64話 自分で決めて、自分で動く
秀樹が中心となった23名は西へと大きく移動していた。3台の馬車に荷物を積み込み、騎馬5、残りが徒歩という構成だった。
「こんなに西へ行かなくてもいいんじゃない?」
この部隊の中心的存在はハンナだった。富夫、ハーマンに次ぐ武力を持ち、野球をやれば、速球投手で長距離打者だった。身体能力がずば抜けていた。しかも、性格が格別に陽性。そんな彼女が問う。
「多数の竜と出くわしたければ、もっと東寄りのルートがいいんだけど、そっちは耕平と宙らが受け持つべき領域なんだ。俺たちは、西側にどれだけ竜がいるかを確かめる役割かな。それをやっつけるときに、ハンナにはがんばってもらうよ」
秀樹はそんな風に答える。ハンナのようなエースで4番タイプは、キャッチャーである秀樹にはお手の物だった。自己表現をしたいのがピッチャータイプの根本なのだ。できる場所を示しておけばいい。
「何もない場所をウロウロするだけになるんじゃ、つまらないなあ」
ハンナ以上にピッチャー的気質が強い省吾が言う。こういう連中と自分を組み合わせた遼四郎は、よくわかっていると思う。正直、にくったらしい。
「どうせ俺たちも竜に出会うさ。賭けてもいい」
「なんでです?」
昨日、秀樹と耕平、勝利の3隊の指揮官は、遼四郎らと話をする時間があった。そこで、遼四郎が急に切り出したのだ。
「竜のねらいは、もしかしたら、水かもしれない、と思ってる」
トマスがポカンとして、遼四郎を見たのをよくおぼえている。その後に、トマスがこう聞いたのだ。
「なぜ、そんなことが言える?」
「だって、湖があるここで竜に襲われたんだ。水だろう」
遼四郎は説明不足だった。トマスは意味がわからずに食い下がる。
「じゃあ、なぜ、あれだけ都が襲われるのだ。都には湖なんかないぞ」
遼四郎は笑っていた。そのまま、トマスに言った。
「あるよ。俺たちが旅行に行った湖だよ。あの巨大な湖に行こうとすれば、その手前の都を通るしかない。そりゃあ、襲われるだろう」
唖然とするトマス。でも、話の筋は通っていた。
「それを仮定して、3隊のルートを決めればいいんじゃないか?」
遼四郎はそう言った。そして、秀樹たちのルートをざっくりと決めた。
そんな顛末を秀樹は省吾に語る。
「じゃあ、西の河に至ったら、要注意?」
「まあ、そういうことだな。だから、今はそんなに緊張しなくていいんだよ。ただし、竜が来たときは、お前の電撃頼みだからな」
そんなことを話して、秀樹は省吾を統制していた。そういえば、遼四郎も中学まではエースで4番タイプだった。秀樹は中学では遼四郎の球を受けていたのだ。でも、高校入学と同時に、ピッチャーをやろうとしなくなった。
「ピッチャーあきらめたのか?」
秀樹が聞いたときに、遼四郎は笑っていた。
「俺、ピッチャー向きじゃないと思ってたんだよ。性格的に周りの意見容れてしまうし、実はそんなに器用じゃない。ほら、菊池宙ってヤツいたじゃん。ああいうのが、ピッチャーに向いてるんだよ」
実際、秀樹もそう思っていた。宙の性格はピッチャー向きだった。そして何より、球の伸びが違ったのだ。
「アイツがやりたいチームが、だいたい形になってんだよ。今の俺たちは……」
だから、秀樹はこのチームで夏を戦いたい。強豪野球校とやりあえるほど、充実していることを知っていたのだ。
宙があまりに変わらない景色にうんざりしている。
「左右に河があるところを秀樹と勝利の隊が進んで、俺たちが真ん中というのはわかるんだが、ホントに何もないところだな」
「じゃあ、今から帰ってヨーコと代われ」
この隊の中心である耕平が容赦なく言う。
「そうです。別に宙君じゃなくてもいいんです。ヨーコの氷でも十分な実力がある」
ケイも問答無用だった。このふたりは、遼四郎が宙を操縦する術を真似ている。
「お前ら、汚いな。遼四郎のやり方だろ。俺がアイツに頭が上がらないのを知って、やってるな」
宙は悔しくて言い返す。
「そりゃ、そうだろ。お前はこのチームで、ようやくエースになれたんだ。チームに感謝してるだろうし、そのチームをつくったやつに、文句言えるはずがない」
耕平が少し説明的なのを感じて、ケイが聞く。
「え、何があったんですか? 宙君が最初からエースだったんじゃないの?」
耕平はニヤニヤ笑ってるばかり。仕方なく、宙本人が話す。
「俺は1年のとき、もっと背が低かったんだ。誰が見ても遼四郎の方がデカくて速い球を投げていた。俺は嫌になったんだよっ」
「野球が?」
ちょっとびっくりするケイ。彼女らにとっては、野球は楽しくてやりたいだけのもの。彼らの世界の感覚がわからない。
「ああー、ケイにはわかってもらえないのは理解して言うけど、ホンッとに、野球辞めたかったんだ。でも、遼四郎が助けてくれた」
ケイはおもしろくなる。ちょっと前まで、大好きだった人の話だ。
「なになに? 最後まで聞かせて」
「アイツ、自分たちの代のピッチャーは俺がいい、って言いやがった。すると、秀樹も賛同した。なんか、ヘボい俺なのに、将来性があるみたいに言われたんだよ」
「で、どうしたの?」
宙は少人数での行軍なので、隠すこともないと思ったのだろう。正直だった。
「しょうがないだろ! その将来性を具現化するためには、努力するしかないんだよっ」
宙の正直すぎる述懐に、耕平が笑って言う。
「今でも、球の速さだけなら、デカい遼四郎の方が上で富夫はもっと速い。でも、お前の球が一番打たれないことを、俺は知ってる」
宙も笑う。そして、ケイに言った。
「アイツはな、人の才能が華を開くと喜ぶんだ。そんな友達なんだ。だから、俺はこの道を行くんだ」
気持ちのいい風が、ケイの赤い髪をなでていく。なんとなくわかっていたが、ちょっと前に一緒にお茶を飲んだ人が、とても頼もしい。
「いい人に出会えて、よかったね!」
ケイは宙に言う。右手を上げてうなずくエースを見て、自分が間違っていなかったと思う。横で笑っている耕平を見ると、その思いはさらに深くなる。
「あの、さ、正則。俺とリサはその……」
同じように23名の偵察部隊として行動し、その指揮をまかされていた勝利が、ようやく、正則に話しはじめる。
「ああ、知ってますよ。わかってますよ。付き合ってるんっスよね。いいですよ、そんなんもう」
正則は正直めんどくさい。今の彼は兵と一緒に楽器をやって歌うことの方にモチベーションがあった。そして、その関係を保つためには、野球も大事。要するにいろいろ忙しい。先輩の男女間の話なんか、どうでもいい。
「いや、こんな大事な局面なのに、そんな浮ついていちゃ、ホントはいけないんだけど」
ヘッタクソなリサが、正則に追い打ちをかける。だんだん、腹が立ってくる。正則はジャスティンが死んでから、野球部よりも竜掃使の兵と時間を過ごすことを心掛けるようになっていた。一緒に食べ、一緒に歌うことで、そこに場所をつくっていた。
「いいんですよ。アンタらがどうであろうが。でも、竜掃使のみんなは、ジャスティンさんが大事にした存在。俺にとっても仲間なんです。それが重要!」
正則はめんどくさい。だから、提案した。
「俺と数人で、夜は歌をやりますからね。ふたりのためにラブソングもいっぱいやる。好きにとろけてください。でも、だいたいは俺が決めますよ。さっさと竜やっつけて、みんなに楽しい時間をあげたいんですよ」
いつの間にか、少数の集団を率いる形になっている正則に、軽く勝利とリサが驚いていた。正則が急激に伸びる間、ふたりはモタモタしていただけなのだ。
「彼って、こんなにキャプテン風だったっけ?」
リサの問いに勝利がメガネを押さえて言う。
「こいつ、俺たちよりも意味あること続けてるんだよ。だから、軽薄さが一気に消えて、責任感がある。たぶん、この隊の実質的な指揮官は正則なんだ。ふたりでついていこうよ」
勝利らしい冷静な分析にリサが笑う。
「いいんじゃない。キャプテンみたいに頼れるタイプがもうひとりできてきたんじゃん。私たちはそれをサポートすれば、うまくいくかも」
仕方ない、いや、むしろよかったと勝利は感じる。どうやら、正則が率いた方が、この隊は強いのだ。
本隊、遼四郎の幕舎には、残った組の征竜隊員らがなんとなく集まっている。
「あの連中、うまくやれてるかしら」
ヨーコが声にする。でも、その声に鷹揚に応じたのは遼四郎だった。
「うまくできるヤツだけ、送り出したんだよ。むしろ、ここに残ってるのはダメなヤツ」
その言葉の辛辣さに、ヨーコが反発する。
「何言ってんのよ。私だって、それくらいはできるわよ」
そこで、遼四郎は今日の会話の芯になるような言葉を口にしてみる。
「本当にそうか? 耕平とケイとヨーコだと、耕平たちの無言の意思疎通についていけないだろ。そして、いずれヨーコがキレる。でもな、宙は案外ガマンする。野球で打たれまくっても、投げ続ける。そうして、いい手を探し続ける責任感がある。正直、俺はヨーコよりも宙を信用した」
ヨーコは図星を刺された気がする。自分はそうだろう。だから、恋敵をダシにして話をズラしてみる。
「じゃあ、エリーはなんで行かないのよ。指揮能力は経験多いんだから、本来、行くはずよ。アンタ、エリーが好きだからでしょ!」
話が急に来たエリーは、ムッとしてヨーコに反論する。
「そういうことで遼四郎は人事決めないの知ってるでしょ! 変なこと持ち込まないでよ」
言われたヨーコもエリーをにらむ。でも、遼四郎はふたりの言い争いを楽しむような余裕があった。そして、言う。
「俺さ、エリーもムリだと思ったんだ」
ちょっと意外な言われ方に、エリーが驚く。そして、ヨーコや聞いていたハーマンやグレッグも。
「いや、エリーはムリじゃないだろう。指揮能力も戦闘能力も、状況判断も優れた人だ。それは、竜掃使時代からそうだぞ」
この中でも一番年長のグレッグが言う。でも、遼四郎は首を振って話す。
「あくまで、野球の話だけどさ。ムチャクチャに強いチームって、実は選手の技術や身体能力じゃないんだ。個々の自律、自立なんだよ。自分を律せられるヤツは強くなる。自分で立てる、もしくは、自分を価値あるように立たせられる、セルフコントロール、プロデュースできるほど、選手は試合を能動的に動かせる。ひとつひとつのプレーを自分で判断できる」
エリーが目を見張る。好きだから、遼四郎を見てるのではない。何か内面的なことを当てられたような感覚。すると、ハーマンが話し出した。
「それ、すごくわかるよ。俺、なんというか投げやりな気分でジャスティンの手下だったんだ。でも、お前らに出会って変わった。自分から何かをすることがおもしろくなった。以後は、あんな感じだ。ジャスティンは死んじまったけど、あのとき、俺たちはムチャクチャに強かった」
ハーマンが本当は苦しくて言いにくいことを話してくれた。だから、遼四郎は微笑む。
「ハーマンがジャスティンのところに吹っ飛んで行ったとき、俺はとても頼もしかったよ」
グレッグも話し出す。
「俺もそうだよ。今まで、やらされることをやってきた。でも、ここに来て、自分で決めるようになった。すると、おもしろいんだ。毎日、何をしようかと考えてる」
遼四郎が笑って言う。
「ジュリアンも、そんな感じだよな」
グレッグはうれしそうだ。だから、遼四郎はちゃんと言ってみる。
「そういうわけで、エリーは選ばなかった。自立できるのにしてない。俺と意思疎通ができて満足しちゃってるのかも。そこは、意識的に変えていってほしい」
遼四郎は怒ってるわけでなく、信頼感の上で言っている。エリーもわかる。
「ごめんなさい。遼四郎の言う通りかも。ちょっと、精神的に頼りすぎなんだろうね」
エリーはそう返した。遼四郎はやさしく微笑んだ。
「自分で決めて、自分で動く。それがみんなのためになる。そんなチームが、俺は好きなんだよ」
ヨーコとエリーをやり玉に挙げて、遼四郎が言いたかったことを話した。それは、居合わせるみんなに伝わったようだ。ハーマンやグレッグも、満足そうにうなずいていた。




