42話 目的とサヨナラ、その間にあるのは?
「いやよ、いやよ、いやよっ! ダメよ、絶対にダメ。遼四郎たちがいなくなるくらいなら、竜がずっといればいい。やっつけなくていい!」
ヨーコはムチャクチャを言った。でも、エリーはうらやましかった。同じ気持ちだった。言葉にしてしまうかどうかは、ほんの少しの個性の違いだけ。
だけど、遼四郎が言葉を続ける。
「そうだよなあ。俺もヨーコとサヨナラなんかしたくない。でも、そういう話じゃないよな。俺たち、エリーが竜と戦って、いずれ死んでしまう、そう聞いて、竜と戦うことにしたんだよ。もちろん、エリーだけのためじゃない。そんな人たちがいて、自分たちにできることがある、だから、やろうとなった」
「そんなことわかってるわよ! アンタ、私のこと自分と同じバカだと思ってんでしょ」
ヨーコはすでに駄々をこねているだけだった。でも、仲間の駄々につきあうのも、自分がやるべきことだと遼四郎は思う。
「ヨーコは突拍子もないけど、バカだと思ったことはないよ。いつも、みんなのことを考えて、率先して動いてくれる、やさしい人だと思ってる」
ヨーコはもうダメだった。泣いてしまった。
「そんなこと、わかってるって、言ってるでしょ……」
泣き崩れてしまった友達に続いて、エリーが逆らおうとする。
「今じゃなくても、いいでしょ?」
「残念だけど、今がいちばんいいんだ。この世に竜がどれだけいるのかわからないけど、ジャスティンらのおかげで、200もの数を一度に倒せたんだ。さらに、今日、俺たちは飛べるようになった。一気に強くなったんだ。もし、力のバランスがあるとしたら、これまでの中で、今が最大のチャンスなんだ」
ずっと考えていた遼四郎に隙はなかった。
「エリーさ、最初に言ったよな。俺たちが元の世界に帰るには、竜の王様を倒さないといけない、って。そのときが、近づいているだけだよ」
「帰りたい、の?」
決して、聞いてはいけないと思っていた問いを、エリーは口にしてしまう。
すぐには、答えない遼四郎。エリーをまっすぐ見る。ヨーコもケイも、ハンナもリサも、ハーマンもジュリアンもしっかり見た。
「帰るべきだと、思ってる。俺たちはこの世界の人間じゃない。向こうには待っててくれる人もいる。あるべき形に戻るだけだよ」
エリーには、遼四郎が強がったことがわかった。最初に自分を見たとき、少しだけ迷っていた。でも、すぐに顔から、それは消えた。急に前を向かれてしまった。
ケイは、また遼四郎が大きな荷物を、背負いこんだように見えた。だから、何も言えなかった。本当は、真っ向から反対したい。それなのに、これ以上、この人を苦しめたくない、そんな思いが勝ってしまった。
「じゃあ、そういう線で女王様には話をする。いいよな、みんな。いいよな、ハーマン、ジュリアン?」
みんな、黙ってうなずくしか、できない。
王宮に入ったところで、ジュリアンが正則と一緒に、スモールウッド邸に向かった。
「よく、来てくれたな。ありがとう」
ジュリアンたちの父、ジェラルド・スモールウッドは父親らしい顔で、正則に対してくれた。謁見室で見た強面のヒゲジジイとは、ずいぶん印象が違う。
「ジャスティンの葬儀は、明後日の予定なんだ。今は地下の霊安室にいる。会っていくか?」
正則にそんなことを聞く。でも、正則は首を振った。
「最後に、楽器を教えてもらったんです。あのときの、楽しそうなジャスティンさんをおぼえておきたいと思っています」
ジェラルドは、正則の正直な言葉がうれしい。
「楽器が好きなのは知っていた。どんなもんだった?」
「この世界ではどうかわかりませんが、僕らの世界だったら、プロです。よっぽど、練習したんでしょうね。もしかしたら、天才なのかもしれませんけど」
「そんなにできたのか……。若い人の音楽はわからなくてなあ。少しは聞いてやればよかったかな」
笑って、正則は否定する。
「好きな音楽を親父の前でやるのは、ちょっとキツイですよ。だいたい、親父に聞かれたくないことを歌うものですからね」
ジェラルドも笑う。
「ジャスティンさんは、思い上がりが自分の弱点だ、そう言ってました。最初はムカつく人でしたが、本当は、いい人だったんです。だから、お願いがあります」
そう言って、携えてきたグラブとボールを取り出した。
「これを、棺に入れてあげてください。野球の道具です。今度、キャッチボールしようと、約束したんです。でも、俺らがモタモタしたせいで、間に合いませんでした。約束を果たせませんでした……」
そこまで言うと、正則は涙を止められなくなった。元々はビビりの口先だけの高校2年生だった。それでも、これだけはしなくてはいけない、そう思っていた。
ジェラルドは、息子の人生が豊かだったのだと、感じた。ずっと不遇を感じていたのかもしれない。でも、大切な瞬間があったのだ。正則の涙が、それを証明してくれている。
「ありがとう。いい友達を持てて、息子は幸せだったのだと思う。これを棺に入れさせてもらうよ。彼も喜ぶだろう」
正則は深く頭を下げ、礼をした。やるべきことが、ひとつ終わった。もう、前を向いて歩こうと思った。
文武の官が左右に並び、女王は中央に座していた。ジュリアンは武官の列に加わっていたが、ハーマンは征竜隊と並んだ。
女王は、傷心しているであろう彼らを激励しようと予定して言葉を準備していた。しかし、若者たちの顔は、女王の想定とは違っている。もう、彼らは前を向いていた。ただ、どこかに漂う悲壮感。
「まず、先の大竜襲来とそれに伴う、竜族の大侵攻に対し、征竜隊と竜掃使が力戦し、城と町の人々を守ってくれたこと、全国民に代わり、感謝いたします」
女王は宣言した。征竜隊とハーマンは、胸に手を当て、これに応じた。だが、女王は次に予定していた温かい言葉が必要ない気がする。そんな生やさしい話では、今日は終わらない雰囲気がある。少し、予定を変える。
「この大きな戦で命を落とした、多くの竜掃使と、それを率いたジャスティン・スモールウッド竜掃使長に感謝と哀悼の意を込めて、黙とうしたい。遼四郎さん、それでいいですか?」
「それがいいと思います」
遼四郎は、女王をまっすぐ見て答えた。女王だけでなく、武官トップのジェラルドも、宰相のジョージも何かを感じた。また、何かを言いだすのだ。そして、女王に怒られる立場になるのは、ジョージだった。だが、今日は心の準備をしている。どうなっても、官僚らしく、知恵を絞り出してやろうと思う。
「黙とう!」
号令はジェラルドが下した。みなが目を閉じた。少しの時間。
「やめい!」
全員が目を開ける。女王は遼四郎を見た。まっすぐ、攻撃的でさえある表情でこっちを見ている。ジャスティンたちを失ったことは、すでに過去のものなのだ。
「では、遼四郎さん。お話を伺いましょう。私たちに、次にできることは?」
遼四郎は一歩前に出た。両手を組み、前に突き出し、まっすぐ前を向いて言う。
「今こそ、竜を倒しに行くときです。現竜掃使を解体し、竜討使として、私の麾下にお加えください。そして、現衛門府の一部に、竜掃使としての任をお与えください」
遼四郎の言葉に、“トライビト”である若者たちは、同じ顔をして女王を見た。でも、エリーやヨーコ、女子たちは、天を見ながら目を閉じた。竜掃使副官であるハーマンは、何かを決めかねる様子で、表情を変えなかった。
宰相のジョージ・エイデンは、最初に驚いた。そして、次に目の前にいる小僧が、猛烈に好きになった。自分たちにとって、竜は災いでしかない。田畑を荒らす飛蝗や、大風や大雨の類と同じだ。来たら避ける。そういうものだと思っていた。でも、この遼四郎という小僧は、まったく違うことを言う。
「竜害の根を絶つ、ということか?」
ジョージは我慢できずに聞いた。遼四郎は彼をまっすぐ、睨むように見て答える。
「ジャスティンと竜掃使は、200もの竜を討ってくれました。本来は10人で1を倒す存在をです。悲しいことに私たちは竜掃使300とジャスティンを失いました。でも、押したのは、彼らでした。彼らの激闘の未来に、今、有利な状況があります。しかも、我ら征竜隊全員と竜掃使副官、左衛門の督は、本日、風の術を身につけました。ここにいる私たちは、いつ何時でも、風を踏んで、竜の首を掻っ切れる力があるのです」
衝撃的な状況説明に、文武の官が驚く。全員がジュリアンを見た。女王が促すと、ジュリアンが前に出る。
「本日、征竜隊と行動をともにしていたところ、征竜隊長が風の術の解説をしてくれました。半信半疑でいた征竜隊員が空を飛んで駆けるのを見ました。一緒にいたハーマン・ガーランドとともに、試してみたところ、私も彼も空を駆けました。私は巨大な竜の首を、真横から絶てる位置に行けるのです。すでに特異な力を保持しています」
バカな、という空気が文官の列から流れる。だから、ジュリアンは、前に出た。
「女王様、ご無礼をお許しください」
そう言って、2歩駆けた。3歩目は風を踏んだ。飛んだ。次も風を蹴り、文官たちの前に飛び降りる。異様な奇跡を目にして、度肝を抜かれる文官たち。
「外ならば、もっと高く駆けられます。こんな私が、こんな力を持つ兵を率いて、衛門府の竜掃使として、この城を守ります。それが遼四郎の策」
驚いたのは、武官の長であるジェラルドも同じだった。でも、その変化の中心にいたのが、3男のジャスティンだった。今、長男が空を蹴った。次男もどうせ加担している。自分を追い抜くように、息子たちが躍動していた。
ジョージは笑いたくなってきた。目の前の小僧は、変化のど真ん中にいた。自分は変化を拒んだ。それでも、変化は起き、状況を一変させた。自分には抗えないほどの大きなうねりがある。自分にできることは、それを滞りなく、進めるくらいだろう。
「征竜軍の編成に賛成いたします。現征竜隊と現竜掃使が、竜の王を討ち、私たちの生活に長く失われていた安寧を取り戻すため、すべての力を使いたいと思います。予算、人件費、輜重など、おまかせください。不備あれば、職を去りましょう」
ジョージは、これまでないほどに潔かった。対抗する空気もなく、ジェラルドも前に出て、女王に言う。
「武門を統べるものとして、征竜軍にすべてを注入します。どちらにしても、私はこれで引退となりそうです」
はじめて会ったとき、大嫌いだったクソジジイたちが、遼四郎を支持してくれた。自分は、そんなに間違っていないのかもしれない。だから、正直に言っておこうと思う。
「みなさん、勝手に去らないでください。竜の王を倒して、この世界を去るのは私たちです。去った後のこの世界、私たちの愛する人々がずっと生きていくこの世界を、よろしくお願いいたします」
ジョージとジェラルドは、脳天をぶん殴られた気がした。自分たちはどこまで甘く、緩いのだ。決断をしたのは、目の前の小僧たちだった。何もかもを断ち切って、自分の役割を果たそうと、もがいているのだ。厳しい戦闘の中、最初に断ち切ったのは、ジャスティンと竜掃使だった。そこにようやく、気づく。
エリーとヨーコは、ずっと目を閉じていた。ケイたち、彼女たちの友人も同じだった。でも、最後の遼四郎の言葉の後、とうとう、涙を流してしまった。残酷すぎると、女王は思う。運命に腹が立つ。
「遼四郎さん、ありがとう。あなたの意見を採用したいと思います。すべてを、それに向けてみます。でも、ひとつだけ私にやらせてください」
不思議な提案に遼四郎は女王を見た。やさしい、おばあさまの顔だった。
「私は、あなたたちに、運命もへったくれもない、そう言いました。本当にそうであると、みなさんに思ってもらえるように、手を尽くします」
口を大きく開いて、遼四郎が笑った。少しの可能性が見えた。
「私たちは竜を倒します。おばあさまは、私たちの未来を拓いてください」
女王が微笑みながら、大きくうなずいた。ジョージは、反射的に遼四郎をたしなめようとした。しかし、止まる。今のは、祖母と孫の友人の会話でしかない。自分たちのやるべきこととは、関わりない。自分たちの責務は竜を討つ施策だ。




