60話 午前はデート、午後野球?
「今日は野球すんだよね。楽しみだよねー。どうチーム分けたらいいかな?」
リサが朝から上機嫌で勝利に声をかける。昨夜はみんなヒツジの肉で元気になり、楽器を鳴らして歌を唄ったり、盛り上がった。だが、ある時間になると、急に体力の限界が訪れ、みんなが勝手に片づけをはじめ、爆睡した。かわいそうだったのは、見張り番だった連中。ただし、このふたりは、そこには入っておらず、よく寝て、絶好調だった。
「一度、キミと同じチームで1、2番やって、試合を引っ掻き回してみたいんだけどな」
俊足のふたりは、竜との戦いでもそれを生かした役割を果たすことが多い。生命の危険がない野球の試合で、そんな連携を披露してみたい。勝利はそう思った。でも、リサはいじわるにそれを聞いた。
「ん、んー? そんなに私といたいのかなー」
まっすぐ見られて問われると、猛烈に勝利は恥ずかしくなった。元より、彼はリサが好きなのだ。誰でも知ってる。
「い、いや、その、足が速い1、2番のよさも、みんなに知ってもらいたく……」
相変わらず、好きなのにしっかりしない勝利に、リサが右手を拡げてストップをかける。
「そういうのじゃないんだなあ。私はね、あなたがどんな行動をする人なのか知りたいのよ。口で“好きだ”と言うだけの人なのか、それがいろんなところに出る人なのか」
勝利は何を言われてるのかわからず、ただうろたえる。
「ね、今日は移動もなくて、ずっと作業だよね。時間にも余裕がある。で、私は用心深くて自分が嫌になる性格。だから、試しに私の彼氏になってみてよ。ダメ?」
勝利の思考回路が限界に近い。だが、チャンスであることは嗅覚だけで感じた。とにかく、猛烈にうなずいた。
「じゃ、決まりね。で、取り急ぎ、どうしようか?」
本来は明敏な頭脳である彼だが、今はリソースを目の前の女子に奪われすぎている。ギリギリの部分で考える。そして、答える。
「み、み、湖を見てみたいから、馬車を借りて、水汲みでも志願しようか」
なんとか絞り出す。すると、リサは追い打ちをかけた。
「おおー、人が少ないところに行きたいのね。勝利って、積極的なのね!」
その言葉に勝利の思考回路はショートした。上気しすぎてメガネが曇る。何していいのかわからないが、とにかく、湖に顔をぶち込んで冷やしたい気分だった。
朝から、軍全体が動くような形で作業がはじまっていた。何をするにも材木が必要だ。森林地帯へ向かった兵たちが、木を伐り出している。それを運ぶことを担う兵たちもいる。そして、運ばれた木を使い、かんたんな柵を草原に築く。
「急いでやるのは、牧をつくることだ。馬や牛が健康であることは、機動力と運搬力の確保になる」
昨夜、おもだった者らが集まり、今後の方針を話し合ったとき、トマスが提案した。
「たしかに、自分たちの生活は今日整えた形でやっていける。次に馬たちを放てる場所ができれば、さらに持続力は上がる」
グレッグが賛同した。軍の運営には、やはり見識がある。
「将来的には、工兵隊を呼んで整備したいね」
エリーが言うと、トマスがニヤッと笑った。
「さっき出した報告で触れておいたよ。もちろん、彼らが来るのは安全性を確認した先の話になるが」
トマスは毎日どころか、日に数度も報告書を後方に送っていた。地図の写しをつくり、現地の状況や中継地点の必要個所、その候補地などを書いた詳細なものだった。
それを受けた後方指揮官のジュリアンは、工兵隊を伴った小部隊を次々に出していた。工兵隊は材料を積んで現地に駆けつけ、駐留兵用の小屋と馬房をあっという間に建てる。水の便の悪いところには、時間がかかるが井戸も掘る。そうして、築いた中継地点に少数の兵を置き、連絡を密にしているのだ。
「なんか、工兵隊や兄貴は初日の採掘場あたりに居座ってるそうだ。いちいち城近くに戻るのが面倒らしい」
グレッグが笑って言う。兄のジュリアンは、どんどん前に出てくるだろう。
「いずれ、あの貴公子的な人が、このキレイな草原に居座ることになるんだろうな」
遼四郎がその様子を思い浮かべて言う。
「そうなれば、ここの価値も大きくなるよ。すぐに人が住むようになる。ジュリアンに似合うから、白馬でも育てておこう」
トマスのめずらしい冗談にみんなが笑う。そんな穏やかな時間が楽しかった。そんな昨夜だった。
リサと勝利は、馬車を使って湖のほとりにいた。野営地の草原から、坂を下って少しでここに至る。水が近いという価値は大きい。ふたりは、水汲みを志願したので、桶を使っては樽に水を満たしていく。
「ホントにいいところね。水は近くにあるし、こんなにキレイ。昨日、水浴びに来たんだけど、お風呂入るのに近いくらい気持ちよかったよ」
リサはお構いなしに女子らしい話をする。別に勝利をいじめたいわけじゃない。ただ、根本的に不慣れな異性という存在と、なるべくフランクに話したいと努力しているだけ。でも、相手の勝利も異性に慣れない男、ただ、うろたえるヘタクソなデートになる。
「そんなキレイな水だから、しっかり汲まないと」
仕事の話で逃げてしまう。リサはつまらない。
「ね、勝利。キスってしたことある?」
突然の言葉に桶の水を駄々洩れにして、勝利の回路がおかしくなる。
「き、キスって、そりゃ、その……」
どうせ、勝利がこうなるとは思っていた。だから、リサは続ける。
「なんか、ヨーコもエリーも、なんとなく知ったような口を聞くんだよね。でも、私は男の子が苦手で知ったこっちゃない。ね、どうしよう?」
「どうしよう、って言われて、ほな、しますか、とやるもんでもないし」
この期に及んでも勝利は逃げる。いや、進み方がわからないから、そうなる。
「んー、もう、いいや。でも、キスしてみたいから、勝利が相手して」
リサもヤケクソが入っていた。本来、性格が固いせいか、上手にまろやかな環境をつくれない。今日は勇気を最大限にしてみたが、相手が勝利なのでなぜか自分が追い込まれていた。
「ええっ?」
まだ逃げる勝利。この場合、リサは完全に相手を間違っていた。でも、彼女はこの融通の利かないつまらない男が、かなり好きなのだ。相手の勝利の方は、彼女を好きだと何度も言っている。なのに、ここで進まないミラクルを起こす。
「誰にも言わないから、そういうときは前に進んでいいのかもしれないよ」
まっすぐ勝利を見るリサ。さすがに、勝利もまっすぐ相手を見る。
でも、そこに大きな鐘の音が鳴る。竜到来の知らせだった。
「竜、来たね。ごめん、俺がモタモタしてて、こうなった。ごめん」
そう言って、勝利は馬車の中にある武具を手にし、もう一方の手で強引にリサの手をとった。
「馬車じゃ早く戻れない。飛んでいこう」
さっきまでモタモタしていた勝利なのに、瞬間的に速くなる。手を握られたリサは、急にドキドキしてくる。気持ちを戦闘モードに、まだ切り替えられない。
すると、勝利はリサの前髪を上げて、おでこに軽くキスをした。ほんの少しの瞬間。でも、はじめてもらった、勝利からの本当の愛情。
「うん、飛んでいこう。私とあなたで、また、一緒に走ろう」
勝利の目がメガネの奥で笑っている。リサも笑う。ふたりは2歩駆けた。3歩目には風を踏んで飛んだ。草原に向かうふたりの手は、しっかり握られていた。
もうすぐ、野球をするつもりだった。しかし、偵察隊から竜来襲の報告がきた。彼らはもう、馬は使っていない。速く走り、遠くへ飛べる兵が偵察隊となっていた。風のように、彼らは戻ってくる。
「竜群来襲! 数約50、中心に大竜あり!」
けたたましく鳴る鐘と、偵察隊の帰還に作業中だった全征竜軍が反応した。遠い場所にいた者も多いが、勝利らと同様に空を飛んで戻ってくる。
「ここで来るのかあ」
遼四郎は焦るほどではなかった。相手が強いと考えている状況で、セーフティバントをやられたくらいの感覚。どうせあるだろう、と思っていた小さな奇襲だ。
「大竜がいる。征竜隊で相手しないとね」
いつも近くにいるエリーが自分の武装を整えながらも遼四郎に刀を渡す。
「宙、省吾、正則! それから、ヨーコも。近くにいるヤツは俺に続け! ハーマンとグレッグは、俺たちの後ろに陣取れ!」
遼四郎は防具を身につけながらも、竜が来た方向へ歩を進める。数歩前には、武装を終えた耕平がすでにいて、振りかえって笑っている。その後ろには、短弓を手にしたケイもいる。さらに、遼四郎の背後で何かが風を切る音が鳴る。振り返ると、富夫が大槍を振って歩いている。続々と集まる征竜隊。
「じゃあ、クソまずいデカいヤツを、まずはぶっ飛ばすぞ!」
遼四郎が叫んで、そのまま、助走をつける。3歩で飛んだ。そのまま、空へ駆け上がる。征竜隊も、ほぼ同時に滑空する。遠い眼下に、黒く大きな竜を中心に三角形の隊列で進む竜が見える。
1キロほどの距離を残して、遼四郎は着地した。次々に征竜隊も地面を踏む。遼四郎は振り返った。探したのは火球使いの宙と、電撃の省吾。しかし、前に出てきたのは、ヨーコと正則だった。
「遼四郎っ、 始球式は私と正則でもらうからね!」
そう言うや、ふたりは遼四郎の前に出る。
「せっかく、野球やるはずだったのに……」
正則がそう言ってから、呼吸を整えている。まっすぐに向かってくる大竜を中心とした群れ。正則が軽く身体を動かした。そのまま、助走をつける。いつのまにか、右手に握られたボール大の水。それを大きなストライドからぶん投げる。
「いっけぇー!」
正則が水塊を虚空に投げると、次はヨーコが大仰に叫ぶ。
「アイスッ、チャージッ!」
正則が投げた水塊がどんどん膨らむ中、ヨーコの手を発した何かが、そこに追いつく。そして、水塊は凍りながら巨大に膨らみ、弾けた。
水塊、いや、氷の塊たちは、ザクッ、という嫌な音を発して砕ける。それらは、あるいは槍となり、あるいは刃となって、竜群の中心をえぐった。前半分が激落する。
驚いたのは、遼四郎だけじゃない。後方に続くハーマンやグレッグに率いられた兵も同じだった。
「おいおいおい、とんでもない技を繰り出すなあ」
正直に驚いた遼四郎が、ヨーコにそう声をかける。
「あったり前でしょう! 私の氷の術はね、飲み物冷やすためだけにあるんじゃないのよぉー!」
ヨーコの会心の一撃に、その元を放った正則さえも笑っていた。このコンビネーションは、とんでもない大量破壊兵器だった。前半分を崩壊させられた竜群は、なんとか滑空形態を継続させようとするが、前から一撃を受けた部分の損耗が大きい。バタバタと落ちていく。
すでに、遼四郎の後ろでは、ハーマンの率いる騎兵が左右に分かれ、落ちた竜たちを刈ろうとしている。ど真ん中では、グレッグが率いる歩兵が手ぐすねを引いていた。
「許さんぞ。午後の野球を奪いやがって……」
兵たちが眉を怒らせてブツブツ言っている。心理的な優位は圧倒的だった。




