67話 集束していく道、気持ち
大きく西へと迂回し、それから秀樹らのいる山の麓へ向かった耕平たちの隊。結局、到達したのは夕方だった。
「連れてきたよ~」
ハンナが元気に秀樹らに声をかけた。互いに笑い合う。
「よかったよ。ここから竜の巣とは十数キロは離れているようだ。山のこちらで火を焚く程度はいいが、山の向こうだと危ない」
秀樹は耕平たちにいちばん大事なことを最初に言った。耕平の顔に安堵の色が浮かぶ。
「久しぶりだな。俺たちもここに野営の準備をしよう。メシでも食いながら、話そうか」
耕平の言葉に、ケイら隊の全員がうなずいた。大きな声を出すこともなく、手早く動き出す。夜も近いので、やるべきことを先に終わらせたい。
それでも、宙は秀樹の方へ歩いて行った。
「よく、無事だった」
ふたりはハイタッチをして、互いに言った。バッテリーがそろったのだ。
「少なくとも明日1日、ここに留まって竜の巣を観察したいな……」
耕平が火を眺めながら言う。夕食は秀樹の隊が備蓄していた鳥の肉を煮た。山の麓に小さな川の流れと泉も見つけていた。竜の拠点に近い緊迫感はあるが、ある程度の居住性は確保できていた。
「明日、山の陰から東を見てみるといい。遠くない海に小さな島が見える。その上空では常に数体の竜がいる。まあ、あれだろう」
みんなもうなずく。だが、そのあたりのことは、なるようになると宙は思っていた。それよりも気になったのは、ここに至る道中のことだ。
「なんでこんなうまい鳥肉をため込めたんだよ。俺たちは荒地ばっかで、ろくなもんなかったんだぞ!」
鍋の肉にガッつきながら、秀樹と省吾をにらむ。
「川沿いを下ってきたからね。水を飲みに少数の竜も来たけど、野鳥もいっぱい来たんだよ~。それをね、秀樹や弓のうまい人たちが、ビッと射てね」
ハンナがうれしそうに言う。隣には久しぶりに会ったケイが座ってる。
「ウソッ。そんなに鳥捕れたの? 私たちなんか、1回鹿を捕っただけですよ」
ケイの言葉にハンナが笑う。
「お魚も食べたよ~。省吾が河にビリビリって電気放ってね。すると、いっぱい魚が浮かんでくるの。それを焼いて食べた」
「焼き魚よりも、炊き込みご飯がうまかったすよ」
省吾がヘラヘラしながら言うのを聞いて、宙がさらに頭にくる。
「俺らが土まみれの顔で荒野のジビエ料理で喜んでいる間に……。なんじゃその豊かな生活はっ!」
宙の言葉に、それを一緒にやっていたケイが笑っていた。ようやく、水のある場所に至って、さっき、身体を洗ってきたらしい。久しぶりにサッパリとした顔をしている。本当はきれい好きな子なのに、かわいそうなことをしたと宙は思ってしまう。
「ケイ、ごめんな。もうちょっと、水とかあげたかった」
宙が謝ると、ケイとハンナが吹き出す。
「なんか、宙が言うと、キャラが違う」
ハンナが突っ込んだ。
「何言ってんだ! 女子がキレイであろうとしてくれると、男子はうれしいのだ。それを阻むことなど、許さん」
宙のアホな言い分。でも、こいつでも女性に対する気遣いはあるのだ。
「結局、荒地ばかりで俺たちはまともに水も得られなかったし、竜の大軍は見たけど、竜と戦うこともなかったんだ」
耕平が秀樹やハンナたちに状況を説明した。反対に秀樹も話す。
「俺たちは西の川沿いに南下したので、水には困らなかった。何度も竜に出くわしたが、どれも水を飲みに来ただけの2、3体の群れだった。戦うこともせず、南に帰っていくのを見ていただけだよ」
「なんかね、ただのデカい鳥に見えてきちゃった」
ハンナが自隊の多くが抱いた感想を添えた。
「じゃあ、征竜軍全体で動くなら、その西の川沿いが有力だな。俺たちが通ったルートはダメだ。水も食いものもないし、竜と出会うときは、いきなり大軍だ」
耕平がまとめる。秀樹が賛同する感じで話す。
「俺たちが通ったルートは、生存確率的にも悪くない。ここからの帰りも、安全策をとってそこを使おうか。そして、帰るまでにできるだけ、例の島を見ておこう。で、残るは勝利らの隊だな。無事だといいが」
最後に東の空を見上げた秀樹に、みんなが同意した。昨日までと違って、宙と省吾という強力な術使いもそろったし、ハンナと耕平という、圧倒的な武勇を持つ者もいる。数は倍になっただけだが、安心感は数倍だった。それが、チームの強さだった。
いつの間にか、正則がその中心となっていた勝利の隊は、河口近くに至ったことを感じていた。ただ、目前になだらかな丘があり、先が見えない。
「ちょっと、先に行って偵察してくる。みんなはゆっくりと進んでくればいい」
そう言って、勝利はサッと駆けだす。ただし、大きく飛ぶと高さが出すぎる。丘の向こうに竜がいると厄介だ。低さを意識して、丘の中腹に着地した。そこからは、歩いて登っていく。
丘の頂上あたりでは、姿勢を低くして進んだ。そして、向こう側を見る。
「あっ!」
そう小さな声が出た。丘を下ると、その先はほどなくして海だった。左側を流れる河が、そこに注ぎ込んでいる。そして、海の向こうに小さな島。竜がその上を舞っている。はるか西には、さほど高くない山が見える。
勝利は用心しながら少し下り、進んでくるリサや正則らに手ぶりで合図する。身体を低くして、こっちに来い、そんな意味だった。
「なんかあるみたいスね。馬車は置いて、武器だけ持って行きましょうか」
正則がリサや兵に言う。その言葉に従って、全体が丘へ向かう。
「あまり大きな挙動をとるな。案外に近い」
勝利がやってきたみんなに言う。うなずいて正則が低い姿勢で丘の向こうを見る。島の上を竜が旋回している。正則は感情の中でカッとするものがうごめくのを感じた。竜との乱戦を思い出す。怒りが湧く。
長く見ていると苦しくなる気分がして、正則は丘を下った。
「あれでしょうね。ただ、この丘を向こうに下るには、近すぎる。丘の中腹で捕捉されるかもしれない」
正則と一緒に見てきたリサが、その意見に同意した。その間も、兵たちが数人ずつ丘の向こうを見に行く。
「ゆっくりと、ここであれを観察したいんだが、この上空は道中に出会った竜たちの通り道かもしれない。危険すぎる」
勝利の分析に、正則がうなずく。
「俺たちの旅は、ここが折り返し点みたいスね。これ以上、進めないし、長居も危険。帰るしかないでしょう」
正則の意見に勝利も同意する。
「ここを降りよう。そして、できるだけ早く距離をとろう。この情報を持って帰るのが、俺たちの役割なんだ」
勝利はそう言いながら、もう、丘を下りはじめていた。
「ね、ちょっと話をしない? お菓子もつくってみたんだ」
駐屯地の夜、ヨーコの幕舎に声をかけたのは、エリーだった。
「なんか、最近ではめずらしいわね。いいよ、入って」
征竜隊の女子は、いつもはエリーとケイ、ハンナとリサが同室、もしくは同じテントで起居していた。ヨーコはそのどちらかと同室になることもあったが、事務的な仕事もあったため、ひとりで1室を使うことも多かった。この征竜軍でも、基本的にひとりで幕舎を使っていた。人の出入りも多いので、遼四郎の使うものほどではないが、立って行き来する程度の広さがある。小さな火が使え、机と椅子もある。3、4人で話せるほどだ。
「お茶でも入れようか。私も今日はやること終わったし」
そんなことを言いながら、ヨーコは立ち上がり、カップや茶の葉を用意する。ずっと、親友だったふたりなのに、なんだか、重めの空気。
ほどなくして、机の上に湯気をあげるカップが二つ並ぶ。横にエリーが持ってきたカゴが置かれている。上に布がかけてあるので、中身はわからない。
「なんの話かわからないけど、温かいうちに飲もうか」
やはり、ヨーコは打ち解けてない。でも、カゴが気になる。
「お菓子って、アンタがつくったの? どんなの?」
そう言ってヨーコは勝手に布をとる。中には、薄茶色をした半球の物体がゴロゴロとあった。表面がザラザラしている。
「何よコレ。変なもん持ってくるのね……、って、コレ、あれじゃない?」
黙って頬杖をついていたエリーがクスッと笑う。
「さて、なんでしょう?」
ヨーコはエリーの問いに答えなかった。そのまま、ひとつつまみ上げ、パキッと半分に割って、一方を軽く噛んだ。カリッと音がして、ヨーコの口に入る。口の中で咀嚼して、軽く息を吐く。
「カルメラじゃない! コレ」
もう一度、エリーが笑う。うれしそうな顔だった。
「陸君に相談したの。ヨーコと仲直りしたいけど、どうしよう? って。そうしたら、にっこり笑って、これを教えてくれた。ここでもつくれる、遼四郎たちの世界の、どこにでもあるけど、懐かしいお菓子だって」
もうひと口、カルメラをかじって、お茶を飲んだヨーコが笑う。
「あの野郎、腹立つほどにやるわね。小さいころ、遼四郎と行った駄菓子屋さんで食べたことあるのよ。すごく安いの。そして、素朴に甘いの。でも、夏だったから、ほとんど食べなかった。涼しくなってから食べると、こんなにおいしいのに」
ヨーコが遠い思い出を見つめるように、少し上を向いて話す。エリーは、陸に相談してよかったと思う。自分もカルメラをひとつとり、割って口に運ぶ。本当に懐かしい感じの甘さ。
「その遼四郎をめぐって、私たち、なんかうまくいかないね」
エリーは言う。すると、ヨーコが自嘲的に笑って返す。
「私があせってるだけよ。時間は少ないのに、アイツ何も言ってくれないし、エリーと仲いいし。何かあったんでしょう?」
「何もないから、何か残るようにしてみただけよ。あのまんまじゃ、みんなと一緒の思い出ばかりだもん」
エリーの述懐を聞いて、ヨーコは目をつぶって上を向いた。軽く息をしてから、そのまま言う。
「そうだろうね。あの人、何も残さずに去ろうとしてるのよ。でもね、たまに私に何かを伝えたい、って顔をするの。本当は何も割り切ってない。でも、割り切ったように振る舞う。そこに気付くと、なんか、胸が破れそうになる」
今度は、エリーが上を向いてしまう。やはり、ため息をつく。
「割り切れてないよね。だから、瞬間的に気持ちが胸に飛んでくる。そのまま返したときだけ、上手で素直なキャッチボールができる。でも、次の日、同じようにボールを投げても、なんか立派な人みたいなボールが返ってくる」
「そうそう! 何も残さないなんてムリなのに。そんなこと、してほしくないのにね。本人は、めっちゃ困ってるんだろうね」
ヨーコは少し上気して答えた。でも、その後、言葉が出てこない。話す言葉が止まってしまう。黙って、カルメラを口にして、ふたりでお茶を飲む。
「キスしたんでしょう?」
先に言葉を決めたのはヨーコだった。でも、エリーは大きく心を動かさなかった。
「したよ。でも、ヨーコの方が先だったんじゃないかな」
相手が温和に答えたので、ヨーコも落ち着いて答える。
「そうかも。彼と一緒に高い塔で夕日を見たの。ヨーコと来たかった、って言ってくれた。私、うれしくて、そのままキスしちゃった……」
大事な思い出を、汚さないように、ヨーコは丁寧に話した。
「私はね、不安になって夜の星空に連れ出したの。真っ暗で何も見えない間に、エイッ、てね」
エリーにとっても、大事な思い出。だから、余韻の部分までは話せない。それだけは自分だけのものにしておきたい。
「なんか、どちらも奇襲ね。お互いさまというか、なんで同じ人なんだろうというか……」
「しょうがないよ。彼って、誰もが好きになっちゃう人だもん。私たちだけじゃなく、ケイもハンナもリサも、ハーマンもスモールウッド兄弟も、トマスも、おばあさまだって……。数えたらキリないよ」
ヨーコはエリーの言葉を聞いて、笑う。
「そんな人に小さいころに会ってたんだもんね。そして、再会して、また、お別れする……。悲しいのかな? それとも、幸せなのかな?」
「幸せだよ。絶対に忘れない思い出がたくさんあるもん」
エリーが自信満々に話す言葉を、ヨーコは心地よく聞いた。
「ね、彼がいなくなっちゃったら、たぶん、遼四郎のことだったら、なんでも聞きたくなると思う。そのときは、エリーが隠していることも教えて」
「うん、ヨーコのも聞かせて。それでお相子だし、それで互いに豊かな気分になれる。知っている彼がもっと増える」
「うん」
ふたりは、明るく笑い合った。そのまま、ずっと話を続け、結局、エリーは自分のテントに戻らず、ヨーコと一緒に眠った。




