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55話 2年後、20歳になる日、一緒に飲もう

 さらに一週間ほどの日数を過ごすと、おおむねの準備が整ってくる。トマスが遼四郎りょうしろうやジュリアンらに声をかける。

「5日後を出立日と決めてしまっていいだろうか?」

 聞いている本人は、未来しか見ていない。とっとと出ていきたい。だが、それでも、やり残したことが多いように思う。

「別に俺たちはいつでもいいんだ。でも、みんなの心の整理もある。休暇が一回りする必要もあるだろう?」

 遼四郎は正直なところを言う。この世界に肉親がいるわけでもない彼らにとって、家族のようなのは、自分たちとエリーやハーマンらの存在だった。別れを告げる必要もない。

「軍事なので、本来は急ぐべきなのだろう。でも、相手は竜。状況は行ってみないとわからない。急ぎすぎない、それくらいでいいのだろう」

 どこかで決断しなければならないことに、ジュリアンがひとつの指針をつくる。

「まあ、いつまでも行けないのも、やる気に影響する。不都合なければ、それでいい」

 遼四郎はトマスにそう言う。最低限の不都合を除いてくれればいいのだ。

「わかった。確認して、問題なければ、それを上奏する。たぶん、そこで決まる」

 遼四郎がうなずくと、ジュリアン、ハーマン、グレッグも了解した。


 視察に来て以来、ジョージとジェラルドのヒゲジジイ2名は、基本的に駐屯地に居座った。もちろん、宮廷での仕事もある。だが、ほとんどの夜と朝を、ここで過ごすようにした。

 最初、ジュリアンが怒った。

「親父がいると、グズグズと面倒が多くなる。帰れ!」

 だが、闘志がよみがえったジェラルドは、引かない。

「別に偉そうな帷幕なんぞ求めておらん。遠征軍のジャマはせん! 勝手にテントを張って、仕事をしてるだけだ。ほっとけ」

 ジェラルドが手をつけたのは、主に戦後のことだった。彼は征竜隊を信じていた。当然、勝った未来を考える。だが、負ける未来も想定する。どちらになっても、いかに迅速に軍の配置転換ができるかを準備した。

 ジョージの方も似たようなものだった。

「遠征軍出立までは、決済事項が多い。ここで一気に決めるから、文句は聞かん」

 そう言って、こっちも粗末なテントで業務を遂行する。

 城の役人たちも、最終決済権が駐屯地に移動してしまったので、ゾロゾロとやって来るしかない。そこで、城内では見られない、異様な活気に触れる。取り残されるような恐怖感に脳天を一撃され、急に働きはじめる。

 便利だったのはトマス。あちこちに必要だった算術ができる人間が次々に供給される。片っ端から、物資管理に投入できた。全体像が数で把握できる。それをもとに、ジョージは国費とにらめっこする。

 女王は王宮にあったが、実務の中心はすでに南にズレていた。次々に人とモノが南へ動く。もう、その動きは止まらない。


 出立の前日になる。少なくとも、出ていく遠征軍の装備、備品はそろっていた。物資輸送のめども立ち、それを運用する上で問題対処していく段階にはなっている。

「今日は遼四郎たちと、夕食を一緒にさせてくれないか? 出発前に悪いとは思うんだが、その、俺はもう会えないはずなんで……、な」

 ジュリアンが遼四郎に声をかけた。この武門の長兄との付き合いはそんなに長いものではなかった。最初は気弱にさえ見え、見た目が華やかなだけの年長の貴公子に思えた。だが、みるみるうちにその印象は薄れ、理知的で頼りになる兄貴分と感じるようになる。親愛の思いは強い。

「いいですね。付き合いの長くなった竜掃使の一部ともお別れだし、久しぶりにみんなで外で食いましょうか。天気もいいし、俺たちらしい」

 遼四郎はそう応じた。短めの金髪を揺らしてジュリアンの目がうれしそうに笑う。華やかな貴公子然としたところは、何も変わっていない。


 夜、食材をムダに使うのもおかしいので、陸が頭をひねり、チゲ風の鍋にすることにした。豚と野菜はふんだんに使える。そこに赤トウガラシをふんだんに使う。ただし、辛いのが苦手な者もいる。救済用にみそ仕立てのものも用意していた。

「相変わらず、たいした機転だよ。辛いもん食って、熱くいこうぜ、ってメッセージかな」

 ジュリアンが聞くと、陸は不敵にうなずいていた。それぞれ、鍋の周囲に集う兵たちに向けて、そのジュリアンが言葉を発す。

「いよいよ、征竜軍が明日、出立する。この軍は必ず目的を完遂するだろう。だが、そうなると“トライビト”である遼四郎たちは、元の世界に戻ると伝わっている。今まで、世話になった者も、世話をした者も多いだろう。俺と一緒に残る者たちとは、明日でお別れだ。今夜は、名残を惜しんでくれ」

 この事実は周知のことだった。だが、改めてジュリアンが言葉にすると、いよいよ現実になってきたことを実感する。残留する兵たちの中には、下を向いてしまう者も多い。

「最後だ、と言っても、死ぬわけじゃない。みんながいい未来に進んでいく中での別れなんだと思う。楽しくやろう」

 遼四郎は明日も女王らの前で話す必要があるので、かんたんに締めた。そして、最後に陸が声をかける。

「みなさんと何度もこうして食事をつくりました。ときには、鬼にもなりました。いろいろありましたが、いい仲間とする食事ほど、幸せで楽しいことなんかないですね。全部、とてもおいしかったです。すべてが、いい思い出です。みなさんのこと、ずっと忘れられないと思います。だから、今日は涙なんか流さずに、過ごしましょう。でも、辛いのたくさん用意したので、それで泣いちゃうのはしょうがないですね。じゃあ、いただきましょう!」

「いっただっきまーす!」

 陸の言葉に、さらに下を向き、涙をこぼしそうになった者たちが、用意されたトウガラシを自分の椀にドバドバと注いで、煮られた肉や野菜を口に入れる。壮絶な辛さに悶絶する。でも、それでいい。これで思いっきり泣ける。

「くっそぉお! 辛いぞ、コノヤロー」

「秋なのに、暑くてしょうがねえ!」

 ボロボロと涙と鼻水を垂らして、食い続ける。さんざん泣いて、辛さにしびれて、笑えてくる。みんな、だからトウガラシなのだとわかる。陸の気遣いに思いが至る。また涙が出る。もちろん、辛いから泣いているだけだ。


「陸というのは、残酷かつ慈悲深い性格だな。神とは、あんな存在なのだろう」

 トマスが鍋を口に運びながら言う。元々は、食事なんかは頭を使うための栄養補給くらいにしか思っていなかった彼だが、少しずつ考えが変わってきた。準備はやるだけやったので、今日はゆっくりみんなとメシを食うことにしていた。

「ところで、勝利かつとし。いつか、陽光を避けるウチの年寄りと骨折の関係を話したな。あれ、お前の言うとおりだった。ジュリアンの家に比べて、ウチは圧倒的に謎の骨折が多い。だから、こうしてキノコも食うようになった」

 キノコをうまそうに頬張りながら、トマスが言った。笑う勝利。

「わかればいいよ。それが学問なんだろう」

 互いに別れるわけではないので、泣くことはないのだが、辛さにやられて勝利のメガネが曇っている。

「あれだ。出立前の家族への手紙には、日光を浴び、魚とキノコを意識して食え、そうすれば老いて骨折して周囲に迷惑かけることも減る、と書いておいた。私が戦死すると、それが遺言になってしまうな」

 頭がいいタイプにありがちな笑えないジョークだった。トマスはもう少し人間性を磨くべきだと、勝利は思う。


「グレッグ、身体の調子はどうだ? どこか悪くはないか」

 遼四郎の隣に陣取ったジュリアンが、少し離れたところにいるグレッグに声をかける。

「至極健康だ。兄貴、俺が病気にでもなれば、自分が代わりに征竜軍に行けると考えているだろう」

「残念だが、そうだ。今から、腹を壊してもいいぞ」

「毒でも盛ったか?」

「それも考えたが、さすがにやめた」

 長年、宮廷の権力闘争に生きてきた兄弟の会話は、妙に恐ろしい。

「まあ、おおざっぱなグレッグを残して、知性あるジュリアンを連れて行ったら、征竜軍も政府も困ることになる。適材適所と思ってほしい」

 遼四郎がジュリアンにそう声をかける。

「そうなんだよ。グレッグが残るんじゃあ、俺も安心して従軍できん。仕方ないことだと、思うようにした」

 ジュリアンの言葉に遼四郎が笑う。金髪の貴公子は、まだ言い足りない。

「俺はな、お前たちには感謝しているんだ。竜を倒して、というこの世界に生きる者としての感謝はもちろんだが、それ以上に、なんというか……。うん、楽しかったんだよ。お前らと会えて」

 何かを伝えたいのだが、うまく、言葉にできないジュリアン。なんとなく、遼四郎にはわかる。だから、言う。

「俺はね、この世界でたくさんの兄貴ができたんです。一緒にいると助かるけど、実は女々しいところもあるハーマン。年上だけど、同年のようなジャスティン。おおらかだけど、なんか抜けてるから、心配になるのがグレッグ。で、そんな兄貴たちの一番上が、ジュリアン、あんたですよ。根がやさしいし、誰よりも頼りになる」

 ジュリアンの顔が、うれしそうに輝く。

「そうか、俺はお前の兄貴なんだな。そうか、そうだよな。弟たちが一所懸命、がんばるんだから、面倒見てやらないとな」

 よほど、気に入ったのだろう。ジュリアンは、兄貴だ、弟なんだ、と繰り返し言いながら、椀の料理を口に放り込んだ。やめればいいのに、トウガラシも山ほどぶち込んで口に入れる。むせて、危うく吐きそうになりながら、なんとか、飲み物で流し込む。

 もう一度、顔を上げて遼四郎を見たとき、顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「弟よ、しっかりやってこいよ。心配事があっても安心しろ。お前の後ろにはこの兄貴がついている。力いっぱい、進めばいい!」

 ジュリアンの惜別の言葉だった。責任感も理性も強いから、いつも、こうやって誰かのために、と言葉を発するのだろう。どこか、自分と似たところがあると思う。その境遇と思いやりに、遼四郎も涙ぐんでくる。

「ジュリアンさ、俺、2年後の5月の最初の日に20歳になるんだ。酒を飲んでもよくなる。その日、あんたのことを兄貴と思って、飲んでみるよ。できれば、一緒に飲んでくれ」

 いっぱいいっぱいになったジュリアンが、ボタボタと涙を流して笑う。

「そうか、そうなのか。ああ、飲もう! 弟が大人になるんだ。約束するぞ。一緒に思いっきり飲もう」

 めずらしく、ジュリアンが遼四郎の肩をバンバンと叩く。もちろん、一緒の場で酒を酌み交わすことなんて、できない。でも、せめて、同じときに相手を思っていたい、そんな儚い約束だった。

 グレッグは泣き崩れる兄を見ながら、心から感謝した。その兄に代わって、遼四郎たちを守ってやらないといけないとも思う。

 エリーやヨーコは、いずれ自分たちにも来る運命が、ジュリアンに先に訪れていたことを痛感する。自分がジュリアンのように振る舞える自信なんか、どこにもなかった。



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