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51話 分かれていく運命を考えるよりも

 翌朝、一行は湖よりもさらに北にある、有名な滝へと向かう。

「まあ、これだけ大きな湖があって、その背後には山が連なるんだから、滝も多いんだろうな」

 勝利かつとしがトマスに話しかける。最初はケンカしていた相手だが、なんだかんだで知識が豊富で込み入った話ができる相手、トマスも嫌がらずに応じた。

「小さな滝は、無数にあるだろう。それぞれが、この国の豊かさを支えている。でも、これから向かうところは、その親玉みたいなものだ。水資源の源と言えるだろう。景観的にも特異で観光資源でもあるんだ」

 同じ馬車に乗っていた省吾しょうごも、話に入ってくる。

「大きな都があって、背後に湖だから、多少、スケールは違うけど、京都と琵琶湖みたいな関係なんですよね。琵琶湖周辺にも滝はあるし」

「しつこいようだが、普通の滝じゃない。俺がつくったわけでもないが、そんな気分で自慢したくなる場所なんだよ」

 トマスも初日ほど傲慢な空気がなくなっている。尖がらなくても、自分が通っていくようになったのだ。そんなわけで、一行はのんびりと大きな川沿いを進んでいく。

 

 いくつかの峠を越えた後、坂の下に小さな湖が見える。いや、その上にさらに大きな湖。そして、そのふたつをつなぐ、滝が見える。

「た、滝というか、あれ、瀑布ですよね」

 省吾が驚いて言う。目の前に開けるのは、2階建ての湖だった。その間をつなぐ崖を、幅広い滝がつないでいる。やはり、滝というよりも、瀑布。

「ちょっと、俺たちの生きてきた近所じゃ、見かけない景色だよ」

 遼四郎りょうしろうが、同乗していたヨーコに言う。

「ここは特別なのよ。ごちゃごちゃした町が好きな私でも、ここはね、ちょっと、別格かなあ」

 そんな風に説明するヨーコにも、いつもの遼四郎を撃つトゲがない。

「僕たちの世界で、こんな瀑布は外国に行かないと見れないんだよ。はじめて見るけど、壮観だね。ヨーコが言うことの中では、最大級に信用できるよ」

 一也がヨーコの話に笑いながらうなずく。ヨーコが一度、変な顔をするが、すぐに表情が戻る。

「一也もだいぶ私のことがわかったようね」

「だいぶ前から知ってるよ。遼四郎しか、ヨーコは見てなかったからね。いつから、気づいてた?」

「小さなときに会った人だってこと? はじめて、顔を見た瞬間かなあ?。すぐに、誰だったっけ? って、気分になった」

 遼四郎本人が、また、入れない会話になる。だから、一也が話す。

「わかるんだね。会った瞬間に、少しだけでも」

「わかってはないけど、少し、感じるくらいかなあ」

「なんか、うらやましいな。運命の人って……」

 そう言って、一也がヨーコに笑う。キレイに伸びた髪が、風に動く。整った顔が、ちょっとだけ残念な空気を風に乗せる。

「一也ってさ、その顔で損してる気がしてきた。遼四郎みたいに、わかりやすい顔だったら、もっとわかってもらえるのにね」

「美女のヨーコはわかってるなあ。そんなもんだよ。だあれも、安心して、来てくれない」

 そう言って、一也が笑う。ヨーコとのコントラストは、ただただ、美男美女。遼四郎も馬を操る秀樹も入れない。

 「でも、少しずつだけど、わかり合えてるんだよ。私たち」

 ヨーコが金色の髪を、風がなびかせた。

 瀑布からのしぶきが、あちこちに小さな虹を生んでいる。忘れられないほど、一也にも、遼四郎と秀樹にも、ヨーコの姿が美しく感じた。


 必死に話していたのは、エリーだった。

「耕平君、これでよかったのかな? もう、旅行、終わっちゃうよ」

 耕平は相変わらず、微笑んで聞いていた。そして、ニッと笑う。

「いいんだよ。バカな遼四郎や、俺たちにとっては、最高の思い出だよ。エリーは話してないの? 遼四郎と」

 そう言われて、エリーがためいきのような、弱い呼吸をする。

「してないの。なんか、事務連絡ばっかり。ヨーコは、なんかあったみたい……」

 笑う耕平。だから、言う。

「エリーはヘタクソなんだな。遼四郎は、君を助けたいと、この世界を選んだんだ。今さら、何を遠慮してんだか、俺たちがわからない」

 詰まってしまうエリー。でも耕平が続ける。

「俺さ、最近、あいつが面倒になってきた。ところかまわず、やさしくして、誰にでも好かれる。もう、遠慮する気もないよ。俺は、俺のしたいようにやるかな」

「耕平君って、なんか、遼四郎のこと、なんでもわかってるよね?」

 耕平はもう一回、笑う。

「江理ちゃんって、ホントに全部忘れてるんだな。キミに嫌がらせをして、背の高いバカに、ぶん殴られたのが、俺だよ」

 エリーがまじまじと耕平の顔を見る。思い出す。スネたクソガキの顔。耕平と重なる。でも、その背後に、怒る子どものころの遼四郎。もっと思い出す。大事な時間。

「ケイが言っていたのを聞いて、ようやく、小さいころの江理ちゃんとキミが一致してきたんだ」

 そう耕平が続ける。

「あのクソガキも、遼四郎の魅力に負けちゃったのかな?」

「バカさに負けたんだよ」

 笑う耕平に、エリーが同意するように、大きく笑った。


 幅百メートルを超える、巨大な瀑布に一行は圧倒される。皿が二枚重ねられたような地形から、上から下へと水が叩き落ちる。もやのように各所にしぶき上がっている。

「これ、ナイアガラの滝とか、それと同じ種類?」

 富夫はハーフだが、特に海外に詳しいわけではない。なんとなく、聞いている。

「そうだよ。比較的、大きな滝を瀑布って言うけど、特に幅が広いものに使われるな。これは、ナイアガラ瀑布と同じように、そう呼ぶべきものだろうな」

 勝利の説明に、納得する富夫。ケイが少し遠い岩場を指さして言う。

「あの飛び出した岩の部分まで歩いて行けるんです。でね、実は縁結びの場所なの」

 その発言に勝利のメガネがギラリと光る。他数名も、鋭く辺りを見回す。

「でも、そう聞くと、そんな感じでみんな意識しますよね。もし、私がキャプテン連れて行っちゃったら、ヨーコたちが泣いちゃうかもしれない。だから、みんなで行きましょう」

 かなり意地が悪い提案。ムッとしたヨーコが返す。

「泣きはしないけど、相当に怒るわよ。まあ、みんなで行けば丸く収まるから、いいんじゃない」

 ヨーコの受け止め方が軽いものだったので、遼四郎も入り込めた。

「ま、とにかく、俺たちはチームワークあっての集団だ。みんなで仲良く行っとこう」

 話をややこしくしている張本人の提案に、笑ってメンバーがうなずく。


 上段になる湖から太い川のように下る水が、崖を下って、さっきまで見ていた下の湖に落ちていく。その川の部分に突き出すようにあるのが、今、遼四郎たちがいる場所。さほど大きくもないほこらが建てられている。

「わかったぞ。上下の湖をつなぐ場所だから、縁結びの場所になってるんだ!」

 急に理解したらしく、遼四郎が得意げに言う。

「そんなもん、俺でもだいぶ前に気づいていたぞ」

 宙が遼四郎の大発見を、一言で陳腐にした。ほとんどの野球部員が首を縦に振る。

「そうそう。もし、ふたつの湖の間がこんなに近くなかったり、間に山があっったりすると、互いに関係もなく、相手があることさえ気づかなかった。でも、そうならずにふたつの湖はつながってるの。ちょっと、ロマンチックでしょ」

 リサが少し夢見がちな雰囲気で語る。すると、勝利が口を開く。

「でも、高いところにある水は、必ず低い方へ流れようとするものだよ。間に何があっても、山を削り川となって、いつかは、つながったんじゃないかな」

 勝利はいつも通りの、つまらないことを言った。でも、今、この瞬間においては、決してつまらなくなかった。

「それ、いい! 離れ離れでも、いつか必ずつながるって、感動する~」

 ハンナが猛烈にうなずく。

「勝利が言ったことの中で、いちばん感動的かも。そうか、離れてても、そのまんまじゃ済まないのよね。山を削ってでも、一緒になるのね……」

 リサが感心して、勝利を見ている。いつも罵倒されるのに、不思議な空気に勝利がうろたえる。慣れていないのだ。

「なんか、最高ですね。遠く遠くに離れていたのに、出会うこともなかったはずなのに、こうして一緒にいる私たちみたい! そう思いません?」

 ケイはメルヘンスイッチが完全にオンになったらしく、照れくさいことを大声で言ってのけた。みんな、聞いてる方が恥ずかしくなる。でも、心の中では同意していた。

「離れても、引き寄せあうのね……。うん、悪くないね」

 ヨーコがボソッと言う。聞こえた何人かが、深くうなずいていた。

 

 元の湖の方へ戻り、湖の東側の邸宅がその日の宿泊地だった。湖の向こう、遠くの山々へ陽が沈んでいく。湖面に映る夕日が、風にたゆたう。太陽よりも、湖からの照り返しの方がまぶしい。そんな、テラスでくつろぐ征竜隊。

 全員がいることを確認した遼四郎が、野球部たちに軽く合図する。少し離れた場所にいたリサやハンナ、ハーマンらも呼ばれ、堅苦しくないが全員が集まる。

「どうしたの?」

 遼四郎の近くに座らされたエリーが、不審に思って言う。夕日がキレイな時間なのだ。

「どこかで、こんな話もするべきだと思っていたんだ。だから、俺たちで少し相談して、今日のうちに言っておこうと決めたんだよ」

 遼四郎の言うことだけではわからない。だから、落ち着いた秀樹が後を受ける。

「このまま、なだれ込むように竜を倒しに遠征に向かったら、俺たちが何を考えてるのか理解してもらえないまま、ここから消えてしまうかもしれない。そこを、一度くらいは言葉にしておこうと思った。そんなところかな」

 普段、こんな話し方をしない秀樹だから、少しエリーたちが改まる。

「せっかく、湖に映える夕日がキレイなんだ。それを見ていてくれたらいいよ。僕たちも、こんな幸せな時間は、あんまり記憶にないくらいなんだ」

 一也は誰も見ないで、夕日を見ながら話す。横顔を見ていたリサが、ドキッとするほど、その姿は美しかった。

 それでも、変な堅苦しさを感じるヨーコが抵抗する。

「何を今さら、改まって言うんだか。あんたたちの気持ちなんか、だいたいわかってるわよ」

 でも、それを遮ったのは富夫だった。

「本当にわかってるのかな。俺はヨーコにもっと胸を張って生きてほしい。女王の名前なんか、気にせずに名乗ってほしい。遼四郎を好きなら、そう言えばいい。そういうことを隠すヨーコがいいと思わない。それを変えたい」

 富夫は、そんなことをめったに言わない。だから、うまく、まとまってない。でも、気持ちがある。そこを宙が乱暴に拾おうとする。

「ヨーコはな、いつものまんまでいいんだよ。いや、いつものが本物とも思ってない。もっと、余計な気を遣わない、ヨーコになってほしい」

 いろいろ言われたヨーコが、ちょっと嫌になる。逃げようとする。

「そんなこと、アンタらが知ったことじゃないでしょ!」

「知ってるから、言ってるんだ。キミを大事に思う人間からの言葉だ。まっすぐ言ってる。逃げないでくれ」

 宙がとどめを刺す。ヨーコは眼を夕日に向けるしかない。

「まあ、ヨーコだけの話じゃない。俺たちはキミらと出会って3カ月ほど。最初はエリーが竜に殺されるという話から、お門違いの戦士になった。リサとハンナ、ケイとヨーコが来て、ハーマンもいた。ヘボの野球部だったのに、なんか救世主みたいだ。でも、そんな立派なことしたいんじゃない。キミらのために、何かをしたいだけなんだ」

 遼四郎が少しの軌道修正をしながら、会話を続ける。夕日はまだまだ明るい。

「でも、風の術がみんなに広まったし、竜が来ても勝てるようになったし、竜を倒しに行かなくても、よくなったかもしれないんですよ」

 ケイが懇願するように遼四郎に言う。だから、遼四郎は少し笑って、違う話をする。

「昨日の夜さ、この世界に残ってもいいやつは? って、こいつらに聞いたんだよ。ほぼ、全員が手を挙げてな。俺、ちょっと困ったんだ」

 ケイやヨーコが驚く。自分たちが残ってほしい相手が、それを望んでいるのだ。でも、耕平が口を開いた。

「俺はさ、こっちの方が居心地がいいくらいなんだ。でも、ウチのキャプテンは、竜がいない世界がキミたちの願い。野球で1回勝つのが俺たちの願いだと言う。なんか、比べるのが変なんだけど、それはそうだと思った」

 たかが、野球の試合での1勝だった。でも、本当に欲しいのは、その1勝という結果ではない。そこに至る、いろんな積み重ねの答え。

「だから、俺たちは両方できる可能性を探すことにしたんだ。竜を倒せば、キミたちの願いが叶う。竜掃使とか、そんな物騒な役割を果たさなくてもいい。みんな、もっとその人らしく生きていける。そして、俺たちが元の世界に戻り、時間が間に合えば、試合のひとつもできる。正しい気がするのは、そこなんだ」

 最後に締めたのは勝利だった。でも、どうしてもリサは補足がほしい。

「私たちといるより、野球がしたいとか、そんなんじゃないんだね。正しいことが、あるべき形がいいって、そんな意味なのかな?」

 勝利がメガネを曇らせて下を向いてしまう。だから、遼四郎が答える。

「なんか、無意識にこっちの方がいい、って方向がある。人が死んじゃいけないとか、豊かな方がいいとか、あるべきところにあれとか、そんなのは、俺たちの年齢でもわかってる。女王様にも似たようなこと言ったけど、俺たちの大事な人たちには、竜が襲ってこない世界を生きてほしいんだ」

 リサは遼四郎の言葉を聞いていた。でも、その顔はもう見なかった。

「竜をやっつけるところまでは、やってしまおう。それが、俺たちの結論だ。そこから先のことは、そのとき考えりゃいいんだよ。やっぱり、こっちがいいと思えば、帰って野球して、もう一回来るかもしれないぞ。今日の滝みたいなもんだよ」

 遼四郎が最後をバカっぽい声で言った。なんか、そんな気さえしてくる響きだった。山の向こう側に夕日が落ち、背中には青い夜が迫っている。かけがえのない時間を追うように、ただ、明るい方向だけを見たい。リサはそんな気持ちだった。


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