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56話 明日に向かう祝砲

 夜が明ける。征竜軍の出陣は式典ともなっており、女王もが駐屯地まで出向いてくる。さすがに、護衛なしというわけにはいかず、宮殿からゾロゾロと行列が動く。

 さらに、この出陣は民衆にとっても大きな関心事であったので、見物に訪れる。ジェラルドらが衛門府えもんふの兵を配置し、その警護に当たらせていた。

 駐屯地の一角には帷幕が設けられ、女王の御座所となった。将軍らしい正装をさせられた遼四郎りょうしろうが女王に呼ばれ、中に入っていった。

「遼四郎君、いよいよ、この日になってしまいましたね。本当は、もっとお話ししたかったんですが、そうもいきませんでした。女王というのは、不自由なものです」

 帷幕の中の誰が見ているわけでもない空間だった。また、いつものように女王は細かい立ち振る舞いを気にしないでいいと周囲にも語っていたので、遼四郎は堅苦しくなく、女王に接する。

「ゆっくり、お話しする機会なんて、ほとんどなかったですもんね」

 この女王が遼四郎は好きだった。ガキ扱いされることもなかったし、一人前以上に信頼してくれた。この人がいたからこそ、自分たちはこの世界でうまくやれた。

「一応、聞いておきますが、この世界に残る気はないですか?」

 いつも、エリーやヨーコが言いたそうで言えない問いを、女王はズバリと聞いてきた。でも、答えは決まっている。

「お気持ちはうれしいんですが、向こうでやりたいことがあります。そのために、1年ほどを必死にやってきたんです。戻ってどうなるかもわかりませんが、そこをめざす気持ちは変わっていません」

 女王は小さなため息をつく、でも、表情は柔和だった。

「そうですね。若い人は後先なんて考えず、めざしたものへ向かえばいいのだと思います。その中にある出会いも別れも、すべて、あなたたちのものです」

 そう言って女王は笑ってさえいた。

「申し訳ありません。とても、お世話になりました。女王様もこの国も、大好きでした。竜を倒してしまえば、もう、携わることもできません。自分たちが好きだったこの世界をよろしくお願いいたします」

「あなたが言うと、そうしなければならないと思います。実はね、毎日、あなた方とかかわった竜掃使や役人の人たちから話を聞いているんです。遼四郎君がこう言った、陸君がこうした、なんて話をね。私はあなたと話をしている気分になって、その時間が大好きなんです。あなたが去っても、あなたが影響を与えた人はたくさんいます。大丈夫、あなたと話している気持ちで、この世界と向き合っていきます」

 そう言って、女王は立ち上がると、遼四郎を両腕で抱きしめた。この人物の根底にある温かさに、遼四郎は触れた気がした。

「私が言うことではありませんが、エリーやヨーコをよろしく」

「はい」

「お別れなんですね」

「はい」

 女王が泣いていることに気が付く。遼四郎は眼を閉じて、少しの間、立っていることにした。


 女王の座る方向に対し、征竜将軍の遼四郎が立ち、その後ろにエリー、ハーマン、グレッグが立つ。さらにトマスと征竜隊が続き、後方に旧竜掃使りゅうそうし、衛門府の兵から編成された500の兵が竜討使りゅうとうしとして整列する。

 ジョージ、ジェラルドを筆頭とした文武官は女王の左右に位置し、その隣には残留するジュリアンもいる。

 そして、左右には、この出陣式を見るために集まった数万の民衆がいた。

 ジェラルドが武官の長として、出陣の概要を説明し、ジョージが宰相として、これを国の施策として行うことを宣言した。女王は国王として、この遠征の成功を祈り、民衆へ支持を呼び掛ける。そして、遼四郎が前に出る。

「女王陛下に奏上いたします。私どもは“トライビト”として、この世界にやってきて以来、陛下、さらに文武の官のみなさま方に多大なご厚情をいただきました。私どもには、竜と闘争可能なささやかな武勇もございますゆえ、これをもって、そのご恩に報いたいと考え、本日、出征の運びとなりました。なにとぞ、我ら征竜軍の出征を祝い、征竜成るの吉報をお待ちいただければ、幸いにございます」

 トマスやエリーらと練習した、型に沿った言葉だった。拍手があちこちから起こるが、これで終わっては、つまらない。遼四郎はニッと笑って、左右を見渡す。城の民衆たちが、それに気づいて、静まり返る。

「それから、城のみんな! 俺たちを自分たちの子どものように迎えてくれてありがとう。食ったもんも、飲んだもんも、全部、うまかった! みんなが支持してくれるから、遠い世界からやっていたのに、さみしいことも、不安なことも、何もなかった! 愉快な思い出ばかりだ。でも、俺たちはガキだ。たいした志なんて、持ち合わせてないし、よくわからない。でも、みんなに感謝している。だから、俺たちは竜を倒しに行く、倒せると信じている。ただし、竜を倒したら、俺たちは向こうの世界に帰ってしまう。もう、みんなに会えないと思うと、俺はさみしくて仕方ない。だから、俺たちの分まで、竜のいない世界で、うまいもん食って、野球でもして楽しんでくれ! それからな、野球のわからないことがあったら、ここに残る兵や、帰還した兵に聞いてくれ。なんでも答えられるくらいに、叩き込んでおくからな。じゃあなっ!」

 左右あちこちを見ながら、遼四郎は一気に話した。聞き終わって、数秒、シンとした間。そして、大きな歓声と拍手が起こる。遼四郎が女王に一礼し、振り返る。エリーやハーマンが左右に割れ、征竜隊、竜討使の兵らも、左右に分かれる。

 そこを堂々と闊歩する遼四郎。ハーマンらや征竜隊も続く。熱烈な歓声の中、征竜軍が駐屯地を出ていく。征竜隊を世話したオバサンたちが、わあわあと泣きながら、見送っている。しわくちゃのおばあさんが、武神のように正装して歩く富夫を見て拝んでいる。

「ありがとう。感謝してます。できることをやってみます。そして、さようなら。なんというか、心の中をぐちゃぐちゃにされましたね」

 女王がジョージとジェラルドに声をかける。

「志がないとか、言ってましたが……」

 ジェラルドが女王にうなずきながら、言葉を発する。

「あれが志じゃなきゃ、なんなのかと聞きたい」

 ジョージが盟友の言いたいことを引き取った。

 少し離れたところで、ジュリアンは手を叩きながら、征竜軍を見送っていた。

「そうか、俺が言えなかったのは、お前がいないと俺はさみしい、って言葉なんだな。いつか、素直に言えるようになりたいよ。遼四郎」


 そのまま、征竜軍は駐屯地を出ていく。道の左右には民衆の姿がまだまだ続く。その間を遼四郎を先頭に征竜隊の面々が歩いていく。トマスはさっそく輜重隊の方へ向かい、ハーマンとグレッグも後方の兵の方へ移動した。

 沿道では、何度も世話になった流しのギーク弾きが音楽を奏でながら、見送っていた。耕平と一也、正則らが駆け寄って、何かを話している。

 城南のガキたちが、貸しグラブを手にしたまま、突っ走ってくる。

「野球のコツを教えてくれぇ~っ!」

 富夫がガキどもの前に立ちふさがる。驚く彼らを、ひょいッと、ひとりふたり抱きかかえて、話をする。

「思いっきり投げて、思いっきり振るんだ。それでうまくいかないことも多いけど、そっちの方が楽しいぞ」

 超戦士のアドバイスは、たぶん、彼らの中にずっと残る。現実的な修正をするのは、また、別の誰かの役割。最初はそれでいいと、遼四郎は思う。

 初日の行程は決めてある。野球部がこの世界に現れ、エリーと出会い、竜を倒した後に一泊した採石場が目的地だった。

 そんなことを考えていると、左側にふたつのやぐらが見えてきた。かつて、遼四郎が飛び降りてしまった場所だ。そして、その向こうには彼らが過ごした征竜隊の駐屯地が見える。

「なんか、不思議だな。なんでだろう、懐かしくて、なんか、泣けてきた」

 秀樹が柄にもなく、そんなことを言う。彼が野球場みたいだと言った場所だった。実際に、野球もやった。

「さよなら、わがホームグラウンドよ」

 耕平がいつものように担いでいたバットを、その方向に向けて言う。横を歩いていたケイがしんみりとする。

「あそこで、はじめてキャッチボールしたね。なんか、ずっと昔のことみたい」

「そうよ、あそこで私は左利きであることを省吾に指摘され、覚醒したのよ」

 ハンナがあえて明るい調子で言う。みんなが笑う。

「まさに、覚醒だよ。だんだん、俺たちにとって、手に負えない存在になってる」

 ひろしがそう続けた。たしかに、強烈なさみしさも感じる。毎日のように見ていた景色とも、これでお別れなのだ。でも、彼はそれではイカンと思った。泣いている場合ではない。

「遼四郎、一発かますけど、いいか?」

 振り返った遼四郎が、宙が何を考えているかはわからないまま、うなずいた。

 宙はボールを1個手にし、軽く肩を回してから、駐屯地の方へ駆けた、そのまま、風を踏んで高く駆け上がる。宙の目には、グラウンドがよく見えた。足を大きく上げて、その方向に踏み込む。

「ありがとうな、俺のグラウンドッ!」

 そう叫んでボールを投げる。大きく弧を描いて飛んだそれが、駐屯地の手前に落ち、爆音をとどろかせる。

 後ろに続く兵たちが、大きな歓声を上げた。

「明日に向かう祝砲だ!」

 着地した宙がそう叫ぶ。それでいいと、遼四郎は感じた。


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