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44話 本当は、キミを奪って、遠くへ逃げたい

 こっそり、裏口から入ってきたのは、ヒゲのジジイふたりと、おばあさん、それに若い男の4人組だった。いちばん脇のテーブルに座る。征竜隊は気づいていない。

「なんだが、とても、いい香りがしますね。出汁ですね」

 おばあさんが声をかける。

「でも、うどん食っちゃったら、帰るしかなくなるので、お酒と天ぷらでも頼みましょう」

 極めて小声で若い男が言う。ヒゲジジイふたりがうなずく。

 大将が胡散臭い客だと思って、自分で注文を取りに来る。そして、驚く。

「シッ!」

 若い男が、大将に指を立てて、ジェスチャーする。

「お忍びなんだ。遼四郎りょうしろうたちを見ておきたいって、その……」

 大将がニヤリと笑った。

「いいですよ。俺たちの英雄が、本当に気持ちがいいだけの、かわいい小僧たちだって、よく見てやってください。お代はいいです。あなたの弟さんには、大きな借りがある。その中に入れておきます」

「そ、そんなわけには……」

 ジュリアンは、さすがに悪いと思った。

「2番目の弟さんは、黙ってうどん食って帰りましたよ。こういう場所では、その流儀に従ってください。俺たちには、俺たちの心意気があるんです」

 大将は笑って、帰っていく。すぐに酒と天ぷらが運ばれる。ジジイとババアがなんとなく食う。サクッとしていて、うまい。天つゆが濃い目で、勝手に酒が進む。


 征竜隊の楽器組の一也と耕平、正則はみんなギークを手にして、メロディを奏でていた。流しも合流し、ガンガン歌いまくる。

「次は『二丁目の小さな店』よ!」

 ヨーコが、演歌か昭和ポップス間違いなしのタイトルを叫ぶ。しかし、この世界の音楽はタイトルをほぼ、裏切る。

「キャプテン! いい歌なんです。遠くに離れてしまったふたりが、また、小さなお店で出会うんですっ」

 いつの間にか、遼四郎の横に座っているケイが、メルヘン全開で解説する。ヨーコは、キレイな声で乗りまくって歌ってる。

「私のリクエストも聞いてよ! 次は絶対に『手を握って』よ」

 エリーも負ける気はない。ケイの解説も絶好調だ。

「ずっと、すれ違ってるふたりの歌なんです! 偶然キスしたのに、まだ、手も握ってない、イライラする関係です!」

 エリーは、一生懸命歌う。最初は少し恥ずかしいのか、抑え気味だった。でも、サビに向かうと、どうでもよくなったらしい。力いっぱい、手を握ってほしいと、歌いあげる。

「キャプテンは? キャプテンは何を歌うんですか?」

 ケイの勢いが楽しい。遼四郎が立ち上がる。歌は好きなのだ。

「耕平、あれ、逃げるヤツ!」

 耕平も一也も正則も、遼四郎の十八番を知っていた。3人で目を合わせて、弦を弾き出す。

 軽快なリズムに乗りながら、遼四郎は歌いはじめる。大好きな女の子ができたこと。その子が不幸せになんか、ならないようにと思う。だから、その子を連れ出して、遠くへ逃げる。どこまでも逃げるけど、失敗したら、ごめん。笑って、許してほしい。そんな歌。

 元々、遼四郎の世代よりは、少し古い歌だった。でも、抜群にキレイな曲。野球で逃げたことがない遼四郎が、不思議にこの歌をやるから、野球部はみんな好きだった。勝利も秀樹も、サビを熱唱してる。

 ケイが涙を浮かべていた。この歌みたいに、連れていってほしい、そう思う。どこでもいい。この人と一緒に行きたい。

 もう一度、サビが来る。キミを連れ出して、遠い世界へ逃げる、そう遼四郎が歌う。みんな、もう、おぼえているから全員で歌う。

 うまくいかなくても、バカだなと、笑ってよ……。


 脇の席で、おばあさんが泣いていた。ヒゲジジイふたりも、酒を酌み交わしながら、涙を浮かべる。

「お前、どうせグレッグを同行させる気だろう?」

「仕方ないだろう。死んだ息子の友達なんだ」

「お前だけ、ズルい。俺の倅も、同行させる」

「死ぬかも、しれない」

「それでも、こんな時間をあげたい。親心だ」

「反対はしない。親心くらい、わかる」

 酒が空になる。お銚子をあげる。大将が笑って、若い衆に声をかけた。


 ハーマンが、遼四郎の隣に座った。酔っているのに、うまく、言葉が出てこない。

「どうした? 兄貴」

 遼四郎は、大好きな友達に、そんな言葉をかける。

「ごめんな。俺、お前を助けてやりたいんだ。でも、俺、戦う以外、何もできない。いや、戦っても富夫に遠く及ばない。ジャスティンも死なせてしまった。俺、なんも役に立たないな。アホに思えてきた」

 半泣きでしゃべるハーマンに、遼四郎は鼻で大きく息を吐く。

「富夫、ハーマンに手加減なしのデコピンくれてやれ」

 ハーマンが心配でついて回る富夫が、笑う。ハーマンの顔面に巨大な手をかぶせる。中指をバキバキに引いて、シュートした。

 バチンッという音に、ハーマンの頭がグラつく。ニッと笑う富夫。

「目え冷めたか? ハーマン。お前がいなきゃ、征竜隊は今ごろ、竜の前で全員が死んでるんだ。お前のおかげでここまで来たんだ。お前は俺たちの恩人だ。お前が必要なんだ。楽することなんか許さん。竜掃使りゅうそうし率いて、ついてこい!」

 遼四郎は7つも年上の友人に、ガッチリと命令した。

「俺が、必要なのか?」

「当たり前だろ! お前がいなくて、誰がハト射倒してくるんだ!」

 ムチャクチャな会話に、脇のテーブルのおばあさんが、酒を吹き出した。

 さらに、陸が立ち上がってハーマンに向かってくる。手には大皿。

「ハーマンさん、ずっと言いたいことがありました。今、焼き鳥の名店から、僕たちのために焼き鳥が届きました。これが、これこそが焼き鳥なんです。あなたは鳥を焼いて食いますが、あれは焼き鳥とは言わないです。ただの、鳥の丸焼きなんです」

 爆笑したのは章吾しょうごだった。ハーマンは、自分のダメさを、とことん実感する。ケイが横に来て言う。

「あんまり、役に立った感じじゃないですけど、キャプテンが、キャプテンらしくなったから、富夫君は動かしません。今日は殺されないから、安心して過ごしていいよ。兄貴!」

 赤毛を大きく翻して、ケイは去っていった。自分は不器用だけど、どうやら、必要とされてるらしい。横の富夫がバンバンと背中を叩いてきた。地味に痛かった。


 気がつくと、ケイがギークを弾く耕平の横に、椅子を置いて座っている。ケイの要望に応じて、いろいろと弾いているみたいだった。

 一也と正則の近くには、ハンナとリサがいた。ほっておけないと思ったのか、勝利かつとしと陸、章吾も近くにいた。好きなように音楽を奏でている。

 その近くでは、ひろしがヨーコをつかまえて、何か一生懸命に話している。

 間隙を縫って、遼四郎の隣にエリーが滑り込んでくる。

「ちょっとは元気になった?」

 いつもの、賢くてキレイなエリーだった。

「俺たちって、若くて青いよな」

「そうだね。先のことなんか、何もわかってない」

「どこまで、大人びたらいいんだろう? わからなくなってきた」

「たぶん、大人もいっぱい失敗してるのよ。だから、私たちも、いっぱい、失敗しよう。私たちだけが、先を見越して正しいことするだけなんて、つまらないよ」

 遼四郎は、この女の子が話す表情が好きだった。急がない声も好きだった。大好きな長い黒髪を見ながら、ゆっくりと、考えをめぐらせる。

「今、考えたことに、私って、入ってた?」

「エリーのことだけを考えていたよ」

 ニッコリと、エリーが笑った。遼四郎には、とてもキレイに見えた。

「今、ひとつだけ、お願いしていい?」

「できることならやるよ」

「もう1回、逃げる歌、歌って!」

 同時に、遼四郎とエリーが話し込んでることに気づいた女子たちが、駆け込んでいた。

「もう1回、逃げる歌!」

 ハンナやヨーコが叫んだのを聞いて、一也たちがギークを弾きはじめた。遼四郎は立ち上がる。みんなに向かって叫ぶ。

「大好きだよー!」

 元気いっぱいになって、歌う。俺にはなんにもない。でも、大好きなキミが不幸になるくらいなら、奪って遠くへ逃げる。たくさんの悲しい夜があったって、蹴って飛んで、走っていく。かんたんなメロディと歌詞だから、みんな、もうおぼえていた。サビは、みんなで歌っていた。

 エリーは、歌う遼四郎の横顔を見ながら、自分を遠くへ連れて逃げてほしい、叶うわけないのに、そう思う。なんでいつも、大事に思ったときに、離れ離れにされるのだ。

 最後に、失敗しても、笑って許して、と遼四郎が歌う。

「何やっても、どうなっても、許してあげる! 大好きだよ、遼四郎っ」

 ヨーコの叫びに、みんなが拍手した。うれしかった遼四郎は、少しだけ、泣いてしまった。すると、いっぱいいっぱいだった自分が急に崩れてしまい、どんどん、涙が止まらなくなる。そのまま、突っ立って、号泣した。

 泣かしてしまったヨーコが、慌てて駆け寄った。みんな、集まる。かわいそうなくらいに、遼四郎は泣いていた。気がつくと、ケイが頭を抱いてあげている。

「ごめんね。泣かしたかったんじゃないの。ごめんね。何もかも背負わせて」

 もう一度、遼四郎は大きな声で泣いた。


 脇のテーブルで、おばあさんがうどんをすすりながら、ヨレヨレになっていた。ジジイふたりが、ボタボタとうどんに涙をこぼす。

「アカン、アカンぞ。こんな若いヤツに、こんな悲劇は許さん」

「お前が、言うな。考えろ。助けてやれ!」

 この国の文武のトップが、そんなことを話す。

「あの子たちは、竜を倒すために集まったのに、竜を倒せば別れなければいけない、最悪の逆説の中にいます。残酷すぎます。未来を変えませんか?」

 おばあさんが言う。ジジイたちが、うなずく。

「見ての通りの、若者です。やさしく、勇敢なんです。弟が好きになったのもわかります。なんとか、しましょうよ」

 いちばん若い男の話にも、ジジイらは首を縦に振る。

「若いときの、アンタたちに戻りましたね。そんな、ふたりが好きです。彼らに小さな翼でもいい、あげましょう。それが私たちの役割です」

 ジジイたちが強くうなずく。ついでに言う。

「ここの店、しこたまうまいです。たまに来ませんか? 彼らの迷惑にならない時間に」

「いいですね。どうせ、ババアとジジイです。こっそりと、来ましょう」

 そう言って、帰ることを示した一行。大将は少し笑って、おばあさんとジジイたちを見る。年寄りたちが、手を上げて、おいしかったという仕草をした。大将は、当たり前だ、と返してやった。


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