49話 みんなで宿泊するんだ。あの夢の遊びを実現だ!
宿泊は女王やスモールウッド家、エイデン家からも別荘を使えと言われていた。だが、エリーとヨーコは断固拒否し、結論として、エリーの家の別邸を使うことにした。
「これでも、贅沢すぎる気がするけど、仕方ないわね」
「ごめんね。ウチの家が変な見栄を張ってるけど、おばあさまの家よりはマシよ」
エリーとヨーコはそんな話をしていた。でも、野球部たちは驚く。未経験の待遇だった。
「これさ、ひとりひとり、こんな巨大なベッドに寝るのか?」
「こっちは布団だけど、これ、殿とかが寝る場所だ」
「この食堂って、悪代官とかが宴会するような……」
宙と章吾が、ムチャクチャな話をはじめたので、富夫がふたりを叩いた。
「お前らさあ、彼女の家に行って、それ言う?」
以前、エリーの家に行ったときに、富夫とした会話を思い出し、遼四郎が笑う。宙と章吾が、何かに、生まれてはじめて気づく。
「ヨーコって、王族だよな」
「ハンナさんもリサさんも、貴族、みたいなもんですよね」
衝撃を受ける公立高校の3年と2年。富夫が大笑いする。
夕食はエリーの判断で、広間でお膳を並べる和式にした。洋式にすると、遼四郎たちが戸惑って、食べられなくなると思ったからだ。
おかげで、そんなに苦労せずにメシが食える。
「なんか、こんなに大事に扱われるのって、生まれてはじめてだわ」
耕平が偽らない気分を口にする。横にいたケイが少し気遣う。
「気にしなくていいの。耕平君、これもっと食べたら。私、そんなに食べられないし」
そう言って、自分の膳から、耕平に食べ物を移す。
同じような気分はハーマンにもある。ハーマンだけについていた、小さなお銚子で、富夫が酒を猪口に注いでやる。なくなると、ヨーコが持ってきた。
「ハーマン、遼四郎が言うように、アンタのおかげで私たちはあるの。気にせず食いなさい。飲みなさい。足りない分は、言いなさい」
「じゃあ、全部。もう一回」
富夫が自分とハーマンの膳を指さす。ニヤリと笑うヨーコ。
「そう来ると思ってたわ。期待に応える人たちね。大好きよ!」
ヨーコは、廊下へ向かう。すぐに給仕の人たちが膳を運んでくる。
横にいた正則と話していた遼四郎が、エリーを呼ぶ。やってくるエリー。でも、いつもと違い、すぐに言葉にできない。
「ほら、正則、お前が言え」
「嫌ですよ。それはキャプテンの役割です」
不思議に思ったエリーが聞く。
「何よ。遼四郎が言いなさい」
観念した遼四郎が腹をくくる。
「無理とは思うが、枕投げを許してくれないか?」
ポカンとするエリー。失笑する野球部。いや、爆笑に変わる。
「よく言った! 遼四郎。野球部が絶対に許されない夢の遊戯の名を!」
「学校でも、必ず禁止されるからな」
異様に盛り上がる野球部。女子たちが唖然とする。
「何それ? おもしろいの?」
リサが勝利に聞く。
「やったことないから、知らん。でも、楽しいらしい」
「なんで、禁止されるの?」
「枕が壊れるからだよ」
もう一度、ポカンとする女子。そして、大笑いする。
「もしかして、枕を投げ合うだけ?」
「そう。でも好きな女子とかいると、なんか一生の思い出になる説が、ある」
勝利は恥ずかしいが、言いきった。ここで退いたら、生涯の悔いだ。
「いいんじゃない。枕くらい壊れたら、縫えばいいし」
ヨーコが認めた。エリーも言う。
「別にそんなに大問題じゃない気がするけど」
すると、冷静なケイが入ってきた。
「いや、たぶん、大変なことになるよ。この人たちって、竜殺してるんだよ。枕なんか、ちり芥のように全滅よ」
「それでもいいよ。楽しいなら」
ヨーコが言う。
「それだけじゃダメ。ルールを決めましょう。枕壊して、部屋や布団汚したら、自分たちで掃除する。修理もする。それが野球部らしいよ」
ケイの意見に、遼四郎が答える。
「それ、守る。絶対にやる。だから、許して。お願い!」
小さなことなのに必死になる遼四郎を見て、ケイが笑う。
「キャプテンが言うんだから、いいんじゃない。じゃあ、OKということにしましょう」
野球部たちが、大きな拍手を送る。何がうれしいのか、まだ、女子たちにはサッパリわかっていない。
そして、就寝時間になる。結局、広間に布団を敷いて寝ることにした。軍隊生活も長いので、誰も文句はない。明かりが消えたと思った瞬間、それははじまる。
誰かが、思いきり枕をぶん投げた。それは女子たちが寝ている方向に飛び、ハンナを直撃する。
「誰よ、これ!」
ハンナが立ち上がる。闇に投げ返す。宙に命中する。
「やられた! ちくしょうっ」
投げ返す。ヨーコに当たった。
「当てたわね~。食らえ!」
ぶん投げた枕が、遼四郎にヒットした。
「ヨーコ、てめえ、いつもやさしくないぞ!」
このころには、誰かが明かりを灯していた。全員が見える。
「ふざけるな!」
枕を投げ合う。当たると、当てた相手をねらう。逃げる。追っかける。
ハーマンが最初に女子たちに袋叩きにされた。次は富夫も撃破される。案外人気のリサが、一也と勝利の挟撃に倒れた。ハンナも陸と章吾の同時攻撃に倒れる。トマスは、何かのついでに撃退された。ケイと耕平が真剣勝負の様相になる。不思議なフェイントからの一投に耕平が倒れる。そして、小器用に逃げていた遼四郎に、よみがえったリサとハンナが迫る。それでも、避ける。でも、避けた先にエリーとヨーコ、ケイの三銃士。まだ、逃げる。
「キャプテンやっつけた!」
ハンナが遼四郎に覆いかぶさって、勝どきをあげる。足をとっていたのはリサ。こっそり、勝利が遼四郎に足をかけている。
「しつこい、しつこいよ。攻撃が」
大笑いする遼四郎。みんなが、息を切らして笑う。
「楽しい! 楽しいぞ。枕投げ」
ヨーコが大きな声で言う。エリーが息を切らして笑ってる。ケイが、呼吸を整えながら言う。
「ほらあ、枕こんなに壊しちゃった。やっぱり、禁止だね!」
みんなが、メチャクチャに笑った。勝利がボソッと言う。
「楽しいって、こういうことだったんだ……」
翌日は山の下りもある。
「下りはちょっと難しいの。だから、御者は私たちやハーマンがやった方がいいわね」
エリーが野球部たちに言う。
「車軸についているブレーキを適度に使いながら、下るんだ。そうしないと、馬が荷車に押されて、暴走してしまうんだよ」
ハーマンが補足を説明する。トマスも言いたいことがある。
「ここの山道は、主要幹線路だからな。馬車の通行も可能なように、広くなだらかに整備してある。普通の山道では馬車は使えない」
彼らはごく当たり前のことを話しているだけだが、野球部には新鮮だった。
「なるほどな。人や物を運ぶのも苦労や工夫があるんだ」
「山をここまで整備するのって、大変だったろうね」
そんなことを言いながら、馬車に乗り込むメンバー。
「まあ、今回の旅程は、大きな道を使うのだから、君たちが道に困ることはない」
まるで、自分が道をつくったかのようにトマスが語る。
「この道は、たくさんの人々が仕事をした偉大な財産なんですね」
陸がお前だけの仕事ではない、と釘を刺すように言う。トマスは気づいたのか、どうか、わからない。
だんだら坂を下っていくと、木々の切れ間から青い湖が見えてくる。思った以上に広く、満々と水を湛えている。周囲には平地が開け、田畑が広がる。湖畔をめぐるように道が続き、その脇には、いくつもの建物が見える。
「うわあ、こりゃあ、キレイだ。いい景色だよ」
遼四郎がエリーに言う。
「よかった。水がとても澄んでいて、キレイなの」
北の山々から流れてきた水が、ここに一度たまり、さらに山を迂回しながら、城のある大地へ向かうという。この国を潤す、巨大な水がめでもある。
「今日は北側の湖畔でゆっくり過ごしましょう。いいところよ」
そう言って、馬車を進める。いつしか山を抜け、ブレーキを使うこともなくなる。湖畔沿いの道をのんびりと行く。
昼には、目的の場所につく。東南方向に湖を湛えた大きな邸宅。いや、もはや城だ。
「なんというか、琵琶湖畔に多数築かれた、名城のような趣だな」
宙の脳がまた戦国化する。章吾もうなずく。
「なんか、水堀から直接、湖に船が出せる構造ですね。水軍城のような趣だ」
「よくわかってるな。水は物資の大動脈なんだ。湖に面したこの地域は、荷卸しもたやすく、物流の拠点でもある」
章吾の見立てに、トマスが解説を加える。
だが、ほかの連中の目は、湖とその手前の砂浜に注がれていた。まだまだ、暑さの残る季節でもある。
「あの、あそこ泳げないスかね?」
正則の言葉に、みんながワクワクする。
「キャプテン、枕投げに続いて悪いですけど、エリーさんに聞いてくださいよ」
「また、俺っ?」
全員が遼四郎を睨む。お前しかいないだろう、という目だ。
でも、湖水浴の魅力にはかなわない。遼四郎はエリーの方に歩く。
「エリー、またお願いがある」
「何、また変な遊び?」
少し意地悪に、エリーが聞く。
「そ、その。あそこで泳ぎたい!」
そう言って、砂浜を指さした。エリーがまた、ポカンとする。
「そうよ。ここは湖水で泳ぐ場所よ。一応、みんなの分の水着も用意しているはずだから、中に入って、着れるか試してみて。みんなの世界の水着とは違うかもしれないけど、我慢してね」
「え、エリーたちも、水辺で泳いだりして遊ぶ文化あるの?」
遼四郎は驚いて聞いた。なんというか、昔の人は、そんなに泳いだりしなかったという話を、どこかで読んだ。
「なんか、私たちの世界を未開人の国と思ってない? 夏は泳ぐのがいちばんの楽しみよ」
軽くムッとしてエリーが言う。でも、遼四郎にヒットしたのは、そこではない。
「ええっ! エリーたちも泳ぐのっ?」
「泳ぐわよ。水着みんな持ってきてるよ」
猛烈にクラクラしてきた遼四郎。事態はこれ以上ない好展開で進んでいる。初回に先取点とって、エースが絶好調でも、現状には遠く及ばない。
「わ、わかった。じゃ、じゃあ、みんなに伝えてくるよ」
久しぶりにうろたえまくり、遼四郎は走って去る。いや、ちゃんと走れていない。
野球部たちが集まる中にぐちゃぐちゃに戻る。叫ぶ。
「元々、泳ぐ予定だって! 女子たちも、みんな、泳ぐんだって!」
野球部全員が、驚愕する。突然の幸運に、思考がおかしくなる。
「マジかっ?」
夢にまで見る状況に、拳を天に突き上げる勝利と章吾。
「女子とビーチ!」
甘美な響きに、宙や秀樹も、拳を上げて叫ぶ。
「女子とビーチ!」
そんな青春など、ないと思っていた。野球部だから、と言い訳していた。違う。本当は毎年、そうしたかったのだ。が、そこに正則が絶望的な声をあげる。
「ああっ! でも、海パンない」
みんなの表情が凍り付く。夢が崩れる。これ以上ない虚無感。
「いや、なんか俺らの水着もあるらしい。どんなのかはわからん」
遼四郎が、倒れそうになる野球部どもに慌てて言う。
「この際、ふんどしでも構わん。どんなに恥ずかしい格好でも、女子とビーチには、変えられん!」
宙が意味不明の熱血的セリフを吐く。野球部たち全員が壮絶な決意をする。竜と戦うよりも、熱く悲壮な表情だった。




