表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/87

59話 緑の草原に抱かれて

 結局、さらに1日、雨に降られた。足が濡れ続けることで塹壕足ざんごうあしにならないように、トマスやグレッグはかなりの注意を払った。とにかく、兵の足や衣類を乾燥させる時間を設け、雨からくる健康異常を防ごうとした。当然、多くは進めない。

 そして、翌日、ようやく晴れる。兵たちは勝手に服が乾いていくことを喜んだ。

「やっと晴れてくれたな。軍隊にとって、雨がとんでもなく厄介だと教えられたよ」

 遼四郎りょうしろうがハーマンに言った。一緒に焚火の熱で靴を乾かしているのだ。兵たちもみんな、同じようにしている。

「俺たちが戦ってるのは竜だからな。いりゃあ、襲ってくる単純なヤツだ。人間相手の戦じゃあ、朝からのんびりと焚火なんかしてられない。居所がばれてしまう」

「すると、靴も濡れっぱなしで、病気になる。ろくなもんじゃないな」

「そうだ、戦争なんて、ひどいもんだ。それが商売の俺が言うんだ。真実だよ」

 ハーマンがおおむね乾いた靴を履く。グズグズに濡れていた昨日までと違って、格段に心地いい。

「じゃあ、今日は行けるだけ進んで、夜はヒツジを腹いっぱい食おう」

 立ち上がったハーマンは靴を履いている遼四郎に声をかける。

「楽しい1日になりそうだ」

 遼四郎は気心知れた兄貴分に返す。ふたりは笑って、それぞれの持ち場へ動く。


 この行軍は基本的に平坦な荒野を進むもので、山岳地帯を踏破するようなことはなかった。日に20キロほど進むことも、さして困難ではない。だが、遼四郎たちはムリをしなかった。先が予測できない旅でもあるからだ。

 この数日のように雨ならば、10キロも進まないこともあった。また、水の便を考えて河を見ながら進んでいたので、その蛇行で思ったほど進めない日もあった。橋など、ないのだ。

「古地図では、今日の行程周辺で河から切り離された湖があるはずなんだが」

 トマスが遼四郎に声をかける。

「お前が注目していた場所だよな。あるといいな」

 何度もトマスが語っていた場所だ。たぶん、大河に付随する三日月湖なのだろうが、水量も多そうで、水運の便もいい。重要な拠点になるかもしれないという。

「もし、私が思っているような場所ならば、長逗留してもいいと考えている。そこを拠点に各地に偵察隊を放ち、竜の居所を探すんだ」

「そうなれば、兵たちの負担も軽くなるもんな」

 彼らの思考の大きな部分は兵たちの健康管理にあった。とにかく、征竜軍は強いままで竜の拠点に至りたかった。時間がかかっても、それが一番勝てると考えたのだ。

 行き当たりばったりに大軍で動くのではなく、常に数キロ先に斥候せっこうも出していた。だが、その報告に湖の存在は、まだない。

 そして、昼近くになったとき、それが至る。

「約8キロ先に河に隣接して湖があります。緑豊かな場所です!」

 トマスがニヤリと笑った。遼四郎がその肩をポンと叩く。

「よかったな。じゃあ、昼飯は携行食で小休止にとどめて、今日、行っちまおうか」

 遼四郎の提案にトマスがうなずく。近くに位置する征竜隊のメンバーも同時に聞いている。

「それをみんなに伝えようか。夜はヒツジとも」

 耕平が馬の手綱を持って聞く。野球部の連中たちも、徐々に馬に慣れてきていた。

「ああ、そうしてくれ。過度な期待はいけないが、トマスを信じる俺は、新しい拠点になるとさえ思っている」

 みんなの顔が明るくなる。服も乾いてきて、気分がいいのだ。

「オオッ!」

 久しぶりに野球部らしい掛け声を発して、彼らは馬に乗って散った。ちゃんと伝達のやり方も決めているのだ。

「いいこと言ってくれるじゃないか」

「友達が夢に近づいたんだ。それくらいは言ってやりたい」

 遼四郎の言葉にトマスの顔が明るくはじけた。生まれてはじめて、親友、という言葉が脳裏に浮かんだ。


 少し高い丘を登ったとき、その場所は突然、眼前に開ける。南に向かう彼らの前に、広大な草原と森林地帯、そして、湖。その向こうに大河が見える。

 トマスが立ち止まって呆然とした。

「キレイな場所じゃないか。で、どうなんだ。思った通りか?」

 聞いてくる遼四郎にトマスは頭の中の言葉を吐き出す。

「思った以上だ。降り続いた雨の翌日なのに、沼地ではなく、乾燥した草原の台地がある。森と湖も近い。さらに河がある。深さはわからないが、水運ができる。ここは新天地になる」

 遼四郎も見た目は美しいと思った。だが、それ以上にトマスの説明はわかりやすかった。どうやら、一等地なのだ。

「なあ、あの草原、野球場にならないか? 甲子園顔負けの場所に感じるんだが」

 秀樹がそんなことを言いだす。どこでも、野球場に見えてしまう男なのだ。

「ああ、ど真ん中を野球場にしよう。あそこで、私もそういうことをしたくなった。そして、野球場が中心の街ができるんだ」

 トマスは興奮していた。もう、脳裏には新しい街の姿があるのだろう。

「カッケーな、それ。アメリカの街みたいだ」

 野球場中心の街、というトマスの言葉にひろしが食いついた。メジャー球団を街全体で応援する姿に、野球少年はあこがれる。そんな街のイメージが少し見えたのだ。

「じゃあ、さっさと行こうか。あの芝生の上で、今日はヒツジ食って、明日は野球するんだ!」

 遼四郎は深く考えずにそんなことを言った。でも、その言葉は周囲のみんなにとって、魅力的過ぎた。

「それ、みんなに伝えてくるわ」

 耕平たちが、勝手に馬に乗って伝令に出てしまった。そして、数分後。あちこちで大きな声が起こる。

「オオッ!」

 征竜隊の野球部的な掛け声は、一緒に野球をする中で、全軍に浸透していた。野球をやろうと言われれば、みんなマネをする。うれしくて、しょうがないのだ。

「もう、あれをこの軍のスタイルにしたらいいんじゃないか? 野球したけりゃ、とっとと勝ってしまうのが、この軍なんだろう」

 トマスが笑って言っていた。遼四郎も、まあ、いいか、と思えてくる。

「ああ、なんか、猛烈に野球がしたいな」


 さらに数キロを歩いたが、軍の足取りは軽かった。携行食しか食ってないので、腹は減っていた。でも、向かうのは新天地だ。

 続々と緑の大地の上に到着する軍。そもそもは乾燥的な気候なためか、芝の足は短い。心地いい草原だった。

「マジで野球場だよ。トウモロコシ畑で野球する映画があったけど、あれよりもいい」

 秀樹が芝生に寝転がりながら言う。でも、近くではハーマンが捕えてきたヒツジたちが、うれしそうに草を食んでいる。

 そこに陸とイーデン、さらに、革職人のダレルたちがやってくる。

「ハーマンさん。数日を一緒に過ごしたかわいいヒツジたちです。情も移ります。でも、生きていくって、食べることです。生命をいただくことです。ある程度を残して、屠りましょう」

 陸がハッキリとヒツジたちとの決別を告げる。が、ハーマンはそんな面ではドライだった。獲物は捕って、焼いて、食う、それが彼の思考だ。黙ってうなずく。

 意外な反対勢力はトマスだった。

「せっかくだから、馬とヒツジの牧にしたいんだ。だから、ある程度は残してほしい」

 そんなことを言う。だが、ハーマンは大きく譲らない。

「少しは残す。足りなければ、また捕まえればいい」

 出征してすぐ、遼四郎とエリーが星を見に出かけた夜に、ヒツジの群れを電撃的に包囲し、捕獲したのはハーマンと陸たちだった。その扱いは、彼らの専権事項ともいえた。

「陸、やろうか。俺たちはこれを肉にする。ダレルさんたちもやってくれるが、彼らは最後に毛皮にする。で、俺たちは、どうすりゃいい?」

「それは、イーデンが説明してくれます。彼に従ってください。最高のヒツジ料理は、最高にシンプルなようです」

 陸は猟師の倅のイーデンとかなり話し合ったらしい。自信があるようだ。

 ハーマンはニヤリと笑う。でも、殺気は消している。ヒツジたちは彼に引かれて、離れた場所に連れていかれる。歴戦の勇士の経験値だった。


 そこからは、全員が猛烈に働いた。陸やハーマンらが夕食の準備に奔走しただけではない。幕舎やテントを張り、井戸があるわけではないので、湖まで馬車を出して水を運んだ。その湖の水は澄んでおり、危険な野生動物も少ない。風呂を沸かす余裕はないが、湖のほとりで身体を洗える程度の囲いを設けた。特に女子兵士たちへの配慮だった。熱い湯に浸かれなくても、身体を洗えることは幸福なのだ。

「トマス、スゴイじゃん。さすがだよ。いいところ知ってるねー」

 湖でさっぱりしてきたハンナが、そう声をかける。

「別に私がつくった土地ではない。すばらしい自然の恩恵だ」

 城北への旅行では、先人の遺産さえ自分のことのように自慢した男が、そう言った。

「ふーん、アンタも変わったね。もちろん、いい方にだよ」

 そうハンナは言って、リサと一緒にテントに戻っていく。軍装を解いて、少し、楽な格好をしたいのだろう。

 草原を一番喜んだのは、馬たちだった。柵で囲って牧にするには、もっと時間が必要だ。でも、馬を扱う者たちは、できるかぎり馬を自由に駆けさせ、好きなだけ食わせた。ストレスも軽くなる。

 夜になった。森林に向かった者たちがさんざんに集めた薪で、征竜軍の周囲は煌々と照らされた。久しぶりに全軍の前で、遼四郎が話す。

「みんなのおかげで、最初の目的地といえる場所に来れた。ここは拠点化したいので、当面、とどまることになる。遠いところまで、ありがとう。今日は存分に休もう。で、明日は仕事もあるけど、午後は野球しよう。野球!」

「オオッ!」

 500を超える人数が大きな声を出す。もちろん、竜の襲来や野生動物には備えていた。それでも、ある程度の弛緩が可能な場所だった。そして、次には陸が前に出てきた。左右にはイーデンとハーマン、さらにダレルたち。

「雨の中、次に晴れたら、ヒツジを食おうと約束しました。今日、晴れた。いい場所も見つけた。だから、目いっぱい祝いましょう。今の僕たちのように、草原を移動し、ヒツジを飼う遊牧の民族のごちそうは、実はヒツジの塩ゆでだと言います。拳くらいの肉の塊が、ゴロゴロ煮えてます。手づかみで、ワイルドに食いましょう!」

 陸の言葉は、腹の減ったみんなには、最高のものだった。まさに、肉にかぶりつきたい気分なのだ。

「いっただっきまーす!」

 それぞれの皿に盛られた、巨大な肉塊を兵たちが引っつかむ。口に運ぶ。臭みの少ない、それでいて濃厚な肉の味が味覚を刺激する。

「うめえぞ! この肉。これがヒツジか」

「マジで塩だけみたいだけど、マジでうまい」

 兵たちはうれしそうに語り合う。ガツガツ食う彼らだが、その前では鍋も火にかけられている。

「いわゆるジンギスカン鍋ですけどね。遊牧民族のモンゴル軍兵士たちがヘルメットでやったという伝説は、防具が痛むのでマネできません。だから、鍋に野菜をぶち込んで、半端な肉を放り込んで火にかけることにしました」

 陸の説明に省吾が喜ぶ。

「どっちかといえば、シシカバブーみたいなのがモンゴル軍の料理らしいけど、北海道的なジンギスカンもいいよな!」

「ヒツジの品のいい脂が野菜に絡みますからね。うまいに決まってんですよ」

 陸がニヤリと笑う。兵たちはこっちもガツガツと喜んで食ってる。

「モンゴルの人って、ヒツジを捌くときは血を大地に一滴も落とさないって言うよな。そっちはどうしたんだ?」

 宙が手で握った肉塊を食いながら聞く。だが、先に突っ込んだのはヨーコ。

「アンタねえ、それよりも、その肉の握り方! なんでストレートの握り方してんのよ。まっすぐ好きがアホレベルね。ヒツジにもボールにも失礼よ」

 たしかに、これではいつ肉塊を放り投げてしまうかわからない。食いものは食いものらしく持つべきだと宙も思った。握りなおして、ヨーコの方に向けた。笑うヨーコ。

「血を入れたブラッドソーセージは、僕たちの食文化には合わない気がしたんですが、やっぱり、郷に入れば郷にの気分で、つくってみています。苦手でも、慣れた方がいいんですよ。今後のためにも」

 陸がヒツジの血について答えると、宙がうなずく。

「そりゃそうだ。人の土地に行けば、その場の食いもん食うのが筋だ。それも楽しみだな」

「保存食で栄養豊富ですからね。やらない手はない」

「私も異文化料理を好き嫌いしない主義だからね。絶対に食べるよ」

 陸と宙、ヨーコの会話にトマスが感心していた。

「ここにヒツジの牧をつくっていけば、そんな料理が名物になっていくわけか」

 彼の夢想は際限がない。でも、宙たちも同意した。

「クセのあるヒツジ料理を食べたくなって、人も来る。野球場もある。水もいい。いいことばっかだぞ」

 宙の言葉が、トマスには心地よかった。生まれてはじめて、手づかみで肉を食っているのだが、これも、望外にうまい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ