47話 口先ではなく、手を動かしてみよう
ジャスティンの葬儀が終わって、その翌日、輜重隊と一緒にジュリアン、グレッグ、ハーマンが帰ってきた。
「おかげさまで、滞りなく、終われたよ。正則、グラブとボール、ちゃんとジャスティンに届けておいたよ。ありがとう」
最初に、ジュリアンはそう言った。正則は安心したように少し笑う。征竜隊全員が、どこかホッとする。
ただ、ハーマンの後ろに、知らない若い男がいる。背の高い、青白い顔の青年だった。
「ああ、そうだな。ホラ、あいさつしろよ」
ハーマンが後ろの青年を促す。仕方ない感じで、前に出てくる。
「新竜掃使副官に任じられた、トマス・エイデンです。以後、本駐屯地勤務となります。よろしく、お願いいたします」
身内のものでなく、正式に近いあいさつをされた。仕方なく、遼四郎は前に出る。
「征竜隊長、東遼四郎、だ。以後、よろしく」
形通りにあいさつする。そして、聞く。
「えっと、エイデンということは、宰相の……」
「ジョージ・エイデン宰相は私の父ですが、気にしないでいただきたい。急にこちらへ配属され、困惑以上に迷惑している」
青年は不遜だった。彼以上に困惑する征竜隊の中、ズカズカと前に出たのはヨーコ。
「トマス、相変わらず辛気臭いし、ムカつくわね。ここは竜と戦う最前線よ。アンタの気分でイライラさせられたら、たまらないからね。仕事して、とっとと慣れなさい!」
だが、トマスはそんなもんでは引かない。
「ヨーコ。キミは平の征竜隊員で、僕は仮であっても竜掃使副官だ。生意気な口はきくな。ここは軍隊だ」
ハーマンが如実に面倒くさい顔をする。ジュリアンやグレッグが、何か言おうとするが、遼四郎が目を合わせて、軽く手を上げる。
「ええっと、トマスって呼んでいいのかな? まあ、おいおい決まるかな。あんまり、そういうのは気にしないでいいよ。呼び方なんか、階級よりも人間関係で決まるんだ。ちなみに、ヨーコはここの中では、俺より発言権がある。そんなもんだよ」
「そんなので秩序が保てるわけないでしょう。王宮を守る軍が、それでいいわけない」
征竜隊がカチンときた。でも、それ以上に怒ったの遼四郎だった。
「そんなので、俺らとジャスティンたちは、竜を200匹もぶっ殺したんだ。必要なのは秩序じゃない」
「じゃあ、なんだ?」
「そんな答えがあると思ってんのか? あるかっ! あったのは、ジャスティンは俺たちを助けたい、俺たちはジャスティンを助けたい、それだけの思いだ」
「それで、竜掃使長を殺して、お前は今度、征竜将軍になるのか! うまくやったな」
これまで、いろいろと腹が立った遼四郎だった。それでも、けっこう、ガマンした。みんなのためと思って、やってきた。でも、ブチ切れた。
一瞬で、全員が動いていた。富夫が遼四郎の鞘を持つ左手を止めた。右手のヒジにはハンナの左手がかかっている。トマスの前に、むき身でハーマンが立っている。ジュリアンとグレッグは鞘ごと抜いた剣で、遼四郎の一撃を止めようとした。耕平は、すでにトマスの頭上に飛んでいた。止まったのを見て、着地する。
「トマス、俺を悪く言ってもいい。でも、ジャスティンにその気持ちを向けるな。言葉にするな。これはお前が好きな命令だ。以後、永遠にだ!」
そのまま、遼四郎は振り返って、立ち去る。最後に声をかける。
「耕平、みんなと相談して、手を考えてくれ!」
耕平は、ニッと笑う。変なヤツを仲間に入れるのも、野球部だ。このチームには、章吾を仲間にした実績がある。まあ、大丈夫だ。
グレッグが、グラウンドを見下ろす土の斜面にいた、遼四郎のもとにやってくる。
「悪かったな。名門出身の気分の悪さを味合わせてしまった」
遼四郎は、ようやく、この兄弟がわかってきた。ジュリアンは知性をメインに、グレッグは大きな身体を使い、武勇を誇って、兵に対してきたみたいだ。どちらも、頭も武勇もある。でも、棲み分けすれば、そんなイメージなのだ。
「いいんですよ。ジャスティンもそんなところがあった。でも、打ち解ければ、いい友達になれた」
「うれしかったよ。お前がジャスティンのことで、怒ってくれたこと。俺、お前みたいな友達がいいな。俺が死んでも、俺を守ってくれる。安心して死ねる」
「ダメですよ。アンタみたいに素質のある人は、生き残ってもらわないと。それで、俺の大事な人たちを守ってもらうんです。ジャスティン、もういないから、アンタとあのキレイな兄さんでやってください」
「ジャスティンはできたかな?」
「できますよ。いたら、もうトマスを殴ってる」
グレッグは、遼四郎の髪が悲しそうに揺れるのを見た。ジャスティンが殴ったら、収めるのは彼なのだろう。そっちの方が、もっと面倒なのに、それができないさみしさを感じている。
「お前さ、人がよすぎるよ。さっき、切らせた方がよかったかな」
「どうせ、みんなが止めてくれると思って、やったんですよ」
風が吹きあがってくる。グレッグには、少し気持ちがいい。
さっそく、トマスは野球に目をつける。ハーマンは面倒くさすぎて、兵士たちにまかせようと思った。
「新竜掃使副官のトマス・エイデンです。あなたたちは、何をしてるんですか?」
明らかに面倒なのが来た。ただ、衛門府の兵らは、名門出身者も多い。その序列的に気が引ける。でも、竜掃使は、気にしない。名門は基本的にいない。
「野球という、身体をきたえる競技をやっています。私たちは、これで秩序を知り、知力を磨き、身体をきたえ、来るであろう戦に備えているのです」
鳥をさばく英雄、イーデンが胸を張って応じた。野球でも、優秀な内野手に成長しつつある。
「どう言い訳しても、遊んでるんですよね。普通に訓練すれば、いいんじゃないですか」
トマスの言葉に、反応したのはイーデンだけじゃなかった。全竜掃使がニヤリと笑う。
「それやって、クソ弱くて、征竜隊長殺しかけたのが、俺たちなんですよ」
「その後ね、征竜隊にメシ食わせてもらって、俺たち、ちょっと変わったんです。この前はね、その仲間の征竜隊と一緒に、竜200匹も殺してやりました」
「征竜隊と野球やって、俺ら、守りたいものばかりなんですよ。今、この世界で一番強い軍隊が、俺たちです。野球やれば、もっと強くなれますよ」
トマスには、彼らの話すことがわからない。だが、征竜隊が圧倒的な支持を得ていることはわかった。
「でも、勤務時間に別のことをしているのだから、給金は……」
そこで、ハーマンが止めた。
「そういうことは、新竜掃使長の俺に言え。兵隊に言うな。士気に響く」
竜掃使たちは、ハーマンの復活を喜んだ。そして、その後に現れた人物を見て勝ちを確信する。
「トマスさん。征竜隊の陸とハンナです。夕食の段取りをします。説明するので、ついてきてください」
トマスの前に、太めの若い男と、長身の女。男は気にならないが、女の殺気が強い。さっき、遼四郎を実質止めてくれた女だった。
「じゃあ、案内しろ!」
トマスが言った瞬間、ハンナが槍を振るった。目の前で止めてやる。
「陸、あれ言って」
ずっと腹が立っていた陸。ジャスティンを蔑まれたとき、遼四郎よりも先に動いたのは陸だった。秀樹や勝利らに止められたのだ。目の前で、失った友に、陸が鬼に変わる。
「お前がどこの誰の倅かなんぞ、俺は知らん! 兵は1200。これから、腹を満たす! 肉を切れ、薪を割れ、一緒にやれ。計算は後でやれっ」
竜掃使だけでなく、数日前にやられた衛門府の兵たちも心の中で大笑いする。
「竜掃使副長、この駐屯地でのやり方を理解してもらう。報告したければ、勝手にしろ。私たちは、200の竜を討った勇者だ。この世界で一番強い。行くところなど、どこにでもある!」
ハンナが長槍を握り直して、そう締めた。華麗な武技に、兵たちが大喜びする。
厨房に入った陸は、ニヤニヤと笑っていた。トマスを逃がさない。
「今日は、焼き鳥にしようと思ってたんですよ。朝から、鳥も獲ってきてもらいました。でも、それだけじゃ、まったく足りない。豚の串焼きも半分以上にします」
トマスはだから、どうしたという顔をする。
「焼き鳥って、ひとり何本食えば、そこそこ満足しますかね?」
「そりゃあ、10本くらいだろう」
「じゃあ、1200人を満足させるには?」
「1万2千本だな」
「では、1本に肉いくつあれば満足ですか?」
「4か、5だな」
「何個、肉片必要ですか?」
「ろ、6万だ……」
「やってください。串の1万2千はあります。肉片の6万もこれから、切ります。あなたは、それを串に打ってください」
トマスの頭が混乱する。そういうのは、誰かがやってくれるものだ。そこで、陸のモードが変わる。言葉も鬼モードだ。
「あのなあ、ほっといても誰もやらず、何も動かないんだよ。でも、誰かがやってくれて、世の中が回ってる。お前の計算の結果は、誰かがケツを拭いてるんだ。今日は誰でもない、お前がやれ。逃げたらハンナが追う。追い詰めたお前の頭を俺が砕く」
そう言って、陸は豚の頭を半分にした。横で、イーデンが鳥をさばきはじめる。トマスが見たことのない、鬼がふたりいる。それまで、野球の後片付けをしていた兵たちも、次々に合流してくる。肉の塊を肉片に、変えていく。
恐怖を感じたトマスは、肉を串に刺していく。でも、案外に難しい。慣れた兵たちは、トマスにコツを教える。指先を串で刺すことも減ってくる。
陸とイーデンが率いた肉切り部隊は、6万の肉片を切り終えた。そのまま、串打ちに移行する。猛烈な勢いで串になっていく。終わった。いや、終わっていない。
「焼きの部隊に運べ。それから、串10本で足りるわけない。この骨や半端肉を鍋で煮て、雑炊もつくれ」
トマスの前を暴風が吹いていった。どれだけ時間を使ったのかも、よくわかっていない。
もう、日が暮れていた。兵の中には、風呂に入った者も多い。サッパリして、夜空の下にいる。鬼のように働いた陸とイーデンが、兵の前に立っている。みんなが、拍手を送る。
「大好きだったジャスティンさんの葬儀が終わりました。だから、今日は焼き鳥です。竜掃使は丸焼きばかりしてたけど、ジャスティンさん、これがおいしいと言ってました。でも、それだけじゃ足りないと思うので、鳥出汁の雑炊もあります。では、ジャスティン征竜隊長に感謝して!」
「いっただっきまーす!」
そう言って、全員が食いはじめる。大きな喜びの声。
「じゃあ、僕らは風呂でも入りましょう。大丈夫、僕たちの分は残してあります。いちばん、おいしい焼き方で食べましょう」
陸はイーデンを従えて、そんなことをトマスに言う。
「あ、ああ。そうしてくれ……」
ツッパリきろうと思ったが、今日は、ムリがあった。従った方が楽で幸福だと計算した。それほど、トマスは疲れていた。もう、今日は休戦でいい。
「なんか、陸がやってくれたみたいだな」
遼四郎は誰とはなしに、焼き鳥をかじりながら言う。
「それでヨーコさ、トマスって、よく知ってんの?」
「宰相の次男だからね。歳は私たちよりふたつ上くらいかな。将来、宰相になるために育てられてる、頭がよさそうに見えるだけのボンボンよ」
相変わらず、ヨーコの口は悪い。
「年上か。でもいいや、余計な上下は面倒になる。当面、ぞんざいに行くよ。しかし、ジャスティンたちを見ても思ったけど、名門ってのは大変だな」
「俺たち公立高校のクソガキとは、苦労の質が違う」
宙がそんなことを言う。みんなうなずく。
「ジャスティンさんもそうだったけど、なんか、振りかざしてないと身が持たないんでしょうね」
正則が、しんみりと続けた。そこで、エリーが話を変える。
「ところでさ、みんなで旅行しない? 南へ出征するまでは時間があるし、今はジュリアンやグレッグがいてくれるみたいだし。4日ほどの行程で」
「そうそう。昨日、そんな話をしてたんだ」
遼四郎も応じる。
「悪くないかもね。ずっと、こっちに来てからは軍隊生活みたいだし。僕たちにも、息抜きはあっていいよ」
一也が正直なことを言う。たしかに、彼の場合は血なまぐさいことが似合わない。髪を伸ばしてからは、野球をやっても、爽やかすぎて浮き気味だ。
「賛成、賛成! 絶対楽しいよ」
ハンナが早速、浮かれてる。
「私がエリーと一緒に企画進めるね。まあ、たいしたとこには、行けないけど、みんなで行くことに価値があるのよ」
ヨーコが言う。彼女がいれば、計画進行は安心できるが、規模が巨大化する恐れがある。
「大丈夫か? 屋台引いて旅行とかにならんか?」
宙が心配を言葉にする。
「それ、いいアイデアね」
ヨーコが真顔で応じた。みなが混乱する。でも、すぐにヨーコは笑う。
「ウソよ。ややこしいことは全部取っ払って、ただ、遊びに行くの。それが必要なの」
いつになく、やさしく笑うヨーコには、不思議なキレイさがあった。宙が驚いて、息を呑んでしまう。
遼四郎が、しょんぼりしてるハーマンに気づいて、声をかける。
「ハーマン、お前も一緒に来るんだ」
メチャクチャにうれしそうな顔になるハーマン。だが、遼四郎が言葉を続ける。
「ただし、あの副官も連れて来いよ。どうせアイツも、気楽な旅とは無縁だろう。ちょうどいいよ」
わかりやすくげんなりしたハーマンに、みんなが笑った。




