68話 偵察隊は戻り、目的地を示す
午後、見張り台が鐘の音を大きく鳴らす。でも、竜来襲のものではない。
「偵察隊が帰ってきたぞ!」
最初に戻ってきたのは、勝利の率いる隊だった。手の空いた者が出迎えるために駐屯地の外に出ていく。基本的にやることのない遼四郎も、あわてて走っていく。南側にある森を迂回しながら、歩いてくる姿が見える。すると、最高に多忙なはずのトマスも幕舎から飛び出してくる。
「どうだった? 竜の巣はあったのか? 海は近いのか? いい土地はあったのか?」
まだ、勝利らには届かない距離なのに、矢継ぎ早に問い続ける。
「トマス、まだ聞こえないよ。それに、アイツら疲れているはずだ。落ち着くまで、何も聞かずに我慢してやれ。いずれ、勝手に話しかけてくる」
遼四郎の言葉に、ようやく落ち着いたトマス。
「す、すまん。そうだった。そういう気遣いがないところが、私がダメで嫌がられるところだな」
「おいおい直していけばいいよ。そうすれば、俺なんかよりもいいリーダーになれる」
トマスは小さく笑って受け止める。自分なんか器ではない、と謙遜している場合ではなかった。自分はそうならなければならないと思った。
そうこうする間に、勝利らが近づいてくる。遼四郎は、先頭の勝利とハイタッチした。そのまま、強く手を握り合う。
「よく無事に戻ってくれた。うれしいよ」
「戻ったのは、俺たちが最初か?」
「ああ」
それだけ話して、遼四郎と勝利は離れた。すると、後ろにいたリサが、遼四郎に抱きついてきた。誰彼となくスキンシップができる性格ではないのに、久しぶりに見るリーダーに、なんでもいいから、触れて安心したかった。
「キャプテン! 帰ってきたよ」
アホみたいにうろたえそうになった遼四郎だが、さすがに踏みとどまる。近くにいた勝利も驚いたが、特殊な状況なので、そんなもんなのかもしれないと考えた。自分もそういうことをすればいいのだが、この男には、できない。
「ありがとう。帰ってきてくれて」
遼四郎の言葉よりも、その長い腕に包まれたことで、帰ってきたとリサは実感する。
「どうだった、勝利は?」
「まあまあ、かな。実質、正則がリーダーだったよ」
不思議な安心感の中で、リサは自分の恋愛対象のことを話す。彼女の中では、何も変なことではない。
その正則は竜掃使の兵らと、ずっとハイタッチを続けている。こっちに来るのは、ずっと後になるだろう。だから、遼四郎はリサを地面に下ろしてあげながら言う。
「実はさ、そんなに大きくないけど、風呂をつくったんだ。今日は、戻ってきたみんなで使ってくれよ。で、その後は陸と大将にごちそうしてもらえばいい」
リサの顔が一気に明るくなる。旅の垢にまみれた彼女らにとっては、最高の喜びだった。偵察隊のメンバーを振り返って大きな声で言う。
「お風呂できたんだって。今日は私たちで使っていいらしいよ! その後はごちそうだって!」
魅力的な言葉に、竜掃使と話していた正則も振り返る。
「よっしゃーっ!」
偵察隊のみんなが声をあげていた。
風呂に入り、大将特製のうどんを食ったリサや正則たちは、久しぶりの安心感もあって、そのままテントに潜り込んで寝てしまった。だが、勝利だけは遼四郎の幕舎にやってくる。
「いいのか? ゆっくりしていいんだぞ」
遼四郎が声をかける。
「そうもいかないからな」
勝利がそう言うと、幕舎にトマスやグレッグ、エリーらがやってきた。話を聞いておきたいのだ。
「俺たちも聞いていいか?」
グレッグの問いに遼四郎がうなずく。
「結論から言うと、竜の巣らしきものはあった。そこの河の河口のすぐ近く。海に浮かんだ小さな島がそれだと思う。上空を常に竜が飛んでいる雰囲気だった」
勝利は話しはじめた。トマスは紙を数枚広げて、その話をメモする。ラフな地図や図を書いて質問すると、勝利がそれを指さし、修正点を示しながら、話を進めていく感じだった。
ひと通りの話を聞き終わると、勝利は少し疲れたようにため息をついた。トマスは興奮気味にメモした紙を眺め、何かを考えている。
「水と竜の関係という遼四郎の仮説は、遠く外れていない気がしてきたな」
最初に口を開いたのはグレッグだった。大方の感想も似たようなものだった。
「自分らの拠点が海水に囲まれていりゃ、そりゃあ、真水が欲しくなるな」
ハーマンが続いた。襲ってくる怪物でしかなかった竜なのだが、考えてみれば、生物の一種なのだ。
「ヤツらが水場を求めて北上してくるならば、水場をつくってやればいい、というアイデアも出てくる。そうすれば、人と竜の棲み分けだって可能だろう」
トマスが地図をにらみながら、口にする。
「東の河には、ほかに大きな湖がないから、ここまで来たという解釈ね」
エリーの言葉にトマスがうなずく。
「そこまでわかってくれば、十分だ。いい仕事してくれたよ、勝利。ゆっくり休んでくれ。あとは耕平と秀樹の隊が戻ってくれば、情報も増える」
遼四郎が最後に締めた。中間情報で考えられることは考えたのだ。振り回されず、楽に待つのが、今は得策だ。
夜、陸と大将らが手を尽くした料理で、勝利らの帰還をささやかに祝った。
めずらしく、遼四郎らと一緒に食事をしていた正則が、口を開く。
「最初、見つける端から竜と戦ってやっつけたんだけど、俺ら、だんだんバカらしくなってやめたんですよ。アイツら、ほおっておいたら帰るだけなんです。帰路なんかは、いてもガン無視したら、襲ってもこない」
彼らしい気づき方だった。根本的にビビリだから、よく相手をうかがっている。
「生きるために、水飲んでるだけなのかもな。いい意見だ」
遼四郎が正則に返した。それでも、正則は遼四郎を見ていた。そして、言う。
「でもね、アイツらが憎くてしょうがない俺もいるんです。無視したら、平和にやってける相手かもしれないのに、ぶん殴りたくなってくる」
正則なりに悩んでいるのだと思う。根にやさしいところが多いから、仲間を愛し、敵を憎んでしまう。
「それで普通だよ。お前らしい長所だ。前はビビリでチャランポランだったけど」
遼四郎の言葉が、正則にはうれしかった。でも、だからこそ、頼れる上級生に甘えておきたくなる。
「俺は相変わらずビビリだし、チャランポランですよ。言うことは言いましたからね、あとは全部まかせます」
そう言うや、正則はギークを手にして、兵たちの方へ行ってしまった。
「あれが正則なりの役割なの。キャプテン、許してあげて」
リサがフォローした。遼四郎は笑っていた。
「ありがたいことだよ。正則のおかげで、いろんな話が自然に兵のみんなにも伝わっていく。俺やトマスが、かくかくしかじかと話す必要もなくなる。正則がいちばん成長してるんじゃないか? なあ、勝利」
急に話を振られて、油断していた勝利がメシを吹き出しそうになってむせる。横のリサが背中をさすってやっていた。
このふたりも、なんだかんだで成長してるんだな、と遼四郎は思う。人間関係に角があるタイプだったが、もう、そうでもない感じだった。
3日後、今度は秀樹の隊と耕平の隊が一緒になって帰ってきた。全員無事、という報せに、いちばん遼四郎が喜んでいた。トマスも今度は、落ち着いて手を振るくらいにしている。
「どっかで合流したのか? よかったよ。お疲れ、ありがとうな」
宙や秀樹たちに声をかける遼四郎に、ケイが吹っ飛んできて、抱きついた。それだけじゃない、その横からはハンナが襲い掛かる。
「キャプテン! 帰ってきたよ~っ」
ケイは小柄だからいいのだが、ハンナは背も高い。倒れそうになる遼四郎だが、めいっぱい踏ん張って、ふたりを長い腕で抱きしめてやった。うれしそうにキャッキャとしているケイとハンナ。
「なんか、みんな遼四郎に抱きつくもんなんだな」
勝利が不思議そうにつぶやく。横にいたリサが笑って説明する。
「旅の間って、平気な顔してたけど、けっこう参ってたんだよ。で、帰ってきてキャプテン見たら、なんか安心しちゃって。なんでもいいから抱っこしてもらって、おかえり、って言ってほしくなったの」
「ほかのヤツじゃダメなの? 富夫とか、ハーマンとか、鬼のような安心感を得られそうだけど」
「違うんだなー。なんかさ、小さいころにお父さんとか、お兄ちゃんとか、そんな人に抱っこしてもらった感覚って、なんとなく残ってるんだよ。いつもは平気だけど、帰ってきた瞬間は、そんな気分が溢れちゃった」
「あのバカがお父さんとか、お兄さん? なんか、よくわからんな」
「もちろん、お父さんって意味じゃないんだけど、その人がいると安心して自由になれる存在ってあるんだよ。勝利もお父さんになったら、そんな風になるんじゃないかな。なんなら練習を兼ねて抱きついてみようか?」
リサが軽く勝利をおちょくる。思いきり照れて、勝利は返す。
「いいよ、今は。また今度な」
「へえー、今度ならいいんだ」
勝利が下を向いて笑う。つまらない軽口を飛ばせるくらいに、ふたりは慣れてきている。
勝利がそうだったように、秀樹と耕平も一段落すると、遼四郎の幕舎にやってきた。同じように主だった面々が集まる中、ふたりが旅の顛末を説明する。
「じゃあ、勝利が見た西の山が、耕平たちが身を隠した山ということになるのか?」
トマスの問いに同席していた勝利が応じる。
「そういうことになるね。この近くを流れる東の河は、西へ蛇行しながら竜の巣に直結する位置に流れ込むんだ。対して、都の西を流れる河は、竜の巣ではなく、深い湾に流れている。大まかな地図ができたわけだ」
トマスが大きな紙にざっくりと書いた地図を見ながら、みなが考える。
「秀樹とも話したんだが、俺たちが通った中央の平地を行くルートは、いいところがない。途中にオアシス的な水場があるくらいで、身を隠す遮蔽物も少ない。水もない。竜は出ないが、巣に近づくといきなり大軍に出くわす」
耕平が感想を加えた。
「竜の巣の様子はどうなんだ?」
ハーマンが聞くと、これには秀樹が答える。
「海岸線から数百メートルのところにある、岩の小さな島だよ。直径500メートル程度じゃないかな。真水があるようにも思えない。だから、毎日数体の小さな群れが飛び立ち、東西の河に向かって、水を飲んでいる。もしかしたら、どこかで野生生物を食ってるのかもしれない」
「それだけならば、ただのデカい鳥扱いでいいんだけどな。なぜか、徒党を組んで都まで攻めてくる」
グレッグがうんざりした様子で、トマスの書いた地図を指さす。
「竜って、上位の型がいると、なぜかその統制が利くよな。中型がいれば、小型はその統制下に入る。大型がいれば、多くの中型も統制される。そうなると、ただの鳥ではなくなる。群れが軍隊のような動きになる」
遼四郎がまったく違うロジックを持ちだした。戦場で彼が強く感じていることで、だからこそ、親玉をまず倒そうと思考してきた。
「でも、俺たちが出くわした竜たちは、中型もいたが、水を飲みに来たただの鳥のようだった。そこに差があるのか」
秀樹がもう一度、無統制っぽかった竜の様子を語る。
「たとえば、大型より格上の王様がいるなら、なんとなく合点がいく。その統制が利いていると、群れて人間の世界に侵攻するが、利いていないと鳥みたいになる、という感じだ。もちろん、その王様がガタイも大きいのかまでは、わからないが」
遼四郎の分析に、ハーマンとグレッグが応じる。
「なるほど。大型、中型を倒した後の小型なんかは、一気に弱くなるからな」
「ならば、その王様格を倒せば、状況は変わるのかもしれない」
今後の思考の方向性ができたため、みな納得した。
「まあ、秀樹と耕平のかいつまんだ報告を聞いただけだ。ほかの連中の報告も明日以降に聞いて、方針を決めよう」
全員がうなずく。とりあえず、今日は征竜群がまた再結集できたことを祝えばいい。




