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86話 エピローグ×X

 8月末の空の下。遼四郎りょうしろうはグラウンドでノックを続けている。

 結局、多摩広井に勝った春の優勝校は、この夏の頂点まで駆け上がった。優勝校へのインタビューで、記者たちが手ごわかった相手を聞いた。彼らは、口をそろえて準優勝校の名を言う。でも、しつこい記者がさらに聞くと、白状した。

「西東京大会の初戦を戦った多摩広井です!」

 口をそろえて言うもんだから、大騒ぎになった。今日も記者に質問された。2日前のスポーツ新聞には、『西東京大会、知られざる死闘!』という物騒なタイトルで、あの試合のことが書かれていた。あれ以来、連絡を取り合うようになった全国優勝エースが電話してきて怒っていた。

「だから、死闘という言葉だけは使うなと言ったんだよ。殺し合ったんじゃねえよ。死ぬほど遊んだんだ!」

 そんなことを言っていた。おかげで、遼四郎は鬼か竜のような評判だった。でも、今日のテレビで、あの監督が言ったらしい。

「日本一の名将? 僕はそんなんじゃないですよ。多摩広井のあずま君にも指導力では完敗でしたから」

 これで、明日も記者が来る。


 負けたあの日。さっさと慰労会があった。

「なになに、グラウンドで野営とか?」

 ハンナは目を輝かせたが、この世界では校庭で陸にカレー煮させて、大きな声で騒ぐわけにもいかない。父兄が用意してくれた食事会で、みんなで感謝の言葉を言った。

 そのとき、事件があった。これで3年生は終わり、みたいな話になると、ハンナが怒ったのだ。

「なんで終わりなのよ。私たち、今日から入部するんだから!」

 ただし、ハンナは当たり前のことを整然と付け加えた。部活動がしたい。試合がなくても、部活はやっていい。受験勉強はやるヤツはやるし、やらないヤツはどうせしない。そんな感じだった。すると、陸と省吾が、もっともな話だと言う。大人たちは反対したが、最後に勝利かつとしがキレた。

「文化部のほとんどは、試合なんかなくてもやってますよ。同じ運動部でも、サッカー部なんか、冬までやってる。勉強なんか、やるヤツは何していても伸びる!」

 完璧な理論武装だった。まあ、トマス相手にガタガタ言い合い、竜の前に何度も突撃した胆力がある。普通の大人が勝てるわけがない。結局、3年生たちは学校での所属上、卒業まで野球部になった。おもしろすぎて、ひろしが爆笑していた。

 こうして、ハンナたちはチームが夏に負けた日、野球部に入部した。勝利の剣幕の前に、女子だという反対意見も出なかった。言ったら、永遠に勝利が説教しただろう。

 ただし、秋の大会は2年生以下のものだ。それは邪魔できない。だから、新キャプテンを選ぶことになる。父兄は陸か省吾を期待していたが、1年生も陸も省吾も、正則を指名した。3年生も全員、同じ意見だった。

 こうして、新生多摩広井野球部がスタートした。


 夏休みが終わる数日前。一也が言いだした。

「夏も終わりなんだけど、海の近くのキャンプ場が取れそうなんだ。みんなで行かない?」

 ハンナが大きな声で聞いてくる。

「野営? みんなで野営?」

 あんまり大きな声で言うので、リサが止めた。

「あのさ、野蛮人みたいになるから、ちゃんとキャンプって、言おうか」

 きっちり締められて、ハンナがしょげるのを見て、陸が言う。

「野営でいいですよ。みんなで、おいしいもんつくって食べましょう」

 陸も野営で輝く男だった。聞いていた一也が笑う。

「まあ、そんな立派なところじゃないから、野営でいいよ。僕たちらしい」

 こうして、野球部の野営が決まった。


 電車に乗って行くので、ちょうどいいから、女子たちにみんなでいろいろ教えた。長い電車の中でも、目についたものをあれこれと話す。海では、みんな楽しく遊んだ。女の子たちの水着は、前と同じように鋭く野球部の鼓動を高くした。

 そして、野営だ。ハーマンが鳥を射殺してくることはない。近くで買ってきた食材を、焼いたり、包み焼きにしたり、ハーマン風に火に投げ込んだりする。

「ハーマンはね、遠くで思う友もいる! って、いい顔で言ってたんだよ」

 ハンナが、ちゃんと伝えるべきことを、伝えるべきタイミングで話した。みんな、胸いっぱいに彼を思い出す。ケイが、ヨーコが、リサが、グレッグやジュリアン、大将、イーデンらの話をした。

 そして、エリーが言う。

「トマスはね、まかせとけ、それだけ伝えてほしい、って」

 遼四郎は夜空を見上げた。親友が、あの世界を担ってくれている。あの草原に、新しい街が生まれるのだろう。

 すると、宙が手を上げる。みんなが見る。

「俺、みんなの前で聞いておきたいんだ。ヨーコたちは、どうやってここに来たの?」

 とても、大事な話だった。だから、みんなちゃんとする。

 ケイが、大きく息を吐いた。そして、言う。

「私たちの大冒険。聞いてくれますか?」

 野球部たちは、興味津々でうなずく。そして、長い話がはじまる。ケイが話して、それを補足するうちにハンナに主体が移る。そんなことを繰り返して、顛末を聞く。最後に、ヨーコが語る。

「この100円のことを思い出したの。そして、ここに来た」

 ヨーコは、胸から小さな袋を出し、100円玉を取り出す。聞いていた遼四郎も、首から下げていた小さな袋を出す。

「こんなのが、俺たちを助けてくれたんだ……」

 宙が感動して泣く。しんみりした空気を嫌ってリサが言う。

「でもね、私たち、結局、部室に来ちゃったの。あの刀と槍に引っぱられたんだと思う。だけど、勝利のロッカーが臭くて……」

 みんな笑った。勝利も臭いのは自覚しているから、爆笑した。

「ね、今度、練習の帰りに駄菓子屋さん行こうよ。で、そのときのおつりとかをみんなで交換するの。どこにいても、それで会えるようになるよ」

 ハンナの提案は、とても正しい気がした。

「賛成!」


 暗い闇を見つめている。でも、波の音が聞こえる。怖い感じもするけど、心地よい音でもある。

「あの人に会いに来たつもりなのに、あなたに叫んじゃった」

「はは、俺が追い詰められていたから、仕方なかったんだろうな」

「そうじゃないよ。だから、心を整理できるまで、待っててよ」

「待ってるよ。死ぬまで待ってるつもりだった。それなのに、あの瞬間に来てくれた。世界が変わったよ。これからも待ってる」

「ありがとう。本当は、好きなんだよ」


 浜辺を歩いている。何かロマンチックなことを言いたいと思う。でも、思いつかないし、恥ずかしい。

「いいところ、見せられなかったなあ」

 相手の言葉に、ようやく、答えが見つかった。

「いいところばかりだよ! 来てよかった」

 そう言って、抱きついた。

「こんな俺でゴメン」

 相変わらず、中途半端なことを言われる。

「ヘタクソ同士だもん。ゆっくりやってみよう!」


 波打ち際を歩いているけど、相手は手にバットも剣も持っていない。手持ち無沙汰なのか、腰の後ろに手を組んでいる。仕方ないから先に口を開く。

「来て、よかったのかな?」

「来てくれないと、ダメになりそうだった」

「邪魔じゃない?」

「だったら、この世界全部が邪魔だ」

「どうしよう?」

「どっちの世界でもいいよ。その、け、結婚とかすればいい」

 うれしくなって、赤い髪を揺らして笑った。勝手に駆け寄る。そのまま、ちょうどいい背丈同士で唇を重ねた。


 食事をつくった火の前で、男子ふたりをつかまえている。

「ウチでコーチしません? めっちゃ野球できますよ」

「週一で、カレーの会やってもいいです」

 いや、正確には、その男子たちに口説かれているのかもしれない。

「でもなあ、私、あの人が好きなんだよ。だから、ここに来たんだもん」

 目の前の男子ふたりは、まだまだ足りない。

「まあ、アンタらが、キャプテンよりも楽しいことをつくれるようになったら、考えるかもね」

 大きく成長した男子ふたりでも、難しいことを言ってやった。でも、大きな声で彼らは応じた。

「やります! 見ててください」


 キャンプ場から遠く離れた防波堤の上に、ふたりで寝転がっていた。一緒に手をつないで逃げてきたのだ。

「それでも、星が少ないなあ」

「でも、波の音が聞こえるよ」

 繰り返す音が、とても心地いい。この音は止まないのだ。突然、消えてしまうような不安がない。

「私は、自分で決めて、ここに来ました」

「俺は、そんなキミを、待っていました」

 波の音が2回続いた後に、約束してよかった、と思い、少し笑ってしまう。

「来てよかったのかな?」

「来ないと、困りました」

 また、波の音。まっすぐ返されて、また、笑ってしまう。だから、言ってしまう。

「私は、ずーっと、あなたが好きです」

「俺は、あなたを見た日に、好きになりました。あなたを助けられる人になろうとしました。でも、届かなかった。サヨナラしました。どうしたらいいんだろう? 何をしたら、また会えるんだろう? ずっと考えてました。いつか、仲間ができました。仲間と一緒にいたら、あなたと再会できました。あなたのために生きようと決めました。あなたのために生きたら、また、サヨナラしました。もう、会えないと思ったのに、あなたがそれを変えてくれました。俺はあなたばかり見ている、しょうもない人間です。でも、あなたが好きです」

 大きな声で響く言葉全部が、胸に入ってくる。途中で涙が出ているのに、この人は最後まで言ってしまった。

「手を握って……」

「いつまでも……」


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