41話 風は伝染り?サヨナラの影を映す
竜掃使と衛門府の兵の関係は、良好になりつつあった。ただ、彼らには多くの仕事が毎日ある。でも、それを終わらせることができれば、竜が来ない限り、空き時間が生まれる。その時間をたくさんつくって、やるのだ。野球を。
征竜隊は、女王への謁見の日だった。久しぶりに町へ戻り、衛門府に一泊して帰る予定。今回はハーマンも同道する必要がある。ジュリアンも左衛門のトップとして、入城すべきだった。そんなわけで、グレッグが留守番を担当する。
「安心しろ。しっかり、野球の練習しとくからな!」
グレッグは、本末転倒のことを言って笑った。たしなめたのは、衛門府の兵だった。
「やること終わらせてから、です」
これに笑って応じるグレッグを見て、征竜隊とジュリアンが安心した。
なんとなく、馬車1台に荷物だけ積んで、歩くことにした。何も焦ることはない、城への道なのだ。
「そういえば、ドタバタしてて、聞き損ねたけど、耕平さんはなんで飛べたんでスか?」
正則がボソッと聞いた。ジャスティンを失ってから、あまり元気がない。
耕平がバットを肩に担ぎながら、答えてやった。
「遼四郎が櫓から飛び降りたとき、1回フワッと浮いたのを見たんだよ。で、次に大竜の前にすっ飛ぶ遼四郎を見た。こいつ、なんか蹴ってんだよ」
遼四郎が口を挟む。
「そして、俺のアドバイスがあったんだよな。向かい風を、蹴っ飛ばすんだ!」
相変わらず、遼四郎の説明はバカすぎた。だが、耕平はニッと笑う。
「そう、このバカが言うのは、意味不明だが、風を使うんだとわかった。俺な、竜と戦いながら、風があることには気づいてたんだ。だから、それを起こしたいと思った。そして、地面みたいに蹴ってやろうと考えた。すると……」
そう言いながら、耕平は前に駆けた。向かい風を感じる。耕平が空中を蹴った。飛び上がって、空を駆ける。数十メートル先に、フワッと着地し振り向いていた。
「まあ、こんな感じだ」
みんなが、呆気にとられた。戦闘中の非常時だったので、そんなもんかと思った。でも、これは異様な力だった。
「なんで、キャプテンと耕平さんなんですかね。なんか、腹が立つ」
正則はそう言って、変な呪文を唱えてみる。
「風よお~、光よお~。俺に力を!」
そう言って、軽く駆けた。風を感じた。どこかのバカのキャプテンが言うように、蹴っ飛ばしてやった。風を踏みきれた。
フワッと浮いた正則の身体。でも、予測していなかった。空中を踏み外し、落ちる。そこにいた富夫が受け止めた。
「あれ、あれ? 俺、風を蹴りましたよね。今」
正則の言葉に、みんなの顔つきが変わった。もしかしたら、と思っている。慌てた遼四郎が、叫ぶ。
「危ないから、高く飛ぶな! 降り方を、身につけろ!」
宙が遼四郎の言葉に応えた。
「ナイスアドバイス! さすが、キャプテンだ!」
そして、呪文を唱えはじめる。
「風よ、光よ! 俺をっ、飛ばせえぇーっ!」
駆けて、地面を蹴る。次の一歩、向かい風を蹴りつぶす。空を舞った。そのまま、滑空して地面へ降りた。
「やったぞ! 飛べるぞ」
振り返った宙の目に入ったのは、空中を闊歩する征竜隊の面々。全員が飛び、着地していた。野球部だけではない。エリーもヨーコも、ハンナも、みんな飛んでいた。
「なんでっ? どうしてっ? 飛んだよ!」
ハンナが興奮する。
「今まで、こんな感覚なかったわ!」
エリーも驚愕した。
「なんか、腹立つけど、バカのアドバイスって、何かに確実に命中しているわね」
ヨーコも自分の感覚にビックリしている。
「エリーたちさあ、代わってよ。私たちもやりたい」
馬車の面倒を見ていた、ケイとリサが怒った。交代して、地面に降りるふたり。同道しているハーマンが、ジュリアンに言う。
「俺たちも、試しておきましょうか。なんか、できる気がしてきました」
ジュリアンも興奮気味に応じる。
「ああ、今、やっておこう」
4人が馬車の隣で、呪文を念じる。
「風よ、光よ! 飛ぶぞっ」
ケイとリサ、ハーマン、ジュリアンは地面を蹴った。次の一歩。吹いてきた向かい風を蹴っ飛ばすように、踏みきった。視界が変わる。眼前の城が上から見えた。不思議な気持ちになる。実に小さな世界だった。
さらに風を踏み、地面に降りた4人。みんなを振り返った。
「飛べる!」
笑っていた。もう、竜なんか屁でもない。自分たちは飛べるのだ。
久しぶりに戻る城。城南の人々は、征竜隊の帰還に集まってくる。
「大活躍、ありがとうな!」
「また、髪が伸びて男前になったわね」
「今晩、メシ食いに来れるのか?」
好きなことを言いながら、声をかけてきた。右側の職人街からダレルと木工職人たちが顔を出す。
「バット、つくったんだよ。ちょっと、2、3本持って行ってくれ。後で感想を聞かせてくれよ」
こっちは商売がかかっているから、必死だった。勝利と一也らが、受けとった。
「悪くなさそうだよ。後で軽くボールを打って試しておくよ」
「バットは危ないからね。安全周知と一緒に、売らないとダメだよ」
そんなことを返しながら、征竜隊の一行は王宮方向へ去っていく。町の人々が語り合う。
「今日は女王と謁見だってな」
「大戦やった後だ。来れるかどうかわからんが、今晩、うまいもん食わせてやる準備くらいは、しとこうや」
城に入ったころから、遼四郎の様子が変わったことに、エリーは気づいていた。いつものようにバカをやって、笑っている顔ではない。戦闘と程遠い場所にいるのに、頭が猛烈に動いているようだった。真剣なキャプテンモード。
「何か考えてる?」
エリーは、明るさを装って、声をかけてみた。
「ああ、そうか。エリーに相談すればいいんだっけ?」
遼四郎は、頭の中でバラバラになった考えをまとめることなく、反応した。でも、すぐに気がつく。
「ごめん。ダメだ。エリーにだけ相談する話でもない。もうちょっと、考えさせて」
そう言って、また、黙り込んでしまう。
そうこうする間に、衛門府に入った征竜隊。謁見は遅めの午後に設定されている。もう、着っぱなしの練習用ユニフォームでウロウロしていたときとは違う。準備といえば、それなりの服装に着替えることくらいだ。
「なあ、みんな。昼飯の後、着替えてからでいい。ちょっと時間をくれないか? 相談がある。けっこう、大事な話なんで、女王様に会う前にしておきたい。できれば、ジュリアンとハーマンにも参加してほしい」
たまに遼四郎がやる、チームの方針を話し合うときの感じに似ていた。小さなテーマのときは、練習方法を話し合うこともある。この衛門府でも、似たようなことは何度かした。そして、もっと大きなテーマのときもある。
野球部たちは、去年の夏を思い出す。遼四郎たちの1年上の前3年生主体で挑んだチームが、夏の予選、これまでと同じように初戦敗退した。3年生たちはこれで引退だ。
そのとき、新チームの新キャプテンとなった遼四郎は、今、ここにいるみんなに向かって言った。
「来年の夏、どうしても1勝したい」
そう切り出したのだ。たしかに、勝ちたいのはどこのチームも同じだ。でも、最初の1戦で半分のチームが負ける。当然のことだが、そうなのだ。つまり、少なくとも真ん中より上の強さがないと、勝てない。それが事実。
明らかに真ん中より下にいたのが、彼らだった。そこから、強くなって多くのチームを追い抜いていくには、今までと同じでは、できない。そこをみんなで話し合った。練習時間が増えれば、生活にも影響する。耕平と陸は片親世帯だ。負担も大きい。多くのナインには、ほぼ同時進行でやってくる受験の問題もある。
出てくる問題点を洗い出し、そこにいくつかの指針を考え、彼らは話を続けた。そうして、チームの方針は決まり、夏に勝つために、彼らは一生懸命やってきた。
その1年弱未来に、今がある。彼らは強くなっていた。チームとして成熟し、竜とも戦えるほどになっていた。
「わかった」
野球部たちは、意味を理解して応じた。エリーたち女子たちも、ハーマン、ジュリアンも大事な話だと感じた。だから、うなずく。
「じゃあ、メシの後、別館の広間でな」
遼四郎は、笑うことなく、そう告げた。
軽い昼食の後、広間に征竜隊、ジュリアン、ハーマンが集まる。めいめい、好きなところに座るいつものスタイル。遼四郎が口を開いた。
「竜をやっつけに行くべきだと思っている」
メンバーが驚く。やはり、これまでの日常を変える話だった。
「駐屯地にいて思っていたんだが、竜は突然来る。もちろん、俺たちも竜掃使も備えている。でも、仕掛けてくるのはヤツらだ。俺たちは受け身一方だ。しかも、ルールもへったくれもない。そして、ムチャクチャな数で来られると、ああなる」
遼四郎は、多くの竜掃使とジャスティンを失った哀しみを胸に、話す。
「だから、竜の親玉を探して、ぶっ倒しにいく。そういう考え方だな」
宙が遼四郎の言葉の意味を、端的にする。ピッチャーは自分から仕掛ける生き物。自分たちから動こうという、遼四郎の提案にすでに乗りかけている。
「竜の親玉って、どこにいるんだっけ?」
勝利が質問した。何かを考えるとき、マジメな彼はいつも当たり前のことを言葉にする。でも、それが気分や昂揚感だけでない、リアリティのきっかけになる。
「わからないんだよ、な?」
遼四郎はハーマンを向いて聞く。ハーマンとジュリアン、エリーらがうなずく。
「でも、竜は毎回、南から来るんだ。俺たちは南に向かい、その拠点を探せばいい」
遼四郎の答えは、大ざっぱだった。でも、話を打ち切るレベルではない。わからないものは、調べ、探すしかない。
「俺たちだけで行くのか?」
秀樹が口にする。ギャンブルをするにも、判断材料がまだまだ足りない。
「竜掃使も一緒がいいと思ってる。俺たちだけじゃ、大きな数の竜とは戦えない。それは、先日よくわかったことだろう」
「じゃあ、城や町は、誰が守る?」
今度は、ジュリアンが聞いた。ずっと、竜掃使が守ってくれていたのだ。それがなければ、すでに城も町もないだろう。
「そこなんだ、ジュリアン。アンタは今日、空を駆けた。もしかしたら、竜掃使や衛門府のみんなの中にも、飛べる人材は多いかもしれない。だって、俺たち“トライビト”だけでなく、ハーマンやエリーも飛んだんだ」
遼四郎の言葉に、ジュリアンは大きな転機を感じた。たしかに、そうなのだ。すべてを変える何かが、揃いつつある気がしてくる。
「衛門府のみんなも、竜掃使の任務への理解が深くなっている。一緒に戦おうという、気持ちがある。俺は、文字通り衛門府が城門を竜から守るべきだと思っている」
「それは、異論がない。私も名ばかりの衛門府に疑問は持っていた。今なら、変えられると考えている」
いつも、衛門府はお飾りだとジュリアンは自嘲する。それでも、彼は衛門府の一方を率いてきた男だった。勇気も責任感も、当然のように彼の中にある。
「ハハ、そりゃいいや。衛門府が城を守って、俺たちと竜掃使は竜の親分をやっつけにいくわけだ。ジャスティンさんも喜びますよ」
正則がいつもほど軽薄になれずに、ここまでの話を整理した。
「で、その竜の親玉をやっつけたら、俺たちはどうするんだっけ?」
いつもは聞き役になる耕平が、めずらしく、問う。遼四郎にではなく、みんなにだった。
耕平がこっちを見る。さすが、親友だと遼四郎は思う。言うべきことをわかってくれている。はじめて、遼四郎は笑った。そのまま言った。
「ま、当たり前のことだな。俺たちは、この世界から自動的にサヨナラだ」
ハーマンが瞬きもせず、ポカンと遼四郎を見る。なんで、そんな当然のことに、今まで気付いてなかったんだろう、そう感じる。
ヨーコには、遼四郎が何を言ってるのか、よくわからない。でも、少しの時間が勝手に理解を促す。そして、脱力しヒザをついた。それ以上は何も考えられない。エリーは最初から座っていた。だから、倒れなかった。でも、それだけだった。頭の中は真っ白だった。
ケイは少し前から気付いていた。耕平が口を開いたときに、現実を理解した。胸が苦しくなった。ハンナはリサを見ていた、リサもハンナを見ていた。互いに顔を見ているのに何も見えてこない。




