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48話 修学旅行? いや、なんだろう、コレ

 ハーマンにとって、旅というのは、軍旅のことだった。ただ、出かけて、見聞して、うまいもの食って帰るというような経験はない。それに、同行させてもらった。しかも、大好きな仲間と一緒なのだ。楽しみで仕方ない。

 ただ一点、猛烈に面倒で気に食わない。隣に座っているトマスだった。

 形の上では隊長と副官の関係だが、最近のハーマンは、そういう人間関係がつまらない。上下とか、どっちでもいい。

 だが、話が合わなすぎる。ハーマンの頭の中は、ほとんどが戦闘行為だった。最近は野球と友人が入るようになったが、それ以外は鳥の丸焼きくらいしか、入っていない。

 これに対し、トマスの脳内は書物と官僚組織と名門のプライドでできている。

 ついでに、両者とも人間関係の構築が、ガキ以下に下手だった。馬車の手綱を握るリサが、険悪な空気に、さすがに困ってくる。

 すると、その剣悪さの中心が口を開く。

「この馬車、なんで屋根さえついてないんですかね。日差しがまぶしくて仕方ない」

 すると、ハーマンがムッとして言う。

「戦闘用なんだから、仕方ないだろう。屋根なんかあったら、瞬間的に出られない」

 軍人の説明は、ただ、軍人だった。

「トマスは、日差しが嫌いなの?」

 ケンカになりそうなので、同乗していた勝利かつとしが声をかける。

「嫌いだね。日ごろは邸宅や城内にこもりきりだから、陽を浴びることもない。暑苦しくて、気分が悪いだけだ」

 勝利がカチンとくる。じゃあ、毎日、日差しの下で野球やってる自分たちが、アホみたいではないか。メガネがギラリと光る。

「あのさ、日光を浴びないと、ビタミンDという必須栄養素が不足して、骨が弱くなりがちなんだ。魚やキノコを食べて摂る方法もあるけど、ここ内陸だし、どうせ、キノコ食ってないでしょ。キミ、気をつけた方がいいよ」

 野球部の中では智者の部類に入る勝利が、一撃を与えた。聞いていたリサは、“ナイス、勝利!”と思ってしまう。でも、これではさらに険悪になるだけ。

「ふーん、キミの世界にはそんな迷信もあるのか。大丈夫だ。父や兄、親戚も同じような生活をしているが、至って元気だ」

「迷信ではない。これは科学だ。一族の御老体が、急に骨を折ったりしていないか? そういう症状になるから、若い間から健康的な生活をするのが大事なんだ」

「たしかに、老人らがよく骨を折るが、あれは年寄りだからだ。日光は関係ない」

「ある! じゃあ、試しに若いときから武官で過ごし、日差しの下にいることの多いスモールウッド家の年寄りと、お前の家の年寄りを比較しろ。サンプルは少ないが、それこそが学問だ」

 それでも、ひるむことなく、勝利に食って掛かるトマス。リサは険悪さを取り除くことをあきらめた。このまま、黙って聞いていることにした。ふたりのやりとりは、ケンカの形になってはいるが、なかなか知識の宝庫でもあったからだ。


 行程は、城の北側にある山道を進み、これを越えた場所にあるという森中湖という景勝地に向かうことだった。途中、山上や湖畔で宿泊し、3、4泊を予定している。山道に入る手前で休憩時間をとる。

「なんか、竜が来る南の山は荒れた禿山ばかりだけど、この先の山は、緑が豊かなんだな」

 遼四郎りょうしろうが気づいたことを口にする。

「そうね。この国の豊かな部分は、実は城の後ろのこの山々なの。そこを竜から守る位置にあるのが、実は私たちの城なのよ」

 エリーがかんたんな説明をする。すると、それでは足りないトマスが、口を開く。

「この国の形は、そんなに単純じゃない。最初はもっと南にも広がろうとしていたんだ。でも、南から竜が来る。400年前の竜との大戦の後、人が住む地は北へ後退し、その最前線に王が立つ形をとった。あなたたちの世界で、前線に立てず、大敗したことを悔いる王が、ここでは、それを成し遂げたのだ」

 トマスの熱心な言葉を聞いて、遼四郎がちょっと関心を持つ。

「その最初の王様って、なかなか立派な人だな。いいリーダーだと思うよ。で、俺たちは、これから、彼が守りたかった世界へ行くわけだ」

「そういうことだ。今日、宿泊するのは、この山の山頂近くだ。もし、城が破られそうなときに籠る、詰城つめじろの意味がある場所だ」

 ひろしと章吾の歴史マニアふたりが、強い興味を持つ。

「この王城にも詰城があったのか! おもしろい。トマス、今度は俺たちの馬車に乗れ。秀樹、代わっていいか?」

「別にいいよ。暑苦しいお前から逃げられるなら、最高だよ」

 宙の言葉に、秀樹が応じた。馬車内の険悪さに疲れていたリサが喜ぶ。

「ついでにリサさ、御者役やるよ。そろそろ、できそうだ」

 馬好きで、こっそり練習していた秀樹がそんなことを提案してくれる。案外、この人も気遣いがうまいのだ。リサは素直にうれしい。

「ありがとう。後ろで見てるから、やってみて」

 そう秀樹に笑う。軽く手を上げて、秀樹が馬車に向かう。陸とハンナは、しこたま買った団子を、ハーマンと富夫にあげている。おいしそうに、巨漢ふたりが食っていた。

「だんだん、馴染んでいくわよ。どうせ」

 ヨーコが遼四郎に言う。フワッと笑う遼四郎。

「ありがとうな。いい旅になりそうだ」

「じゃあ、私たちの馬車に来る?」

「後でな。トマスの面倒、頼むわ」

 ヨーコがうれしそうに笑う。

「まかせといてよ。少しは前進するよ」

 キレイな金髪に、遼四郎がもう一度笑う。目だけで通じる、もう、そんな間だった。


 ヨーコも御者はしなかった。秀樹同様に馬の扱いを学んでいた章吾が、代わってその座につく。

「馬、まだ上手に乗れないけど、御者くらいなら、たぶん、できますよ」

 そう言って、馬車が動き出す。トマスが移って、乗り込んできている。相変わらず、不愛想で機嫌が悪い。だが、空気を読まない男、宙がトマスに関係なく、ぶち込む。

「これから、詰城に向かうんだな! じゃあ、ここからは、攻城ルートを行くのか? 何人籠れるんだ? 規模は?」

「行政府全部を移し、その後方の盆地に市民を移して籠る役割だ。今でも、やろうと思えば、近いことはできる。城なんか、実は出丸でまるでしかない」

 トマスの説明はなかなか要領を得ていた。宙にはおもしろい。

「最前線に王城があるのって、不思議な構造です。南北逆だけど、北京に近いかもしれないですね」

 おもしろそうなので、章吾も話に入ってくる。ヨーコが口を開く。

「でもね、400年もあれば、城は意味を変える。経済活動も大きくなる。もう、失えないのよ。あの、最前線の要塞は。すでに、大都市なの」

 それでも、トマスは言う。

「たとえ、経済が止まっても、行政府が存続すれば国は保てる。それが国だ」

 彼の偽らざる心情なのだろう。でも、宙は違うと思う。

「俺たちの世界も、700年前くらいから、300年間、ずっと戦乱だったんだ。多くの人が行政府の権威と秩序を守ろうとした。でも、もう、実力を失っていた。そこに、時代を変える人物が出てくるんだ。そいつのバックボーンはなんだと思う?」

 宙は歴史の講義をはじめた。トマスも関係ない世界の話ではない。正解してやろうと考える。

「軍事力だろう。何かのタイミングで大きな軍事力を得る者はいる。それだ」

「半分当たってるが、根本は違う。そいつはな、交易を背景にした経済力で出てくるんだ。経済力があるから、装備も兵力もあり、軍は強い。権威に金も出せる。いずれ、権威も買う。織田信長っていうんだよ」

 トマスが目を開く。聞いたことがある名。現王朝を開いた“トライビト”の関係者だ。

「何をしたんだ。そのオダは?」

「ヤツの一族は、いい港を持っていた。他人が戦争する中、その交易で利益を得た。身分は中途半端だったが、経済力がある。次第に強くなり。権威ある地域に進出した」

「それで、どうなる」

「戦争も変わるんですよ。富夫さんや宙さんや耕平さんみたいな人が、異様な力で勝つ戦争じゃなく、集団で強い戦争になる。竜掃使りゅうそうし衛門府えもんふのみんなで勝つ。そんな戦ですね」

 章吾が細かい説明をする。トマスの脳内に、いろいろな思索が湧いてくる。こいつらとの会話は、案外におもしろい。でも、ヨーコが遮る。

「ま、そんなところよ。だから、私たちにはあの城が大事なの。もちろん、この国の生命線は、これから行く北の豊かな地域よ。でも、ごはん食べて、元気に走っていくのは、城内の人々。彼らが、この国を引っぱってるの」

 王族であるヨーコの目は、細かい話をどこかで拒否する色がある。宙はそれを見てとる。背中で聞く章吾も、同じような話で、エリーに拒絶された記憶がある。できるだけ、茫洋と話すべきな気がする。

「たぶん、俺たちが思う以上に、小さくても力ある経済力は、重要なんだと思う。トマスは、そんなことも考えるべきなんだよ」

 トマスは少しだけ、悪くない気がしてくる。異世界から来たバカだと思っていたガキどもが、意外な知恵をくれる。

 ヨーコは、宙と章吾が話を逸らしたことに気づいていた。

「なんか、案外、やさしいのよね。アンタたちって」

 まっすぐ見られた宙は、柄にもなく照れた。背中で聞いた章吾が、声をかける。

「ま、ヨーコさんは、俺がはじめてメシ食った女子ですからね。また、デートしてくださいよ」

「アンタは、ハンナかリサとデートしたいんでしょ」

「そっちを取り繕ってくれたら、最高です」

 ヨーコが笑って、章吾の肩を軽く叩く。振り返った章吾も笑っていた。


 陽が傾きはじめたころ。彼らは城から最初の山頂に近い、詰城地域に至る。斜面を削り、広場を設け、あちこちに邸宅と石レンガのやぐらが建てられている。

「普段は使わない場所だけど、常に維持管理する人は置かれているの。女王や高官たちの、手軽な別荘的な意味もある。今日は、そこに甘えましょう」

 ヨーコは、かんたんに説明する。

「今日はごはんつくる心配しなくていいからね!」

 ハンナが陸にそんな話をしている。

 山の上だけど、南が開けていた。陽が西に大きく傾いている。

「なあ、ヨーコ。あの櫓に上ったら、お城、見えないかな?」

 遼四郎が聞く。

「たしか、よく見えるよ。南が一望できるはず」

「行こうよ」

 そう言って、遼四郎はヨーコの手を握った。今までない展開に、ドキドキするヨーコ。

「走ろう! いや、飛んじゃえ」

 そう言って、風を蹴る。高く飛ぶ。手は握ったまま、駆け上がる。櫓の向こうに、広い大地が見えた。もっと風を蹴る。城が見える。駆け下りるように、着地する。

「今度は足で駆けよう。櫓の上まで!」

 ヨーコの手を引いて、走る。詰城の南、最重要の物見櫓。5階まで駆け、屋上に飛び出す。眼下にいつもの城。その先に広大すぎる大地。右に竜掃使駐屯地があり、少し先の左に、小さな点のように征竜隊の駐屯地が見える。思い出いっぱいの場所。

 息を切らしたまま、思いきり言う遼四郎。

「ここは、ヨーコと来たかった!」

 うれしくなるヨーコ。手は握ったままだった。夕日に照らされた遼四郎が横にいる。ほかは誰もいない。

 両手を握って、向き合うようにヨーコが立つ。精一杯背伸びをして、とても背が高くなった人にキスをした。

 この瞬間が、自分の全部でいい、そう思う。

 目を開くと、遼四郎がまっすぐ見ている。ずっと前に見た、ボールを投げていた少年のままだった。髪が伸びて、風にそよいでいた。でも、同じ目で自分を見ている。

 振り向くと、みんながこっちに向かって飛んでいた。ふたりだけの夢の時間は、もう、おしまい。でも、十分だった。

「来てよかったね。旅行」

「そう思うよ。ありがとう」


 征竜隊は、どうということなしに、櫓の上に上ってきた。だが、トマスだけが蒼白になっている。残念ながら、彼だけは風の術を身につけていない。仕方ないから、富夫とハーマンがふたりがかりで、がんじがらめにして飛んだ。見たことがない景色に恐怖したトマス。

 もう、夕日が西の山に落ちそうになっている。茜色に染まった広大な大地に、山々と城や駐屯地が黒く影になる。

 雄大すぎる景色に、誰も何も言わない。

 もう少し暗くなる。すると、城に赤い点が見えてくる。竜掃使駐屯地さえ、闇に溶けずに少しだけ赤い。

「トマスさ、あれが人の生きる光じゃないか? あれを守るのって、悪くない役割じゃないか?」

 遼四郎が、仲の悪い相手に声をかけた。

「ああ、キレイだな。消えたら、たぶん、悲しいだろうな」

 嫌いな相手の言葉に、遼四郎は心が動いた。それで、もう、十分だった。



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