75話 つかんでしまえ、離すな
試合をした翌日は、遠征の準備に充てた。遼四郎たちは、行軍について、結論を出す必要がある。主な面々が彼の幕舎に集まっていた。
「で、どのルートで竜の巣に向かう?」
口を開いたのはグレッグ。大軍の歩兵を率いるので、ルートと想定日数によって、準備にいくらかの差が出る。
「西のルートが遠回りだが安全性は高い。最短は中央の荒野だが、耕平ら偵察隊の報告では危険が多い。東のルートは、距離も近く、河の水も使えるので水運の便がいい」
トマスが整理して説明した。
「西のルートは比較的安全だ。水を飲みに来た少数の竜にしか遭遇しなかったし、川沿いだから水はある。意味が大きいのが、最後に山の影に入れるところだ。捕捉されるのをギリギリまで引き伸ばせる」
その西のルートへの偵察隊を率いた秀樹が言う。これに対し、東のルートを偵察した勝利が説明を加える。
「東のルートの利点は、距離が近いことだろうな。さらに、ここからの水運が使えるので、物資運搬もスムーズだろう。ただし、竜にやたら出会う。最後は丘があるだけなので、大軍ならば、その前に捕捉される」
これに対し、残る中央ルートを知る耕平は何も言わない。勧める点がないからだ。
「トマス、物資輸送の差は大きいのか?」
遼四郎が聞いた。
「ここはすでに小舟を使っているからな。それを使えば、担いでいく量がかなり減る」
それを聞いて、遼四郎がうなる。少し考え、口を開いた。
「それでも、西のルートがいい。俺、もう誰も死なせたくないんだ。ケガさせるのさえ、耐えられない」
聞いたグレッグは、笑っていた。
「まったく、軍人失格の発言だな。でも、遼四郎らしい。それでいいと思う」
ハーマンも下を向いて笑っている。そんななまっちろいことを考えるヤツは、以前ならぶん殴っていた気がする。でも、今はそれが正しいと感じる。ジャスティンが生きていたら、同じようになっていたようにも思う。
「俺も賛成だ」
ハーマンが言うと、みんながうなずいた。
「そう言ってくれると思ったよ」
トマスが遼四郎に言う。輸送を司る彼だが、それでも、慎重策がいいと考えていた。何の危険もなく、粛々と作業をこなすように竜を倒すことができれば、それに越したことはないのだ。
その日の間中、荷車に物資を積み込むなど、全軍は作業に明け暮れた。トマスは自分がこの場に残って、物資輸送の任務に就くことも考えた。でも、遼四郎が先に言った。
「トマス、全軍で行くぞ。みんなで一緒だ。ここは一度空っぽにしていい。数日後には、中継地点から兵が来れるんだろう? それで十分だ」
トマスはうれしかった。実は残りたくなかったのだ。ここで別れれば、もう、遼四郎たちと会うこともない。それは耐えられない悲しみだ。
彼の気持ちを知っていたのかいないのか、遼四郎は笑って立ち去った。今、トマスは幕舎の中で、都へ送る報告書を書いている。
「トマス、入っていい?」
声をかけてきたのは、ハンナだった。トマスの幕舎に来るのは、はじめてのはずだ。
「めずらしい人が来るもんだな」
そう答えた。別に仲が悪いわけではないが、軍務上は現場型のハンナと裏方側のトマスになり、接点は少ない。日常生活でも性格的に陽性と陰性にはっきり分かれるので、まあ、やりとりすることもない。
「嫌がらなくてもいいでしょ。ちょっとお願いがあってね」
笑ってハンナが手に持った封書を見せる。
「あなたの報告書と一緒にね、これも都へ送ってほしいの」
トマスはその封書を受け取って、裏面を見る。
「キミが書いたのか?」
「書いたのは私だけど、エリーやヨーコたちとの連名にしてる。女王様に届けてほしい」
王族やそれに準ずるエリーとヨーコは別格だが、ハンナやリサ、ケイも古い“トライビト”の家系だ。トマスたち以上に女王とは近しい。
「何が書いてあるんだ? いや、ムリに言わなくてもいいが」
すると、ハンナは軽くウィンクして言う。
「女王様にお願いするのよ。キャプテンたちの世界に行く方法を教えて、って」
スカッと話すハンナに、トマスが驚く。
「そ、そんな方法があるのか?」
「そりゃあ、あるんじゃない。ヨーコやエリーだって、女王様だって、前は行ったり来たりしたらしいじゃん。私やアンタだって行けるわよ」
論理的思考を重ねて、つないでいくことで、できる、という結論に到達するのがトマスだった。でも、ハンナは違う。できたことは、できるのだ。答えがあれば、論理なんてなんでもいい。
「そりゃまあ、何か条件がそろえば、それができるんだろうが……」
ハンナはにっこり笑う。
「だから、それを教えてもらうの。で、キャプテンたちと向こうで野球するの。やり方がわかったら教えてあげるから、アンタも来たらいいよ」
そう言って、ハンナはトマスの肩をポンと叩く。
「よろしくね!」
そうして、ハンナは去った。底抜けの楽観思考だった。だから、彼女はあそこまで明るいのだ。
「たしかに、できたことはできるはずだ。今日じゃなくても、いつか可能になるものだ」
ひとり、悲痛な気持ちでいた自分がバカバカしくなる。
「ああ、そうだな。ずっと、向こうに居つくわけにもいかんが、たまには遼四郎とメシでも食いに行けばいいな。いや、こっちに呼ぶか?」
トマスは自分で言って、自分で笑った。なんだか、楽しくなってきた。
ヒゲふたりが探していた“トライビト”は、意外なところにいた。うどん屋近くの角の煮込み屋のおばあさんが、実はそうだった。
ものすごい形相で聞くヒゲらとオバサンたちに、おばあさんはのんびりと話す。
「競馬場っていう、馬を競わせてお金を賭けて遊ぶ場所の近くで、長い間、煮込みを売ってたの。お客さんたちが、おいしい、おいしい、と言ってくれてね」
おばあさんの話は長かった。地元の名馬が、中央へ移籍して戴冠した伝説的な話なども盛り込まれる。それはそれでいい話なのだが、いつになったら、この世界に来た瞬間を語ってくれるのかがわからない。酒を入れたのが失敗だったかもしれない。聞いているオバサンたちは名馬伝説のところで盛り上がってしまった。ヒゲもいい感じに酔っぱらってくる。話もいいし、酒も肴もうまいのだ。だが、あるとき、おばあさんのトーンが変わる。
「でもね、あるとき、その競馬場が廃止になったの。店を閉めるしかなくなってね。何十年もがんばってきたのに、くやしくて、悲しくて……」
「で、どうなったんだ?」
ヒゲふたりが先をうながす。おばあさんの話が佳境に入る。
「最後に、いつも煮込みを煮ていた大鍋を担いで空っぽの店を出たとき、涙があふれてきたの。さんざん泣いて、目を開けたら、鍋を持ったまま、ここに来てたの」
スゴイ話だった。おばあさんは大鍋担いで見ず知らずの世界に来たのだ。
「思い出した。ウチの死んだジイサンが、煮込み屋さんは急にやってきたって。何日かして煮込みをやりだすと、すぐに人気が出て、店になったと」
近くのオジサンが、今ごろになって重要な話をする。もっと早くに思い出せとオバサンらが怒った。
「鍋だけ、持ってくるんだな」
「そういえば、遼四郎たちも野球道具持ってきたぞ。大昔の人たちは、武具一式持ってきたらしいし」
ジェラルドとジョージが、話の中に糸口を見つけた。
「ヨーコちゃん、向こうの世界のお金を持ってましたよ。キレイな銀色のを2枚」
うどん屋の若い衆が思い出す。これは今思い出しても仕方ないだろう。
「なんか、思いの深いモノが、一緒になって動くんだな」
「それだけじゃない。そのモノがこの世界に必要なんだよ。おばあさんの煮込みは、この世界を変えたぞ。昔の武具も、遼四郎たちの野球道具も、みんなこの世界に必要だったじゃないか」
たしかに、そんな気もしてくる。
「でも、ヨーコちゃんのお金は、なんなんですかね?」
そこでみんなが詰まる。たしかに、それだけはなんの役にも立ってない。
「それでも、大きなヒントだ。おばあさん、いい話をありがとう。今度、煮込み食いに行く」
ジョージが立ち上がると、ジェラルドも倣った。急いで会計を済ませると、店を足早に出ていく。
「思いの強いモノが、あっちの世界とつながるカギ?」
ふたりのヒゲの話を女王が興味深く聞いた。ヒゲたちも酔っているが、女王もいつものように果実酒で酔っている時間だった。
「たしかに、私はペンを片手に向こうへ行った記憶があります。それで手紙を書きました。返事にもらった手紙は、今でも私の宝物です」
女王は多く語らない遠い思い出の一端を口にした。彼女の目に切なさがこみ上げる。聞いているふたりも少しだけ胸が苦しくなる。
「エリーたちが何かを遼四郎君たちに渡しておけば、それがふたつの世界をつなぐかもしれませんね」
女王は考えをまとめて、口にした。ジョージが首を縦に振る。
「すぐに征竜軍の後方支援をしているジュリアンに伝えましょう。早馬でエリーやヨーコに届けてあげてください」
ジェラルドが応じた。
「私が今から行ってきます。急ぐべきです」
立ち去る彼を見送りながら、女王は口にする。
「間に合ってほしい」
彼女の手には、エリーたちからの手紙が届いていた。どうやら、筆不精のハンナが書いたらしい。普段は手紙なんか書かない子だから、上手ではなかった。でも、必死だった。みんなの世界へ行きたい、とあった。一生懸命さが痛いほど伝わってきた。
彼女らは悲しい運命に抗う気だった。大事な愛する人を離さないために、すべてを捨てる決意をしていた。女王らは彼女らに捨てられる側だった。でも、それでいいと思う。そうしてほしかった。あの子たちは、一緒に未来を生きるべきだった。
女王は以前、エリーに言った。
「歴史も運命もへったくれもなく、まっすぐ向き合い、つかめ」
そう言ったのだ。そして、彼女たちは必死に向き合って、強い意思で彼らをつかもうとしている。
「つかんでしまえ、離すな」
女王は小さな声で言ったつもりだが、ジョージには聞こえていた。だから、彼は大きくうなずいて返した。




