投げ渡し、笑う。
「汗拭かないと、気持ち悪いからね。で、その先のお店よ。汚いお店だけど、文句は聞かないよ。おいしいんだから!」
「店の構えなんか、なんでもいいよ。うまいなら、それで十分」
宙が返して、3名は暖簾をくぐる。なんとも言えない、出汁の香りが満ちる。
「うわあ。時代劇の蕎麦屋さんみたい。最高じゃないですか」
歴史マニアの血が騒ぎ、章吾が声を上げる。絶えず、客が出入りする。時代映画に出てきそうな、ホコリっぽくも、味わいのある大衆の店。同じく歴史好きの宙も気分が上がってくる。
「おっちゃーん、久しぶり! 素で三つね。ネギ多めがうれしいよ」
「お、ヨーコちゃん、久しぶりだね。ネギ大盛サービスしとくよ」
ヨーコは誰でも顔見知りのように話す。長いテーブルの端に彼女と対面になるように宙と章吾が座る。首にはタオルがかかっている。
「あの……」
調子が戻ってきた章吾は、ヨーコに何かを聞こうとする。だが、その前に丼が三つ、荒っぽく置かれる。中には、澄んだ汁にうどんのような麺と山盛りのネギがある。食欲をそそる、甘じょっぱい香り。
「まず、食べよう。麺に申し訳ない」
ヨーコはそう言うや、割りばしを割って、丼に突っ込む。宙と章吾もあわてて割りばしを手にし、麺をすすった。
「!」
とんでもなく、うまい。たしかに、余計な話をしていたら、麺に悪い。“今すぐ食え”そんなパッションさえ感じる味。
「なんですか、これ。究極の関西風うどん? でも、さらに深いような……」
しゃべりながらも、章吾は食い続ける。出汁も飲む。飲みきって、一息ついて、言う。
「ヨーコさん。おかわり、いいですか?」
「でしょ! おいしいもん。男子は2杯以上だよね!」
笑って、勝手に宙の分もおかわりを注文するヨーコ。宙は何も言わずに、ただただ、集中して丼と向き合い、2杯目も平らげた。
「じゃ、行こうか。みんな、朝は忙しいけど、これが食べたいの。だから、席の占拠は誰かの幸せを奪うこと! ダメよ」
「そりゃそうだ。これを食い損ねると、一生恨みそうだ」
宙は立ち上がる。章吾も当然だと思う。
「坊主の兄ちゃんたち、いい食いっぷりだな。ヨーコちゃんの知り合いか?」
厨房から、麺をゆで続ける男が声をかける。
「そうそう。外国から来てくれた私の友達。最初に、いちばんおいしいものを教えてあげたの!」
「そりゃ、正解だ。ヨーコちゃんに感謝しなよ。外国人でこれ食える奴は、かなりの通なんだぜ」
店の客も声をかけてくる。何も準備をしていなかったから、坊主で、白ユニのズボンで、アンダーシャツだった。でも、誰もいぶかしがらない。雑多で多用な人間が交錯する、そんな場所だからだ。
「なんか、スッゴイ得をした気がしますよ。ヨーコさん。衛門府の飯もうまいけど、やっぱり、地元の名店ですよね」
章吾はうまいものを食った感動で満ち溢れていた。だが、ヨーコは歩きながら、鋭い眼をして返す。
「衛門府の朝食なんて、今払った5杯分の値段で一人前なのよ。で、あんな味。バカだと思わない?」
ずっと陽気だったヨーコが、はじめてまじめな顔をしたのを見て、宙は驚いた。でも、彼女の言うことは極めて正しく感じる。
「世の中、そんなもんだと思うけど、やっぱりおかしいよなあ。あんなにうまいもの食ったら、一日中、気持ちよく過ごせそうなのに」
ヨーコはうれしそうに宙を見た。
「そうでしょ、そうなのよ! よくわかってるねー。ええっー、と……。ごめん、ふたりの名前、まだ聞いてなかった……。教えて!」
宙と章吾は目を合わせて、そのまま、爆笑する。
「俺、生まれてはじめて女子と飯食ったんですよ。しかも、こんなキレイな人と、死ぬほどうまいもんを。なのに、俺、名前さえ知ってもらってないという……」
章吾は、何かのツボに命中したらしく、ゲラゲラと笑う。
「ごめん。私、名前なんかどうでもいいと思ってて……。相手を見て、気に入ったら、友達だと思っちゃう。でも、傷つけちゃったよね」
あの調子で生きてるんだろう。だから、同じような失敗もしてきたのだろう。でも、宙は、とんでもなく気持ちいい朝を過ごせた。楽しくて仕方ない。
「いいんだよ。名前なんか、ホントにどうでもいい。でも、呼びかけにくいから、おぼえておいて。俺は宙で、こいつは章吾。で、さっき食ったのはうどん。それだけでいいよ」
宙の雑な言葉が、なぜかやさしい感じで届いた。ヨーコがうれしくなる。
「わかってるな~、宙! じゃあ、ふたりとも、もう友達だからね。エリーと同い年だから、気にせずに“ヨーコ”って呼ぶんだよ。それだけでいいんだからね」
宙はそれでいいのだが、章吾は難しい。変人ではあるが、縦にうるさい傾向がある野球部なのだ。自分は年下の2年生なのだ。
「俺は年下だから、“ヨーコさん”って呼びますよ。座りが悪くて……」
軽くムスッとするヨーコ。
「ひとつふたつの歳なんて、どうでもいいじゃん。でも、ふたりの文化なのよね……」
そう言って、考える。そして、口を開いた。
「じゃあ、章吾は私を好きになったら、絶対に“ヨーコ”って、呼び捨てにするんだよ。彼氏に“ヨーコさん”とか言われたら、私の人生、大失敗だよ」
ムチャクチャな提案に、もう一度、宙と章吾が爆笑した。何者なのか、さっぱり知らないが、この快活すぎる女子を、ふたりは気に入っていた。いや、ほんの少しだけ、好きになっていた。とにかく、この朝は圧倒的に気持ちがいいのだ。




