80話 早く会いたいじゃん
ハンナは行動する人だった。何も考えてないわけじゃない。しっかり考え、決める。決めたことはやる。だから、クヨクヨしない。明るい。
最初にやったのは軍を退役することだった。帰還の翌日には、もう、申請していた。
「キャプテン、約束は守るからね~」
遼四郎たちを思い出しながら、そう言ってひとりで笑う。そして、ヨーコたちに声をかけて回る。最終的にエリーの家に集まった。
「軍を辞めてきたよ!」
ハンナの報告にエリーが驚いた。自分もそうするつもりだが、次にどうするかを決めてなかったのだ。この世界に生きるならば、草原の駐屯地で仕事をしたいと思った。でも、この世界に生きる気がない。だから、困っていた。
「軍を辞めることはキャプテンと約束したもんね。少しの間は貯えと退職金で生活して、その後は大将のうどん屋さんで雇ってもらうよ」
モタモタしているエリーの数段上を、ハンナは突っ走っていた。ヨーコたちも、驚く。
「そうね、私たちもさっさとやらないとね」
竜もいないのに、軍隊にいることがアホらしくなる。そういうのはハーマンとかにまかせておけばいい。
だが、ハンナはもっと先へ駆ける。
「で、今日から勉強するからね」
突拍子もないことを言う。
「何を勉強するのよ!」
わけがわからないから、ヨーコが怒る。すると、ハンナがニコニコして言う。
「だって、私たちキャプテンたちの世界に行くんだよね。知らないところに行くんだから、どんなことがあるか、何に気をつけるか、考えるよね。向こうの人と付き合うために、いろいろ、予備知識つけるよね」
メチャクチャに正しい意見だった。リサとエリーがポカンとした。ケイが大きくうなずく。
「そりゃそうよね。当たり前だよ」
もう一度、ハンナは笑う。
「だから、今日はまず、みんながキャプテンたちに聞いた、あっちの情報をまとめるの。エリーだけ、ヨーコだけが知ってるような話もあると思うから、それを集めて共有するの。近いうちに女王様にも話を聞きに行く。そして、本命は “トライビト”だった煮込み屋のおばあさん。たくさん、教えてくれると思うよ」
すさまじい頭脳だった。問題に直面しても、広く情報を集め、共有し、準備を重ねる。そういうことを全部思考し、解決に向けて驀進する。この背の高い女子は、それを振り向くことなくやろうとする。だから、強い。
「スゴイよ、ハンナ。私、そこまで考えてなかった」
エリーが正直に友人を賞賛する。この友達がいて、よかった。
「だって、早くキャプテンたちに会いたいじゃん」
ハンナはただ気持ちに素直だった。思いが先にあって、だから、努力する。届くか、届かないかは計算しない。遼四郎たちと同じ思考ができるのだ。
「じゃあね、まず、みんなの学校は多摩広井だよね。これは地名なんだよね」
もう、紙に書き始めている。字は上手じゃないけど、知ったこっちゃない。すると、リサがすぐに乗ってきた。
「近くの街道にスゴイラーメン出すお店があるんだよ!」
勝利と話したことを思い出す。
「ナイス、有力情報」
エリーも楽しくなってきた。
「あそこ! みんなで過ごした征竜隊駐屯地。学校そっくりって、言ってた!」
次々に遼四郎たちと一緒だった楽しい思い出が浮かんでくる。ヨーコもケイも、キャッキャと騒いで記憶をたどる。
とても幸せな気持ちだった。でも、もっと、幸せになる気なのだ。
6月も半ばを過ぎる。もう、夏だった。それは、遼四郎たちがめざしてきた時間。
すぐに夏の西東京大会の抽選会がある。ただし、多摩広井高校野球部は、基本的に選手である遼四郎らが自分たちでやっている。もちろん、形式上は監督や部長が必要なので、社会科と国語科の先生がそれぞれ、担当してくれている。どちらも野球経験がないので、野球の面倒は見れない。でも、抽選会などの事務周りはとても丁寧に対応してくれた。先生たちも、遼四郎たちの真剣さを知っていたから、一生懸命サポートしてくれる。
ちなみに、監督役の社会科の先生は、日本史の担当でもある。野球の試合ではユニフォームに着られて座っているだけだが、終わると、歴史のおもしろい話をしてくれる。歴史好きの宙や省吾と仲がいい。
抽選会に出向いたのは、その先生たちと主将の遼四郎だけだった。クジを引くのは各校の主将だったので、遼四郎が引いた。
夕方になって学校に戻ってきた遼四郎に、ナインたちが結果を聞いた。そして、笑う。
「なんというか、お前らしいというか、運が悪いような、そうでもないような……」
秀樹がぼやいた。
試合は2回戦から出場の形だった。ただし、この地域は出場校も多いので、1回戦はムリヤリ数を揃えるためのもの。1回戦を戦う学校の方が少ない。でも、対戦相手はその1回戦の勝者だった。
「相手は1回試合して勝ってきたところ、というわけだね」
「メチャクチャに弱いわけはないスよねえ」
一也と正則が話す。同じ公立か、新しめの私立、どちらかとの対戦になる。そして、自分たちの校名の横に、とんでもない名があった。
「まあ、シード校は3回戦から登場だから……」
遼四郎が頭を掻く。
「いいじゃないか。何がなんでも初戦を勝ちたくなる、最高の枠だぞ」
宙の言葉に、みんながうなずく。
「勝つぞ! そして、ぶつかるんだ」
宙が大きな声で言い、胸を張る。俺たちはドラゴンスレイヤーなんだ! そう言いたいようだった。
ハンナが主導する勉強会。今日はうどん屋近くの角の煮込み屋が舞台だった。
「行ったことはないけど、多摩広井っていうんだから東京の西側だねえ。要するに都に近い住宅地と思えばいいよ」
おばあさんが煮込みを仕込んでいる間に、話を聞きに来たのだ。最初、ヨーコはおばあさんの話が長くてまどろっこしく思った。遮ろうとしたのだが、ハンナが怖い顔をして止めた。結局、3時間ほどぶっ通しで話を聞くことになった。
その帰りにハンナが言う。
「話を止めなくてよかったでしょ」
ヨーコはうなずいた。別におばあさんの話が遼四郎たちに近いわけではなかった。でも、聞いていると、その世界の感覚、価値観、気候、地理など、いろんなものが吸収できた。その世界を見てきたような気分になる。
「私、焦りすぎてた。ごめん。それどころか、遼四郎たちと同じ世界にいる気にもなって、幸せだった」
ヨーコは正直に謝った。
「いいよ。何事もトライアンドエラー、なんだよね」
リサが遼四郎たちに教えてもらった言葉でフォローする。失敗して、そこから学んで、また挑戦する。自分たちの今が、そうだった。
「でも、信じられないほど人が住んでるらしいよ。私たち、出会えるのかな?」
ケイがおばあさんの話で衝撃を受けたのが、その人口の多さだった。1000万を超える人の中から、遼四郎たちを見つけられるのだろうか?
「会えるに決まってんじゃん。東京の西に電車っていうのに乗ってって、多摩広井高校に行きたいです! って聞けばいいんだよ。そこに行けば、あの駐屯地みたいなグラウンドがあるんだよ。そこでキャプテンたちは野球やってるんだよ。絶対、大丈夫じゃん」
ハンナの思いは強い。堅固なビジョンができていた。聞いているエリーたちまで、遼四郎に会う瞬間が目に浮かぶ。
「なんか、ハンナの話聞いてると、余裕に思えてきた。電車の話、聞いておいてマジでよかった!」
ヨーコがひとつ成長していた。ハンナが元気に言う。
「余裕に決まってんじゃん!」
7月の上旬。ついに夏の選手権大会、西東京大会がはじまる。1回戦は新設間もない私立高校が勝ち上がった。それが遼四郎たちの相手だった。
数日後のよく晴れた真夏日、多摩広井野球部は市民球場に入る。
「さあ、1年間、いや、それ以上かな? やってきたことを披露してみようか!」
1年生6人も混じっているので、遼四郎はあっちの世界の話はしない。でも、2年以上は全員が気づいた。
「そうだよなあ。あれだけのことやってきたんだ。まあ、ここで出さないと……」
勝利がその2年生以上の連中に、声をかける。みんなが笑う。
「俺たちはっ、ピーッ、なんだ! っていう、宙の最近の口癖だな」
秀樹が宙の方を向いて言った。みんなが笑う中、宙が叫ぶ。
「当たり前だっ、俺たちはドラゴンスレイヤーなんだ!」
伏せた意味がなくなった。不思議な顔をする1年生。
「我らがエースのおまじないの呪文だよ。試合中にも出るかもしれないけど、気にしないで」
一也がフォローを入れた。
対戦相手は数年前に新設された私立だった。スポーツに力は入れているが、野球は伝統が大きな価値観となる世界。強くなるとしたら、これからの学校だ。
それでも、部員は30人以上いる。16人しかおらず、ベンチ入り人数を埋められない多摩広井よりは、分がいい。監督も野球未経験などではなく、ちゃんとした指導ができる若い教師だった。さすがに甲子園は考えてなかったが、自分のやってきた野球を通して、いい教育をしたい、と思うくらいの野心はある。
だから、多摩広井の監督が形式上の存在だとは、すぐに見抜いた。ユニフォームを着慣れていないし、ノックもしない。
「じゃあ、あのキャプテンが率いているわけか……」
だから、揺さぶってやろうと考えた。セーフティバントで引っ掻き回してやろうとした。経験が浅いので、慌てるだろう。
だが、残念ながら、指揮経験は遼四郎の方が数十倍上だった。相手監督と選手の雰囲気を見て、気づく。
「宙、秀樹、かき回してくるぞ」
そう、目と手で合図した。宙が恐ろしい顔で笑う。そして、プレイボール。
高く上げた宙の左足が踏み込まれる。胸が大きく反る。腕がしなる。
「火球!」
世界が違うので、宙のボールに火はつかない。でも、相手の左打者には、そう見えただろう。バントの構えをしようとしたところで、恐怖で逃げた。
バスンッ、とスゴイ音をたてて、ボールは秀樹のミットに入る。インコース高め、バントしたくてもできない。それどころじゃない。当たったら死ぬと思う。それなのに、ストライク。
相手監督の顔が引きつった。仕掛けを読まれ、さらに、ねじ伏せられた。サードを守る遼四郎を見た。すさまじい顔でこっちを見ていた。
「何者なんだよ。あのサード……」
秀樹がその様子に気付いて、マスク越しにつぶやく。
「征竜将軍だよ」
そして、笑った。宙の2球目が来る。打てるわけがない。気合も経験値も違う。
絶好調で宙は初回を終えた。2三振と、わざと打たせたショートゴロだけの3者凡退。
「ヨーコの方が手ごわいぞっ」
そう口にしてマウンドを降りる。そして思う。
「ああ、会いたいぞ、見せたいぞ、ヨーコ!」
後ろから戻ってきた一也が笑う。
「心の中で思うだけにしといたら? いちいち聞こえてるよ」




