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69話 絶望の風、希望の思い

 夜、征竜軍が全員そろった形で、夕食となる。ハンナやリサも帰ってきたので、征竜隊が集まる一角もにぎやかさを取り戻す。

 でも、ヨーコの顔は暗い。竜の拠点を見つけた吉報であるはずなのに、彼女の金髪を絶望的な風が揺らす。

「お別れなんだ。ほんとに」

 ひとりでつぶやく。

 偵察隊が持ち帰った情報を総合すると、竜の巣らしき場所までは、100キロにも満たない。ここを進発してしまえば、数日で至る。しかも、竜は人間のように、陣を構えてにらみ合ったりしない。会、即戦闘という流れになるだろう。勝ってしまえば、遼四郎りょうしろうたちは、この世界から消える。

「勝ってしまえば、って仮定が異常よね。勝ちたいのよ。遼四郎も、私も」

 でも、それが嫌。

 しかし、そこにデカく深い声が響く。歩いてくる。

「ヨーコォー、ちょっと話したいけど、いいか?」

 富夫だった。焚火の明かりに巨大な体躯のシルエットが怖い。さらに、左右にも巨漢の影がある。数体でゆっくり近づいてくる。

「かんたんな相談があるんだ」

 そう言ったのは、ハーマンだった。さらに、横にはグレッグと、うどん屋の大将。

「なんで、デカいのが集まって来るのよ。巨神の群れみたいで怖いわよ。ちょっとくらい考えなさいよ!」

 ヨーコがマジで怒る。すると、その言葉でようやく気付く巨神たち。富夫を筆頭に大将、ハーマン、グレッグの順に背が高い。遼四郎とグレッグは同じくらいだが、残念ながらいない。

「すまん、たまたま、このメンバーになるんだよ。デカいのを集めたんじゃないんだ」

 グレッグができるだけヨーコの気を逆立てないように言う。

「いやな、ヨーコちゃんのアイデアが欲しいんだよ。それで来た」

 年長の大将もヨーコには丁寧だった。だから、ヨーコは機嫌を直す。いや、機嫌が悪いのは彼らのせいじゃない。

「なんの話よ。こっちも困ってるんだから、早く言って」

 すると、草の上に腰を下ろした富夫が言う。

「たぶん、もうすぐお別れなんだ。最後に何をしたらいいい?」

 その声にグッと詰まる。ヨーコはこの巨漢が大好きだった。心から信頼できる、純粋でやさしい人だった。でも、遼四郎を意識し出してから、それどころじゃなくなっていた。

「取り急ぎ、明日、休みにしようかと思った。それが俺の意見」

 言ったのはハーマン。つっけんどんな武人風のバカから、よくここまで変わったと思う。根っこに思いやりを感じる。

「俺はどんな仕事でもする。ヨーコちゃんのアイデアをもらいたい」

 大将はうどん屋時代から、なんでも話せる人だった。年齢の問題でなく、全軍の中で、いちばんの大人だと思う。

「遼四郎がな、ヨーコに聞いて来い、って言うんだ。俺もそれがいいと思った。エリーやケイたちにも相談していい。この数日の過ごし方を、考えたいんだよ」

 そう言うグレッグなんか、ちょっと前までは嫌悪するくらいのクソ貴族だった。でも、今は部下思いのいい指揮官だった。なんで、こんなに変わるんだろう、と思う。でも、そこに言い出しっぺの遼四郎の存在を思い出す。周囲を見渡して探すと、遠くで正則や一也と一緒に、兵たちと歌を唄っていた。仕方ないな、と感じる。

「どうしようね。正直に言っていい? みんなと同じで、私もどうしたらいいのかわからない。上手に頭が働かない。ただ、悲しいだけ」

 ヨーコはそれぞれに嫌いじゃない巨神たちに、そう言った。

「ま、そりゃそうだわな。俺も同じだ。ちょっと、想像できない」

 ハーマンが指で地面を掘りながら言う。地面が異様に掘られていく。

 立ち去る側の富夫も困惑する。いつも元気なヨーコのテンションが違う。仕方ないから、指で地面を掘る。剛力過ぎて、ハーマンのよりも深くなる。

「ヨーコちゃんさ、富夫や遼四郎たちといて、楽しかった時間って、なんだ?」

 大将は少しでも答えに近づけるように、ヒントをくれる。地面は掘らない。ただ、そう聞かれても、ヨーコには悲嘆の方が心地いい。

「そんなの、選べるわけないじゃん。会った瞬間から楽しいことばかりよ。ハーマンの人格変わるし、大将のうどん屋最高だし、歌も唄ったし、キャッチボールして、野球して……、竜なんか、どうでもいいのよっ!」

 本音が出た。ハーマンと富夫が、さらに指で穴を深くする。でも、大将はヨーコの気持ちを汲んだ上で言う。

「ヨーコちゃん、今言ったことで、できることあるかもよ。誰よりも彼らが好きな、キミが考えればいい」

 即座に返すヨーコ。

「全部したいわよ。もっと、話がしたいし、手も握りたい。笑いたいし、キスもしたい。歌も唄いたいし、食事もしたい。キャッチボールして、駄菓子食って、野球して……。また、逢いたいっ!」

 そこでいっぱいいっぱいになる。大将は小さく微笑んで言う。

「いい格好せずによく言った。みんなその思いだろう。だから、明日は休みにしよう。できることは全部やれ。できないことがあったら、俺かグレッグに言ってこい。できるようにするよ。それが俺たちの仕事だ」

 泣いてしまったヨーコの頭を撫でてやる大将。彼は富夫やハーマンらに向かって言った。

「ヨーコちゃんがお前らを代弁してくれた。どうせ悔いは残す。それでも、一生懸命、明日をやってみろ」

 グレッグさえも、背筋にビリッと何かが走る。富夫もハーマンもうなずく。

「明日は休みにすると、全軍に伝えてきます。明日を一生懸命やろうと、話してきます」

 ハーマンが最初に立ち上がった。富夫とグレッグも続いた。そのままいなくなる。

「大将、明日1日しかないの?」

 まだ泣いているヨーコに返す大将。

「どこであっても、出会いも別れもあるんだ。急に離れてしまうことも普通だ。もし、明日があるなら、それを精一杯やれ。明後日があるなら、それもだ。それの積み重ねだよ」

 諭してはいるけど、声はもっとやさしかった。

 

 都の空には、ジャスティンらが戦死した大戦以来、竜が現れることはなかった。竜害なし、という日が続く。

「本当にあの子たちが竜を絶ってくれたんじゃないかね。こんなに穏やかな時間が続いたことなんてないよ」

 大将のいないうどん屋で、征竜隊の面倒を見ていたオバサンたちが言う。

「ガキなのに、根性ありましたもんね。一発で好きになりましたよ」

 しんみりと言う、うどん屋の若い衆たち。店の客たちもうなずく。

「でも、竜をやっつけたら、あの仲のいい女の子たちとお別れになるんだってな」

 端で飲んでる、ヒゲのオヤジふたりがボソッと言う。

「なんじゃ、そりゃ! クソみたいな運命じゃないかっ」

 ほかのオヤジたちが激怒した。オバサンたちも賛同する。

「それをな、なんとかしてやるのが、大人だ。できないで、何が大人じゃ、クソッタレ!」

 ヒゲふたりの叫びは、店の中で反響を呼んだ。

「そりゃ、そうだわ。それをやってこそ私らよ。心やさしい、町のオバサン、オジサンたちよ! 何をしようか?」

 オバサンたちがデカい声で言う。

「“トライビト”の情報がもっとほしい。どこかにひっそりと異世界から来た者もいるかもしれない。それを探したい」

 一方のヒゲの言葉にオバサンらがうなずく。

「異世界の関係者ね。探してやるわよ」


 翌朝、女王の前にヒゲふたりがいる。ひとりはジョージ・エイデン。この国の宰相だ。もうひとりはジェラルド・スモールウッド、この国の大将軍にして、武官のトップだった。

「何か見つかりましたか? “トライビト”の根底に関係するものは?」

 女王であるマリー・デヨ・ヨートは、ふたりの重臣に問う。

「この国の根幹、いや、王族の根幹に触れるものゆえ、これまで、多くを確認しなかった私たち家臣の怠惰がありました。しかし、この世界には、把握している以上の、多くの“トライビト”があると結論できます」

 ジョージが口を開く。そうなのだ。女王自身が、400年前の“トライビト”の子孫だった。だが、そこを紐解くことは、王権への挑戦になる。タブーに近い。

 その王族自体が、異世界へ渡ることの多い家系だった。自然に女王は異世界へ強い関心と、探求心を持つようになっていた。自身で勝手に研究さえしている。

「私もいることは知っています。でも、今必要なのは、どうつなぐか、という問題です。そこに至れる人は見つかりましたか?」

 女王は聞いた。しかし、ふたりのヒゲはいい答えを持っていない。

「急ぎましょう。探しましょう。私たちとあちらの世界には、不思議な縁があるのです。それをつかんでください。もし、それが必要以上の王権強化につながる理由で隠されているならば、私が王位を降りても構いません。知りたいのです」

 ジェラルドは女王の言い分が本心であるのを理解している。幼年期、彼と女王は幼なじみのようなものだった。でも、彼女は数日いなくなった。帰ってきたときに、泣いていたのだ。

「もっと、ずっと、あっちにいたかった!友達をなくしたっ」

 そんな意味不明の言葉を叫んでいた。でも、長く生きていると、意味がわかってくる。何も不明じゃない。彼女は別の世界に行っていたのだ。そこで、誰かと出会い、別れた。

 だから、親族のエリーが遼四郎たちを連れてきたとき、異様に関心を持ち、女王は接した。ジェラルド自身は女王の思い出には寄り添う気持ちだった。でも、坊主たちはただの偶然のガキだと思ったのだ。

 しかし、時間を重ねるごとにそれが間違いだと感じる。決定的だったのは、三男の戦死に対し、やってきたガキ。いや、正則だった。元々は役立たずだったという。でも、ジェラルドは正則にそんな感想は抱かなかった。年長の三男を、友人だとまっすぐ話す立派な若者だった。異世界とのつながりには、思いが深く関係するように感じた。

 宰相のジョージも同じようなものだった。今の女王の幼少期、不思議な叫びをジェラルドと一緒に聞いたのだ。でも、そんなことは忘れていた。エリーが連れてきた異世界出身というガキどもも嫌いだった。

 でも、彼らが来てからすべてが変わっていく。なんぼのものかと思って、うどん屋でこっそり見た彼らは、ただの心やさしい若者だった。歳の近い息子を送り込んだ彼は、今、毎日のように、その息子からの報告書を読んでいる。一生懸命な者だけが書ける、思いの強い内容だった。息子だからではなく、こんな人材が欲しい、いや、自分が仕えてもいい、そう思わせてくれる。

 明らかに彼らである理由があるのだ。なければ、こうならない。だから、それを知りたい。

「私も彼らを失いたくありません。探します。見つけます」

 ジョージは言い訳を用意せずに言い切った。女王が冷静になって、少し笑う。

「あなたがそう言うならば、私は何も言えません。できるならば、間に合うように、そう祈るだけです」


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