65話 竜よ、竜よ、竜よ!
最初に竜に出くわしたのは、勝利、リサ、正則の隊だった。駐屯地近くの河沿いにそのまま南下していたので、水場が常に近い行軍だった。そして、やはり竜はいる。
「中型3に小が10という構成ね。どうする?」
リサが勝利、正則に聞く。
「キケンな数だけど、竜がまとまったところで、正則の水を直撃させれば、倒せる可能性が高い。だめなら、荷物は置いてさっさと逃げようか」
勝利の案に正則がうなずいて言う。
「いいっスね。ただ、どうやってまとめます?」
勝利が策を示す。
「俺とリサで一度左右に竜を割ってみる。ついてきたら、今度はクロスする方向に動く。集まったところをねらってくれ」
正則はこれにもうなずいた。勝利とリサは、それぞれ、5人の兵を率いて、左右に散っていく。真ん中に残ったのは正則と10の兵。それぞれに弓を準備し、タイミングを待つ。
右に走った勝利と、左に走ったリサが大きく離れて竜に向かう。そして、滑空するや、左右同時に弓を放った。竜たちが反応する。
「来たな!」
勝利はニヤッとして、そのまま竜たちを飛び越え着地する。少し待って引き付けると、今度は進路を変えて、飛ぶ。反対側で同じように動いていたリサも飛んだ。
「ナイスプレー!」
つぶやいた正則は、真正面に向かって駆けだす。後ろの兵も続く、そして、飛んだ。
勝利とリサが空中ですれ違うと、それぞれを追う竜たちが左右から集まる形になった。準備は十分。
「いっけえぇっ!」
大きく振りかぶった正則が、手先から水塊を放つ。空中で大きく膨らんだそれが、竜たちが交錯する1点に向かう。ドンッ、という巨大な音と一緒に吹っ飛ばされる竜たち。
「よっしゃーっ! 刈りとれ」
正則は命中を確認すると、剣を抜いて下知した。同時に兵たちは弓を放ち、次に抜刀する。左右の勝利たちも反転していた。
水塊の直撃を受けた竜たちは地上に転がっている。空中に残れた数体も弓でバランスを崩している。そこに襲いかかる勝利とリサ。ほぼ同時に2体の落ちた中型にとどめを刺した。
残る中型には正則が向かっていた。
「剣をなめてると、剣で死んじゃいますからね、ジャスティンさん。俺はなめずに練習してますよ」
竜の左側に飛び込んだ正則は、鋭くステップして剣先を走らせる。富夫や遼四郎のように強くは振れない。だから、丁寧に瞬間的にパチンッと振る。センター返しだ。
「シッ!」
正則の呼気とともに、剣先が竜の首を裂く。首は跳ね飛ばない。でも、確実に絶命させている。振り返ると、残った小型も兵たちがそれぞれに倒している。
「ヘタクソには、ヘタクソなりのやり方があるんですよ、ジャスティンさん。剣もバットも、楽器もね」
正則は笑っていた。その顔を見て、兵たちも手を上げた。
竜を倒した現場から、いくらか離れた林で、その日は夜を過ごすことにした。ここならば、木がじゃまになって、中型以上の竜はいきなり襲ってこれない。
せっかく、新鮮な竜の肉が手に入ったので、陸が教えてくれたバーベキューソースを塗りたくりながら、焼いている。焼けた部分から削ぎ取って食うという、雑な料理法だった。
それでも、火を囲んでの夕食は十分にうまい。兵たちはご機嫌だった。正則は適当に食いながら、いつものようにギークを弾いている。
「それにしても、正則は剣がうまくなったな」
大方の兵たちにとって、征竜隊の面々は年下なのだが、なんとなく、敬意を払って“富夫さん”のように“さん”をつけて呼ぶ。勝利やリサにもそうだ。でも、なぜか、正則だけは呼び捨てだった。兵たちはちゃんと敬意はあるのだが、妙に弟分のような親近感がある。それも、遼四郎とは違う形の正則の人徳だった。
「別にうまくないよ。ヘタクソなりの練習成果」
正則はそんな風に返す。そして唄う。
「ヘタなら練習すればいい~。ヘタほど必ずうまくなる~♪」
「なんだよ。その変な歌」
兵たちが笑う。ついでに正則も笑う。勝利が感心して言った。
「たしかに、正則は練習するようになったもんな。いろいろ、うまくなったよ」
すると、正則が嫌な顔をする。
「俺みたいなチャランポランが、努力してます、って顔するのって、似合わないからやめてほしいッスね。腹立つから仕返しします」
そう言って、正則がまたギークを弾く。
「好きなら伝えてしまえばいい~。好きほど必ず届くから~。キミを見ているあの人に、隠さず伝えてしまえばいい~♪」
正則の逆襲は適格に勝利に命中した。いや、隣のリサにも当たっている。ふたりで真っ赤になる。
「伝えたい相手が届く場所にいるなら、ちゃんと伝えましょう。届かなくなってからじゃ、遅い」
ギークを弾かず、左手で立てて正則が言ったことは、深くみんなに伝わった。そうなのだ。伝えられなくなることもある。だから、生きている今が大事なのだ。
西側の河に至った瞬間、秀樹たちの隊も竜に出くわしていた。ただし、こちらは中型1に小型2という、最低限に近い群れ。
「やっつける?」
全員で岩陰に潜みながら、ハンナが小さな声で聞く。
「いや、ちょっと様子を見よう。都の方に向かうなら、倒す。そうでなければ、やり過ごしてみよう。ヤツらの行動原理を知りたい」
秀樹の判断にハンナと省吾もうなずく。竜たちは水を飲んでいるようだった。いつも襲ってくる姿ばかり見ているので、そんな竜の日常は新鮮でさえある。
「ただのデカい鳥だな、ありゃあ」
秀樹は不思議な気分になってくる。憎むべき対象に見えてこないのだ。か細い生命をつなぐ、弱き生物にさえ感じる。
数分眺めていると、竜たちは水を飲み終え、ひと声空に向かって鳴いた。そして、翼をはためかせる。
秀樹は省吾に無言でサインを送る。北へ飛んだら電撃を放て、という意味だ。だが、竜は南へ飛んだ。秀樹たちの存在には、気づいていなかったようだ。
「はーっ、いっちゃったね」
ハンナは緊張感が切れたように、先ほどより大きな声で言う。全員が同じような気分だった。
「なんか、普通の動物に見えちまった」
秀樹の言葉にうなずきながら、ハンナも言う。
「変なんだけど、殺したらかわいそうに感じちゃったよ」
「アイツらも、ただの生き物ってわけか」
省吾の印象も同じだった。兵たちも似たような感覚だった。
「ここは竜の水飲み場なのかもしれないから、少し離れよう。そして、今日はさっさと野営しよう。なんか、少し話し合いたい」
秀樹の提案にみんながうなずいた。
火を囲みながら、鍋で鳥の肉を煮る。ここに至る間に、秀樹が数羽仕留めていたものだった。弓はうまいのだ。
「みんなには悪いけど、なるべく、竜と戦わずに南下してみないか。ちょっと、アイツらの生態を知りたくなってきた」
秀樹が大きな方針転換を提案する。相手を観察するという、キャッチャー的気質が強く働いたのだ。でも、みんな違和感がない。
「いいんじゃない。別に殺生したいわけではないし、襲ってこなければ、本来はそれでいいんだから」
ハンナも同意する。武勇抜群の彼女だが、性格は温和で陽気なタイプだ。
「ハンナさんの言う通りと思うけど、みんなはいいのかな?」
省吾はこの世界の竜と人間の相克を理解していた。だから、そんなかんたんに納得できないだろうと考えたのだ。
「いや、ここんとこ、俺たちの方が竜よりも強いんですよ、圧倒的に。いいことなんだけど」
「微妙に感覚が変わってきている気がします。たしかに、竜を調べておけば、今後にも役立つ気がしますよ」
兵たちがそんな風に応じた。秀樹がうなずく。
「じゃあ、俺たちはその線で行ってみよう。俺たち全員の感覚に従った賭けだけど、価値はあると思う。要は、竜の巣を見つけりゃいんだから」
ハンナや兵たちは、秀樹の存在感に少し驚いていた。遼四郎とは全然違うのだが、リーダーと一緒にいる安心感があるのだ。
「なんにもねえぞ!」
延々と続く荒野に、飽き飽きした宙が天に向かって叫ぶ。近くに山があるわけでもなく、声はそのまま大地にかき消される。
すると、空から耕平が降りてくる。前方を確認するために、飛んでいたのだ。
「5キロほど進んだところに、林と水場がある。そこまで行って野営だ」
宙が叫んだとたん、なんにもなくなかったわけだ。微妙に腹が立つ宙。
「たぶん、海に出るまで、こんな感じかも。でも、今日は水があるんだから、よかったんですよ」
ケイが宙をなだめる。
「けど、竜はいない!」
宙はまだ腹が立っている。毎日、歩いているだけなのだ。
「いなくていいんだよ。いれば、俺たちが出会うのは大軍のはずだ。逃げるだけだぞ」
耕平の言葉に、逃げるのもまた嫌だと、宙は思う。
「3キロ先で鹿を一頭仕留めておいた。肉が食えるから、機嫌直せ」
耕平は宙に言う。マウンドでカッカする宙をなだめるのは、内野と捕手の役割なのだ。
「わかったよ!」
宙はもう一度、天に向かって叫ぶ。でも、その声も大地がかき消した。
「私たちは竜と戦っている割に、竜を知らないの」
牧の囲いが一通りできあがり、馬とヒツジが放たれるのを見ながら、エリーが言う。馬たちが夕日を背に、うれしそうに草を食んでいる。
「あの馬みたいな、ただの動物なのかもしれないよな」
遼四郎の言葉にエリーだけでなく、トマスもうなずく。
「それさえも知らずに、歴史を重ねてきたのが私たちだ。相手が強すぎたのだ」
それは仕方ないことだと、遼四郎は思う。
「でも、耕平や秀樹たちがいろいろ探してきてくれるよ。トマスはそれを全部聞き取って、記録すればいい。新しい道も見えるだろうよ」
遼四郎はただ竜を倒して帰ろうとしていない。残る自分たちの生き方を、変えようとしてくれている。
「キミがそうしてくれるだろうと思っていた。うれしく思うよ」
トマスの返事に、遼四郎が笑って返す。
「友達と、好きな女の子がいる世界なんだ。当然だろ」
トマスもエリーもうれしい。でも、やはり、最後にさみしさが残ってしまう言葉だった。




