52話 さあ、新たな旅の準備でもしようか
征竜隊が竜掃使駐屯地へ戻ったのは、翌日の夕方。一行の馬車が門を入っていくと、まず、兵士らと一緒に野球に興じていたジュリアンらが声をかけてきた。
「少しは羽が伸ばせたか?」
そんなことを大声で言いながら、自分はショートのポジションで打球に備えている。兵たちも手を振っていた。
反対側の広場では、まだ、グレッグが訓練を続けていた。風の術の運用を試しているようで、数名ずつの兵が空を駆けては、空中での攻撃後に着地するということを繰り返していた。
「だいぶ、衛門府の兵も様になってきただろう? 空中からの攻撃演習をしているんだ。こっちも手ごたえが出てきたぞ」
4日ほど見なかっただけなのだが、妙にたくましさが出てきたグレッグが遼四郎に声をかけてくる。
「今日は何もしなくていいぞ。メシも風呂もちゃんと支度できている。ガサツな我が家で悪いが、ゆっくりしてくれよ」
征竜隊は笑って手を上げて応じ、馬車を止める。遼四郎はメンバーに言う。
「エリーやヨーコのおかげで、いい旅行ができた。今日のところは、ジュリアンたちの言葉に甘えて、楽させてもらおう。仕事は明日から。また、竜退治の準備だな」
みんな声を出すこともなく、腕を上げて応じた。思うことはたくさんあるのだが、今日は忘れておこう。そんな気分なのだ。
ただ、トマスだけは口を開いた。
「私もゆっくりしたいが、準備の状況が、やはり気になる。ちょっと仕事をする形に見えるが、気にしないでくれ」
遼四郎は少し笑う。
「ありがとうな。たぶん、そういう準備事項では、トマスに頼ることが多くなると思う。悪いが、よろしく頼む」
トマスは旅行中に、このリーダーをある程度理解していた。自分にできないことは、できる人間に徹底してまかせるところがある。余計な口は出さないようなので、なかなかやりやすい相手だと思っている。
「まあ、それが私の役目なんだろう。しっかりやれると思ってくれ」
そう言って、トマスは荷物をまとめ、兵舎の方へ向かった。もう、士官クラスの兵から、報告を受けている。それを見ながら、ほかのメンバーたちも、荷物を降ろし始めていた。
夜、遼四郎は屋外でハーマンの晩酌に付き合っていた。彼も今日までは休暇なのだ。別に酒を止められる理由もなかった。もちろん、遼四郎自身は飲まない。
「どうだった? 人生初の旅行は」
「幸せな時間だったよ。この前に死んでたら、あんな経験することもできなかった。陸や富夫には頭が上がらない」
「よかったじゃないか。実は、俺たちも旅行の経験って、まあ少ない方なんだ。野球やってると、それで休みが埋まってしまって、案外、どこも行けない」
「軍隊みたいで、よくない気がするぞ」
「ああ、よくない。軍隊ってのは、命の問題が近い場所だからな。ムダができない。ガキのころからやることじゃない」
「それは俺を見れば答えが出る。もうちょっとで、おかしな軍人が一匹できあがるところだったが、お前らのおかげで救われたよ。デカい声で怒鳴って脅すだけが組織じゃない。そんなことするよりも、今の竜掃使の方が、何十倍も強くなった」
夜空を見ながら、ハーマンが小さな猪口をグイッとやる。
「それも、よかったじゃないか。別に俺たちがそうしようとしたんじゃない。ハーマンやジャスティン、ジュリアン、グレッグなんかが、そうしていったんだよ」
「遼四郎が最初に教えてくれたじゃないか。いろいろ試して、だめなら、また違うことを考えればいい、と。あれで余裕ができたんだよ。結局、遠回りに見えて、そっちの方がよかった」
「あれ、おもしろいよな。ムダをした気がするんだけど、時間が経つと、そうでもなくなる」
「そうなんだよ。ムダなことなんかないのかもな。今度、休暇ができたら、若いやつ連れて、どっか旅行にも行こうと思うんだ。いろいろ見聞きした方が、軍隊やるのも、心の持ち様が違うんだよ。今までは気に食わない役人が嫌でしょうがなかったけど、もう、どうでもいい。単純に、このキレイな世界の人やモノを守れたらいいと思う」
すると、ヨーコの声が聞こえる。
「軍隊仲間連れて行ったら、軍旅と一緒じゃない。私たちを誘いなさいよ」
「お邪魔していい?」
横にはエリーもいた。ハーマンが遼四郎を見て、席を外そうか、という仕草をした。遼四郎は手を振って拒んだが、それよりもヨーコが先だった。
「変な気を遣うことはおぼえたのね。リーダーの遼四郎と、副官のエリー、竜掃使長のハーマン、くつろいだ会議の形でいいじゃない。で、私は実質的陰の支配者ね」
遼四郎が笑って茶化す。
「じゃあ、その陰の支配者の御前会議ということで、よろしいでしょうか? ヨーコ様」
「私を女王と思って、話しなさい」
ヨーコはおどけて乗った。女王の名を嫌うために、そんな冗談さえ避けてきた彼女だが、野球部たちは、さっぱり女王の孫扱いをしない。バカバカしいので、気にならなくなったようだ。
「ハイハイ、いいから、冷たい飲み物でもどうぞ。ハーマンのは、少しだけお酒入れてあげたからね」
そう言って、4人でグラスを傾ける。今日も氷が入っている。
「さすが、ヨーコ様謹製の氷は冷たく、おいしいです」
遼四郎がそう言うと、ヨーコが思いっきりむせた。
「ど、どうして、私がつくったと知ってんのよ!」
「ヨーコさ、どっかで氷の術に目覚めただろう? 最初は術者を取り込んだとか言ってたけど、なんか変なんだよ。この前、湖で泳いだときも、氷あったし」
「バカと思ったのに鋭いわね。そうよ、大竜と戦った後くらいに、急に氷が出せるようになったのよ。どうせならもう少し早ければ、何か役に立ったかもしれないのに。で、戦いがないと、どうやって使ったらいいか、さっぱりわからなくて……」
ヨーコの述懐のバカさに、ほかの3人が爆笑した。
「たしかに、戦闘以外では、どう使ったらいいかわからん」
ハーマンが酔った頭で考える。遼四郎が続ける。
「力をコントロールできずに、宙や省吾の肩をアイシングしたら、二度と腕が上がらなくなるだろうし、下手すりゃ凍死だ」
「で、飲み物を冷やすことだけに、稀有な術を使っていたわけ?」
エリーは友の術の発現に驚くよりも、その使い道に笑ってしまう。
「しょうがないでしょ! いいじゃない、こうやって、みんなとのコミュニケーションツールになってんだし」
ヨーコは妙な恥ずかしさを感じて、赤くなる。さらに、遼四郎の追撃。
「なあ、エリーさ、ヨーコって人に与える印象以上に、かわいいとこあるよな」
「あるある! 尊大に振る舞ってる割りには、実はきめ細やかな気遣いの塊なのよ。この子」
幼馴染みの攻撃もざっくりと入る。
「何をするかわからないけど、何か企んでることは丸わかりな気がする」
この国最強の剣士も、陰の実力者に容赦ない一撃。
「な、なんなのよ!」
めずらしく、完全にうろたえるヨーコに、3人が笑う。
「俺たちは、そんなヨーコが大好きだ、って意味だよ。肩ひじ張らずに、やさしく、かわいいキミでいてくれ」
遼四郎のとどめに、降参して照れるしかないヨーコ。でも、逃げたい空気じゃなかった。照れて恥ずかしいのが、不思議に心地いい。そして、火照る身体には、やっぱり冷たい飲み物がちょうどよかった。
朝から、遠征隊の編成についての会議が行われた。ジュリアンとグレッグが仕切る形で、遼四郎、ハーマン、エリーが呼ばれ、当然、トマスもいる。さらに、遼四郎は陸も同行させた。おおまかな編成表を前にジュリアンが説明をはじめた。
「内々に整理された遠征隊の概要がこれだ。現在、負傷から回復した者を含めて竜掃使が約600、そこに左右衛門府から来た400を加えた1000がここの兵力だ。その半分の500を新竜討使となる。これを率いるのはハーマンで副官がグレッグ。残る500が新竜掃使となって、私が指揮してここを守る」
おおむね、遼四郎の提案がそのまま形になっている。ジュリアンが続ける。
「遼四郎は、この征竜軍を統べる征竜将軍が肩書だ。現征竜隊は将軍親衛隊として、そのまま存続。エリーは征竜将軍になっても副官として任務を継続する。そして、征竜将軍の麾下として新竜討使があり、その主力になるという構図だな」
遼四郎はうなずいて言う。
「まあ、肩書とかはどうでもいいんで、構わないけど、軍隊だから優先順位みたいなのは必要なんですよね」
「嫌な話だが、そういうことだ。遼四郎が戦死や指揮不能になると、構造上はエリーが指揮官になる。征竜隊もそこにぶら下がる形だ。さらに、エリーにも同様のことが起こると、征竜隊は独立する形になり、竜討使をハーマンが指揮することになる。ハーマンの官職は俺と同格まで引き上げることになったから、竜討使である限りは、俺もハーマンに従うわけだ。まあ、そんなところだな」
グレッグが軍隊である以上、想定すべきことを言葉にする。その確認は重要なのだ。
「で、トマスをどこに置くか、というのがある。最初はグレッグと横並びで、竜討使副官にでもしようと思ったのだが……」
ジュリアンが当の本人を見て言う。
「ハーマンやグレッグさんみたいに、兵を率いて何かできる人間ではないですからね」
トマスは自身で自分を定義して言う。
「俺とエリーの補佐、という形にできませんか? たぶん、そこが一番いい気がする」
遼四郎が提案した。
「いいかもしれません。遼四郎は私のことが好きじゃないと思いますが、そういう人間が近くにいる必要もあるでしょう」
バカ正直なトマスの言葉に、一同が笑う。
「まあ、そうかもな。あくまで征竜将軍とその副官という個人につく形で、ふたりがいなくなれば、軍権もなく役割ごと消えるわけだ。遼四郎の寝首を掻いても、どうにもならん形だけど、いいのか?」
ジュリアンがトマスの政争好みの家系を意識して、そんなことを言う。
「宮廷闘争ごっこよりは、この任務は価値が高いと思ってますよ。下手な地位よりも、任務成功の方に、おもしろさがある」
トマスのリアリスト的答えに、ジュリアンは満足した。ただ、トマスはそこで終わらない。
「ただし、輜重担当官の肩書くらいは欲しいですね。どうせ、私よりうまくできる者もいないでしょう。ならば、命令が通りやすいようにはしたい」
そこで、遼四郎も提案する。
「同じ意味で、陸を日常の食事の指揮官として、命令系統に入れてくれませんか? こいつ若いので、余計な苦労をしなくて済む」
グレッグが笑ってうなずく。
「陸が実力者なのはみんな知ってるが、形の上でもそうした方が話が早いな。じゃあ、輜重担当の輸送がトマス、炊事が陸で同格にすればいいんじゃないか? トマスも陸にはたじたじにされるぞ」
「もう、すでにやられてますよ。それで、いいと思います。同格ならば、言いたいことも言えますからね」
そう言って、トマスは陸の方を見た。陸もギラリとトマスを見て笑う。負ける気はないようだ。
こうして、遠征軍のおおまかな形が決まっていく。現実になる日も、遠くないだろう。




