71話 100円あげる
遼四郎たちは速度の出ない6人乗りの馬車だったこともあり、戻ったのは日が暮れる直前だった。
「楽しくやれたか?」
まだ、ハンナたちの近くで料理をしている大将が聞いてきた。
「ああ、いい時間をもらえたよ。ありがとう」
遼四郎が手を振って答える。
「今日は夕食もめいめい自由だからな。この6人で幕舎で食うか? 大将にあったかいもんでも頼んでさ」
「いいね、そうしよう。そうだ、エリーはアレつくってきてよ。この前のヤツ!」
ヨーコが遼四郎の提案に賛成し、さらに何かを思いつく。
「アレね。いいかも!」
エリーも同意した。でも、富夫が少し気になって言う。
「なんか、仲良しグループみたいになるけど、いいのかな。広い幕舎も使うし、みんなに悪い気がする」
すると、ヨーコが真逆の視点で返す。
「富夫、アンタなんか勘違いしてない? 私たちはね、積極的な仲良しグループではなく、消極的な残り物の掃きだめよ。みじめだから、集まってるだけよ!」
ヒドイ言い方だったが、まあ、事実だった。
「ははは、そりゃ、仕方ない。たしかに、休みの日くらい遼四郎やエリーの指揮官なんか見たくないし、富夫とハーマンはデカいバカだ。そして、ヨーコと俺は性格が悪い」
宙が自虐全開で笑う。遼四郎も爆笑した。
「たしかにな。でも、このメンバーで今日は楽しかったんだよ。もう少し、一緒にいてくれや」
遼四郎が少しだけ正直を混ぜて話した。ヨーコとエリーはその言葉がうれしい。もちろん、富夫もハーマンも宙も、泣くほどうれしかった。
ただし、馬車を戻しながら、遼四郎は出会ったグループそれぞれに声をかけておいた。
「明日、練習して、準備して、明後日、野球の試合をしないか? 俺たち10人と、エリーたちとハーマンらの混成チームで一発真剣勝負だ。みんなもチームを組んで、それぞれ対戦していい」
一也や秀樹はすぐに賛同してくれた。ハンナも大将もだった。ただし、正則だけは、意見が違った。
「いいんスかね。俺ら、さすがに勝ちますよ。もっと、公平なチーム分けした方が……」
そう彼が言うと、周りにいる兵たちが否定した。
「負けてもいいと思います。でも、みなさんがチームとして戦ってる姿も見ておきたい。白熱した、真剣な試合の動きも見たい」
「正則がどれくらいヘタクソなのか、見てやりたいし」
口々に試合開催に賛同する。
「そっか、チームが必死に戦うところって、見てないか」
正則がみなに言われて、意見を変える。
「キャプテン、じゃあ、ケチョンケチョンにやっつける方向で行きましょう」
そう笑う。正則なりのまとめ方なんだと、遼四郎は感じた。うまくなったものだ。
夜、遼四郎と富夫の幕舎に集まる昼間の6人。
少し前、食いものをねだりに行った遼四郎に、大将はこう言ってくれた。
「お前の幕舎なら、火も使える。みんなで鍋囲め。もっと、仲良くなれる」
「みんな熱量高い人たちばかりだから、お腹いっぱいになれるようにしましょうか」
陸が大将を手伝ってくれる。
「悪いな、陸。俺らだけくつろいじゃって」
遼四郎が言うと、陸は思いきり首を振った。
「今まで、気づかなくてすみません。ごめんなさい。キャプテン、僕たちの面倒ばかりで、自由をあげられませんでした。今日だけは、大好きな人たちと、好きに過ごしてください」
遼四郎はあっけにとられる。大将を見る。
「お前はみんな好きなんだろうよ。でも、たまには、気が許せる仲間だけに、甘えて過ごせばいい。耕平とケイはいないけど、それは許してやれ」
大将が笑う。朝からここに居座ってるハンナが手を上げて遼四郎に言う。
「キャプテンが好きだよ! だから、ヨーコとエリーにいっぱい甘えてね。アンタだけががんばってるのは、私の流儀じゃない。楽しんで!」
精一杯、ハンナは自分を出してみた。それが遼四郎に伝わる。
「ハンナがいるから、征竜隊が楽しかったんだ。俺もキミが大好きだよ」
大将と陸が用意してくれた鍋と材料を持って、遼四郎はハンナにそう言って離れた。
遼四郎が去った後、ハンナが泣いてしまった。
「私だって、キャプテンが好きだって、言ってみたかった!」
別に驚くこともなく、省吾がハンナの横に座りなおした。
「ごめんなさい。ハンナさんがそうなの、わかってます。でも、僕たちのために、やさしくしてくれて……、やっぱり、ごめんさない」
省吾は自分の気分以外、何も考えてない変人だった。でも、ハンナとリサが好きだった。気が付くと、ハンナと一緒にいる時間が楽しかった。でも、この背の高い陽気な女子が、遼四郎を慕っているのも知っていた。
「違うの。そうじゃない! 私の問題。ごめんね、ごめんね」
そう叫んで、ハンナは省吾に抱きつく。やさしい大好きな人の香りが省吾の鼻をくすぐる。泣かせちゃって、ごめんなさい、俺が自分勝手だから、ごめんなさい。もうしません。
「ごめん。ちゃんとします。キャプテンみたいになれないかもしれないけど。でも、やります。だから、泣かないで」
省吾は自分より大きいけど、かわいくて、明るくて、実はもっと繊細な女の子を理解した。ガキみたいに生きてるのは、もう終わろうと思う。
見ていた陸が動こうとするのを、大将が止めた。
「陸よ、アイツ変わるぞ。でも、今はお前の方ができることが多い。だから、今日は許してやれ。明日から、真剣勝負だ」
のんきに鍋を担いで帰ってきた遼四郎。幕舎の中では、富夫とハーマンが巨大な慣れない手で湯を沸かしていた。宙が食器を揃えようとしている。抜群に似合わない。
「お前らって、ホントに戦闘用種族だな。恐ろしく変だ。でも、いいぞ。もっとやれ!」
遼四郎が笑う。だが、宙は嫌になってやめたりしない。
「いつか家庭を持てば、俺もこうなる練習だ。いちいち心を折るな! ヘボ指導者め」
一応の悪態はついた。そこにヨーコとエリーが入ってくる。一気に華やかになる。
「おまたせ! ヨーコ特製の飲み物と、エリーの秘密の食後のお菓子があるよ~。楽しくやろうっ」
遼四郎とのバトルを展開しそうだった宙だが、ヨーコの明るい顔を見て、急激に戦闘意欲を失う。強制ノーサイドだった。
「じゃ、夕食にしようか。今日はな、みんなここで寝ろ。ちゃんとみんなが寝られるように用意した。夜は際限なし。好きなだけ話そう」
遼四郎はホストをやろうとしていた。でも、どうせちゃんとできないのだ。だから、みんなが助けてやろうと思う。
「じゃあ、鍋が煮えるまで待つのも変だから、みんなで乾杯しようか。みじめな残り物グループだけど、実は仲良しグループなんだよ、って」
ヨーコが声をかけると、エリーが次に言う。
「この暑苦しいけど、大好きな仲間に!」
みんなが形式的ホストを見る。驚いた遼四郎は、自分の役目を理解する。
「乾杯っ!」
笑う。冷たい飲み物が喉を通る。
「おいしい!」
エリーのキレイな声が響く。宙も富夫も、ハーマンもその響きに心が動く。楽しいじゃないか、この時間、そう思う。でも、それをつくった本人はわかっていない。
「お、鍋煮えてきたぞ。食うか!」
アホみたいに話している。こいつと出会ってよかったと思う。みんな、このバカが大好きなのだ。
みんなで鍋をつつく。富夫とハーマンは論外にデカいし、よく食う。遼四郎もデカい。宙はそれほどではないが、熱量が高い。結局、バカみたいに食う。
「大将って、よくわかってるわね。こんなに誰が食えるのかと思ったけど、こいつらが食えるのよ」
ヨーコの感想には、エリーが応じた。
「なんか、計算できるんだろうね。ほぼ、ピッタリの具材だもん」
「経験って、デカいんだよ。俺たちにはマネできない」
遼四郎が言うと、ハーマンが笑う。
「よく言うよ。大人数の遠征軍率いて、ここまでやってきた人間が」
すると、遼四郎が返す。
「そんなんは、ハーマンやグレッグが助けてくれるからだな……」
「アホか? 俺もそんな経験ないよ。お前と一緒にいたいから、必死なだけだ」
そんな話をしていると、エリーとヨーコが食後のお菓子とお茶を用意してくれる。
「さて、このお菓子はなんでしょう? ハーマン以外は知ってるはずだから、まず、アンタが食べなさい」
言われたハーマンがひとつ手に取る。
「なんだこれ、まんじゅうみたいな見た目だけど、固いし」
そう言いながらガリッとかじる。
「なんか、シンプルな甘さだな。なんなんだ?」
すると、宙が無造作に引っ掴んで、かじる。
「はっは、これ、カルメラだ! カルメラだよ」
その言葉に、遼四郎と富夫も目を輝かす。手にして、かじる。
「うわあ、なつかしい!」
遼四郎がうれしそうに言う。
「お祭りとかで売ってるんだ。あと、駄菓子屋には棒に刺したのが売ってて、めちゃくちゃに安い」
富夫がハーマンに説明する。ヨーコとエリーが作戦成功を喜んでいる。
「ガキのときはみんな食ったことあるんだけど、背が伸びるころには、なぜか食わなくなるんだよな。だから、誰でもなつかしい」
「たしかに、知らん俺でもなんかなつかしい味だよ。でも、うまいな」
宙とハーマンがそんな話をしている。
「ヨーコもわたしも、小さいときに向こうで食べたことがあるの。そのつくり方を陸君に教えてもらったの」
エリーがうれしそうに解説する。そこから、みんなで小さいころの思い出話を披露する。遼四郎や宙のそれは、いかにも普通の話だったが、それでもエリーたちには興味深かった。対するエリーとヨーコのは王族らしくも、異世界を行き来する不思議なもの。ハーマンのは殺伐としていたが、富夫のケースは特殊だった。でも、それぞれが互いに理解し合うには、とても、いい時間だった。
遅くまで話していた遼四郎たちだが、次第に眠気に勝てなくなる。富夫とハーマンが眠り、宙もいつの間にか寝具に潜り込んでいた。気が付くと、エリーもテーブルに突っ伏して寝ていたので、ヨーコが導いて横にしてあげた。
「じゃ、俺たちも寝るか」
遼四郎が小さな声で言うと、ヨーコがうなずく。
「最後に用足しとくよ」
遼四郎がそう言って外に出ると、ヨーコがついてくる。
「待って、私も行く」
こうして、少し離れた場所まで、何も話さないで、ふたりで歩く。夜は更けて、とても静かだった。星が誰も見ていないのに、キレイだ。
さっさと用を済ました遼四郎は、洗った手を拭きながら、ヨーコを待った。
「ごめんね。寒いのに」
ヨーコは戻ってくると、そのまま、遼四郎の手を握った。
「やっぱり、男の人の手って、あったかい」
うれしそうに言う。遼四郎はそんなに驚かなかった。
「ね、見てほしいものがあるんだ」
ヨーコはそんな調子で切り出す。
「何?」
そう聞く遼四郎に、小さな袋を差し出すヨーコ。
「これ、私が小さいときに握っていた200円。ずっと、持ってた」
小さな袋から出てきた100円玉2枚は、古いのに、妙にキレイで輝いている。
「あれから、ずっと?」
「うん。だから、袋に変に磨かれちゃって、めっちゃキレイ」
遠い昔の話なのに、不思議なリアリティ。遼四郎が子どものころの、駄菓子屋で使いたかった200円。
「ね、遼四郎。これ、ひとつあげる。私の大事な思い出の半分。遼四郎が持っててほしい」
そう言われて、擦り切れた小さな袋の中に入れた100円玉を渡すヨーコ。
「そっか。この100円分くらい、何か駄菓子屋でおごってもらうはずだったんだ。カルメラだけなら、めっちゃ食える」
遼四郎の言葉に、ヨーコがうれしそうに笑う。
「そうだよ。遼四郎の分。だから、持ってて」
100円がうれしいわけじゃない。持っていてくれたヨーコの気持ちそのものとして、小さな擦り切れた袋がうれしくて、遼四郎も笑う。
「ね、前も言ったけど、竜を倒す瞬間にこうして手を握っていたら、私もあっちへ行っちゃうのかな?」
遼四郎のバカでかい手の感触がうれしいヨーコは、そんなことを聞く。
「どうだろうな。たぶん、俺だけ消えるんじゃない。互いに猛烈にさみしい気分になりそう」
「たしかに……。それ、けっこう嫌だね」
「うん、手を振って別れた方が、なんか、精神的に耐えられそう」
ヨーコの手を離すこともなく、遼四郎が話す。
「遼四郎も、本当はさみしいんだ」
「さみしいよ。もちろん」
そう言う遼四郎の横顔をヨーコは一生懸命見ている。見られた方も、気づいて、しっかり相手の顔を見る。
「じゃあ、最後は手を振ってお別れするから、今、その分の抱っこして!」
ヨーコの好き勝手な提案に、遼四郎は笑った。でも、ヨーコを抱きしめようとして止まる。それはしてはいけないと判断したのだ。
しかし、ヨーコの判断は別だった。飛びつき、抱きついてしまう。ヨーコが落ちちゃったら大変なので、遼四郎はしっかり受け止めるしかない。ヨーコは、そのまま、もう一度だけ唇を重ねる。
「私も、とてもさみしいんだよ」




