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53話 辛気臭いボンボン VS 陰の支配者

 征竜隊が戻ってから、遠征軍の準備はピッチを上げて進んでいく。

 トマスは異様な数の馬車や牛車を集めていた。勝手に負傷兵にさえ声をかけている。暴走気味に見えたためか、遼四郎りょうしろうが声をかける。

「そんなに輸送って、人やモノが必要なのか?」

 いつか来ると思っていた問いなので、トマスは想定内という感じで答える。

「兵隊ってのは、生きていくには自分の体重と同じくらいの荷物が必要なんだよ。武具や衣類、生活用品、そして食糧。どれも外せない。でも、そんなに多くの荷物を担いでいては、先へ進めない」

「まあ、そりゃあ、そうだろうけど」

 ちょっと、遼四郎には計算がつかない。だが、近くにいたりくが会話に入ってくる。

「キャプテン、1日3食分の弁当をカバンに入れて歩き続けるわけですよ。もちろん、それ以外にも着替えも道具も、飲料も持って試合に行くわけです」

「あれ、苦痛だよな。マネージャーとかいないから、自分らで練習道具も担いで行くと、死にそうになって試合どころじゃない」

 陸の助け舟が遼四郎たちのリアリティになる。省吾も乗ってきた。

「ついでに、征竜隊には武具もありますからね。そりゃ、担げない。だから、昔の軍隊は行く先々で略奪したんですよ」

 省吾がいいことを言ってくれたので、トマスは満足して続ける。

「でも、我々が向かう場所は竜害のために、人が住まなくなった地だ。略奪する気はないが、そもそもしたくてもできない。ひたすら、モノを運ぶ必要がある。運ぶ人材も必要だ。だから、これだけムチャをしている」

 トマスの言うことはわかるが、だから、どうすればいいのか、遼四郎にはわからない。

「遼四郎、わからないだろう? だから、私にまかせてくれればいい。悪いようにはしない。でも、ひとつ力になってくれ」

 完全にトマスのペースだが、陸がうなずいている。ふたりで相談したのだろう。

「人材が圧倒的に足りない。ジュリアンに言って、衛門府えもんふの兵を根こそぎ持ってきたい」

 ムチャクチャな話だった。でも、トマスも陸も真剣だ。

「ここにいる衛門府のみなさんは、竜掃使りゅうそうしに近い力を持っています。モチベーションも高い。彼らを竜もめったに来ない基地に縛っておくのは、損です」

 陸が話をねじ込んでくる。

「適度に入れ替えながら、彼らを兵站線構築と維持に使いたい。ジュリアンならば、城内のバカ兵どもを征竜隊仕込みのカレーと野球で叩き直してくれるだろう。使える人材はどんどん増える。それをどんどん南に送り込むんだ!」

 トマスの目が異様に輝く。遼四郎がちょっと引く。

「お前さ、何考えてるの?」

 そう聞く指揮官に、トマスは待ってましたと言葉を続ける。

「遼四郎! この南征は思った以上におもしろいぞ。俺たちは進む。後方には兵站線が築かれ、そこが人の生きる橋頭保になっていく。人間が竜を恐れて破棄した土地を、取り戻す大事業になるはずなんだ。バカオヤジたちは、一度も考えたことがない驚天動地の策だ。宮廷なんか、当面は冷や飯食えばいい。全部の人材を投入してもやるべきだ!」

 驚いたのは遼四郎の方だ。たいした深謀遠慮があって、言い出したことではない。でも、トマスのような人材が混じると、大きく化けていく。おもしろさに、あきれてくる。

「トマス、俺はそんなこと考えもつかないし、竜と戦うくらいしかできない。でも、おもしろそうだ。ジュリアンには俺も話す。だが、基本的には、お前にまかせていいか?」

 ニヤリと笑う遼四郎を見て、自分はこの指揮官こそ好きなのだとトマスは気づく。こいつの切り拓く大地を、勝手に経営してやりたい。富や名誉が欲しいのではない。こんなリーダーと世界を変えてみたい。

「まかせてくれ。この国はもっと豊かになる。みんなでうまいもん食って、野球で遊べるようになる。俺にやらせろ」

 遼四郎はもう一度、トマスを見て笑って言う。

「やれ!」


 トマスの立案した、壮大な策は遼四郎が何も言わずとも征竜隊の中で共有された。鋭く反応したのは、やはり、ヨーコだった。

「辛気臭いボンボンのくせに、おもしろいこと言うじゃない。でも、軍人や役人ばっかりしか頭にないのが、やはりボンボンね!」

 すでに、何かを企む顔だった。先日のことがあるので、エリーがクスクスと笑う。

「で、陰の支配者様は、何を思いついたの?」

 エリーの問いに答えようとするヨーコ。でも、先にリサが言う。

「わかった。町の人!」

「うどん屋の大将! それにダレルさん!」

 ハンナもわかった。満足げにヨーコがうなずく。

「そうよ。城南のバカ野郎どもを注ぎ込むのよ。あの人たち、場所さえあれば勝手に店や野球場つくるからね。で、当面の給金つけば、馬車くらいなんぼでも使って、モノ運ぶよ」

 トマスの策に、勝手にヨーコが血を通わせる。

「じゃあ、決まりね。エリーは遼四郎に伝えて、ジュリアンにも話を通しておいて。私はばあさんやクソジジイから予算分捕るからね。ハンナとリサ、ケイは町の人にさっさと言っておいて、統制がとれないとか文句言ったら、ボンボン蹴飛ばすからね」

「陰の支配者様の仰せの通りに……」

 エリーたちは、大仰にヨーコに言い、キャッキャと笑いながら、部屋を後にした。やっぱり、征竜隊は楽しい。


 遼四郎が、もっと人を使おう、と言い出したときには、ジュリアンもグレッグもうんざりした。だが、その後に続くトマスの熱弁を聞いて、真顔に戻り、最後は笑っていた。

「お前、どこにそんな才能隠してたんだ?」

 この瞬間であっても、トマスのことがまだ好きになれないジュリアンが聞く。

「私にはいいリーダーがいなかったのですよ。でも、今は好きではない人物であっても、それを得ている」

 トマスの正直すぎる物言いに、さすがに遼四郎も変な顔になる。それを見てグレッグも笑う。

「ホント、素直じゃないな。征竜隊のやり方で、ジュリアンに衛門府のバカガキどもを矯正させようとしてるんだろ? 本当はお前がいちばん信用してるわけだ」

 痛いところを突かれたトマスだが、それでも突っ張る。

「征竜隊のやり方は悪くないと言ってるだけです。人物の好き嫌いとは違う」

 ジュリアンとグレッグは爆笑する。

「わかった、わかった。この際、お前が素直かどうかなんか、どうでもいい。ただし、お前の意見は、この国を左右するほどおもしろい。しかも、征竜将軍のお墨付きなんだよな」

 ジュリアンが聞くと、遼四郎はニヤリとうなずく。

「つまりだ。征竜軍は俺たち全部のきっさきになって、誰もいない大地を切り拓いていく。俺たちは、その地に勝手に自分たちの旗を立てていく。そんなわけだな」

「そのためには、衛門府の兵が必要です。宮廷の官吏も野ざらしの大地に放り込むべきです。もう、城なんかいらない。暑いや寒いや言うやつも、引きずり出せばいい」

 数日前に日差しを嫌がっていた男が、そう言い放った。

「いいだろう。賛成するよ。俺を困らせるほど、おもしろい話だ。いい機会だ。全部、変えてやろう。な、グレッグ」

 ジュリアンが弟に同意を求める。元から、征竜軍に同行するグレッグは、ただただ、おもしろさが増しただけだ。面倒は兄にまかせておけばいい。


 結局、数日後には駐屯地にうどん屋の大将や、いつものオバサンたち、ダレルたちが来ていた。しかも、ダレルは馬車一杯に野球道具を積み込んできている。目の色を変えて、殺到してきたのは、野球好きな兵たちだった。

「待てえーっ!」

 収拾がつかなくなりそうなので、富夫が大音声で止めた。ほぼ、駐屯地中に届く超戦士の声に、兵たちがピタッと整列した。ヨーコが前に出てきて言う。

「アンタら、慌てんじゃないわよ。ダレルさんたち職人のみんなはね、遠征隊の希望者には、グラブをひとつずつ供与すると言ってくれてんのよ」

 衝撃的な話だった。グラブは貴重で、征竜隊以外は、みんなで大事に使う共有物なのだ。それが、自分専用のものが得られるという。ダレルが兵たちに直接言う。

「遠征に出るみんなのために、城の革職人総出で、グラブをつくっている。間に合わないかもしれないが、それも輜重隊が追って届ける予定だ。その後もグラブは増産するので、随時、守備隊の分もできる。対竜戦線の希望者には、グラブがあるのが、この国のやり方だと思ってくれ」

 兵たちが歓呼する。マイグラブ、という言葉は、彼らにとって甘美なのだ。自分専用の道具として、大事に手入れしてみたい。だが、歓声が収まると、ダレルはさらに言葉を続ける。

「ついでに俺と数人の職人も同行することになった。グラブなどの野球道具だけじゃない。武具に問題があったときも、面倒は見させてもらう」

 一瞬、兵たちはキョトンとした。だが、言葉の意味がわかってくる。自分たちの軍は、歩き、くたびれるだけの軍ではない。自己修復能力も備えるのだ。

「ついでに言っておくね。みんなの食事の司令官は、これまで通り陸がやるし、正式に任命もされたからね。でも、それだけじゃ人手不足。だから、陸の炊事上の副官にうどん屋の大将が就任してくれるからね!」

 ヨーコの宣言に、兵たちは驚く。この軍は食っていくことにも、しっかりと人材配置をしてくれるわけだ。大将は前に出て兵に言う。

「縁があって、みんなと同行することになった。ありがたいことに、お前らと同じ給金ももらえるそうだ。ただし、俺は陸の副官になる。陸同様に、怒らせたら、まともなメシ食わせないから、気をつけろ!」

 一発目からぶちかます大将。だが、繁盛店を切り盛りしてきた貫禄が兵たちよりも数枚上手だった。兵たちは陸に続く最重要人物として認識する。

 驚いていたのは、自分の思いつかない差配をされたトマスだった。そうなのだ、人材は民間にこそ、優れた者がいる。

「ヨーコが、これをやったのか?」

 こっそりとヨーコの後ろに立ったトマスが聞く。

「アンタじゃ思いつかないでしょ。仕方ないから、やっといてやったわ。まだ、わかってないようだけど、私が陰の支配者なのよ」

 冗談めかしてヨーコが返す。いつも、勝手なことをされて怒るのがトマスだった。でも、自身が勝手なことを繰り返し、さらにヨーコに勝手なことをされた。なのに、なぜかうまく進んでいる。

「この集団は、おもしろいな」

「まだ気づいてなかったの? 泣いちゃうくらい、おもしろいのよ」

 ヨーコの言葉が、素直に胸に入ってくる。たしかに、泣けてくるくらいに、トマスには、今がおもしろい。



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