66話 海に出た。そして、見つけた
いちばん遠回りした秀樹の隊なのだが、最初に海に至る。西側の河は大きく内陸に入り組んだ湾に流れ込んでいて、踏破する距離が短かったのだ。
「おい、結局、戦うことなく海に出ちまったぞ」
秀樹がちょっと困った表情で言う。途中、何度か竜を見かけたのだが、どれもこれも2、3の少数でしかなく、やり過ごしてきたのだ。
「ごめん、秀樹。少し困った事態なんだよね。でも、ごめんなさい。私たち、はじめて見る海を喜んでいい?」
ハンナは表面でギリギリの冷静さを保ちながら、秀樹に申告する。そこに省吾が声をかけた。
「そっか! ハンナさんたちって、海見るのはじめて?」
猛烈にハンナがうなずく。兵たちもうなずいている。すると、秀樹が絶対的な命令口調で言う。
「お前ら、全員で竜掃使体操! 2周やれっ」
軍隊なので、司令官の命令には逆らえない。仕方なく、ハンナも兵たちも、身体を動かしだす。屈伸したり、カカトや手首を伸ばしたり……。
「いいか、海は河じゃない。対岸なんかない。広く優しく見えて、楽に人間を飲み込む以上の力がある。河より流れていると思え。波打ち際から、10メートル離れるな!」
秀樹の言葉は最大限に厳しいバージョンだった。ハンナたちはピリッとする。
「海では、泳げないヤツは死ぬ。誰かがおぼれても助けようとするな。助けるときは俺が助ける。ムリと判断すれば、見捨てる。波打ち際の数メートル先でもそれは起こる」
ハンナは秀樹が海の怖さを教えてくれていると気づく。いじわるじゃなく、一番安全な方法で海をくれようとしているのだ。
「必ず、3人以上で遊べ。たぶん、水は冷たい。絶対にムリするな。腰より深いところに行くな。理解したら、俺にその旨を叫んでから、好きなようにしろ!」
秀樹の合図に、ハンナは言う。
「征竜軍征竜隊槍兵長、ハンナ・ハンザ・オヤマ! 3人組で何があってもムリせず、海に入ります!」
口々に絶対安全的な言葉を叫んで、海になだれ込む。もう、水は十分に冷たい。
「省吾さ、その辺の流木集めて、電撃とかで火をつけてくれないか。絶対、必要になるから」
秀樹の提案に省吾が笑う。やさしいな、と感じる。
「けっこうデカい火にしましょうね。俺もガキのころ、正月に海に入るという、変な寒稽古の経験あるんですよ。火はデカい方がうれしい」
そんな省吾の言葉に、秀樹が笑っていた。海なんだから、うれしいのは当然なんだ。しかも、はじめての海だ。最後は温かく、終わらせてやりたい。
「俺ら、絶対にハズレ引きましたよね」
勝利とリサの隊では、正則がぼやいていた。いちいち、竜に出くわす。途中からは、戦うことを避ける方法をとるようになった。秀樹らの隊と同様に、都の方へ向かわなければ見逃すようにした。でも、その分停滞せざるを得ず、前に進まない。
「都に大竜が襲ってきたときって、西側ルートで竜がやってくる感じだったもんな。たぶん、西の竜は激減してるんだよ。でも、東のこっち側じゃ、まだまだ多い」
勝利が仮定を言葉にしてみる。なんとなく、リサも正則も納得する。
「まあ、仕方ないわよ。時間がかかっても、私たちが歩んだ記録は有用になるはず。のんびりと、河口まで行ってみましょう」
リサの言葉に勝利がうなずく。竜はいるけど、豊かな地域だった。この国にとって価値ある大地になるだろう。トマスが喜ぶ顔が目に浮かぶ。しかも、勝利が去った後にもリサはこの地で生きていくのだ。河口まで調べておきたい。
結局、海水に濡れたハンナたちは、寒さにガチガチと震えていた。仕方ないから、河口近くの岩場で風をしのいで、野営することにした。
「さっき、みんなが遊んでいる間に、高いところまで飛んで、周囲を見てみたんだが、たぶん、これより西に探している竜の巣はない。東へ飛ぶ少数の竜が見えたんだ。さらに、これまで見てきた竜も、基本的にここから東の海の方へ飛んで行った」
温かい火の近くで食事をし、ようやく身体が温まってきたハンナがうなずく。
「そんなわけで、東へ向かいましょうかね。宙さんや耕平さんたちのルートにかぶるけど」
さっき、秀樹と相談したことを省吾が言う。
「海を見ながら、東へ向かってみよう。どこかで竜の巣を見つけられるはずだ。賭けてもいい」
秀樹の言葉にみながうなずいた。
「ハンナ、飽きるほど海が見られるぞ」
言われたハンナと兵たちが、うれしそうに笑った。寒い目にあったのに、懲りない。海というのは、人の心を動かすのだ。
ずっと、竜にも出くわさず、荒野を歩くだけの耕平の隊。ある朝、起き抜けにテントを出て、宙がまたぼやく。
「じゃあ、今日も何にもない旅を続けるかっ」
自分に気合を入れるためもあって、デカい声だ。すると、耕平が怖い顔をしてにらむ。
「シッ!」
ただならぬ様子に、宙も真剣な顔になる。すでに起きている兵たちも、微動だにせず待機している。耕平が指さしたのは、風よけにしていた岩の向こう側だった。
宙は岩にとりつき、ゆっくりとその陰から向こう側を見てみる。数十の竜の群れが遠くの空を舞っている。今いる23名だけで戦うのは、無謀な数だった。
「いつからいるんだ? アイツら」
かなりの距離はあるのだが、最大限の用心が必要だった。宙はゴソゴソと装備を整えながら、耕平に聞く。
「1時間ほど前だろう、胸騒ぎがして起きたら、南からやってきた。あそこで止まって、旋回しているだけなんだが」
「叩ける数じゃないもんね。どうする? ここで戻る?」
ケイは短弓を手にしていた。ずっといるようでは、進めない。
「都や遼四郎たちがいる場所を襲撃する気かもしれんぞ」
宙が言うような可能性もある。耕平が少し考えて口を開く。
「こっちに向かってきたら、宙の火球で一撃後にここを離脱しよう。できるだけ遠くへ一気に飛んで、逃げる。ここから離れたまま北へ向かった場合は、手を出さずにやり過ごそう。遼四郎たちなら、負けないはずだ」
耕平の決断に、全員がうなずく。武具を整え、相手の動きを待つ。緊張が大きなプレッシャーを与える。
だが、半時間ほど過ぎたとき、突然、竜たちは南東の方向に向かい、飛び去って行った。緊急的な事態には至らなかったようだ。大きく息を吐く宙。
「行きやがった」
こういう危機があるからこそ、遼四郎は耕平と宙を組ませた。それでも、しびれる時間だったのだ。
「こりゃ、まっすぐ南へは進めんな。奴らは東に行ったことだし、少し西に避ける形で海をめざそう」
耕平の声にみながうなずく。ただし、昨日までと違って、その表情には緊張がみなぎっていた。
数日間、海を右手に見ながら東へ東へと進んだ秀樹の部隊。海に沈む夕日も見た。
「なんか、すごい景色だね。秀樹や省吾と違って、自分たちの世界なのに、私たちって、知らないことばかりだね」
いつもの陽気さが消えて、少し感傷的なハンナがそんなことを言っていた。
それでも、総じて海は美しく、ハンナたちにとっては幸福な時間だった。だが、目の前に山が見える。
「おっと、ちょっとまっすぐは進めないようだな。とりあえず、山を迂回しながら進むか。途中で一度、高いところから山の向こうを確認しておこう」
こうして、少し北へ戻る形になりながら、秀樹の隊は進んだ。そして、山を利用して飛び、周囲を見回したとき、秀樹はふたつのものを発見する。
「おっとっと、あれが竜の巣じゃないか」
あわてて高度を下げながら、秀樹は山の向こうの海に浮かぶ、小さな島を見つける。数体の竜がその上を舞っていたのだ。そして、もうひとつ、はるか北東方面に20人ほどの人影らしきものが見えた。
「ありゃ、耕平たちの隊だ。あのまま南下したら、危ない!」
急いで秀樹は戻り、みなに竜の巣らしきものと、耕平らの存在を説明した。
「私が飛んで伝えに行くよ。竜数体くらいなら、なんとかなる」
ハンナが長槍を手にして言った。だが、秀樹はうなずかない。
「省吾、お前も行け。竜に見つかったら、電撃放って、そのまま耕平の隊に飛び込め。お前らが合流すれば、かなりの戦力になる。俺たちはここに張り付いて待つ。場合によっては来た方向に逃げるから大丈夫だ」
省吾は剣を持ってうなずいた。ハンナひとりで行かしたくなかったのだ。
「すぐ行け、耕平たちを救え。ここで待っている」
秀樹の命令にうなずくや、ハンナと省吾は駆けだした。低く飛んで、北東へ向かう。
「危ないところだったが、この賭けは勝ちだ。なんとかなる」
秀樹は残った兵たちに、身を隠すための指示を出しながら、そうつぶやいた。
地上を歩いている限り、まだ、海はまだ見えない。ただ、南西の方向に山は見えていた。行って周囲を確かめてみたいのだが、いつ、竜の大軍に出くわすかもわからない。宙はイライラしながら歩いていた。
すると、真西あたりの空に、あきらかに風の術で飛んでいいるふたつの影が見える。ものすごいスピードで風に乗りながら向かってくる。
「ストップ! ダメよ、それ以上進まないで、止まって~っ!」
ハンナだった。猛烈なスピードで地面に向かうや、槍の石突を地につけてブレーキをかける。後ろに続いたのは省吾だった。
「まっすぐ進んだら、竜の巣に見つかる! 西へ迂回して逃げよう。秀樹が待ってる」
ハンナは端的に状況を説明した。
驚いたのは耕平もケイも同じだった。だが、ハンナの説明で概略がわかった。瞬間的に判断する。
「みんな、西へまず動こう。急ぎながら、静かにだ。安全圏に入るまで、緊張を解くな」
耕平の言葉に、ケイも宙も首を縦に振る。いつもは騒がしいハンナや省吾が、再会を喜ぶこともせず、多くを語らないのだ。最前線にいる空気だった。




