77話 ありがとう
海岸線近くに展開した征竜軍。左右に広がり、5列に分かれた。そして、先頭には征竜隊が位置し、中心に遼四郎がいる。
「行くぞ!」
言って、遼四郎が真っ先に駆けだす。征竜隊も横に広がって駆ける。そして、低く飛ぶ。海面を蹴るほどの高さで、彼らは200メートルほどの距離をまっすぐに進む。
眼前に迫る巨大な岩の壁。高く高く駆け上がった。竜たちのいる島を見下ろした。数百ほどの竜が見える。群れて休んでいるのか? 中心付近に3体の大竜がいる、そいつらが囲む形で、白い中型の竜。
「お前かっ!」
遼四郎が叫ぶと、白竜と大竜らが顔を上げた。目が合った。同時に遼四郎の左側にいた正則が腕を振る。
「雨よっ、振れ!」
水塊をぶん投げた。巨大に膨らんだ水が竜の群れの上空で弾ける、雨のように降り注ぐ。さらに、省吾が両腕を振るう。電撃が広く竜たちの群れに向かう。
濡れた竜たちの間を高圧の雷が駆け抜けた。動こうとした竜たちが止まる。
「正則っ、もう一発!」
ヨーコの声がしたときには、もう、正則は振りかぶっていた。
「本命っ!」
手を離れた水に、ヨーコが腕を向ける。
「アイス、チャージッ!」
今度は、砕けた氷塊が竜たちを襲う。何もできずにバタバタと竜らが崩れる。だが、さすがの大竜はそれにも耐えて飛ぶ。その中心に白竜。異様な挙動だった。翼で飛んでいる感じではない。術か何かで飛んでいる。
「風だ! 風の術だ」
耕平がその方向に飛びながら、言う。なるほど、そんな感じだった。だから、異様な角度で曲がってくる。
そこに、グレッグが率いる兵たちが殺到する。次の列を率いたのは大将だった。
「こっちはまかせろ! 白いヤツらを頼む」
グレッグが声をかける。遼四郎は目を合わせて笑う。そして、風を蹴って、白竜に向かう。
「正則、何発も悪いが、アイツら仲がいいらしく、まとまってる!」
遼四郎が言うと、正則はすべてわかって笑う。
「仲がよすぎて、腹が立つっスね」
正則がタイミングを計る間に、勝利とリサを見る。目を合わせただけで、勝利だけでなく、リサもうなずいていた。
「バラバラになったデカいお友達は、耕平と宙、富夫とヨーコ、俺とハンナの3組で行くぞ。省吾、お前は白いヤツと遊んでやれ、ヤバいときはハーマンとほかのみんなで援護!」
遼四郎が大声で言うと、みんなが応じた。
「オオッ!」
白竜と大竜3体の動きをつかんだ正則が、連中の曲がりっぱなに水塊をぶつけた。大竜一体がモロに喰らった形になったが、それでも立て直してくる。だが、ほかの2体は左右に散っている。そこに勝利とリサがそれぞれに切り込む。
そう見せかけて、ふたりは急に方向を変える。大竜らはそれを追う形になってさらに散る。中心に残された形の白竜は省吾の電撃を避ける。でも、省吾のそれは曲る。さらに曲る。白竜が孤立する。
正則の水を喰らった大竜には、ヨーコが向かっていた。
「寒いでしょうけど、私はさらにいじわるなの!」
水が凍った。大竜は動けない。そこに富夫が駆け込んでいる。
「さすがに絶対、当たぁーるっ!」
フルスイングした。首が切られ、絶命したそれが落下する。
勝利が引きはがした大竜にまっすぐ突っ込んだのは耕平だった。彼はデカい頭に取りついて、上から突き刺す格好でニッと笑う。だが、竜は翼をはためかせて、そこから逃れた。そのはずだった。
「遼四郎級のバカだろ、お前!」
そこには腕を振る宙がいた。距離は10メートルほどしかない。宙の火球は瞬間的にその口の中に放り込まれていた。
ボフンッ、という変な音がして、竜の頭が砕けた。2体目の大竜が落ちる。
逃げるリサを追う大竜。遼四郎とハンナが、そのリサとすれ違う。
「なんだ、キャプテン。私のこと好きなんじゃん~」
ハンナはうれしそうに軽口を言う。ニコニコしながら遼四郎が応じる。
「ハンナと一緒なら、楽しい気がしてなっ」
向かってくる大竜に、遼四郎が突っ込む。
「もっと早く言ってくれれば、もっと楽しかったぞ~」
ハンナは戦闘中だけど、遼四郎と遊んでる気がしてきた。軽く風を蹴って、竜の頭の上を越えた。なんか、楽しい。振り返る。竜の頭の向こうで遼四郎が笑ってる。やっぱり、この人最高!
ハンナは竜のうなじに向かって槍を走らせた。向こう側では、同じ方向に遼四郎の日本刀が突っ走っている。左打者と右打者の共同作業。
ビュッ、と鳴る風を切る音と一緒に、大竜の首がすっ飛んだ。胴と別々になって、落ちていく。
「また遊ぼうね、キャプテン!」
ハンナが笑っていた。
白竜が省吾とハーマンらの攻撃を避け続ける。だが、避けた先には必ず一也が矢を射こんでいる。反対に逃げれば、秀樹が射る。白竜は異様な動きができるが、大竜と違い大きさは中型だった。矢が通る。すでに2矢が胴と背中に突き立っていた。
たまらず、白竜が風を蹴って真下に落ちるように逃げた。
「おいおい、僕たちは野球部なんだけどなあ」
一也が困ったような声で言う。
「グラウンドは俺たちにとっちゃ、庭だ、庭。ハーマン、省吾、追っかけるぞ」
秀樹が言うと、ハーマンら白竜を相手にしていたみんながうなずく。
その動きを見ていた遼四郎や耕平たちも、追って地上に向かう。
地上近くでは、グレッグ率いる征竜軍の兵たちが、中型と小型を攻めていた。数は多いが、最初の正則や省吾の攻撃が効いていた。完全に優勢な形で、竜たちを包囲していたのだ。だが、その真ん中に白竜が落ちるようにやってくる。竜たちの統制がガラッと変わった。
征竜隊のみんなが地上に降下する。最後に少し離れたところに降りる遼四郎。
すると、白竜は遼四郎を見た。ほかの誰でもない。明らかに遼四郎だった。
「なんだよ。俺に文句あるのか? まあ、そりゃ、そうだろうけど」
そう言って遼四郎がニヤッと笑った瞬間、飛びあがった数十の中型が、遼四郎ひとりの方に殺到する。
ヤバい、と察知したのは宙も正則も同じだった。瞬間的に投げた。だが、大きなモーションをつくれなかった分、威力が少ない。火球も水塊も数体を落としただけ。慌てて省吾が電撃を放つ。ヨーコが凍らせる。それでも、まだ数がある。
「リーダーが、わかるのかっ」
グレッグがすっ飛んできて、切りかかる。ハーマンが突っ走った。富夫と大将が打ちこみ、一也と秀樹が射る。遼四郎の前に陸が立った。そして、まさかのトマスがいる。近づく中型をふたりで切り飛ばした。
だが、遼四郎はそれよりずっと向こうを見ていた。ケイの援護を受けて、耕平が白竜に向かっていた。勝利とリサが走っている。必殺の位置にハンナがいる。
「わかってるなあ、お前たち! 後は頼んだぞ、トマス!」
遼四郎が駆けた、風を蹴った。察知したエリーとヨーコが必死に追う。
グレッグの横を遼四郎は過ぎた。
「最高の時間だった。お前を忘れない!」
グレッグがそう叫んだ。次の一歩、ハーマンとすれ違う。
「楽しかった!俺の青春だっ」
ハーマンが、剣を握っていない方の拳を突き出して言う。
眼下に大将がいる。遼四郎は目を合わせた。互いに笑った。
富夫や兵たちともみ合う中型を下に見ながら、遼四郎は白竜を目でとらえる。
「よく考えれば、理不尽な関係だ。でも、俺はお前を倒さなきゃイカン。悪いな」
そんな思いで睨む。その白竜はケイの短弓を嫌って逃げる。それでも遼四郎を見ている。そこに耕平が切りかかる。ギリギリで白竜が避ける。さらに、勝利とリサが挟み込んだ。たまらず、前に逃げた。そこに、ハンナ。槍は振りかぶられていた。風を切る音。
真下に逃げて着地した。でも、みんながつないだチャンスを遼四郎は逃さない。つかむ。
日本刀を後ろに引きながら、左足を踏み込む。白竜が止まった。ヨーコが凍らせていた。目が合った。互いに挑むように見る。振りぬいた。白竜の首が裂ける。
飛び上がっていたエリーが、さらに白竜の上に舞い降りる。そのまま、白竜を真上から細剣で貫く。命に届いた。
互いに白竜の向こう側になった遼四郎とエリーが目を合わせた。呼吸を整えようとした。ヨーコやハンナも、ケイとリサも同じだった。
すると、遼四郎はクラッとした。眼前が歪んだ。なんだよ、もう来るのかよ。何の余韻もないじゃないか……。
そう思って、遼四郎はみんなを見た。どうするか、決めてなかった。だから、こう言うことにした。
「ありがとう」
最後まで言えたのかわからない。エリーを見た、何もかも消えた。
呆然とするエリー。成し遂げた瞬間に遼四郎はいなくなった。近くにいた耕平も、勝利も、もういない。
残った竜たちが攻撃をやめていた。バラバラに高く飛び、どこかへ散っていく。
「本当に、行っちゃったの?」
理解できていない様子で、ハンナが歩いてくる。さっきまで遼四郎がいたところに、へたり込む。地面を探す。何も残っていない。
「勝利、勝利?」
リサが周囲を見回して、大事な人を探す。でも、いない。
ケイは言葉が出てこない。夢でも見ていた気がする。でも、耕平や遼四郎のことを思い出せる。記憶からなくなったりはしていない。
ヨーコの金髪を絶望の風が突き抜ける。何かしようとしていた。でも、何もできなかった。そのまま、消えられてしまった。
「何が、ありがとう、よ。これじゃ、本当のお別れみたいじゃん。バカにしないでよ」
悪態をついてみる。でも、もう遼四郎は笑ってくれない。宙はツッコんでくれない。本当にお別れしたのだった。




