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8話 棒を振るのが野球部なんだよ

「絶対に逃げるな」

 自分たち一族の長にもあたる女王から、そんな言葉をかけられたエリーは、その場で軽く逆上してしまった。ただ、2回の夜を生き抜いた間柄でしかない遼四郎りょうしろうたち。しかし、彼女の中では、それはかけがえのない時間だ。否定されると、耐えられないほどの思い出。

「一緒に過ごしたこともない人に、彼らの何がわかるのよ」

 エリーはつぶやき、疲れ、そのまま、眠った。

 朝が来る。晴れていた。すぐに、遼四郎たちの存在を思い出す。顔を洗って、かんたんに服装をつくり、彼らのいる階下へ降りていく。

「おはよう!」

 遼四郎と富夫とみおのいる部屋に声をかける。中からは、まだ眠そうな声が聞こえた。そうだった。彼らは、疲労の極みのはずなのだ。慣れない場所で、竜と戦い、気を張り詰めて時間を過ごした。それなのに、深夜、彼女のために大きな勝負してくれたのだ。そんなことを語った女王の言葉を思い出す。また少し、涙が出そうになる。

「ごめんなさい。少し、早かったね」

 そう言って、扉の前に立つ。エリーは、待つことにした。

「誰が逃げるもんか。もし、嫌だと言われても、離れない」

 正午前、ようやく、遼四郎たちは起きてきた。

「もう、起きたの? 今日は、もっと寝ててもよかったんだよ」

 今度は、遼四郎たちを気遣えた。エリーは、少し、前進した気がした。


 午後になって、衛門府えもんふにいるナインたちのもとへ向かう。

「お、キャプテ~ン、どうだったスか?」

 いつものように正則まさのりの軽口からはじまる。手先から水が飛び出す宿命を乗り越えたようには、特に見えない。

「まあ、なんとかなったわ。俺らは征竜部隊せいりゅうぶたいになったぞ」

 遼四郎も、できるだけ軽い感じで返した。運命に乗っていくしかない。そんな気分だった。いくら点をとられたって、イニングが終わり、次の攻撃を待つ感覚。自分たちで仕掛けられる時間まで、気楽にやり過ごそうという気分だった。

「富夫君がね、スゴイの。偉いジジイたちが、もう、真っ青」

 エリーも調子を合わそうとした。ことの顛末を聞くナインに、エリーがおもしろおかしく昨夜の女王との謁見を語る。

「やっぱり、超戦士・富夫だね」

 指先から何も出なかったイケメンが、立ち直った様子で話した。広大な衛門府内にある別館の客間が彼らに与えられた場所だった。エリーの家同様に、不思議な和風建築の軒先のような場所で、彼らは笑い合った。

 そこに、ふたりの剣士がやってくる。

「お前たちが、噂の“トライビト”か」

 一方は、長い金髪で色白の男。後ろに短髪長身の男を引き連れている。

「誰?」

 遼四郎はエリーに聞いた。

竜掃使りゅうそうし長のジャスティン・スモールウッド。昨日いた左のジジイ、ジェラルド・スモールウッドのせがれよ。竜掃使長は、あなたと同格だけど、21歳だから、年上。後ろは副官のハーマン・ガーランドね。この国一の剣士とされるひとり」

 遼四郎に伝えるべき最低限を、エリーは急いで伝える。遼四郎は一気に考えた。そして、答えを用意する。

「スモールウッド竜掃使長。はじめて、ごあいさつします。この一団の長を務める、東遼四郎あずまりょうしろうです」

「おかしな連中だな。どいつもこいつも僧侶か? 髪を伸ばしちゃいかんのか? 前に来た“トライビト”は、戦士が多かったと聞くが、坊主で竜に勝てるのか?」

 一気にまくしたてるジャスティン・スモールウッド。遼四郎は、どこにでもこういうやつはいるんだな、と思う。野球部でも、似たような相手校がいる。相手を言葉で貶めて、ようやく自分らが立っているようなチームだ。だが、たいてい口先ばかりだ。弱小ながら、強豪に一泡吹かせたいと考える遼四郎たちとは、向き合い方が違う。そして、イキった口を利くわりには、富夫が現れると、黙る。自分たちと異なる風貌と想定外の巨体を恐れ、避ける。自分たちの世界だけの、小さくつまらない存在。

 案の定、富夫が気づいて、恐ろしい顔をつくって遼四郎の近くに位置を変える。耕平も視界に入る位置に場所をズラしていた。ひろしは右手を背中に回している。たぶん、手先では青い炎が燃えているのだろう。坊主頭への暴言が気に障ったのか、勝利かつとしもメガネの奥の目を燃やしている。

「いやあ、僕たちは野球部でしてね。わかんないだろうけど、たいてい、こんな頭でゲームする連中なんです。で、なんか用ですか?」

 あえて、遼四郎は少しぞんざいな言葉で返す。短髪の副官がムッとしたのが見えた。金髪も明らかに気分を害した。

「女王様から、いきなり征竜部隊長にされたと聞いているが、お前の腕前を見てみたい。軽く勝負してもらえないか?」

 金髪は、すでに上着を脱いでいた。庭の広い場所に出て、演習用の木の棒を手にしている。エリーがあわてて声をかける。

「ジャスティン、彼らはここに来て、まだ3日目なのよ。無茶をさせないで」

「女王の親族のエリーに近づいて地位を得るとは、至極つまらない坊主たちだな」

 ジャスティンは、わざわざ彼らの気分を逆なでする。ナインがカッとなるのを感じて、遼四郎は心を決めた。

「いいですよ。棒で殴り合えばいいんですね。野球部ですからね、棒を振り回すのは得意ですよ」

 そう言って、庭に出ていく。自分が出ようとした富夫と耕平に手で合図し、宙と勝利は目で制した。棒をとる。そして、向き合う。

「棒はそう構えるんですねえ」

 身体の正面で構えるスモールウッドに対し、遼四郎はバッターの構えで対した。撃剣において、これは大きな不利。でも、そうする。考えがある。

「なめてんのか? この坊主」

 ジャスティンは、つぶやく。そして、一気に前に出た。遼四郎は思う。

「ボールよりは遅い」

 小さなテイクバックから左足をステップする。棒の先端近くをねらった。上から振り下ろされる軌道に対し、少しかち上げるように振る。

「インコース高め!」

 ガチンッ、と棒がぶつかる。棒の先端をジャストミートされ、ジャスティンの体勢は大きく崩れた。想像のはるか上の打撃力だった。やられた、と彼は感じた。

 しかし、振り切った遼四郎の姿勢は、完全にフォロースルーの状態だった。そこから、第2撃を放つことは、ジャスティン以上に困難な姿勢。

 先に立て直したジャスティンは、そこに打ち込んだ。遼四郎の防御が間に合わない。ギリギリで受ける。さらに、3撃、4撃。遼四郎の腕がしびれ、限界が近い。

「やめえぇーい!」

 叫んだのは、富夫だった。あまりにデカい声のため、ジャスティンさえも止まった。息をつく遼四郎。

「ハハッ。俺の負けですね」

 遼四郎は言葉を発した。だが、ジャスティンは中途半端な気分しかない。

大音声だいおんじょうで仲間を救っても無駄だ。この程度の腕では、衛門府えもんふの恥になる。次はいるか、次を出せ!」

 ジャスティンの言葉に、大きく前に出たのは富夫だった。しかし、遼四郎は首を振った。そして、耕平と目を合わせる。ニッと笑って返す耕平。

「富夫、おまえじゃダメだ。スモールウッドさんをぶっ倒してしまう。だから、耕平、お前だ。ヒントは見せたぞ」

 副官のハーマンが怒って身体を前に出す。内心、もっと怒ったジャスティンは、それを手で制す。しかし、出てきた小柄な耕平を見て、怒りが表面化する。

「こんな小男がお前たちの次鋒じほうか? ふざけるな!」

「何言ってるんですか? そいつこそが、ウチの先鋒せんぽうですよ」

 遼四郎は返す。もう一度、ニッと笑う耕平。だが、遼四郎と異なり、棒は正しい剣術のような持ち方をしている。

 ジャスティンも構えた。そう、見えた瞬間に、耕平はさらに笑い、そして、突っ込んでいた。

「奇襲のつもりか!」

 ジャスティンは耕平の一撃を払おうとした。だが、耕平は彼の至近で急にヒザを緩め、棒を流すように弾いた。思った以上にジャスティンの棒が流れ、姿勢が崩れる。

 さらに、ヒザを折って低い姿勢になる耕平。小柄な男に真下にもぐり込まれ、ジャスティンは一瞬、耕平を見失う。

「隙!」

 耕平は小さく棒を振るい、ジャスティンの胴を薙いだ。剣ならば、腹を割かれている一撃だった。

「ハイ、1本! 勝負あり、ですよね」

 すかさず、遼四郎は声を出す。ここで、逆上したジャスティンが打ち込むと、耕平の分が悪いのだ。

「スゴイよ、耕平君! 竜掃使長から1本とるなんて」

 いつから見ていたのか、ハンナが声をかけた。リサもいる。彼女らも剣士だ。続けると耕平が不利なのはわかった。だから、声をかける。自分たちが面倒を見る耕平が勝ち、実は痛快なのだ。

 ムッとするジャスティンは、怒りをどこかにぶつけよう睨みまわす。次に、憎しみをナインたちにぶつけようとしたとき、切っ先を制して遼四郎が声をかけた。

「スモールウッドさん、ウチの富夫と、そちらの副官さんとの勝負で終わりにしませんか? どっちも大男同士、恨みっこなしで」

 ハーマンは怒りを隠さず、すでに前に出ていた。今日は積極的な富夫も前に出ている。だが、遼四郎はあえて富夫を近くに足を運び、その巨大な肩を抱いて言う。

「たぶん、技術は相手が数段上だと思う。でも、元の腕力で互角、今は2割増しの富夫なら、力だけで圧勝だろう。一発目だけ、フルスイングしてやれ。後は、軽くでいい。相手はいい剣士らしいから、バカじゃないはず。降りてくれる」

 そうして、高い位置にある富夫のケツを叩く。富夫がうれしそうに笑う。遼四郎の言葉は、この巨人をさらに大きくする。

 ふたりの大男が棒を構えた。富夫の構えも、一応の撃剣風だった。少しの間を置き、動いたのは富夫だ。さっき以上の大声で、喚きかかる。

「絶対、当たる!」

 突っ込みながら、富夫は棒を横にしてテイクバック。そのまま、フルスイングした。

 爆風のような一撃。ハーマンはとっさに棒を立てた。両手で持って受けた。身体の芯まで衝撃が突き抜ける。

「ムリだ」

 そう悟った。人間が受ける一撃じゃない。竜を討つためだけにある一撃。それでも、ハーマンは崩れる体勢の中、2撃目に備えたかった。でも、間に合わない。恐怖ではなく、あきらめが先に来た。

 だが、富夫の棒は来なかった。棒を振りかぶった長身の青年は、ハーマンの目を見て、振り返り、離れていった。さっきまでの怒りは、どこかに消えた。手と腕のしびれは、続いている。足も痙攣している。でも、勝負を終えた者として、立ち、そこから深く礼をした。

 まだ、今起きたことは正確に理解できていない。でも、ハーマンはうれしくなってくる。

「竜に勝てるんだ」

 そんな気分を感じながら、この長身の青年へ、素直な敬意を払った。


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