63話 花を贈るよ
征竜軍は草と水に恵まれた地に腰を下ろし、竜の本拠を探るという策をとった。結論として、竜の拠点を討つ必要があるのだが、誰もその地は知らない。全軍で動くのは効率が悪い。目標が絞れた地域で地理的な知識を得る必要があった。
「3隊ほどの実力ある偵察部隊を派遣したい。竜に遭遇しても、一撃を放って離脱し、さらにこの本営に伝達できるレベルが必要だ。重要なのは強い術を使える者をそれぞれに配置し、さらに、指導力ある者、サポート可能な者を加えた隊が3つほしい」
トマスの提案にみなが理解を示す。グレッグらもうなずいていた。遼四郎は、幕舎の天井を見上げながら、考えるしかない。そして、いくつかを思いつく。だが、先にまたトマスが口を開く。
「悪いが、遼四郎やグレッグ、ハーマンが指揮する案は却下だ。キミたちはここに残って、本隊を束ねなければならない。私が行く選択肢の場合は、指揮能力が不足するし、ここでの事務が本領だ。外れるしかない」
一番最初に思い浮かんだのが、トマスが否定した3名による行動だった。でも、そうはいかないらしい。遼四郎は富夫でも連れて、のこのこと出ていこうと思っていたくらいだ。グレッグとハーマンも近い考えだったらしく、グッと詰まる。
「じゃあ、術が強いヤツから組み立てるしかないな。宙と省吾、正則、さらにヨーコというのが、そのメンツに入る」
感情抜きに合理的に考えるしかないと遼四郎は思った。だから、合理性だけを言葉にしてみる。野球で作戦を考えるようなものだった。
「そうだ。その4名の中、3名を使いたい。どう考える?」
トマスの問いは誘導尋問のようなものだった。だが、なるべく乗らず、フラットに考えてみる。すると、組み合わせが見えてくる。
「まず、省吾にハンナを組ませよう。術も武力も十分だ。ただし、それじゃあ、統制もなんもできない。指揮官は省吾を使いこなせる秀樹がいい」
遼四郎の洞察にトマスが軽く驚く。自分が考えた組み合わせとは違ったのだ。だが、遼四郎の言うことが正しく聞こえる。
「次は正則だな。ただし、アイツはチャランポランになりがちだ。まじめな勝利をリーダーにして、仲のいいリサと組ませる。あの組み合わせなら、スピードだけで危地は脱せる」
これも、トマスの考えとは異なる。でも、間違いない人選だった。
「最後はヨーコでも宙でもいいんだけど、ヨーコには駐屯地経営の才能がある。だったら、宙を行かせりゃいい。あいつだけじゃ何するかわからんから、耕平とケイを同行させよう。すると、最強の組み合わせができる。一番キツイところに放り込めばいい」
これだけは、トマスも意見が合致した。強いチームを最もキナ臭い方向へ向かわせたかったのだ。
「そうすると、本隊には富夫とヨーコという威力が残り、俺やグレッグ、ハーマンもいる。陸がメシつくれるし、一也は兵をまとめられる。エリーが俺を補佐してくれる。あまり形を崩さずに維持できる」
遼四郎はあっさりと組み合わせを決めた。軽く舌を巻いたのはトマスだった。
「そういうことを、ほとんど瞬間的に決められるのだな」
「お前さ、今度一緒に野球しろよ。俺の隣に座ってれば、ベラベラと全部話してやるよ。合理的に考えるしかないんだ。こんなもんは」
ちょっとムッとしながら遼四郎は言う。だが、トマスの方は、人事のミラクルを見た気になる。
「おもしろいもんだな、野球の指揮って」
トマスの変な感心に、遼四郎は少し笑いそうになった。
翌朝、朝食の後に征竜隊のみんなと、ハーマン、グレッグ、トマスも集まり、前日に決めた方針を話し合う。
トマスが自分が命令的に話そうか、と言ってくれたが、遼四郎は拒否した。そして、自分の口から話す。
「俺たちは竜の根拠地を見つけて、それを叩くのが目標だ。ただ、ここまで来て全軍でウロウロと探すのじゃ、バカみたいだ。そこで、3つの隊を組んで偵察に向かわせたい。その間、本隊はここに残って、前進基地の建設を進める」
トマスの受け売りの言葉だが、遼四郎が言うと、全員がうなずく。そこに異論はない。
遼四郎はそのまま、昨夜に話した3隊の構成を語った。何の感情もない、ただ、やるべき作戦として言った。
それぞれに納得した顔をしていた。勝利とリサのように近しい関係の者は、目を合わせて互いに意思疎通をしていた。ハンナなどは喜んで言う。
「省吾~、一緒だね。よろしくだよ」
言われた省吾の方は、極端に照れる。でも、モチベーションが一気に上がっている感じがある。案外、ここで成長するかもしれない。
ひとり、複雑な顔をしたのが宙だった。この男が同道したいのはヨーコだ。だが、彼女は居残り組に割り振られていた。
当然、そうなると思っていた遼四郎は、声をかける。
「宙、耕平とケイの組には、お前かヨーコのどっちかを入れようと迷ったんだよ。お前が嫌なら、ヨーコに変えてもいい」
言われたヨーコは、別に構わないという顔をした。だが、宙が首を振る。
「ダメだ、ダメだ! 俺が行くべきだ。いきなり、竜の親玉に出くわす可能性もあるんだろ?」
食いついてきた宙に遼四郎は嫌な顔をしてやる。トマスには、とんでもなく意地が悪い男に見えてくる。
「ああ、だから、俺は富夫を連れて、ついでにお前かヨーコ連れて行こうとしたんだよ。でも、みんなに拒否された。仕方ないから、耕平とケイというしっかり者にまかすことにした。お前でいいかどうかはわからない」
「うるさいぞ。俺が行くと言ってるだろう! そんな危ないことをヨーコにやらせられるかっ」
欲しかった言質を宙から引き出した遼四郎はニッと笑う。ヨーコがポカンとして宙を見ている。
「じゃあ、いいけどな。耕平とケイとお前だ。ウチの屋台骨みたいな組み合わせになってしまってるんだ。お前らに本命を担ってもらうしかないんだが、いいのか?」
「いいに決まってる! 俺が竜の大将を見つけ出してやる」
「じゃあ、決まりだなっ」
遼四郎はあっけらかんと言い放った。耕平がケイとニヤニヤ笑っていた。トマスは遼四郎がヒドイ人間だと認識した。ついでに、ヨーコはみんなの前ではいじわるな性格だ。
「せっかく私の代わりに行くんだから、ちゃんと見つけてきなさいよ。いつもみたいに、まっすぐ進んでるばかりじゃ、ダメだからね!」
そう宙に向かって言い放つ。
言われた宙は、何かにはめられた気がしたが、ヨーコの顔がいつもより親しげでかわいいなと感じ、別にいいやと思ってしまった。
偵察隊派遣の話は、そのまま、全軍に伝達された。各隊20名の兵も同行することになる。計60名の人選もハーマンやグレッグ、それに陸やイーデンら、兵に近い者の推薦でほぼ固まっていた。
「もしかして、野球が好きな連中を選んだのかな?」
一也が1隊をまかされた秀樹に尋ねる。
「別にそんなわけじゃないが、野球好きなヤツって、特徴がわかりやすいんだよな。ついでに、行軍中も話のネタに困らない」
秀樹が答える。一也自身は、自分が秀樹のポジションになってもいいと思っていた。でも、今回は居残り組だ。
「遼四郎とトマスが言ってたけどさ。俺かお前のどっちかと考えたらしい。ただ、省吾をコントロールできるのは俺が上で、兵士に野球を教えるのがうまいのは、お前だからという結論だと」
秀樹が言うと、一也が軽く笑う。
「たしかに、省吾もハンナも僕の言うことは聞かないかもなあ。リサなら聞いてくれるのだけど、勝利と仲良くなっちゃったし」
秀樹も笑う。
「なんで勝利なんだろうな。でも、お前は女性兵士たちからモテるもんなあ。遼四郎の人選は間違ってないな」
「まあ、それぞれの役割だからね。僕はここの充実にがんばるしかないな」
一也は自分の仕事を見極めたように前を見る。そして、秀樹に言う。
「気をつけて。絶対にムリはしない」
「わかってるよ」
そんなことを話しながら、野球部一のイケメンとオッサンが、並んで兵の動きを見ていた。
偵察隊の準備は、その日の間に終わっていた。そもそも、全体が遠征軍なのだ。必要なものは足りていた。その一部をソリッドに組み替えれば、事は終わる。
ただし、危険はある。だからこその23名ずつの派遣なのだ。全滅しても、巨大な痛手にならない規模にしている。
夜になった。宙の幕舎の外で声がする。
「宙、忙しい?」
ヨーコだった。暇でボールを磨いていた宙は、慌てて声を上げる。
「ひ、暇だ!」
宙の叫びのような声を聞いて、ヨーコがもう一度話す。
「今日、ありがとうね。本当はちょっとうれしかった」
ヨーコらしい気遣いだった。みんながいると、少し照れてしまう。悪態もつく。でも、大事なことは言っておかないと、必ず後悔すると思っている。
「じゃあね。気をつけてね」
そう幕舎の外から声をかけて去ろうとしたヨーコ。だが、幕舎の入り口が急に開く。宙が飛び出してくる。
「行かないで!」
宙はヨーコの手を握っていた。ちょっと、驚く。
「少し、時間をくれ。キスしたり、押し倒したり、絶対にしない。ああ、手を握ってしまってゴメン。でも、そうしないと……」
焦りまくる宙を見て、ヨーコが笑った。
「別にいいよ。私も暇だし。そんなに焦るな」
突っ込まれて、ようやく、宙はパニックを脱する。ヨーコが笑っていることにも気づく。
「歩こうか? みんな、そんな感じで夜にデートしてるよ」
ヨーコの提案に宙はときめく。でも、まだ冷静には程遠いので、ガクガクと首を縦に振るだけしかできない。
「アンタ、大丈夫? 気になる人の前ではダメになるタイプ?」
あまりにもガチガチな宙に、ヨーコのいじわるが出てくる。それでも、宙は戻れない。ガックンと首を縦にした。笑うヨーコ。
宙とヨーコは、そのままふたりで、陣営の離れまで歩いていく。
「一応、釘を刺す意味でも先に言うけどね。私は遼四郎が好きなんだよ」
宙は別に構わないと思った。ヨーコと遼四郎の間柄は特殊すぎた。そんなもんは、別に仕方ない。自分がどうかなのだ。磨いていたボールを手にそんなことを考える。
「それは知ってる。俺がどうこう言ってもしょうがないことだ」
相変わらず、まっすぐに言う人だとヨーコは思う。心地いいけど、だからこそ、どうしたらいいかわからない。
「でも、遼四郎って、エリーとも運命あるんだよね。なんか最近、仲がいいを通り越して、妙に落ち着いてるんだよ」
実際、遼四郎とエリーは遠征に出てから、不思議な呼吸で過ごしている。高校生の感覚を通り過ぎたような、相性さえ感じる。
「なんだろうな、アレ。勝利とリサみたいなわかりやすい感じがない」
宙の言葉に、ヨーコが10代らしい感覚で呼応する。
「ホントだよ。人を好きになるって、リサみたいな感じだと思うんだけど、エリーってなんか腹立つくらい余裕あるんだよ」
「人を好きになるって、なんなんだろうな。よくわからなくなってきた」
誰もいない夜の闇にたどり着く。ヨーコは、勝手にそこで座った。宙も合わせて近くに腰を下ろす。
「私って、小さいころに会った、一緒にアイス食っただけの人が好きなんだよ」
ヨーコは自嘲気味に宙に言う。
「俺は、この世界に来て、最初にうどん食っただけの子を好きになってしまった」
宙はヨーコの自嘲につき合った。ヨーコが、笑う。
「バカみたい。私たち」
「ああ、バカだ」
ふたりで笑う。好きなだけ笑うと、夜空が静かにすましていることに気づく。
「なんか、もう寒いんだね」
ヨーコがようやく外気のことに気づく。すると、宙が急に右手を差し出し、そこにボッと火を灯した。
「これで、そんなに寒くはならない」
小さく驚くヨーコに宙はそんなことを言う。炎に照らされるヨーコの顔をキレイだなと宙は思う。
「ねえ、宙は私に何食わせてくれんの?」
ちょっといじわるなヨーコに戻って、宙にたずねる。
少し考えた宙は、何かを思いついたらしく、立ち上がって言う。
「食わせるもんはないけど、今日はこんな花を贈るよ」
そう言って、宙は地面の土を引っ掴んで、夜の闇へ軽く駆ける。すぐに闇に溶けてヨーコには見えなくなった。
少しすると、ひとつの火球が音を鳴らして天に昇っていく。ヨーコの顔さえ照らされるほど明るかった。さらに、空に種を蒔くように小さな火が渦を巻いて広がる。最初の火球が降りてくると、天の途中でバンッという音とともに大きくはじけた。
「花火っ!」
ヨーコの顔も明るくはじけた。ボールと土を投げ終え、宙は天から駆け下りながら、その顔をしっかり見た。これで十分、自分は満たされていると思う。
このとき、遼四郎はエリーと一緒に、幕舎の外で話をしていた。急な音と光に驚き、少し時間を置いて理解する。
「宙がやったことだな。まあ、いいんじゃないか」
遼四郎が言うと、エリーが笑う。
「見てなかったことにする?」
「とてもキレイだから、それは嫌だな。だから、見たけど、いろいろ理解できなかったことにするよ」
「いろいろ、ね」
そう言って、ふたりでもう一度笑った。




