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54話 動く前から、すべては動いている

 メシを食いながら、勝利かつとしがトマスに話しかける。

「俺たちの世界には、登山というスポーツというか、大規模な冒険があるんだけど、それに近い形になるんだろうな」

 この世界に登山をチャレンジとする概念はない。だから、トマスがたずねる。

「なんだ、それ」

「普通じゃ行けないような高い山を踏破するときの手法なんだ。まず、比較的低く、行き来しやすい場所にベースキャンプを設ける。そこに物資や人員を大量に置く。高い山に身体を慣らしたりもする」

「ほう。なるほど」

「で、ベースキャンプから、次のキャンプ地をつくる隊が出動する。ルートを作成し、さらに高いところにキャンプを設営する。そこにも、ベースから荷物などが運ばれる」

 勝利が言うことは、トマスの考え方に符合していた。なんともおもしろい。

「こうして、次々にキャンプ地を上へ、上へと築いていくんだ。先へ進めないときや、危険になったときは、手前のキャンプ地に戻れば、物資や食料も補充できる。で、ようやく頂上を目指せるキャンプ地を得て、そこを踏破するために行くのが、最終アタッカー。この最後の数人に目的完遂させるために、大人数でキャンプ地を構成するわけだ」

 トマスの脳内で、まだ少しぼんやりしていたものが、これで固まった。

「そのやり方だよ勝利! 先に行くほど、キャンプ地の物資や人員は減っていくのだろうが、後方に物資輸送の道が構築されていくんだ。俺たちの軍は数が多いが、キャンプ地を築いておけば、あちこちに探索に出ることも可能だ」

 この国では、長い間、国外勢力との戦争も起きていない。戦闘行為と言えば、襲来する竜を追い払うくらいが長かった。遠征軍の構成は、誰も未経験の事業なのだ。トマスが手探りになるのも仕方ないことだった。

「まあ、ちょっとでも役に立ったなら、よかったよ。でも、こんなことなら登山のことをもっと勉強しておけばよかったなあ」

 勝利が少し後悔して言う。

「俺もな、はじめて書物で得た学問が生きるものだと実感してるところだ。俺たちは若い。これからも、書物と実地で、どんどん学べばいいんだよ」

 トマスの言うことは、勝利にも響いた。学び、知ることの意味が、この世界に来て少しわかってきた気もする。それと、人付き合いも変わったように思う。トマスは嫌なやつだが、好きな部分も、また多いヤツだった。


 征竜隊の方は、技術習得と実戦訓練に忙しかった。これまでと違い、全員が空中から攻撃できるようになったので、その習熟と能力の使いどころが難しい。

「なんというか、まだ、足場が信用できていない」

 そう言うのはひろしだった。根っからのピッチャーなので、足場の不安定さを極端に嫌う。

「適当に電撃を放つ分には気にならないけど、力の入った一撃を入れようとすると、落ち着かないですね」

 同じくピッチャーの省吾も感じることは近い。同じように術を手先から放つのは、水を使う正則だが、こちらは元が外野手だ。

「俺はその状況下で、とにかく投げられればいい感覚なんで、あんまり気にならないですけどね。最初の軸足と最後に踏ん張る足がしっかり蹴られれば、それでいいかなあ」

 そんな感想になる。聞いている遼四郎りょうしろうと耕平が顔を見合わせた。すでに実戦で風の術を使っているふたりは、一日いちじつ以上の経験値がある。

「踏める場所があるから踏む、というイメージよりも、蹴りたいからそこを蹴る感じなんだよな」

 遼四郎の感覚は、相変わらずバカバカしくわかりにくい。でも、どこかに真実があるように耕平は思う。

「お前らってさ、どうしてもプレートがあって、そこに足を置いて、とモーションをはじめるじゃん。野球はそれでいいと思う。でも、戦闘じゃそうもいかない。プレートを無視して、あちこちの地面で投げてみたらどうだ。で、その軸足を置く1点を足で引っ掴む感じがいいと思う」

 耕平が違う言葉でアドバイスする。

「なるほどな。ダーッと適当に走って、ぶん投げることをやってみようか。プレートを踏みに行くんじゃなくて、そこにプレートがあるつもりで投げるんだ」

 宙の提案に省吾と正則がうなずき、ボールを持って走っていく。周りで聞いていた中から、一也が口を開く。

「弓を射るのも、剣を振るのも、どうにも不安だったんだけど、目に見える足場を探す感覚があるのかもしれない。自分が決めた軸足を、絶対の位置と思えば、いいかもね。ちょっと、僕もやってみるよ」

 聞いていたハーマンも、軽く地面を蹴って着地し、斬撃の構えをとる。次にほんの少し飛んで、空中で同じように構える。もう一歩蹴って、着地する。

「うん、いいヒントかもしれないな。軸足か……。ちょっと、兵隊らにも教えてくるわ」

 そう言って、兵の訓練を続けるグレッグのいる方へ駆けていく。相変わらず、日々、発見の連続だった。だから、この軍団は加速的に強くなっていく。


 あまりにも大規模に事が動いていくため、心配になったジョージとジェラルドのふたりのヒゲジジイが視察に来ると言い出した。この国の文武のトップなのだ。

 だが、最初にジュリアンがかみついた。

「来たければ来ればいいが、じゃまだから、いちいち大人数でゾロゾロ来るんじゃない。馬車使うくらいなら、その馬車をよこせ。近いんだから歩いて来い!」

 トマスも親父に容赦しない。いや、手厳しかった。

「護衛なんかいらんぞ。この国で殺して価値があるのは、女王以外には、遼四郎くらいだ。ヒゲジジイなんぞ、誰も標的にせん!」

 仕方なく、ジョージもジェラルドも、数人ずつの部下を引き連れ、トボトボと歩いてやってきた。そして、ふたりのジジイは異様な活気に驚く。

 いつの間にか工兵隊が入り、隊長のランドルフがあちこちに倉庫を建てる指図をしている。次から次へと馬車や牛車が乗りつけ、どこで雇われたのかもわからない者たちが荷下ろしをやっている。兵舎の近くでは、いくつかの屋台が置かれ、飲食物が売られる。革や金属の職人たちが、それぞれに作業している場所もある。そして、演習場では数百の兵員が、次々に宙を舞い、遠い先へ着地している。音が壮絶にやかましい。

「なんだ、ここは?」

 呆然と立ち尽くすジョージとジェラルドたち。すぐにジュリアンがやってきた。

「おう、来たな親父! 武官の面々も一緒か。ちょうどいい。訓練に参加していけ。細々と説明聞くより、まず、経験しろ」

 そう言って、ジェラルドが連れてきた連中を強引に引っ張り、消えていった。次にはトマスがやってくる。

「助かるぞ親父! 算術できるヤツが欲しかったんだ。そいつら全員使うぞ。ああ、それからな、ここはすぐに町になる。新しい軍事基地は、もっと南につくるぞ」

 そう言って、こっちもジョージの手下の役人を拉致するように連れていく。ふたりのヒゲジジイが取り残された。ジョージが聞く。

「ジェラルド、お前の長男はあんなに粗暴だったか?」

「いや、お前の倅、ありゃなんだ? どっかの暴君か」

 ふたりは顔を見合わせてあきれ、次に笑う。

「どっちにしろ、若いのが覇気の塊みたいなのは、気持ちいいな」

 ジェラルドがしみじみと言う。

「ここは町になるとヤツは言っていたが、たぶん、そうなるだろう。予算はたくさんつけてやったが、町をつくるほどではない。でも、すでにできつつある」

 行政屋のジョージには、そこに集まり動くエネルギーの量が見える。こんなことは、どれだけ計画しても、予算を使っても、うまくできないのだ。

「人間の力というのは、大きいものだな。たった10人のガキが来ただけで、これほどに変わっていく」

 そう言って、演習場の一部で次々に舞う征竜隊を眺める。

「老け込んでる場合じゃないと、遼四郎に言われたな。ウチの倅の後ろにでもついて回って、怒られながら、ここの理解を深めておこうか」

 ジョージの提案にジェラルドがうなずく。あちこちで聞こえる人の声、モノの音がやむことは、当面なさそうだった。

 

 日が暮れると、これまではうどん屋の大将もダレルらも、城へ戻るのが普通だった。だが、今は違う。彼らは兵舎の一部を間借りし、居座った。代わりに城と駐屯地の間を、毎日、うどんの材料や城下でつくられた革製品が行き来する。すでに、物流が芽生えはじめている。

 征竜隊や兵士たちは、訓練を終えると、風呂に入りメシだった。遠い遠征に出ることになるので、兵士たちは交互に休暇をとり、顔を合わせるべき人に会いに行くこともある。

 荷下ろしの労働に集まった者たちも、いちいち帰るのを面倒がる。勝手に石壁の外に雑多なテントを設けて、住み着きはじめていた。治安悪化させたくはないので、ジュリアンはヨーコと富夫を連れて、注意事項とかんたんな決め事を伝えに行った。

「ここはすぐに物流拠点の町になる可能性がある。でも、治安が悪いところに人は集まらない。キミたち次第なんだ」

 ジュリアンは、そんなことも話した。さらに、ヨーコが言う。

「荒地にどんどん家や店が建つんだろうね。しっかり稼いだ、アンタたちのもののはずよ。荒れた町がいいか、ちょっとは小ぎれいな町がいいか、自分らで考えなさい」

 ふたりの言うビジョンは、彼らの頭をぶん殴るほどの衝撃を生む。降って湧いたように、生活を大きく変えるチャンスが来たのだ。そして、屹立する軍神、富夫。

「みんなががんばってくれるおかげで、俺たちは竜を倒すよ。竜は来なくなる。その成果はみんなで受け取ってくれればいい。俺はそう願っている」

 そこまで言って、手にしていた大槍をブンッ、と振り回した。超戦士のすさまじい剣風は説得力の塊だった。集まった者たちは、何かを確信する。次々に彼らが話をはじめる。

「竜が来ない土地が生まれるのか?」

「がんばって、金貯めないとな。ここに家を建てたい」

「店を持つのが、夢だったんだ」

「飲み代に使い果たしたら、イカンな」

 この話は城下にもすぐに伝わるだろう。夢見る者たちが、さらに集まる。治安も当面は大丈夫なはずだ。


 その後に、ようやく、ジュリアンやトマスたちはメシの時間になる。せっかくなので、ジョージとジェラルドの両親父と、彼らが引き連れてきた官僚らも含めて食うことにする。

 メンバー的には、いつもの宮中での集まりと同じなのだが、場所の違いが雰囲気をガラリと変えていた。一応、来客の形ではあるので、少しの酒は用意したが、基本的にメシをガッつきながらの会話になる。

「親父、ここの土地の所有権、範囲を広げて、当面は軍の所有にしておいてくれないか」

 ジュリアンがジェラルドに言う。

「町をつくるならば、そうした方が管理しやすいな」

 言われた方も、根本は軍人なので、こういう雑多な食事は嫌いではない。

「それだけじゃ、危ないな。親父、城の不動産業者を抑え込んでくれよ。あの手この手で介入してくるぞ」

 トマスもジョージに言う。この行政に人生を賭けた父親もジュリアンの報告を聞き、そこに考えは至っていた。

「荷運びをしてくれる連中に土地購入の優先権がないと、ここは荒れる。不動産業者には北の観光地の開発権をチラつかせてやる。そうしながら、ここの運送従事者の名簿管理をしておくといいかもな。将来、役に立つ」

 そう言って、横の文官らと目を合わす。数人がうなずく。

「それでも、中抜き業者らが介入して、実際に仕事していない連中が土地を分捕る可能性が高い。グループでの志願であっても、あくまで個人と契約すべきだ。家族でもだ」

 トマスの頭は猛烈に働いていた。そのためか、最近、よく食う。

「負傷や諸事情で遠征に参加したくてもできない兵がいる。彼らを、そんな不正をしょっ引く役割に従事させられないか?」

 グレッグは兵に近いところにいる。だから、思いつく。

「いいな、それ。竜との大戦を潜り抜けた威風は役に立つ。軍権と警察権は分けておくべきだが、これから生まれる新天地の問題は、軍と検非違使とで連携するべきだ」

 ジュリアンは元々、頭がいい男だった。これまではたいした使い道もなかったが、今はそれがフルに生かされている。ジョージが感心して言う。

「いい案だ。そして、ジュリアンの言う新天地という言葉に、少し鳥肌が立つ」

 深く考えずに話したジュリアンだが、たしかに、問題は新天地のことなのだ。参加する文武の官僚たちも、そこに気づいて、ゴクリと唾を呑む。

 だが、トマスだけはそんなことに感動していない。最初から、征竜軍と切り拓くつもりなのだ。新天地でもニューフロンティアでも、なんでもいい。ただし、経営するのは、自分だと思い込んでいる。

「不正対策は新竜掃使の任務に放り込んでください。不動産の連中も軍の中枢勢力とは、衝突したくないでしょう。ただし、それでも賄賂を使ってくる連中はいるはず」

 トマスの脳が次々と懸念事項を想定し、それをつぶそうと動いている。すると、ジェラルドがボソッと言う。

「そんなヤツはな、切ってしまえ。贈るヤツも、受け取るヤツもだ」

 声は大きくないが、目はギラギラと光っていた。いつの間にか、貫禄十分の大将軍たる風情だった。横で見ているジョージがニヤニヤと笑う。こいつも自分も楽しいのだ。ジジイになろうが、新しい事業に挑戦することは、血を熱くする。


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