70話 真剣勝負の野球がしたい
耕平たちが帰った翌日、見張りの者を除いて、征竜軍全体を休暇とした。突然の休みであったが、兵のみんなは前日夜にやることを決めたようだった。野球道具の修理をする。キャッチボールをうまくなる。ティーバッティングに明け暮れる。狩りに行くなど、それぞれ明確だった。女性兵の数人は、一也と秀樹に野球ルールの講義を受けようとしていたが、それは、彼らにヒマがあったときと決めていた。みんな、相手を思いやれる人に成長していた。
ダメなのは、征竜隊の方だった。仕事した方がカッコイイ気がして、探り合う雰囲気。そこにうどん屋の大将が来る。怒る。
「お前ら、デートでも小旅行でも、なんでもしやがれ! うまいもん食いたかったら、俺のいるところに来い。できるもんはなんでもつくってやる。弁当いるなら、今すぐ言え!」
その言葉で、今日の意味を理解する征竜隊。最初に声を出したのは勝利。
「弁当をふたつください。女の子と食います! しけたのじゃなく、明るくかわいいのくださいっ」
モタモタしている以前の勝利ではなかった。デートしようという、熱い意思がある。
「リサは大将から弁当もらっといて、俺、馬車借りてくるから!」
みんなの前でハッキリ言う。リサは照れながらうなずく。なんか、めっちゃカッコイイのだ。驚く征竜隊。
「私もお弁当ふたつです。かわいくなくてもいいから、たくさんの種類あるのがうれしいです!」
ケイが照れずに言う。メルヘン要素は捨てたらしい。不意を突かれた耕平が照れていた。
「お前らに合うやつ、つくってやるよ」
大将は陽気に応じた。すると、ハンナが手を上げる。
「タイショーッ! 私、大将の厨房の周りに陣取っていい? たぶん、陸と省吾が一緒に遊んでくれるし、みんなも来てくれるから」
陽気でさっぱりした性格のハンナは、今日の方向性を決めた。陸も省吾もうなずいている。
「よっしゃ、今日はハンナちゃんいるところが、本陣だな」
大将にはどうやら想定内だったらしい。すると、秀樹と一也も示し合わせて言う。
「あ、俺たちの分はいらない。もし、必要になったら、そのときはよろしく」
ふたりは女子兵士たちの要望に応じてルール講義をするつもりなのだ。そして、なんとなく余るエリーとヨーコ。さらに、遼四郎たち。すると、ヨーコが言う。
「私には弁当は6個ちょうだい。私とエリー、遼四郎と富夫、ついでに宙とハーマンの分ね」
笑う大将。ここまで、全部想定内だった。遼四郎がニヤニヤしながら言う。
「よかったな、宙。俺らヨーコの仲間に入れてもらえたぞ」
宙は一瞬、ヨーコを誘おうかと考えたが、彼女が好きなのはあくまで遼四郎だった。その時間を奪うのは悪いと思った。だから、困っていた。そこにヨーコの提案だ。すべてがうまく回る、宙にとって幸福なものだった。だから、遼四郎に思いきり悪態で返す。
「せっかくヨーコが気を遣ってバカ4人を誘ってくれたんだ。お前もちっとはバカ封印しろよ」
横で富夫がハーマンの背中をバシバシと叩きながら笑っている。それを見ながら、大将は最後に残った正則に聞く。
「お前はどうする?」
「俺は兵のみんなと野球して、歌唄って過ごすことに決めてんスよ。だから、気にしないでください」
正則は間髪入れずに答えた。こいつがいちばんしっかりしている、そう大将は感じた。
勝利とリサは、馬車を借りてさっさと湖の方へ行ってしまった。耕平とケイは、馬を使って荒野へ駆けて行く。ふたりとも小柄で体重が軽く、器用だった。恐ろしい速度で2騎が地平線の向こうへ消えていった。
大将の屋台の周りには、ハンナたちがテーブルを置いて騒いでいた。手が空いた兵たちも集まって、陸や省吾と何か食いものをつくっている。少し離れた草の上では、一也と秀樹が女の子たちに囲まれていた。
広い草原では、兵たちが野球の練習をしていて、その中心に正則がいた。みんな、底抜けに楽しそうに、ボールを追っていた。
そんな様子を見ながら、大きめの馬車を借りて、遼四郎たちも湖へと向かう。
「たまには、俺がやりたい」
そう言って、御者は遼四郎がやった。6人も乗っているので、ゆっくりとしたものだった。勝利らに追いつくことはないだろう。
「ハーマンってさあ、最初、俺のことどう思った?」
のんびりとした口調で、富夫がハーマンに聞く。富夫はドミニカ共和国とのハーフだったので、容姿では少なからず苦労した経験がある。
「ヒョロデカいヤツだと思っただけだな。でも、剣で負ける気はしなかった」
ハーマンは軍人なので、肌の色など気にしない。相手が強いか、弱いかだけを見る。そして、彼は富夫を見誤り、負けた。
「俺、自分より強いヤツなんて見たことなかったからな。戦以外で、力いっぱいぶつかり合うことなんてできなかったんだ。でも、その後にキャッチボールしたろ? あれが楽しくてな。思いきり投げ合う感覚って、こんなに気持ちがいいのか、って思った」
ハーマンらしい富夫評だった。
「俺もハーマンとしたキャッチボール、楽しかったよ。一生忘れないくらい」
たぶん、富夫はこのひと言を、ハーマンに伝えたかったのだ。うれしくなったハーマンは、ちょっと涙が出そうになる。だから、いつも富夫にやられているように、富夫の背中をバシバシと叩く。
「うん、痛いよ。痛いけど、うれしいなあ」
富夫もハーマンをバシバシ叩き返す。もちろん、痛い。でも、友情を感じる痛さ。
「そのコミュニケーション方法は、アンタらだけにしなさいよ。普通の人にやったら、生命の問題になるからね!」
巨漢のバカふたりがじゃれ合う姿に、ヨーコが突っ込む。そして、御者に向かって声をかける。
「遼四郎、アンタは私を見てどう思ったのよ」
「小さいときの方、それとも、こっちの世界のとき?」
陽気な調子で遼四郎は返す。
「両方よ」
「じゃあ、小さいときは、かわいい子だけどさみしそうと思った。こっちの世界では、かわいい子だけどうるさそうと思った」
遼四郎の答えに、エリーと宙が爆笑した。
「小さいときは知らんが、こっちの世界の印象は同意するぞ」
宙のツッコミにヨーコがムカつく。
「じゃあ、エリーはどう思ったのよ!」
「小さいときは、キレイな子だなって、こっちの世界では、超美人、と思って見とれた。おかげで、スイングをミスった」
記憶を反芻しながら、遼四郎が笑って言う。エリーは照れている。
「なんか、私のときとニュアンス違うわね。ムカつくわ」
ヨーコが文句を言うと、富夫がフォローする。
「遼四郎は長い黒髪の女子が好きだから」
「何よそれ。髪の色で差がつくの?」
ヨーコはしつこい。だから、遼四郎が言ってやる。
「そのキレイな金髪は、ヨーコにたくさんある美点のひとつだよ。な、宙」
「ああ、ずっと見てても飽きないくらい、キレイなもんだよ」
急にべた褒めされてしまい、今度はヨーコが照れる。
「ヨーコ自身が思っている以上に、キミはかわいいんだよ」
遼四郎がヨーコに言ってやると、宙も付け加える。
「変な男に付きまとわれないように、気をつけた方がいいぞ」
「そう、猛烈に変な男が言ってるぞ」
最後、富夫が締めた。宙が変な顔をしたので、みんな笑った。
湖畔で弁当を広げる。てっきり、和食のものだと思っていたが、大将がつくってくれたのは、華やかなサンドイッチなどの洋食だった。
「なんか、大将って見かけによらず、気が利くよね」
エリーが驚きながら言う。
「なんか、けた外れの人生経験を感じるんだよな。俺なんか、気が付いたら尊敬して慕っているよ」
すでに20代半ばのハーマンが言うので、みんなが納得する。
「ちょっとした人物だぞ。たぶん、武技も半端なく強い気がする。俺、大将を征竜軍の後継に推薦しようと思ってるんだ」
遼四郎はそんなことも言いだした。ただのメシ屋の大将なので、普通はあり得ない話だが、遼四郎の推薦ならば、実現するかもしれない。
「ところで、ハーマンはこの先、どうするつもりなんだ?」
少し未来の話を遼四郎がはじめる。あまり想像したくもないが、ハーマンは少し考えて、言葉にしてみる。
「多分、軍隊は辞めないだろうな。竜がいなくなっても、この国に軍は必要だし、俺ができることもその辺だ。この征竜軍みたいな、明るくて、前向きな組織にしてみたい」
ちょっと遠い目をして話す。
「ところで、お前はどうなんだ?」
今度は遼四郎の将来について、ハーマンが聞く。エリーとヨーコが、遼四郎を見る。
「どうだろうな。大学っていう、さらに学問するところに行こうとは思うんだけど、野球は続けられないかも」
「なんで、続けられない。やりたきゃ、やればいい」
ハーマンは不思議そうだ。
「なんか、あっちの野球って変でな、高校までは誰でも好きなように野球できるんだ。一生懸命やって、勝ったり、負けたりする。でも、そこから先は選ばれたヤツだけが真剣な野球を続けられる。選ばれない俺のようなヘボは、遊びでやる野球になる」
遼四郎は湖の方を見ながら、そんなことを話す。だから、高校の最後に力いっぱい、勝負がしたい。その言葉は言わなかった。
「なんか、変な感じだな。こっちの世界は、やりたきゃ、いつでも真剣にできるようにするよ。誰でも力いっぱいできるから、おもしろいんだよ」
ハーマンは言う。そうなるだろうと、遼四郎は思う。今も一也や秀樹、正則らが駐屯地で野球を教えている。それは、野球が好きなみんなが集まり、一生懸命、熱く、フェアにやるものだった。自分たちの世界の野球とは、同じなのに、少し違う。
すると、ヨーコが思いつく。
「ねえ、その真剣勝負の野球をしようよ。あなたたちと私たちで」
遼四郎がヨーコを見る。
「俺たちと、ヨーコやエリーたちと?」
「そう」
ヨーコはうなずいた。
「男の子と女の子じゃ、少し、力が違う」
「それでもいい。ハーマンや大将は上手だし、グレッグもいる。兵のみんなの中にも、上手な人いるし、ちゃんと試合になるよ」
少し考える遼四郎。すると、宙が口をはさむ。
「いいじゃないか。まあ、俺たちは勝つ。ヨーコらは負ける。そこでつかむこともある。俺たちだって、負けたから、強くなろうとしたんだ」
そうだった。負けてわかることも多いのだ。遼四郎はヨーコをもう一度見る。
「そうだな。やってみよう。あっちの世界じゃ、別に上手でもない俺たちだけど、それで残せるものもあるかもしれない」
言い終わってから、遼四郎が小さく笑う。でも、彼らはすでに上手だった。伸び盛りの若者たちが、ほぼ1年間を必死になって努力してきたのだ。ヘタクソのままのわけがない。




