82話 では、行きます
ヨーコたちは、女王の前に整列していた。ただし、いつもの竜掃使の制服でも、儀式用の朝服でもない。それぞれに町で買った、遼四郎たちの世界風のものだった。
「おばあさま、ありがとうございました。これから私たち、向こうへ行きます」
ヨーコが代表して言う。エリーも横にいる。女王がプライベートで親族らに会っているだけなので、堅苦しいこともない。
その前に、女王とはたくさん話をしていた。もちろん、話し足りないのだが、それでは、いつまでたってもキリがない。
ハーマンには、算段が付いた時点で話をしていた。
「一緒にくる?」
エリーはそう聞いたが、ハーマンは首を振った。
「お前らのように、一緒にいるべき人がいれば、俺のように遠くで思う人もいる。それでいいんじゃないか。どっちにしても、遼四郎たちは俺の友で兄弟だよ」
そう言っていた。ハーマンはトマスと一緒に、新しい世界をつくる仕事をするという。
「まあ、軍人みたいなのは同じだけど、新世界をつくり、守るんだ。楽しいよ」
とてもいい顔で、ハーマンは笑った。
そのトマスの方も、一緒に行くことは選ばなかった。何か伝えることはないか、と尋ねると、トマスはゆっくり考えて、こう言った。
「まかせておいてくれ、それだけ伝えてくれればいい」
もう、自分が歩くべき道を見つけている人だった。ヨーコたちもトマスが残れば、この世界はうまくいく気がしている。
大将やイーデンにも声をかけた。でも、大将は遼四郎がいない軍で、その一部を継ぐことにしていた。強力な軍がトマスらの助けになる。イーデンの方は草原の街でカレー屋を開きたいそうだ。
ジュリアンは真剣に悩んでいた。一晩、考えさせてくれ、とまで言った。でも、翌日になると貴公子然とした風情で笑っていた。
「私が遼四郎に会いたいのは、彼が好きで懐かしいからだけだ。キミたちのように、一緒に歩いていくわけじゃない。ならば、残らないとな」
そう言っていた。でも、最後に振り返って付け加えた。
「遼四郎だけじゃない。みんなの誕生日は聞いておいた。20歳になる日は、遠い空の下だけど、一緒に飲もうと伝えてくれ」
やさしいまなざしで、言っていた。
グレッグは草原の駐屯地から帰ってこない。仕方ないから、お礼の手紙を書いておいた。同じような感じで、みんな、たくさんのお別れをしてきた。さみしい気持ちもあった。でも、それ以上に遼四郎たちに会えないことが、さみしい。
「では、行きます」
ヨーコやエリーは声を合わせて、そう言った。5人で手をつないで丸くなった。ヨーコとエリーの握り合った手の中に、小さな100円玉がある。まっすぐ前を見て、目を閉じた。そして、祈る。
「会いたいよ!」
ヨーコたちが女王の前から、消えた。
甲子園優勝校の監督は、すでに名将の地位を得ている人物だった。それでも、自チームの初戦に当たるのが、無名の公立高校であることを警戒した。
「なめてかかると、絶対に後悔するぞ」
そうチームに注意していた。それでも、嫌な気持ちが止まらない。相手は16人しかいないという。公式戦初勝利だったらしい。ついでに監督もいないので、主将がチームを率いているそうだ。
それなのに、伸びつつある新鋭私立校相手に15-0の圧勝だった。慌てて調べたのだが、ハーフの長身選手がいることしかわからない。いくらその選手が優秀でも、15点は重ねられない。全体が強いのだ。
高校野球にはまれにあるのだ。何かがきっかけになって、大きく伸びるチームが。若者は数カ月で豹変する。先日までガキだったのが、いつの間にか勇者になっている。それも、束になってだ。
目の前で試合前練習をする姿を見て、悪寒が的中したとわかった。何をどう鍛錬したのかわからないが、動きが違う。全員の顔つきが、ガキではない。何に勝ったら、ここまで成長できるのだ? こっちは、春に全国優勝しているのに。
しかし、自チームも初戦だった。甲子園優勝まで期待されているチームだ。だからこそ、最初に変なプレッシャーは与えられない。彼らの経験で、乗り切ってもらうしかない。初回の攻撃で、相手が乗りだす前に叩いてしまえ。そう思う。
だが、それもうまくいかない。相手のエースは、上背はないが、強い球を投げてくる。先頭打者はセカンドゴロでアウトになって戻ってきた。
「速いのか?」
「メチャクチャ、伸びてきます。そして、顔が怖い」
そう答えた。さらに厄介になる。球に気持ちが乗るタイプだ。しかも、ハートがあるのだろう。どこかで、指示を出す必要がある。
宙の調子はよかった。ボールは伸びている。でも、空振りにならずセカンドゴロになった。打者に押し込む力がある。遼四郎は2番バッターを見る。こいつも左だった。嫌になるほど、強豪校には右投げ左打ちの強打者がいる。
でも、宙は笑っていた。軽くいく気なんかない。ぶっ倒すつもりで投げる。上位打線に対し、心理的優位に立とうとする。インコースにぶち込んだ。相手が驚いている。
2番の後ろに続くのは、成長したハーマンと、男版ハンナだった。遼四郎も、たしかに、優位に立ちたい。考える。結論を出す。
「宙、ざっくり行け」
声に出して言う。宙が振り返る。遼四郎の目を見た。理解した。
「と、言うことだ!」
宙が腕を振る。ツーシームだった。それでも、逃げるボールに合わせてくる。でも、こいつはハンナじゃない。
軽くバットで拾った音がする。遼四郎は来ると思っていた。だから、スタートも早い。飛んだ。
「アウトッ!」
ボールは横っ飛びした遼四郎のグラブに入った。そこそこの強さだった。でも、あれを長打できる打者じゃない。
そして、ハーマンみたいなヤツだ。自分の力に自信がある。宙と秀樹がこっちを見る。遼四郎が笑う。それだけで、よかった。
宙はストレートから入る。でも、決める球じゃない。さらに、ツーシームも外す。宙はワザと嫌な顔をした。相手打者の目が変わった。
「ここだよなあ!」
思い切り腕を振ったが、投げたのはスライダー。ハーマン風ドラフト候補はストレートを予測していたので引っかけた。耕平が飛ぶように捌いて、投げる。
チェンジだ。春の優勝校を、まず、止めてやった。
ベンチに戻った遼四郎に、監督役の先生が声をかけた。
「東、お前、スゴイことやってるんだよな。名将がずっと睨んでるぞ」
素人の自分に一瞥もくれないことはいいが、生徒が睨まれて、困ってる。
「やってますよ、風林火山の林かな、今は」
先生は歴史に例えてもらって、楽しくなった。技術的にはわからないけど、正直、この試合がおもしろい。
そうして、遼四郎はベンチの最前列に立つ。上背のある相手投手の投球練習、守備に向かう動き、そんなものを見る。そして、ようやく、名将の顔を見てやる。今まで、あえて目は合わせなかったが、ここで見た。ここからが、勝負なのだ。
「耕平! 大将攻略なっ」
それだけ言えば、伝わる。勝利も、富夫も、陸もみんなわかっている。
甲子園優勝監督は驚き、次に恐れそうになった。が、ギリギリで耐えた。あのサードのキャプテンは、こっちを睨んできたのだ。ガキの睨み方じゃない。強い男のそれだ。殺気に負けそうになる。
「なんなんだ、アイツは?」
面食らって声に出る。
それを秀樹が見ていた。
「だから、征竜将軍なんだって!」
小さくつぶやく。聞こえていたのでナインが笑う。
「キャプテン、名将相手に五分以上だな」
省吾が喜んでいた。宙が追加した。
「戦国大名みたいに見えたんだろうよ。貫禄だけはそのクラスだ。バカだけどな!」
陸が納得した。
「そりゃそうですよね。一国の将軍だから、そういうことですよ」
その言葉の意味が2、3年生以外にはわからない。でも、将軍という言葉でいいくらいに最近の遼四郎は頼もしかった。
耕平はストライクゾーンに来た球は全部振った。その全部をファウルにした。
相手投手は、何が起こっているのか、わからない。上から投げつけている。小さな相手打者は、2階からボールが落ちてくる感覚のはずだ。それなのに、当ててくる。
「大将の2階はもっと高かったからなあ」
そんなことを言いながら、ホイホイとファウルを打つ。すでに、6球ファウルだ。
頭にきたドラフト候補は、ボールを挟んだ。スプリットボールだ。それでも、耕平はストレートのタイミングで、思いきり振った。落ちるボールに当然、空振りする。ただし、フォームを崩していない。ボールを追いかけることなく、耕平は振った。
バッターボックスから戻ってくる耕平が、ネクストに向かう遼四郎とハイタッチする。これで、作戦成功なのだ。
名将はさすがに理解した。あの1番バッター、いや、サードのキャプテンはストレートをつぶしに来ている。アウトにしてよかった、という話ではない。
2番の左打者も、とにかく、振ってくる。それを全員が見ている。3球振ってツーアウトだった。でも、あの男が打席に入る。俺を睨んだ男。
何か伝えている。ベンチか? 違う。ネクストに入った長身のハーフ。あのチームの4番だ。見るからに大きい、敵の主砲だった。
睨んだ方の遼四郎は、どうしたものかと考える。たぶん、自分の力で初見を打てる相手じゃない。情報も少ない。だから、全球振ることにする。ただし、全部自分のスイングだ。日本刀を持って、竜の首を絶ったあのスイングでいく。
初球、角度あるストレートが来る。当てにいかない。でも、振りにいく。自分の打ちたいところだけ見て、振りぬく。まあ、当たるわけない。
何度かバットを回して、軌道を修正する。このあたりかな、というところで、またもフルスイングした。空振ったけど、タイミングがわかってきた。一度、ベンチを見る。
「振るぞ!」
そんな顔をした。3球目、来たのはスプリットだった。落ちた。当たるわけない。でも、ストレートのタイミングで振りきった。
メットを脱いで戻ってくる遼四郎が、富夫の目を見た。
「見た!」
富夫は遼四郎に伝えた。それで、十分だった。




