6話 女子が増えたので、男子はうれしい
城はここから数キロの場所にあり、そこには女王がいて、文武の官が王宮に詰める。さらに周囲には町があって、多くの人々が住むという。
エリーは遼四郎らを慎重に扱う必要があると考えたようだ。何せ、見た目は謎の僧侶の集団なのだ。そんな一団は目立って仕方がない。先にエリーが城へ向かい、まず、状況報告をすることにした。ナインは演習場に残される。
「なんかヒマだなあ。野球でもやらね?」
夕暮れまでには、まだ少し時間がある。秀樹が遼四郎に声をかけた。
「たしかに、グラブもバットもあるし、ボールも人数分以上はあるな」
横にいた耕平も遼四郎を促す。
「ちょっとやるか。じゃあ、ざっとグラウンド整備だな。とりあえずは石を拾うだけでいいか。全員で内野からやろう」
「その、内野という言葉で通じてしまうのが、野球部だな」
笑いながら、勝利が石を拾いはじめた。ほかのメンバーもその勝利を基準に距離をとって、周囲の小石を拾いながら前に進んでいく。細かい指示がいらないのが、慣れたチームのよさだろう。
「ああ、1年がオリエンテーションなんかで不在じゃなかったら、こんな雑用も楽に終わったのになあ」
「あいつらも転移してくれたら、戦力アップだよ」
「現状、たった10人だぜ。ケガ人出たら、どうすんだよ。いや、宙が打たれて、章吾も通用しなかったら、負け確定じゃん」
「そういうときは、僕が投げるよ」
たしかに、このメンバーで3番手投手を務めるならば、一也だろう。小器用でなんでもこなせる部分がある。
「あのなあ、お前が投げたら、ショート誰がやるんだよ。宙や章吾みたいな変人に二遊間務まるわけない」
また、一也にからむ勝利。いつもの光景だった。
軽い整備を終えたナインは、グラブを持ってグラウンドに散った。なんとなく、キャッチボールの形になるのだが、宙の相手を微妙に避けたい気持ちがある。火球が普通に怖いのだ。察した遼四郎が行こうとしたが、それを秀樹が制する。
「ピッチャーの球受けるのが、俺の役目~」
鼻歌混じりに駆けていく。陽が少しずつ傾く中、パンッ、というグラブにボールが収まる音が、あちこちで響く。幸いなことに、ボンッ、という炸裂音とともに秀樹が吹っ飛ぶこともなかった。
夜になった。陸の経験値も上昇していた。上級生だろうがお構いなしに、てきぱきと指示を出す。遼四郎もその的確さに舌を巻きながら従う。そうこうする間に、営舎の近くで火が起こされ、大鍋の中にはカレーのような汁料理が煮えていく。もう一方の班は、また、小麦を練らされ、その生地を寝かすことを叩きこまれていた。そして、いつの間にか火に近い石の上にそれは伸ばして置かれ、パンというか、ナンというか、そんなものが焼けつつある。
そこに馬の蹄音が鳴る。遼四郎はドキッとしたが、横にいた耕平はすでにバットを手に身構えている。宙や章吾のふたりも、いつでも力を放てる体勢をつくった。
「みんな~。遅くなってごめん」
エリーの声だった。安心する一同。だが、戻ってきた彼女は騎乗していた。後ろに2騎を引き連れている。
「ちょっと、馬をつないでくるね。待ってて」
そう言って一同の前を3騎が通り抜けていく。暗くてわかりづらいのだが、後ろに続くのもエリーと同じくらいの女性に見えた。
10分ほどして、営舎横の馬つなぎからエリーたちが戻る。やはり、一緒にいるのは、同年代に見える女子だった。
「えーっと、まず紹介するね。彼女たちは私の同僚。こっちがリサで、こっちがハンナ」
明らかに色めき立つ野球部たち。やはり、帽子をとって直立してしまう。エリーに紹介された女子たちも、やはり、気圧されて直立した。
「リサ・テンゼ・オノ。アカシ隊所属の竜掃使です」
「同じく、ハンナ・ハンザ・オヤマです!」
これを見て吹き出したエリー。笑いながら話す。
「だーかーらー、言ったでしょう。お坊さんみたいに見えるから、堅苦しく話すと変になるよ、って。それから、遼四郎君もさあ、なんで同じ過ちを繰り返すかなあ」
遼四郎はエリーが和まそうと、あえてなれなれしくしているのがわかった。だが、その呼びかけが甘美なものに聞こえてしまい、精神が高校3年男子になってしまう。
「い、いや、その、初対面だし。失礼があったら、い、いかんし……」
思考がまとまらない遼四郎が変な空気をさらにムチャクチャにした。この非常事態を救ったのは、やはり、神だった。
「エリーさん、あり合わせだけど夕食つくったんですよ。リサさんも、ハンナさんの分も余裕でありますから、一緒に食べましょう」
「陸君、ナイス! それに比べて遼四郎君って……」
慣れた友人のような感覚で、エリーが遼四郎を軽く落とす。その様子に、全体の空気が緩んだ。
「ハハ、遼四郎、成長しろよ」
耕平が笑って、キャプテンの肩を叩いた。
火を囲むナインのところに、女子3人がそれぞれに大きな袋を持ってきた。
「なんスか? それ」
「みんなにプレゼントだよ」
正則の問いに、エリーが冗談ぽく答えた。袋を開いてみると、中には、布と革でつくられた靴がたくさん入っていた。スニーカー的な感じだ。
「ごめんね。みんなの靴って、つまりは戦闘用のものだったんだよね。裏に突起ついてるし。それであんなに歩かせちゃった。大丈夫?」
「これは助かるなあ。俺らの靴はスパイクって言って、戦闘用じゃないけど、やわらかい土の上を走るためのものでね。硬い地面を歩くのはかなりつらい」
秀樹がエリーたちに説明する間にも、ナインたちは袋に群がっている。
「みんなに合いそうなサイズを適当に20足くらい持ってきたから。そうそう、富夫君が履けそうな大きいのもあるよ」
「助かる。かなりうれしい」
富夫が30cm近い巨大な靴を見つけ、喜んで足を入れる。猛烈に気持ちいいらしい。目を細めて、超戦士が息を吐く。
エリーのファインプレーで足が楽になったためか、野球部は陽気だった。火を囲んで、陸にこき使われてつくったカレー的な食いものをとり分ける。
「たぶん、すっごいおいしいよ」
新参のふたりに声をかけ、エリーも座った。
「なんか、不思議な香りね。でも、食欲をそそるね」
性格が陽性らしいハンナが、先ほどとは違った言葉遣いで料理を評す。ショートカットの黒髪がサラサラと揺れる。
「なんていう食べ物なのかしら?」
肩まで垂らしたブラウンの髪を後ろにかきあげ、リサがつぶやく。こちらは用心深いようだった。
「カレーっていう僕らの世界の一般的な食べ物なんですけどね。普通は辛くするんですが、好みが分かれるのでマイルドな感じにしてます。そのナンをちぎって、カレーをつけて食べる。じゃあ、みんなで夕食にしましょうか」
食事の進行に関しては、すでに陸の専権事項と化している。
「いっただきまーす」
夕方、軽く汗を流したこともあり、野球部たちは飢えていた。焼石で熱く膨らんだナンを次々に口に運ぶ。
ハンナもナインたちの食べ方を見て真似てみる。リサも恐る恐る口に運ぶ。そして、目を見張る。
「ね、おいしいんだよ。陸君がつくる食事。野戦食を超越してる」
エリーがナンを口にしながら、陸にVサインを送った。陸もかなりエリーの扱いに慣れてきたようだ。今度は軽めのガッツポーズで応じる。
「食べたことない味だよ。でも、おいしい。陸君、と呼んでいいんだよね? 今度、作り方教えてよ」
「いいですよ。カレーにすれば、たいていのものは食えますからね」
自己紹介さえしていないのに、陸はもう名前をおぼえられている。神は偉大だった。
ひと通りの自己紹介も済ませた野球部たち。一緒に火を囲み、食事をした効果もあるのだろう。陽気なハンナは、すでに彼らに馴染みつつあった。彼女よりはおとなしいタイプのリサも、たまに笑いながら、話に参加していた。
兵営にあったお茶のような葉を煮て、みながカップを手にしながら、会話を弾ませた。いつの間にかエリーが遼四郎の隣に座っている。後ろで結んだ長い黒髪に、色白の顔が炎に照らされていた。その整ったキレイさに、息が苦しい。
「よかったよ。彼女たちが打ち解けてくれて。陸君のおかげだね。それとも、リーダーが優れているのかな?」
最初は炎を見つめたまま話していたエリーが、最後のところで遼四郎の方に振り返った。呼吸困難になりそうなくらい、遼四郎は息を呑んだ。また、しどろもどろになるところをギリギリでこらえ、言葉を吐きだす。
「俺は何もできてないよ。陸が今日は目立ったけど、みんなが助けてくれる」
「そこが、遼四郎のいいところなんじゃない? 耕平君とか、うらやましいくらいの親友がいるし」
エリーが“君”を端折って、彼を呼んだことに遼四郎は違和感を感じなかった。ずっと前から、そうだった気さえする。
「耕平は頼りになるし、根性があるんだよ。身体が小さいから苦労も多かったんだと思う。それに比べて、俺は恵まれてるもんなあ。根性がない」
「じゃあ、そんな根性なしの遼四郎にお願いがあるんだけど」
「何かな?」
「えっとね」
そう言って、エリーは遼四郎の耳元に唇を寄せ、小さな声で伝えた。
「えっ?」
小さく驚いた遼四郎がエリーを見る。エリーはじっと遼四郎を見た後、微笑んでうなずいた。にやけ気味だった遼四郎の顔が、見る見るうちにキャプテンモードになっていく。それを目ざとく耕平が見ていた。耕平は何が話されていたのかわからない。でも、遼四郎に向かって、自分の胸を軽く拳で叩いて見せた。“キャプテンだろ。自信もってやれ”そんな意味だった。遼四郎がそれを見て、表情を緩め、次にまた締めた。
「みんな、聞いてくれ。この後、日が変わったタイミングで、俺たちは城に向かって、王宮へ入る。なんせ、俺たちは見た目が謎の僧侶の集団だ。昼間は目立って仕方ないからな。で、深夜になるのだけど、俺が女王に謁見する手はずらしい。キャプテンだから、ということみたいだ」
「女王って、この国のいちばんエライ人じゃん。そんなのいいのか?」
秀樹がもっともなことを言う。さすがにナインもビビる。
「いいんだよ。お前らさあ、もし、大会で選手宣誓を引いちまったとき、自分でやろうと思うか? 遼四郎にまかせた方がいいと思わないか?」
「たしかに、選手宣誓は避けたいな。そんなのは、キャプテンがやればいい」
耕平がうまくまとめ、秀樹が結論に至った。
「そんなわけだから、夜遅くて悪いけど、少し辛抱して。お城まで行けば、お風呂にも入れるし、温かいベッドで寝られるから。リサとハンナが面倒みるから、よろしくね」
エリーが幸せな未来を告げると、ナインたちは歓声を上げた。




