61話 いろいろ、決まってきたのかも
正則とヨーコによる、水と氷のコンビネーション技が完璧に決まった。大竜に率いられた50の竜群という難敵に対し、圧倒的優位に立った征竜軍。
遼四郎は剣を抜かずに右手を振るい、後方の左右に位置するハーマンに合図を送る。待っていたハーマンが叫んだ。
「落ちた竜を左右から刈り取るぞ!」
ほぼ同時に、左右に分かれた50ずつの騎兵団が一気に竜へ駆けだす。すぐに弓の斉射があり、竜たちをさらに動けなくする。
「抜いて、掠めながら切れ! 一発で決めなくていい」
疾駆しながら、ハーマンは剣を抜いて指示する。騎馬隊が地に落ちた竜の首を跳ね飛ばしていく。形勢は完全に征竜軍が握っていた。
問答無用の情勢だった。ただ、遼四郎も含めた指揮系統は、問題の大竜を見失っていた。どう考えても、ヨーコらの氷の一撃で破滅的な被害を受けた位置にあった。それでも、その躯が確認できない。
「どこ行った。クソ野郎は!」
遼四郎が悪態をついて探した。そして、見つける。天空高く舞って、ギリギリで生命を維持した難敵を。
「上!」
大竜は明らかに氷の打撃をもらっていた。半身に大きな損傷がある。それでも、高く飛んで致命の一撃は避けていた。それが頭上にいる。
「まずいっ!」
遼四郎が気づく。どこにでも降りてこれる。相手は巨大な竜だ。一対一では、誰にも防げない。ならば、俺に来い、と思う。手を拡げて、天空の竜をにらむ。
だが、大竜はなぜか短弓を手にしたケイの方向に降下する。このタイミングでは、彼女が剣を抜いても間に合わない。間に合っても、防げない。
ケイは短弓を持ったまま、何もできなかった。短弓に矢をつがえても、そこまで。剣を抜いても、意味はない。だから、見ていた。そして、考えていた。
(キャプテン、どうせ助けに来てくれるんだよね。でも、私はこれで終わり。運がなかったな。でも、キャプテン、いや、遼四郎が死んだら、私の方が耐えられない。来なくていいよ)
遼四郎は、やられた、と思う前に、やはりケイの方向へ飛んでいた。竜と彼女の間に入れば、なんでもいい、と思った。エリーや富夫も反応していた。でも、届かない。身体の小さな、赤毛の女の子。冷静なんだけど、気分が乗るとメルヘンが出てくる。根っこは情熱的で、他人思い、そんないい人を失ってしまう。
「クッソォーッ!」
遼四郎が叫んだ。瞬間的に涙が出ていた。手を伸ばして、届かないと理解した。絶望した。
そのとき、大竜のさらに上から、あり得ない角度と速度で何かが降ってきた。竜の顔面を切り裂いた。
さらに、遼四郎やケイの右翼側から、高速で何かが飛び込んでくる。すれ違いざまに竜の翼を大きく裂いた。竜の落ちる軌道がケイへの射線から変わる。
この日の朝。耕平はケイと一緒に河まで散策に来ていた。
河面へ石を投げる耕平。石は軽く8つ9つと水面を蹴る。
「やっぱり、遼四郎が好きか?」
当然の事実を確かめるように、耕平がケイに聞いていた。
「好きよ。だって、やさしいもん。頼りになるもん」
ケイはウソを交えずに、素直に言う。
「そうだろうな。俺もそう思う。俺も好きだ」
耕平はまた低い姿勢から石を投げた。今度は10以上水面を蹴る。何回跳ねたのかわからない。
「なあ、俺がケイを奪って逃げたら、どうなるんだ? 俺、向こうの世界に戻っても、そんなにいい未来はないし」
ニッと笑いながら、耕平がケイを見ていた。笑ったケイは、答えた。
「奪われちゃったら、どうにもできないかなあ。私、耕平君も好きだから」
「じゃあ、奪う。俺はキミが好きだ」
また、耕平は笑っていた。ケイは何も言わない。石が跳ねる音だけが、何度か聞こえた。
そんな午前中を思い出していたケイだった。もう、生命をあきらめていた。でも、急に耕平が降ってきた。ムチャクチャな角度で着地して、目の前で剣を構える背中が見える。自分と同じように、小さな背丈なのに、大きい。
「奪いに来てくれたの?」
わからないことを口にしてしまう。
「そうだよ。奪いに来た。間に合った」
耕平は、大竜を見失った瞬間にただ高く飛んだ。眼下を見下ろして、相手を見つけた。ねらわれたケイの顔が見えたとき、風を逆に吹かし、地面に向けて蹴った。落ちるよりも早く、ここに来た。
「俺でいいや、って思ってくれないか? 遼四郎みたいにデカくないし、やさしくもない。でも、必死なんだよ」
小さくて、傷だらけの顔の男の子だった。本当は、最初からこの人だった。でも、必死に生きる背の高い人を好きになってしまった。どちらも、魅力的だった。どちらも、好きだった。それだけの話。
「奪われちゃったもんね。もう、どうにもできないよ。私はあなたが好きだからね」
ケイは何かを決めた。自分の数メートル近くまで飛んできていた遼四郎を見つける。それもうれしい。もう、そのキャプテンは振り返って、大竜と対峙している。それもいい。
「耕平君、ふたりで死んでもいいから、こっち向いて」
バリバリの戦闘中にケイは言った。それでも、耕平は振り返ってくれた。ケイはそのまま耕平にキスした。ほんの一瞬だけど、決意表明をしたかったのだ。
リサは勝利と一緒に手をつないで戦線に戻ってきた。正則とヨーコの氷の一撃も見ていた。でも、みんなと同じように、大竜を見失った。そして、頭上に見つけた。
「ケイッ!」
そう叫んでいた。でも、自分の位置からは絶望的に遠い。助けられない。そう思っていたら、天から耕平が落ちてきた。そして、真横に突っ込んでいく2撃目も見る。異様なスピードだった。勝利にしかできない。
「勝利ぃ!」
また叫んでいた。降下する大竜の翼を切り裂き、さらに反転するメガネの男子を見た。十分すぎるほど、その姿はカッコイイ。
ケイも地面を蹴った。風も蹴って、あり得ない角度で援護したくなった。勝利の近くに吹っ飛んでいく。
「ナイスプレー!」
上手に言えないから、野球的に声をかける。
「私でも、あんな風に助けてくれる?」
リサは勝利に甘えたくなった。だから、変なことを聞く。だが、戦闘モードの勝利は、いつものようにモタモタしない。
「誰でも、一緒!」
そう叫びながら、大竜を陽動しようと走る勝利。リサは胸がキュンとしてしまう。
こんなにできる人なのに、男女関係がヘタクソなのだ。でも、ヘタクソは自分も一緒だ。ヘタクソ同士、やっていけばいい。何が悪いかと思う。
「デートの続き、しようね」
戦闘中なのに、言ってしまった。うろたえることなく、勝利がうなずいたように見える。それも、めっちゃ、カッコイイ。
ケイを失ったと思った遼四郎だったが、耕平と勝利の動きで救われた。いつも、彼を助けてくれる1、2番だった。おかげで、激怒しそうだった気分を押し込められる。
「宙! 富夫! ふたりで決めてくれ。俺たちは残りをやっつける」
その声に、宙がボールを手に笑う。
「ヨーコ、アイスチャージはいらんぞ!」
余計なことを言う宙に、ヨーコが返す。
「せっかく燃えてるアンタの球を凍らせるわけないでしょ! アホなの?」
バカバカしいやりとりに、近くにいた陸とエリーが笑っていた。でも、宙は真剣な顔をして助走をつけ、飛んだ。
「今回は、抑え役だ!」
高い位置まで昇った宙は、そこに足場をつくって地面の大竜に向けて火球を投げおろす。不自然な体勢だが、それでもできるように、宙は練習を繰り返していたのだ。完全にコントロールされた火球が、竜へ向かう。翼をもがれて避けようのない敵の上半身で、それはさく裂した。
遼四郎が振り返ると、すでに富夫が走っている。飛んで、すぐにテイクバックしていた。うなだれる大竜の首へ、フルスイングの一閃。
「長打ねらいっ!」
巨大な竜の首が、半分以上切り裂かれ、不自然な角度で反った。もう、大竜による竜群の統制は閉じただろう。群れとしての動きが悪くなる。ずっと待っていたグレッグ率いる歩兵団が動き出した。
「待ちくたびれたぞ。残った雑魚を仕留めろ!」
歩兵団の前衛は、まっすぐ走って落ちた竜を切っていく。後衛は順に滑空しながら、空の竜を叩き落とす。これをさらに前衛が捌いていく。
圧倒的な状況に遼四郎は刀にかけていた手を離す。
「一件落着、って感じでいいかな?」
エリーに声をかけると、遼四郎とは違う場面も見ていた彼女が、不思議な答えを返してくる。
「いろいろ、決まったかもね。ま、遼四郎は知らなくていいかも」
よくわからない遼四郎が、変な顔をしてエリーを見る。
「だから、知らなくていいのよ。私はあなたを見てるから、それで安心して」
やっぱり、遼四郎はわからない。




