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45話 ヘタクソで、恥ずかしくても、やってみよう

 翌朝、遼四郎りょうしろうは極めてこっ恥ずかしい気分で、起きだしてくる。最後は、酔ったハーマンの話を延々と聞いていたので、酔ってはいないが、よくおぼえていない。

「おっはよー! キャプテンッ。今日、戻る前にみんなで買い物しとこうよ」

 朝からいつも以上の元気で、声をかけてきたのはハンナだった。彼女は昨夜以降、目の前にいる遼四郎に、これまで以上の親近感を感じるようになっていた。

 これまで、ハンナにとっての遼四郎は、いろいろ背負って、それを一生懸命やるリーダーだった。征竜隊全体を指揮し、竜掃使りゅうそうし衛門府えもんふの兵を含めても、指揮官のような役割を担っていた。でも、少し印象が変わった。実際は、担っているように演じているだけの、自分と同じ、同年代の普通の青年だった。

 単に、大きな声を出したり、大人のようにしゃべったり、そんなことに長けているだけ。もちろん、やさしく、誠実で、勇敢でもある。でも、それはほかのみんなにもある。少しだけ違うのは、それを集団の中で発揮できるかの部分。

 だから、いっぱい背負わされてしまう。だから、感極まると、指で突いたくらいで、崩れてしまう。

「キャプテンは買い食いでもしてたらいいよ。必要なものは、私たちで見繕っておくから、大丈夫!」

 後ろから来たリサが、ハンナの言葉を補足する。

「ああ、助かるよ。昨日、食い損ねたものが、いろいろあるから」

 そんな軽口で遼四郎は応じる。恥ずかしい気分が、なんとなく消えていた。ありがたいな、と感じる。


 朝食を済ませると、野球部たちはダレルらがつくってきたバットを吟味しはじめる。なんといっても、木製バットだ。いつもは金属バットを使う彼らだが、相手も使うから自分たちも使う、という思考がある。

「やっぱ、木のバットって、いいよな。プロみたいな気分」

 秀樹がそういいながら、プロの強打者のフォームを真似て、振ってみる。ついでに、ホームランを打って、見上げる独特のポーズも真似る。オッサン臭さが似すぎている。

「お前って、ホントにオッサン系のマネがうまいよな」

 ひろしがズバリと、女房役に突っ込む。何人かが笑う。

「いいんだよ。オッサン臭さも打席では心理的優位になるかもしれない。うん、悪くないんじゃない? このバット」

 秀樹の評価に、もう1本を振っていた一也も応じる。

「僕たちのスイングが金属バット向きになってるかもしれないから、かんたんには言えないけど、ヘッドが遅れてくる感じがあればいいはずだよね」

「遼四郎とか、富夫が振ってみるといいかもな。あいつらは木製でも行けるって、言う人多いし」

 宙が話していると、その遼四郎がやってくる。

「お、ちょうどいい、遼四郎、これ振れ。木製のよさがあるかどうか見たい」

 昨日、いろいろあったが、野球部は野球部なりにキャプテンを気遣おうと思っている。ただ、野球選手は総じてバットの話が好きだ。そっちの関心が今は上。

「おう。楽しみだ。振ってみたい」

 そう言って遼四郎はバットを受けとる。握って、上下左右に動かしてみて、みんなから少し離れて構えてみる。グリップもしっくりくる。ヘッドの重さも心地いい。

 テイクバックして、少し力を込めて、振りぬく。ブンッ、という空気を切る音。

「お、いい音なったな。それっぽい!」

「じゃあ、軽くティーやってみようぜ」

 宙と秀樹が、そんなことを言って、離れていく。残った一也が、遼四郎に声をかける。

「そうそう、戻ったら、みんなで、飛んでみようよ」

 一也は意識してなかったが、いろんな意味にとれる言葉だった。だから、遼四郎は自分が聞こえた意味で返す。

「そうだな、みんなが、いいな」


 午後になって、征竜隊は駐屯地に戻る。ジュリアンは王宮での会議などがあり、城に残った。ハーマンも翌日のジャスティンの葬儀に出る予定があった。

 兵たちは広い駐屯地を使い、1面で試合をし、反対側ではキャッチボールや素振りをしていた。竜掃使や衛門府の兵が戻ってきた彼らに手を振る。

「ちゃんと、やることやってから、野球してるぞ」

 グレッグが大きな声で征竜隊に声をかける。彼も夕方には城に戻り、葬儀に備える予定だ。

「わかってるよ。試合終わってからでいいから、みんなで試したいことがある。それだけ、つき合ってくれ」

 遼四郎は返した。グレッグと兵たちが手を上げて、応じた。遼四郎が続けて、征竜隊に何か話そうとしたが、ヨーコが出てきて、遮った。

「当面、ここで生活することになりそうだから、ちょっと、環境整えておこう、と遼四郎は言おうとしたわね~」

 その通りだったから、遼四郎は笑う。

「まあ、そういうこと。じゃあ、その辺はヨーコにまかせていい? 俺はのんびりするよ」

「まかせなさい!」

 ヨーコは元気だった。ほかの連中も、勝手に動くようになっていた。そうなると、指揮官なんか、することがないもの。なんとなく、遼四郎はあくびをした。


 兵たちがやっていた野球の試合は、上手なところなど、まったくない代物だった。でも、彼らは、その中でなんとかひとつの試合をつくりあげようと、一生懸命だった。それでも、打てると、楽しい。捕れると、うれしい。

 5回のイニングが終わると、両チームが長い列をつくって、礼をした。竜掃使や衛門府もなく、試合が成り立つように工夫されたチーム編成だった。たいしたものだ、と野球部たちは思う。野球がしたくて、しょうがないから、真摯に礼儀正しく向き合っている。本来、これが野球なんだろう。

 みんなでグラウンドを整備しながら、声をかけてくる。

「ルールでわからないところがいくつもあります。後で、教えてください」

 そんな声をかけていく。一也が手を上げて笑うと、聞いてきた女性兵だけでなく、男の兵隊も妙に照れる。ちょっと、爽やかすぎたようだ。

 こうして、一時、野球のグラウンドだった場所は、訓練場に戻る。ここでも、遼四郎ではなく、耕平が兵たちに話す役割をする。

「昨日、征竜隊の中で、風を操り飛ぶ術を自分と征竜隊長で披露した。みんなで試してみたところ、なぜか、全員ができた。俺たち“トライビト”だけでなく、エリー征竜隊副官やハーマン竜掃使副官、さらに、ジュリアン左衛門長までも飛べた。もしかしたら、誰でも、できるんじゃないか、と思うようになった」

 耕平が一度言葉を切ると、兵たちがざわつく。まあ、ムリもない。話の意味が理解できるのを待った。

「で、まあ、みんなにもやってもらおうと思ってる。まずは、俺とエリー副官でやってみる。“トライビト”だけの能力じゃないこともわかってもらえると思う」

 そう言って、耕平はエリーを呼んだ。さっき、ふたりで打ち合わせていたのは、このためだったのかと、遼四郎は思う。耕平の人選は正しい。エリーは戦闘中に飛び上がることがよくあった。飛んで竜を上から突き抜くのが特徴的なのだ。跳躍力と空間でのバランス能力が高い。

「飛ぶことよりも、降りることの方が大事なんだ。そうじゃないと、大ケガをする」

 そう言って、耕平とエリーは兵らの前で、軽く駆ける。訓練場に風が出る。ふたりは空を蹴って、飛んだ。さらに、空を蹴って、地面に着地する。空中で優雅な3段飛びをやったような形だった。

「す、すげえ」

 先の大戦で飛びまくっている遼四郎と耕平を見たのは、一部の竜掃使だった。話には聞いていたが、目の前にすると、異様な力なのだ。

「なんというか、風を使って、空中に足場をつくる感じなんだ。高く飛ぶと危険だから、最初は自力で飛んで、階段を駆け下りるくらいのイメージがいいと思う。俺やエリーみたいに、そういうことが比較的特異なヤツもいるだろうけど、今は非常時じゃない。あせらず、安全にやってほしい。あと、みんなで一度にやると、どんな風が吹くかもわからない。少人数ごとに、やりたい」

 兵たちが大きくうなずく。すると、エリーが遼四郎を見て、微笑んで聞く。

「で、征竜隊長。大事なコツを教えてあげて!」

 耕平とエリーのシナリオは理解した。遼四郎は一歩前に出て、大きな声で言う。

「向かい風をっ、蹴っ飛ばすんだ!」

 兵たちに不思議な空気が流れる。激戦疲れで、バカになってしまったのか、とも思う。ヨーコが前に出て喚く。

「アンタら、バカじゃないかと思ってるでしょ。でも、バカみたいだけど、何かの真理に命中しているのよ。この言葉聞いたら、私たちは、なんかわかんないけど、飛べたのよ!」

 謎の言葉に、謎の魔力が秘められているのかもしれない。兵たちは真剣になった。

「で、正則。大事なまじないをかけてやれ」

 正則は前に出た。

「みんなバカバカしくて恥ずかしいと思ってるだろう。でも、それじゃあ、なんもうまくなれない。野球も一緒。そういうときは、最初からめっちゃ恥ずかしくやればいい。心のリズムに乗れば、恥ずかしいことなんか感じない」

 そう言って、姿勢をつくり、両手を広げて天に叫ぶ。

「風よ~。光よ~。俺に力を!」

 謎の呪文に合わせて、正則に向かって風が動く。駆けて、正則は風を蹴っ飛ばして、飛ぶ。さらに数歩風を踏み、地面に降りる。兵たちを振り返る。

「な、飛んじゃえば、恥ずかしいもへったくれもない!」

 リサが笑いながら、ハンナに言う。

「なんというか、いつも感心するんだけど、この人たちって、人にものを教えるのが上手だよね」

「それ、私も思ったことあるの。野球のときに。で、陸に聞いてみたらね。“みんなヘタクソなのに、一生懸命上手になろうと考えたり、試したりしたから、教えることがいっぱいできた”って。ヘタクソって、いいことあるんだね」

「私もね、人間関係がヘタクソなんだけど。みんなにいろいろ教えてもらってる。だんだん、上手にできるようになってきた。いい先生になれるかも」

「征竜隊、やめられないね」

「やめたら、大損だよね」

 ふたりで笑った。はじめて会ったとき、みんな坊主だった人たちが、今は髪を伸ばして、走って、飛んで、笑ってる。彼らのことが大好きだった。


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