81話 あった、あった、あったよ!
裏の多摩広井の攻撃がはじまる。相手ピッチャーは右の中背だった。ボールがそこそこ速く、スライダーがいいと聞いている。だから、耕平には、そのスライダーをねらえと伝えた。遼四郎ができるかはわからないが、耕平ならできるだろう。
投球練習を見ながら、耕平はストレートの球筋を見ているフリをする。
初球、自信があるからだろう。そのスライダーから入ってきた。そうだろうな、と耕平は思っていた。だから、そう打つ。
キンッという金属バットの音が響いて、打球は一二塁間を抜ける。初ヒットに、耕平はベンチの方を見て、ニッと笑った。監督役の先生が喜んでいる。
でも、打席に入る勝利と耕平はこっそりと目を合わせていた。その様子に、相手監督は悪寒がする。何か伝えようとしたが、間に合わない。
投球練習で見て、セットポジションからの投球がぎこちないのはわかっていた。次はストレートの確率が高い。耕平は走る。勝利は強引に引っぱる。打球が一二塁間を跳ねた。ランエンドヒットが決まった。
一気に好き勝手にされた相手チームの監督は、マズいと思ってタイムを使う。回数制限があるのに初回にためらずに使うところは、立派だった。次の3番バッターは異様な雰囲気を持つ遼四郎なのだ。相手ナインは声をかけあって、なんとか落ち着こうとしていた。
でも、できなかった。ネクストバッタースサークルに入った男の圧倒的存在感が襲ってくる。恐ろしいスピードでバットを振り回している。いや、バットに見えない。槍か何かをぶん回している雰囲気だった。
「富夫がアシストしてくれてんなあ」
相手ピッチャーは遼四郎を警戒して、2球外すしかなかった。でも、後ろの富夫が気になる。ここでアウトを稼いでおきたい。3球目、スライダーに頼った。遼四郎は見逃さない。
バチンッ、とアウトコースに逃げる球をぶっ叩く。一塁線を突っ走る打球。耕平も勝利も還った。遼四郎は二塁へ。多摩広井が先制した。
そして、富夫。初球のストレートを思いきり空振る。だが、その空振りが恐怖を増大させた。この世の高校生のスイングではない。爆風が起こった気がした。富夫はもう不安になって遼四郎の顔をうかがうこともない。自分で考え、想定を修正して打席に立つ。相手バッテリー、いや、監督も逃げればいいのに、それを思いつけなかった。完全に冷静さを失っていた。
カンッ。美しい音を奏でて、ボールが青い空に舞う。いつまでも落ちてくることなく、それは、どこまでも飛んで行った。
イニングは5回だった。スコアは15-0。さすがに勝ったと思う。遼四郎は省吾に試運転させることにした。
「がんばりますよ。ハンナさん」
そう言って、省吾はマウンドに立つ。火の玉のようなボールを投げるエースが降りてくれたので、相手チームに少し元気が出る。最後の試合になるのだ。ヒットの1本でいいから、打ちたい。
でも、省吾はその気持ちに寄り添わない。練習して、強くなるから、戦えるのだ。負ければ、練習して強くなればいい。自分たちは練習してきた。工夫して、がんばって、竜を倒してきた。だから、本気で行く。
省吾の右足が踏み込まれ、背中がやわらかくしなる。腕が風を切る。
ズドンッ、とクロスファイヤーが決まる。省吾は手を抜かない。全球、十字砲火だった。9球目が秀樹のミットに突き刺さる。
「ゲームセット!」
遼四郎は、両腕を上げガッツポーズで吼えた。全員が吼えた。
「オオッ!」
ついに、多摩広井が初の1勝を手にしたのだ。
「ハンナさん、早く来てくれないですかね。見てほしかったのに」
そんなことを言う省吾のケツをバンバン叩いて、遼四郎たちは整列した。みんな、同じようなことを考えていたのだ。
今日は煮込み屋さんがお休みの日だった。ハンナはうどん屋さんにおばあさんを招いて、話を聞くことにしていた。
「おやおや、おうどんをごちそうしてくれるの? それじゃあ、また、一生懸命思い出さないとねえ。もう、何十年も前の話だけど、みんなに話すのは楽しいのよ」
おばあさんとハンナたちは仲良くなっていた。年齢は恐ろしく違うけど、同じ女子だった。大事な人を思う気持ちは、同じような音で響き合う。
「服は? 服はどういうのがいいのかな? あんまりダサい格好で行くと、キャプテン恥ずかしくて無視するかもしれないし」
遼四郎は軍装でもモンペ姿でも歓迎するはずだが、ハンナは時代錯誤にダサいのは嫌だった。女子らしい必死さだった。
「そりゃあ、ダメよねえ。でも、私も数十年前だからねえ。思い出したものが、すでにダサいはずだからねえ」
おばあさんも困る。
「でも、着物なんか着ないですよね。竜掃使の制服なんか、みんなユニフォームみたいって言ってましたからね。ユニフォームで出歩かないでしょう」
ケイがいろいろ思い出して言う。
「そうねえ。私のときにはもうみんな洋服だったし、スカートやブラウス着てたからねえ。たいてい、大きな電車の駅の近くには、洋服売ってるお店があるから、そこで買った方がいいかもねえ」
おばあさんが言うと、ヨーコが困った顔をする。
「そのお金がないもんね。いきなり強盗したら、遼四郎に会うどころじゃなくなるし、私たちの人間性を疑われるし」
ヨーコは物騒な発想はするが、人間は正しい。口で言っているだけだった。でも、聞いていたうどん屋の若い衆がおもしろがっている。
「ヨーコちゃん、向こうのお金持ってるじゃん。あの銀色のヤツ」
適当な軽口にヨーコが怒る。
「あんなの、たった200円でしょっ! 駄菓子しか買えな……」
ヨーコの脳裏で何かが強く光った。脳内の記憶を走るように探す。見つけた小さな光を。とても小さいのに、強く強く、力いっぱい輝いている光。
「あった、あった、あったよ!」
ヨーコが急に立ち上がる。エリーたちが驚く。
「何があったのよ。どうしたの、大丈夫?」
ポカンとするみんなに、ヨーコが叫んだ。
「あったのよっ。遼四郎に渡したものが!」
今度は、エリーたちが立ち上がる。全員、スゴイ形相だった。
「何を、何を渡したのよ!」
エリーがヨーコの胸ぐらをつかみそうな勢いで聞く。
「あの200円の片方、袋と一緒に遼四郎にあげたのよ!」
そう言って、ヨーコは胸にかけてある比較的新しい小さな袋を取り出した。中から、100円玉が一枚。
「私が小さなとき、遼四郎とお菓子を買おうと握りしめていたお金。そのまま、こっちに持ってきちゃったの。でも、とても大事な思い出だから、ずっとずっと持ってた。そうしたら、また遼四郎に会えた。もう、お別れしたくないから、片方持っておいてもらうことにしたの……」
ヨーコは説明しながら、だんだんと涙を流し出す。座ってしまうヨーコの背中をやさしくなでながら、おばあさんが言う。
「それだけ思いが詰まったものなら、きっと、扉を開いてくれるでしょうねえ。よかったわねえ」
なぜだか、聞いていたうどん屋の若い衆も泣いていた。そんなに大事なものとは、知らなかったのだ。でも、それが彼女たちの未来を拓くかもしれない。
「今日はさ、好きなもん食っていけよ。大将いないけど、怒るわけないよ」
そんなことを言いだす。おばあさんも喜ぶ。
「お祝いしましょうねえ。そして、しっかり準備しましょう。こうなったとき、ああなったとき、いろんなことを考えておきましょうねえ」
エリーもケイもリサも呆然としていた。でも、心の中にはとんでもない安堵感があった。自分たちがいくらがんばっても、届かない気がしていた。でも、これで届く。届かなければおかしいほどのことを、ヨーコは準備してくれていたのだ。
「だから言ったじゃん。大丈夫だって」
ハンナだけは、もう元気だった。
学校の視聴覚室。遼四郎たちは次の対戦校の映像を見ていた。
「本当に高校生かよ……」
春の甲子園の映像が流れていた。対戦相手が試合をしている。決勝戦だった。勝っていた。そう、遼四郎たちは、春に甲子園優勝を飾ったチームと対戦する。
「ラスボス降臨スね。白竜なんか、前座だった気がしてくる」
正則があきれた声で言う。1年生がいないので、竜の話も平気でする。だが、宙は強気だ。
「何言ってんだ。3回戦で出てくるんだから、たまに毒吐いたり眠らせてくるくらいのウザいだけの敵だ」
「いや、どう見ても序盤に突然、異様な本格派が出てくるクソゲーですよ」
省吾の方が状況把握している。
「まあ、プロ注どころか、ドラフト候補が複数いるチームだからね。とんでもなく強いだろうね」
一也が映像を戻しながら言う。そのドラフト候補のピッチャーが投げている。背が高い。富夫が投げているような印象だ。
「角度あるね」
勝利はピッチャーの分析をしている。でも、陸が口を開く。
「大将の方が、強烈じゃなかったですか?」
そう言われてみると、そんな気もしてくる。
「大将のは、もっと指で押さえつけている分、下がって浮いてくるよ。こっちの方が打ちやすいよ」
富夫がバッサリと断を下す。遼四郎も見る。たしかにそうだ。みんなが目を合わす。全員、不敵な顔になっている。
「全員でかかれば、打てるわけだよな」
みんながうなずく。一也が次はドラフト候補の打者を映す。
「ハーマンが野球続けたら、こうなるよな」
宙が言う。省吾と秀樹が何度も首を縦に振った。もうひとりの打者に一也は飛ばす。
「左の長身だから、ハンナの男子版だな。動体視力よさそうだ」
これもみんなが同意する。笑えてきた。
「俺ら、本当に恵まれてるよな」
遼四郎がニヤニヤしている。
「愛する人たちが、遠い世界から俺たちの背中を押してくれる。それに報いようか」
耕平が竜の前に立ったような顔で言った。映像を見はじめたときと、全く違うメンタルになっている。全員がうなずく。闘志が腹の底から吹き出てくる。




