50話 女子とビーチでバーベキュー?
宿泊予定の邸宅に入った野球部たちは、何はともあれ、海パンチェックに走った。案内の人に教えられ、着替え用の部屋に向かう。それはあった。
「これかっ!」
宙がひったくるように手にする。広げてみた。半ズボンというか、トランクスというか、そんな形だ。ふんどしのような、覚悟を決めるものでもない。しかも、ちゃんとインナーもあって、化繊のような手触りではないものの、十分に男性用水着だ。
「なんか、ダレルさんがつくってくれる野球道具でも思うんだけど、この世界の職人の技術って、スゴイ」
「なんというか、肝心なところを、わかっている」
マヌケな会話を繰り返す野球部たちに、遅れてきたトマスが変な顔をする。
「男物の水着といえば、まあ、これに近い形になるだろう。ほかの形があるのか?」
そこで、宙が解説する。
「俺たちの世界ではな、紐と布を組み合わせたような、ふんどし、というものがあってな。こう、紐を腰に巻いて、前に布を持ってくることで、シンプルに股間を護るんだ。長らく、それで泳いでいたらしい」
「まあ、ここにもそういうものはある。でも、我々はどちらかというと、ズボンの文化なのだ。女性のスカートのようなものは、妙に落ち着かない。で、こんな形になったのだろう」
トマスが知識というよりは、自分の感覚で説明する。
「なるほど! いやあ、立派だぞ、この世界の人は。えらいぞトマス!」
宙はよくわからない感心をしながらも、すでに着替えをはじめる。
「だが、女性用の水着はわからん。この世界のデザイナーの力に賭けるしかない」
宙と秀樹が、かなりおかしい会話を続ける。トマスはあきれていたが、野球部たちは真剣だった。
さっそく、浜辺へ飛び出すが、女子たちはまだのようだった。そして、目の前には水。彼らは、適当に準備運動をするや、飛び込むように水に入る。
「お、ちょっと冷たいか。いや、でも水が澄んでて、気持ちいぞ」
普段から、土と汗にまみれている野球部だったが、こっちに来てからも似たような生活だった。澄んだ水が、なんとも心地いい。
すると、エリーたちが出てきた。
「みんなーっ。食事の用意するから、手伝ってー」
手招きして、みんなを呼ぶ。野球部たちの目が、女子たちに集中する。
「トマス、お前らの世界の水着デザイナーは、たぶん、天才だ!」
宙が小さく、強く叫ぶ。
「全員、ビキニって、夢なのか?」
「ビキニって、核実験やった場所の地名なんだけど、それ並みの破壊力、って意味らしいよ。案外、物騒な名前なんだよな」
勝利が変な知識を披露する。
「勝利よ、あの光景を見ながら、それ語って楽しいか?」
秀樹がとても正しいツッコミを入れた。
「すまない。まったく不要だった。忘れてくれ。そもそも、この世界にビキニなんて地名ないだろう」
「名前なんか、どうだっていいんだよ。あの形を採用してくれた人が、天才なんだ」
宙があらためて力説する。うなずく、勝利と秀樹。
呼ばれたので、ぞろぞろと浜に上がる野球部。そこにヨーコが言う。
「ここでね、いろいろ焼いて食べよう。おいしいし、楽しいぞ」
白地の布に花などが染められた水着に金色の髪が映える。宙がよろめくように言う。
「前世紀のマンガとかなら、鼻血を吹き出す描写になるな。倒れそうだ」
「よくわかんないこと言ってないで、はい、それ持って」
ヨーコの指図で、みんなで木陰にテーブルや椅子を設置し、炭の入った七輪のようなものも持ってくる。ハンナが、魚介や肉、野菜など食材の入った皿を運んでくる。さっそく、陸が手伝っている。ハンナの長い脚を、緑の水着が、いつも以上に長く見せている。
「勝利はこっち来て、これ運んでよ」
リサに呼ばれ、勝利はドリンクの類を運ぶ。なんというか、黒い水着が似合いすぎて、直視できない。
「女子の水着って、みんな、そんな上下に分かれたやつなんだ。なんで言うの?」
それでも、好奇心が言葉になる。
「特に名前はないかなあ。泳ぐ練習の時は、お腹まで覆う上下一体のを着ることも多いんだけどね。遊ぶときは、上下別のほうが解放感あるもんね」
解放感という言葉に、強烈な幸福が押し寄せてくる。しかも、これから、なんか焼き物をして食うようだ。
「これって、女子とビーチでバーベキュー、だよな」
「奇跡のようですが、そういうことですね」
横にいた省吾が勝利に答える。
「野球部でよかったよな……」
「本当に……、よかったです」
ふたりで仰いだ天。まだまだ太陽は高い。
みんなでテーブルを囲み、あれこれと焼き物を楽しむ。陸は麺を炒め、焼きそばをつくったりする。ガタガタ言わずに、サッと、やるところが陸のいいところだった。
浮き具もあった。ゴムなどの樹脂を利用して防水を施す概念は完成しているらしく、要するに浮き輪がある。
「やっぱり、この世界の職人さんの技術って、スゴイ」
正則が浮き輪で浮かびながら、遼四郎にそんなことを言う。
「そうなんだよな。機械工業的じゃないだけで、技術は高いよなあ」
「そう思ってもらえると、いいんだけどね。たまに、変な苦労させてるんじゃないかと、心配になっちゃう」
近くで浮き輪を使っているエリーが答える。深い青の水着が、とても似合っている。
「そんなことないっスよ。むしろ、快適なことが多い」
正則の言葉に、エリーが少し笑う。
「なんか、正則君って、落ち着いてきたよね。しっかりしてきた」
急な話の展開に、正則が驚いた。
「そうなんだよな。正則を筆頭に、みんなしっかりしてきたんだよ。陸も省吾も気遣いできるし、富夫なんか、俺の顔をうかがうことも減ったし」
「キャプテンいらなくなっちゃうね」
エリーが笑って言うと、正則が否定する。
「ダメっスよ。キャプテンがいるから、俺ら安心してるんですから」
遼四郎が、ぼんやり笑う。なんとも、水が心地いい。
浜辺では、ヨーコとハンナが中心になって、富夫とハーマンを砂に埋めていた。
「アンタたちって、デカいから、なかなか砂で覆えないわね」
富夫とハーマンは、温かい砂をかぶせられ、気持ちがいいのか、大きなあくびをしている。
髪と同じく、赤い水着のケイは、耕平と泳いでいた。ふたりとも、何をやっても器用なので、高いレベルで遊んでいる。
一也と勝利、リサたちは、テーブルで話し込んでいる。あまり泳ぎが得意ではないトマスも、なんとなく椅子に座り、その話に入っていた。
だからなんだ、という時間。特別なことは何もない。でも、若い彼らには、その時間がとても大切だった。以後ずっと、忘れることのない時間が、ゆっくりと過ぎていく。




