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最終話 キャプテン

 授業が終わると、ハンナが真っ先に部室に駆け込んでくる。男子が着替えている時間に突撃したこと数度。部室は中からもカギがかけられるようになった。

 基本的に新キャプテンの正則が指示を出す。遼四郎(りょうしろう)たちは、その邪魔をしないようにしながら、口を出さずに身体を動かした。

 ただし、3年生は6時には終了だった。その後は、校長先生の家で勉強をする。最初は、余裕で教えていた遼四郎だが、アホと思ったヨーコもハンナも、実はメチャクチャに頭がいい。漢字や英単語のように、物量的なものはまだしも、論理的な科目では、数日で中学生の範囲を理解してきた。そのうち、エリーと勝利かつとし、一也だけが教え役になった。

 校長先生が帰るのは遅いが、それまで、いっしょに勉強して、食事をしてから帰るのが習慣になった。女子たちは、ここに下宿という形式だった。

 食事をしながら、校長先生とはたくさんの話をした。故郷の話を聞いて、とても喜んでいたが、その世界を変えたのが遼四郎だと知ったときに驚いていた。

「だから、あの野球校の監督さん、あずま君を怖がっていたのね。不思議だね。ただの高校生なのに」

 そう笑っていた。でも、話が終わってかなり過ぎた後、遼四郎だけに言った。

「私の故郷をありがとう。あなたのおかげです」

 そのくせ、成績評価は厳しい。


 夏の終わり以降、多摩広井の名は広まりすぎた。公式戦たった1勝のチームなのに、負けた試合が異様に評価された。

 富夫とひろし、耕平に大学のセレクションの声がかかる。そして、遼四郎にも。

 受ければ、その大学に自分だけ入れるタイプのものだ。でも、それでいいのか、わからない。やりたいことと、違う気がしてくる。

 休み時間、エリーとハンナとキャッチボールをしながら、遼四郎は考えている。ハンナがボールを投げてきて、聞く。

「どうしたのよ! どうすんのよ!」

 受けたボールをエリーに回す。

「俺、よくわからなくなってきた」

 そんな気持ちが乗る。エリーはハンナに投げながら伝える。

「アホだから、わからせてあげて!」

 そして、ハンナがぶん投げる。

「好きなこと、続ければいいじゃん!」

 恐ろしい勢いのボールを受ける。遼四郎は、ゆっくりと考えてから、笑う。声を出す。

「一緒の大学ねらって、野球部つくろうか?」

 受けたエリーが少し止まってしまう。うれしくて、ちょっと、泣けてしまった。でも、ハンナに伝える。

「なら、アホを直しなさい!」

 全部伝わったハンナもうれしい。だから、厳しい顔で投げる。

「もっと、勉強しろーっ!」

 鋭く伸びたボールは遼四郎のグラブを弾き、落ちて顔面に当たった。


 9月なのだが、教育実習の先生がやってきた。音楽の先生だから、事情がいろいろあるそうだ。正則の2年生も、その先生に教えてもらうことになる。

 音楽室に入った。黒板には大きな文字で変なことが書いてあった。

「音楽は心のリズムだ! by小木正義」

 正則がアホな先生だと思って笑った。その先生を見てみた。金髪を後ろで束ねたロックなスタイルで、ギターを持って黒板の前に座っている。

 正則の鼓動が高くなる。すると、小木先生が言う。

「俺はこっちの大学で何年も勉強してきたんだ。ちゃんと、心のリズムを教えるぞ。原正則」

 そう言って、急にギターを鳴らしだす。

「ヘタクソでも、別に凹まなくていい~。そんな暇あるなら、今日も元気に行けえ~」

 そう唄って笑う。

「野球部のキャプテンなんだろ? 後で案内してくれよ。来年、ここに赴任して監督になってやるよ」

 正則が笑いたいけど、泣いていた。

「はい! ただし、一緒にキャッチボールしてからです」

 ジャスティンが笑った。

「お前とやるまで、ボールは触らなかった。だから、俺は未経験監督だ!」

「最悪じゃないですか!」

 正則が吹き出して笑った。


 春になった。

「遼四郎! やっぱり、野球部ないみたいだよ」

 ハンナが大学の新入生勧誘をくぐり抜けて、やってきた。

「どうすんのよ。本当にヤバいよ」

 ヨーコが怒っていた。でも、遼四郎は困っていない。

「大丈夫だよ。空き気味のグラウンドも近くにあるし、みんながいてくれれば、あのときみたいに、うまくいくよ。いいチームができるよ」

 晴れたキャンパスを歩く。

「当然、キャプテンやってくれるんだよね!」

 エリーの言葉に遼四郎が答えた。

「もちろん、選ばれれば!」

 竜の声も、軍隊の響きもない、穏やかな時間だった。その中で、これからも生きていくのだ。だから、一緒に野球でもしよう。とても、楽しいから。


  完



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