5話 野球の神様に愛されるようにがんばれ
全員が外野に集合した。もちろん、エリーもいる。
「ちょっと身体をほぐした方がいい。本当は軽くキャッチボールしたいんだが、実はそうもいかないわけがある。仕方ないから、各自でストレッチしておいてくれ」
「はいよ~」
緊張感なく、ナインたちは遼四郎の指示に返事した。これから何をするかは、遼四郎と耕平、宙、エリーしか知らない。
「宙、どうする?」
「ああ、やってみるよ。みんな、今日は石ころ投げてみるぞ」
そう言いながら、壁から適当な距離をとる。適当であっても、おおむね、18・44メートル。マウンドとホームの距離に近くなるのが、ピッチャーらしい。
「まずは、昨日と同じシャドー」
壁に向かって、軽くシャドーピッチングをする。やはり、指先から火が走る。昼間なので見えにくいが、それでも燃えている。
「じゃあ、次は石ころ投げてみるか」
手ごろな石を見つけていたのだろう。お尻のポケットからそれを取り出した宙は、先ほどと同じように、一度目を閉じ、火球を投げようという意志を高める。
フワッと上がった足が踏み出される。右腕がしなり、振られた。火の球が虚空をよぎる。ボンッ、という破裂音が響いた。焦げ付いた石壁。
「やっぱり、何か投げると、爆発するな。礫を打つ感じで榴弾を放つわけか……」
宙が自分の能力を吟味するように言った。
「もう一発。次はもう少し大きい石で、力も込める。危ないから、ちょっと、向こうでやるぞ」
宙の言葉に対し、遼四郎がうなずいた。みんな、声を出せずに、それを見守る。
ゴルフボールより少し大きい石を手に、30メートル以上ナインから離れた宙。また、足を上げた。踏み込む足に先ほど以上の力感があった。腕が空気を切り裂き、火球が吹っ飛んでいく。ドフンッ、という爆発音を発し、それは石壁にぶつかった。自身の力をまっすぐ見つめる宙。
「大砲だわ、これは」
ようやく、耕平が声を上げた。エリーがうなずく。遼四郎が少し前に出た。
「宙、だいたいわかったよな。とりあえず、それでOKか?」
「ああ、まあ、わかった。俺はこれでいい。たぶん、後は個人練習の域」
宙が手を上げて答えた。それを見て、遼四郎がナインの方に振り返る。
「宙が火球使いなのは、これで確定した。ただ、エリーが言うには、“トライビト”には、能力を持つ人間も多いらしい。この中には、ほかにも不思議な力を持ったヤツが混ざってるはずなんだ。そこで、全員で宙と同じことを試しておこうと思う。もちろん、何も出ないヤツもいるだろう。そうよな、エリー?」
エリーがうなずく。
「そんなわけで、とりあえず、俺がやってみるわ」
キャプテンらしく、率先してやってみることにした。いや、遼四郎には妙な自信があった。
「何か出るはず。それを俺がまず証明してやる」
湧き上がる変な自信を胸に、宙に代わって石壁と向き合う遼四郎。宙を真似て目を閉じる。エリーを助けたいという意志を高める。どこかに“いい格好したい”という気持ちも混じる。でも、本人は認識していない。
内野手らしく、軽く足を上げると、踏み込んでいく。一塁への送球をイメージした。腕を振る。最後の瞬間、ピッと空気を切るように手先が振れた。
「……」
「何も出てないっスね」
微妙な空気が漂う中、口を開いたのは正則。いつもの軽いノリに、全員が救われる。
だが、遼四郎は焦っていた。そんな、バカな。なぜ、俺に役割がないのか? 能力がないのか?
「すまん、待ってくれ。もう1回やる。石投げるっ!」
そう言って、小石を拾うと、もう、足を上げていた。さっきよりも大きいストライド。大きく腕をしならせ、“イッ!”と小さく声を吐いて腕を振る。かなりの強度。
だが、石ころは何もまとわずに石壁へ進み、カチッという軽い音を残して、地面に転がった。遼四郎はヒザを着いて崩れた。
「ぐわあ。なんで何も出んのじゃあ」
完全に個人の空間に閉じこもり、ひとりで落ち込む遼四郎。見ていられないと感じた耕平が、そこへ向かう。
「お前が言ってた通りだろ。出るヤツもいれば、出ないヤツもいる。今度は俺がやってみるから」
そう言うと、ヒザを着く遼四郎の隣で、軽くシャドーをした。何かが出た形跡はない。
「ほら、俺も出ないぞ、遼四郎。なんとなく、そんな気がしたんだよ」
言いながら耕平はもう石ころを投げていた。これも、カチンという音を残して、石壁に跳ねただけだった。
「はい、俺もなし確定。そんなもんだろ?」
何事もない感じで耕平は遼四郎のケツをはたいた。目に涙を浮かべた遼四郎が耕平の顔を見る。
「泣くな。バカかお前。俺らは野球部。それでやっていけばいいんだよ」
キツめの言葉を浴びせながら、耕平は遼四郎の手をとって立たせた。立ち直った遼四郎が、袖で目元を軽くぬぐって耕平と歩いて戻る。もう何度か見たが、耕平の気遣いに、エリーは心を打たれた。“本当の友達って、こういうものなのかな”そんなことも考える。
ナインの前に戻った遼四郎が言う。キャプテンらしい顔に戻りつつある。
「すまん。何もない自分を予測してなかった。情けない。なんかうぬぼれてた。何か出たら当たり、それくらいでいこう」
「じゃあ、次は宙と同じピッチャーで試してみようぜ。そういうわけで章吾がやれ」
相手がピッチャーのことになれば、キャッチャーの秀樹の意見が重視される。遼四郎が章吾を見た。
「いいですよ。キャプテンが出ないんだから、俺になんもなくても、ノープロブレムですからね」
利き手側の肩を回すようにしてほぐし、章吾が投球動作の位置へ向かう。
「たぶん、アイツ、なんか出るよ。予感がある。野球の神様は変人を愛する気がする」
いつも、章吾の性格に手を焼く秀樹が言う。遼四郎にも、その予感はあった。
「じゃあ、やりますね」
宙と同じく、目を閉じて気持ちをつくる章吾。それが終わると、みなに背を向ける形でセットポジションをとる。宙と違い、こいつは左投手。しかも、サイドスローだった。
右足が上がり、両腕が左右に割れる。身体の向こう側に隠れた腕が、横振りでピュッと出てきた。チカッと、指先から光が走った。
「なんか、出たぞ」
「電気じゃない? アレ」
「たしかになんか出ましたね。今度は石ころ投げてみますよ。なんとなくイメージがあります」
変人らしく、大きな感動もせずに章吾はもう一度セットした。足を上げる。また、腕がピュッと振られた。
青白くも、黄色くも見えた光が、指先から糸のように伸びた。石壁まで伸びると、ジジッ、という音を発して、花火のように光を四散させ、消えた。
「ハッハーッ!僕は電撃使いみたいですよ。ほら、手から稲妻が出る」
変な笑い声をあげ、章吾は手先からビリビリと稲妻を発する。何も投げてもいないし、ピッチングフォームもしていない。ただ、突っ立ったまま、手から虚空へ稲妻を走らせて遊びはじめる。
「宙さん、これ、そんなに気持ち高めなくても出せますよ。出ろと思えば出る。曲がれと思えば曲がるし、止めようと思えば、すぐ止まりますよ」
指先をビカビカさせて遊ぶ章吾に、宙が怒りの表情をする。あんな気軽に火球はコントロールできないのだ。
「予想通りだな。野球の神様は変人好きだ」
「俺、アイツが嫌いになりそうだ」
秀樹と勝利がうんざりした顔で言う。遼四郎はエリーを見た。その目が輝いていた。
「あれは使えるんだね、エリー?」
「スゴイ力だよ。ドキドキしてきたよ!」
エリーをここまで喜ばせる章吾を、遼四郎も嫌いになりそうだった。だが、思考をキャプテンモードに戻す。すると、太田一也が前に歩き出していた。
「ピッチャーの次に守備的な存在はショートだよね。だから、次は僕がやってみるよ」
イケメンが涼し気に話す。言っていることは正しいのだが、なぜか、猛烈にムカいたのは勝利だった。
「アイツは出ない。イケメンだけで十分だ。それ以上、恵まれる必要はない!」
メガネの奥の目を怒らせ、勝利はつぶやく。
「俺も出ない方に賭けるぞ。あの根拠ない自信は遼四郎のときと同じ雰囲気がある」
キャッチャーらしい分析屋ではある秀樹だが、最後はギャンブルに出るクセがある。だから、ここも賭ける。
涼し気に石壁に向かってセットする一也。中学時代はピッチャーだったので、様になっている。変なところで、また勝利がムカつく。
よどみないキレイなフォームで投球動作をする一也。腕が斜めに出てくるスリークォーター気味に、ヒュウッ、と振られた。だが、何も出ない。ガッツポーズする勝利と秀樹。
「ぎゃはは! やっぱり出ない! 一也はイケメンだけで十分」
プライドが傷つき、イケメンが急速に歪む。少し、身体が震えているようにも見える。あわてて小石を拾い、急いで投げる。やはり、出ない。
一也も遼四郎と同じく、くずおれた。イケメンという特別なポジションで生きてきた彼に、特別ではない状況は過酷だった。
「ど、どうして。僕になんもないの?」
一也の呻きに、勝利と秀樹の言葉が重なる。
「なんでもかんでも、お前に備わってたまるか!」
しかし、その後に続いた勝利と秀樹の手先からも、何が出ることもなかった。
「秀樹よ。一也にはイケメンが残ったが、俺たちには何もないな。見事にカスだ」
勝利がくずおれていた。秀樹もギャンブルに負けたようだ。次はバティスタ富夫の試行だった。半泣きの秀樹が、富夫を見て言う。
「こいつにはある気がする。ある雰囲気しかない! 野球の神様はバカ力と、伝説の力を富夫に与えるであろう!」
だが、秀樹の賭けはまた外れる。富夫の手先からは何も出ない。いや、強靭な肉体が生む異様な風圧は発生した。でも、それは、特別でもなんでもなく、転生したこの場における、超人となった富夫のポテンシャルでしかない。
「富夫は何もなくても、すでに超戦士なんだよ!」
ヤケクソのイケメンが苦しそうにわめく。「超戦士・富夫」というフレーズに、みなが納得した。富夫は何もなくても、もう竜の天敵クラスなのだ。
残ったのは料理司令官の中山陸と、軽薄なだけの原正則の2年生コンビだった。
「陸君、ダメ元でいいから、やってみて」
お気に入りになりつつある陸にエリーが声をかける。ほぼ、全員が陸に対してムッとしたが、食事の司令官であることを思い出し、こらえた。いや、逆らえない。
「じゃあ、やってみます」
エリーに促されて柔和な陸の顔と体躯が送球動作を行う。指先が振られた。だが、ほわーん、とした空気がよぎるだけ。緊張感はない。
「ハズレだ。ハズレ!」
怒れるメガネが声を荒げる。だが、数人が何かに気づいていた。その中のひとり、エリーが陸の方へ走る。遼四郎以下、数人が続く。
「陸君、次は石を投げてみて!」
エリーの驚くような声に、陸が応じる。だが、今度は石が飛んだだけ。ハズレ、という空気が漂う。しかし、エリーの反応だけは違う。なんと、陸に駆け寄って、その右手をつかんだのだ。さらに、その右手を自分の右太ももに添える。
「陸君、私の足に心を集中させて」
誰が見ても動揺している陸。今は食いものの問題ではない。陸にとって、相手は素直にひとつ年上の女子なのだ。遼四郎はあまりのうらやましさに、キャプテンモードを失速させ、ただの高校3年男子に戻る。
だが、陸が目を閉じて意識を集中すると、問題がそこではないことに気づく。明らかに陸の手先から淡い光のようなものが出ている。エリーの右太ももがそれに包まれる。
「あぁ……」
エリーの唇から小さく息がもれる。目を閉じ、恍惚とした彼女の表情に、ナインはなまめかしささえ感じ、うろたえる。数秒後、陸の手から光が消え、エリーの表情が戻る。
「やっぱり」
エリーの合点に、周囲はついていけない。口を開けてポカンとする。
「陸君はね、ヒーリング能力があるの。実は、昨日の戦闘で足を軽く痛めてたんだけど、治してもらっちゃった」
いつもの快活な表情に戻ったエリーの言葉に、ようやく、ナインたちが我に返っていく。
「ヒーリングって、HPを回復するアレ?」
「最強になったら、全員が全回復するという、魔族から見たら反則技の?」
「何言ってるのかわからないけど、陸君はケガや疲れを癒せるのよ。スゴイ力よ。食事つくるのも上手だし、究極の癒し系。神様みたい」
陸の右手を両手で握ってはしゃぐエリー。司令官から神へ昇進した男は、なすがままに立っている。巨大な敗北感がナインたちを覆う。
「野球の神様は、太めの大食いをことのほか愛されたようだ……」
秀樹が勝利の肩に手を置き、げんなりとした。この時点で、陸はチームの最重要人物となった。攻撃はバットを振り回せば、誰でもできる。だが、癒し、回復できるのは陸だけなのだ。しかも、陸は食事というキーも握っている。まさに神。
「じゃあ、次は正則君ね。やってみて」
敗北感に進行役を忘れている遼四郎に代わり、ごきげんのエリーが事を先へ進める。
「いっスよ。でも、僕は何もないんじゃないかなあ。野球もうまい方じゃないし」
たしかに、正則の野球技術は、この中で一番下だ。しかも、ズケズケとしゃべるメンタルはあるのに、野球ではビビりに変貌する。だから、微妙にうまくなれない。ナインの中にも、正則はないなあ、という、あきらめの感覚がある。
そんな正則が軽くフォームをつくって、腕を振った。何かが飛んで行った。ピチャッ、という小さな音が残った。
「なんか、出たぞ」
勝利がほかのナインを窺う。数人がうなずいた。遼四郎が声をかける。
「次は小石投げてくれ」
まさかの展開に少しうろたえる正則。こういうところで彼はビビる。硬くなる。
「正則、リラックス。練習以前。遊びだぞ、これは」
ビビッて、いつものように言葉が出ない正則は不安そうにうなずく。そして、小石を拾い、もう一度投げる。力みがそのままフォームに出た。力の加減もできてない。
指先から放たれた何かは、加速するにつれ巨大になった。石壁の高いところにバシャッという音が響き、水が垂れてきた。
「水だな、水」
ナインが口々に言葉にする。エリーはうれしさを顔に出す。すると、電撃男となった章吾が声をかける。
「正則、小石いらないかも。水が出ると思って腕を振れば出るんじゃない。後はその強弱かもよ」
「じゃあ正則、負荷が怖いから、レフトから内野バックする程度で水を投げてみてくれ」
遼四郎が正確な言葉で指示を出す。正則はうなずく。軽く助走をつけ、縦気味に腕を振った。バケツ一杯以上の水の塊が、すっ飛び、石壁に、バンッ、と大きな音を出して、はじけた。
「正則君、スゴイよ。水の力は大戦力になるよ!」
喜ぶエリーだが、そこにまだハートが立ち直ってない一也がからむ。
「でも、ただの水じゃん」
すると、不機嫌にイケメンへの敵愾心も重ねて、勝利がやり返す。
「ただの水でも、数キロの重量がぶっ飛んでくるんだよ。あんなもんをそのイケメンにくらったら、首の骨折れるぞ」
「まあ、そういうことだろうな。まさかの展開だけど、正則の力は、宙の火球に並ぶ打撃力だろうな」
耕平が話をまとめて、遼四郎がうなずいた。
「ハハ、俺、重要人物になっちゃったスね」
ようやく、正則から言葉が出た。いつもの軽薄さに戻っていた。




