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76話 私を待っていて

 征竜軍が西の河へ出てから3日が過ぎた。秀樹が言っていたように海が見えてきた。

「はは、夏に来たら、楽しそうだな」

 遼四郎りょうしろうが陽気な声で言う。草原の駐屯地を出てから、彼はずっとこんな調子だった。ただ明るく、楽しく、元気に軍を率いている。

 対するエリーたちは、だんだんと沈鬱になっていたのだが、遼四郎が陽気なので表に出せない。軽口を合わせている間に、ここまで来てしまった。

「泳いだら風邪ひいちまうけど、みんな海ははじめてなんだよな。波打ち際でメシ食って、キャッチボールでもしようか」

 相変わらず、軽い感じで提案する遼四郎。ただし、海は魅力的だった。

「いいね。みんな海に近づきたくてウズウズしてるみたいだし」

 エリーが賛成した。でも、頭の別の部分では、こんなに軽くていいのかな、とも思う。

 こうして、征竜軍500が浜辺で休憩をとる。食事の担当は火を起こし、あり合わせではあるが、温かいものをつくりはじめる。

 そうでない者たちは、波打ち際に殺到した。生まれてはじめての海でキャッキャと遊んでいる。

「トマスさ、東西の河のどこかに大きなダムでもつくれば、ダム湖が竜を止めてくれるんじゃないかな。そうすれば、海で遊べる未来もあるかも」

 座って海を見ていたトマスに勝利かつとしが声をかける。似た考えを持っていたので、不思議な気分で勝利を見上げた。

「水をせき止めて、湖をつくるのか?」

 トマスが聞くので、勝利はとなりに座る。

「そうそう。河をせき止めて、下流に流す量を減らすんだ。すると、上流の低いところが湖になる。俺たちの世界では治水のためによくやってる。竜にとって、いい水飲み場ができるから、都まで出向く必要もなくなる」

 相変わらず、知識があっていいヤツだとトマスは思う。そして、そんな勝利と話すことも、もうすぐなくなることを思い出す。

「なるほどな。いい案だ。都に戻ったら、さっそく提案してみるよ」

 都に戻るという思考が、また、トマスをさみしくする。戻ったときは、もう、勝利はいないのだ。


 海で遊んでから3日が過ぎる。海を右に見ながら征竜軍は進んでいた。秀樹らが一度来ているので、行軍もスムーズだった。

 そして、山が見えてくる。その先に竜の巣がある。

「少人数ずつ進んで、山裾に行こう。竜に見つかったら、倒せ」

 遼四郎の下知に全軍が少しずつ動く。幸いにも、竜が来ることはなかった。征竜軍は最後の拠点に至った。

 耕平に導かれ、遼四郎が高度を抑えて飛ぶ。山の上へと登る。そこから、竜の巣を見てみる。

「ああ、たしかにあれが巣だな。高い岩に囲まれて、中が見えないのは厄介だが、行くしかないわけか」

 遼四郎の言葉に耕平が応じる。

「広く横に展開して、低く突っ走ってやろうか? 最後の最後まで、見つからない可能性もある」

 ニッと笑う耕平に、遼四郎がうなずく。

「初回にたたみかける手か? 強豪校みたいだな」

 ふたりは笑って、山を下りた。


 遼四郎たちと同じようにして、征竜隊や兵の主だった者たちが竜の巣を確認した。

 そして、遼四郎の近くに集まる。

「100人ひと組で左右に散開し、5列つくる。最初に俺たちが波打ち際から低く飛んで、一撃目を与える。みんなは順に飛んで、一矢ずつ放ち、竜の島の端に着地だ。それが5段続くと、かなりのダメージを与えられる。その後、竜の親玉とやりあっているはずの俺たちを援護してくれ。明日の朝、やる」

 遼四郎は問答無用に竜との決着をつける気だった。

「でも、それじゃ、みなさんの負担が大きすぎませんか?」

 イーデンが声にする。兵たちがうなずいている。

「たいしたことじゃない。竜の親玉を見つけて倒せばいいんだ。俺たちはそれを急ぐ。みんなは、わずらわしい中小の竜をその間引きつけてくれればいい」

 遼四郎の言葉に、富夫が槍を手に大きくうなずいた。武神が肯定しているのだ。みんな、従うしかない。


 夜になる。もう、夜になってしまった。夕食は陸がカレーを煮た。みんなをひとつにした、思い出の味だった。でも、これが最後。以後、カレーを煮ても、陸はいないのだ。

「うまいよ。でも、なんでだろう、うまいもん食ってるのに、悲しいな」

 兵のみんなは、そんなことを言いながらカレーを口に運ぶ。

 戦をしに来てるんだから、戦の準備をする。メシを食うのも、その中に入る。でも、時間がどんどん過ぎてしまう。

 エリーもヨーコ、ハーマンらも同じだった。何かしておきたいのに、過ぎてほしくない時間が勝手に去っていく。焦る。

 それを見てとった遼四郎が、みんなに言う。

「みんな、何もしなくていい。思い出はたくさんもらったよ。忘れられないくらい、みんなはくれた。だから、いいんだ」

 富夫や正則たちが、兵のみんなの方を見て、その言葉にうなずく。目で伝えた。ありがとう、と。

 兵のみんながむせび泣く。

「何言ってんですか。それは、こっちのセリフです……」

 何人かが、そんなことを言った。巨大な嗚咽が起こる。

 

 夕食の後、それでもエリーは立ち上がった。遼四郎の幕舎に向かう。

「何もしなくていいと遼四郎は言ったけど、私はそうはいかないの。入っていい?」

 エリーらしくない強い口調だった。

「もちろん、どうぞ」

 中には、すでにトマスが来ていた。奥の富夫の横にはハーマンもいる。

「今、作戦行動を引き伸ばせというトマスの提案を却下したところだ」

 遼四郎が笑って言う。エリーもそんなことは無意味だとわかっていた。でも、誰かが提案してしまうのもわかる。

 すると、エリーの後ろからヨーコ、ケイ、ハンナ、リサも入ってくる。

「何、エリーは抜け駆けしようとしてたの?」

 ヨーコが意地の悪いことを言う。でも、エリーには断固たる決意がある。

「私が決めて、私が来たの。だから、私から遼四郎に話します!」

 エリーは譲らない。まっすぐ遼四郎を見る。

「遼四郎、離れ離れになってしまっても、私を待っていてください。必ず私は、あなたのところに行きます。絶対にです。それでも、いつまでたっても行けなかったら、また、竜か獣に襲われて私は怖い目に合うことにします。あなたはまた私を助けに来ないといけません」

 トマスやハーマンがいようが、後ろでヨーコが聞いてようが、どうでもよかった。自分の決意だけは、遼四郎にわかってもらいたい。

 遼四郎はあっけにとられて聞いていたが、少し時間を置いて笑う。

「エリーが自分で決めて、自分でそうするんだ。それでいいと思うよ。言われた通りに、俺はキミを待つ。来るまでずっとだ。もし、竜や獣に襲われて怖いときは、もちろん、呼んでくれ。必ず行くよ」

 そう話す遼四郎を見て、エリーはうれしくなる。この人は、どこかでそれを信じている。バカバカしい話だなんて、思っていない。

「ダメよ。行くのは私よ。何がなんでも行くからね。お別れなんかしてやらないからね。それから、今度来るときは私のところに来なさい。獣にでもなんでも襲われてやるから!」

 ヨーコが後ろからツッコんだ。すると、ハンナが怒る。

「私が先に決めたんだからね。ぜーったいに、キャプテンたちのところで野球するの! みんなが私と野球したいって、伝えてくれたんだもん」

 ケイが割って入る。

「さっき、耕平君についていくと言いました。キャプテンにも伝えないといけないから、来たんです」

「私も同じ。勝利に言ったから、キャプテンにも言わなきゃ、ビックリすると思って」

 リサも同じように言う。

「大丈夫、みんなを俺は待ってる。小遣い貯めて、なんかごちそうするよ」

 遼四郎がまじめに言う。

「どうせ駄菓子屋でしょ!」

「ガキじゃあるまいし、もうちょい、マシなもんにするよ」

「でも、駄菓子屋さん行きたいよ。楽しそう!」

 ヨーコと遼四郎のやり取りに、ハンナが加わる。エリーはこんなつもりじゃなかったけど、これでいいのかもしれない。大事なことは再会後でいい、そんな風に思えてきた。


 朝になった。軽く朝食をとった後、遼四郎は武具を整え、腰の日本刀をぶち込む。横では富夫が大槍を手にしていた。

「さあ、試合当日だな」

 ふたりは目を合わせて、幕舎から出た。

 征竜軍全軍が集まっている。完全武装の形だった。遼四郎の左右には、征竜隊がそろう。さらに、ハーマン、トマス、グレッグ。

 遼四郎は全員を見渡した。準備はできている。闘志も十分に感じる。うなずく。

「出陣!」

 遼四郎が声を上げると、兵たちが歩きはじめる。遼四郎らも振り向き、歩きはじめる。山を迂回すれば、その先に竜の巣がある。



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