78話 もう、遅いのだ
気が付くと、遼四郎たちはいつもの校庭に転がっていた。
「なんだあ、いったい?」
ちょっと、思考がうまくできない。いつもの白ユニフォームだった。周囲に野球道具が散乱している。
「ああ、戻っちまったのか?」
横で宙がブツブツ言いながら、遼四郎を見ている。そして、叫ぶ。
「だああっ! バカかお前はっ。なんでそんなモン持ってきてんだよ!」
見ると、遼四郎の右手近くに日本刀が転がっている。富夫の横には大槍だ。
「や、やべえぞ。部室にしまえ! というか、全員部室に入れ」
遼四郎はようやく状況がわかってきた。そして、部室にバットなどと一緒に日本刀を担ぎこむ。富夫は槍を持っている。10人全員がいつもの汗臭い場所に飛び込む。
軽いパニックに全員が荒い息をする。みんなで目を合わせる。
「竜を倒したよな?」
みんなが無言でうなずく。どうやら、ひとりで変な夢を見ていたのではないようだ。
「エリーやヨーコ、ハンナ、ケイ、リサのことおぼえてる?」
また全員がうなずく。
「俺たち、帰ってきた?」
また、繰り返す。そこまで聞いて、ようやく、状況確認ができた。だが、宙が怒る。
「当たり前のことを何回も聞くな。お前がその日本刀で白竜倒したから、ここにいるんだろ!」
この男は根本が自己中だった。自分の感覚が先。だから、まどろっこしい遼四郎に腹が立つ。自分たちは、別の世界で多くの知己を得て、竜を討ち、戻ってきた。それ以外に考えられない。
「まあ、そうだけど。変な夢だった可能性もあるだろ。だから、聞いたんだよ」
遼四郎が言い訳する。
「変な夢のわけないだろうが! あんなにいい夢見られるかっ」
今度は勝利が激怒した。人生初の彼女を置いてきてしまったのだ。
「ところで、どうすんだよ、コレ?」
秀樹が日本刀と槍を指さす。恐ろしく物騒な存在感で、それは部室に転がっていた。
「ほら、あの優勝旗につけるヤツあるじゃん。アレということに……」
遼四郎が言うと、宙がまた怒る。
「こんなマジの槍つけるヤツいるかっ。だいたい、ウチは優勝どころか、勝ったことさえない!」
たしかにそうだった。だから、勝ちたくて練習してきたのだ。
「まあ、ほかの部のヤツが紛れ込んだということにしよう。日本刀の方は、歴史マニアの宙の私物というところかな」
一也が冷静にまとめた。宙は怒ったが、とにかく、今は隠すしかない。
「ところで、この髪どうする? たぶん、今日は俺たちが消えたあの日だよ。気候が5月っぽいし、風景が同じだ。急に伸びた形になるから、マズいかも」
富夫が自分の髪を触りながら、言う。一也が絶望的な顔をした。
「また、坊主にするしかないね」
全員がゲンナリする。
「バリカン、どっかにあったよな。それで全員が頭を丸めて、バリカン捨てよう。明日から、野球部は坊主禁止だ」
遼四郎が悲痛な顔で言った。みんな、逆らえない。だって、しょうがない。
言いだした遼四郎が、自分からバリカンを頭に当てた。音を鳴らして、伸びた髪が床に落ちる。
「この髪が伸びる間、俺たち、竜と向き合ってたんだな。仲良しの女子や、いいヤツらに囲まれて、楽しかったよな」
遼四郎が、そう言って泣きはじめる。次々に髪を刈り、涙を流すナイン。
「会いたいな。さっきまで一緒にいたのに、もう会いたいよっ!」
勝利がメガネを曇らせて大きな声で泣いた。
征竜軍はグレッグが中心となって、トマスとハーマンが補佐する形で帰路にあった。エリーが遼四郎の副官として率いる案もあったが、すでに竜は倒したのだ。この軍は女王のもとに返すべきものになっていた。もう、正式には征竜軍ではない。
それ以上に、エリーやヨーコたちの喪失感の大きさがいたたまれなかった。だから、グレッグが声をかけたのだ。
「みんなは十分にやってくれたよ。あとは、年長者にまかせてくれ。遼四郎たちの思いは、絶対に守るから」
彼はそう言って軍をまとめた。ハーマンとトマスも、使い物にならないように見えた。でも、声をかけると、さすがに仕事をはじめた。帰路は草原の駐屯地に近い、東のルートにした。
そのトマスはずっと考えていた。最後に白竜を倒しに行くとき、遼四郎は彼を見た。
「後は頼んだぞ、トマス!」
やさしく笑って、そう言ったのだ。てっきり、あの場の指揮を委ねられたのだと思った。でも、それなら、なんで笑ったのだ。あんなにいい顔で、自分を見てくれたのだ?
最初は互いに嫌っていたと思う。でも、遼四郎はアプローチしてきた。殴り合いそうな瞬間もあった。いつしか、一緒に笑うようになった。征竜軍を一緒に動かしていく中、生まれてはじめて、親友を得たと感じた。
そして、言ってくれたのだ。
「後は頼んだぞ」
意味がわかった。腹の底から、何かが湧いてくる。勝手に身体が震えてくる。何やってんだ、自分は。遼四郎は、俺を信じてくれたんだよ!
「グレッグ、今日はムリをせず、次の林で野営にしよう。みんなで、カレーを食おう」
遼四郎たちがいなくなった征竜軍は、その悲しさを埋めるように、休むことなく動いてきた。動いていれば、喪失感に向き合うことも少ない。500もの兵が同じ気分だった。
「大丈夫かな? みんなが心を壊してしまうかもしれない」
グレッグが心配する。
「たぶん、大丈夫だ。それに、俺がやらないと、いけないんだ」
トマスはグレッグをしっかり見た。見られたグレッグが驚く。遼四郎が何かを決めたときのような顔をしていたからだ。
夕方から、カレーの準備をはじめる征竜軍。覇気はないが、カレーは好きだった。陸に怒られないように、一所懸命やる。でも、怒ってくれる陸がいない。それでも、大将とイーデンの指示が飛ぶと、みんなが動く。
夜になる。カレーの皿を手にした兵士たちの前に、トマスが立った。
「みんな、ありがとう! キャプテンたちやみんなのおかげで、この国は変わる」
宰相の倅が、何を話すのだという空気がある。でも、トマスは気にしない。それが自分なのだ。
「俺のことなんか、気にするな。でも、みんなが好きだったキャプテンたちの話をしてやる。アイツは女王様の前で竜を倒すと言った。そして、実現した!」
兵たちがうなずいた。
「アイツは、俺が南に大きな町をつくりたいと言うと、できると言ってくれた。その候補地にみんなで至った。あの草原の駐屯地だ!」
兵たちはまた、うなずいた。
「陸はこのカレーの味を教えてくれた。勝利は人間の住む世界に竜が来なくなる方法を示してくれた。一也と秀樹はみんなに野球を教えてくれた。正則はお前たちの友だった。省吾は野球のおもしろさを3球で見せつけてくれた。耕平はいつも竜の前で勇壮だった。宙は最強の能力同様に暑苦しい性格だった。富夫はただただ純粋なのに、竜と人の強さを、その身体ひとつで逆転してくれた!」
兵たちの中に、熱いものが湧いてきた。そして、トマスは言う。
「キャプテンは、最後にルートを決めるとき、誰も死なせたくない、ケガさせることさえ、耐えられない、そう言ってくれた……」
誰ひとり欠けることなかった征竜軍がシンとする。爆発するように涙が流れる。
「あの愛すべき友がくれたこの世界を、俺たちはいいものにしよう。前を向いて、どん欲に楽しいものにしよう。未来は俺たちの手の中にある。春になったら、野球をし、夏になったら海水浴を楽しむ。キジやハトを食い、ヒツジ料理は名物だ。そして、週に1回はカレーを食う。そんな未来をつくろう」
グレッグは舌を巻いていた。あのトマスが、こんなことをする。遼四郎がそこにいる気さえした。
「もう、腹が減った。カレー食うぞ!」
「オオッ!」
トマスの叫びに、全軍が応じた。
「いっただっきっ、まぁーすっ!」
ものすごい熱でカレーを食い出す。泣く。さらに食う。
戻ってきたトマスの背中を、ハンナが軽く叩いてやる。
「最高だよ、アンタ」
トマスが少し、疲れたような顔をした。リサとケイがカレーの皿と水を持ってきてやる。遼四郎とは違うけど、それと同じ役割をトマスは果たしたのだ。立派なものだった。
みんなで思い出を語り合う。エリーは最初に出会ったときの話を、こと細かく語った。全員坊主だから、僧侶だと思ったというくだりで、みんな爆笑した。
「だって、しょうがないでしょ! 白い服着た坊主の人が10人もいるんだもん」
エリーがふくれるが、リサとハンナも同意する。
「しょうがないよね~。みんな急に直立するし」
「私もあれでやられたんです」
ケイも出会いを思い出す。そんなに前のことじゃないのに、遠い思い出のような気持ち。
でも、ヨーコは少し違った。最初に会ったのは宙と省吾のふたりだった。だから、緊張なんかなかった。
「宙、どうしてるかな?」
一緒に食べたうどんが懐かしい。
そこに、ジュリアンが派遣してきた伝達隊が至る。基本的にトマスとグレッグ宛の書類ばかりだが、中にハンナに宛てたものが混ざっていた。
「ん、なんだろうね?」
そう言って、ハンナは封を切る。書いたのはジュリアンらしい。
少しの時間読んで、ハンナが言う。
「なんで、今さら……」
そのまま、ハンナは絶句した。ヨーコが勝手にとる、読んだ。
「なになに? あっちの世界に行くには思いが深いモノが……」
そこで、ヨーコも崩れた。エリーたちが慌ててみんなで見る。そして、崩れる。
「なんでもう少し早く、教えてくれないのよぉっ!」
ブチ切れたのはヨーコだった。
「私たち、何も渡してないよ。気持ちを大事にする人だから、モノなんか、あげなくてもよかったから」
リサがつぶやいた。ケイとエリーが放心状態だった。
ハンナに断って、トマスとハーマン、グレッグも見た。トマスはすべてを思い出そうとした。そして、あきらめた。何も彼らには渡していない。
「俺たちの世界のモノなんか、つまらないだろうと思ってしまった。そんなの、こっちの勝手な思い込みなのに……」
土産ひとつ持たさなかった自分を悔いる。寄せ書きでも渡せばよかった。でも、もう遅いのだ。




