40話 大好きだって、言ってみようか?
夜は陸とイーデンの提案で、かんたんに豚鍋にした。適当に肉と野菜を鍋に放り込んで、煮るだけ。でも、なぜか、みんなが自発的になっていた。それぞれの兵が、それぞれの地域や家の食べ方を語り合い、自分たち流の鍋をつくっていた。
今日は、別に前に立って語ることも必要ない。煮えたところから、勝手に食えと伝えた。でも、竜掃使も衛門府も、それは嫌だと言った。みんなで一緒に食いたい。ならばと、征竜隊は、ジュリアンとグレッグを指名した。
「みんなで野球して、死ぬほど、楽しかった! 衛門府って、実はおもしろいところなのかも、しれないぞ」
左衛門のトップという高官であるジュリアンの叫びに、なぜか、“ナイスキャッチ!”という声が起こる。でも、まったく不快じゃない。むしろ、もっと言ってほしい。
「野球して、一生懸命が気持ちいい。明日も、もっと一生懸命やりたい。だから、元気出るようにメシ食おう!」
こちらも高位のグレッグの言葉だが中身は端的だった。兵士たちは、わかってるな、と思った。だから、
「ナイスバッティング! そして、 いっただきまーす!」
そんな風に叫ぶ。同時に鍋に向かう。
ジュリアンもグレッグも、今日は征竜隊のいる場所へ戻らない。自分たちの部下の中に飛び込んで、鍋をつついた。すぐに、兵士たちが聞く。
「隊長、どうやって、あのボール捕ったんですか?」
「あんなに速いボール、打てるんですか?」
矢継ぎ早に聞かれる。でも、ふたりとも僥倖だったとわかっている。だから、僥倖を生む前に、何を考えたのか必死に語ってみる。行きつく先は、一生懸命とか、必死とか、そんな言葉になる。
「ウチのクソオヤジが、人事を尽くして天命を待て、と偉そうに言うんですけど、どうやら、近いですね」
「あいつら、なんも尽くしてないですけどね」
「でも、クソオヤジらは別にして、言葉は正しいよな」
「そうなんだよ。この鍋もさ、材料適当だから、味付けがんばったら、うまいよな」
「後でさ、ほかの連中の鍋も、味見させてもらおうぜ。ウチとは違う隠し味がありそうだ」
「互いに分け合うのも、いいな!」
明らかに変わる衛門府の兵たち。明日も野球をやっていいと、さっき、征竜隊が言っていた。明日が楽しみでしょうがない。
ハーマンはどこに身を置こうかと迷っていた。でも、竜掃使のみんなが、征竜隊と一緒にいろ、と言った。アンタの青春を止めたら、俺たちの恥だと言われた。
だから、遼四郎の隣に座った。不安だから、頼りになる人間に寄った。
すると、見抜いたヨーコが、奇襲をかけた。
「ハーマンってさ、征竜隊の女子の中では、誰が好き?」
口に含んだ鍋の食材を全部吹き出したハーマン。顔面を出汁まみれにして、呆気にとられて、ヨーコを見る。
「ああー、完全な想定外ね。その吹き出し方は間違いない。ここで言わないと、私の障壁になるから、言っておくわ。アンタは乙女ね」
口に残った少しの汁までハーマンは吹き出した。あまりの展開に、答えが出てこない。
「アンタはね、軍隊ばっかりやってたから、ちゃんと心が育ってないの。あなたが好きなのは、遼四郎と富夫よ。ふたりには、なんでも話す。だって、年は下なのに、大好きなお兄さんなのよ。そして、私たちには軍隊で身につけた、怖い顔でなんとか乗り切ろうとする。なんだかんだでジャスティンに頼っていたアンタの今の形がそれ。それじゃあね、友達も彼女もできないよ」
そうヨーコに言われて、なんとなく気づく。ひとりで生きてきたような自分だ。家族や兄弟、ましてや恋人なんか、わからない。ジャスティンがいなくなると、遼四郎に頼りたくなった。富夫がわかり合う相手だった。そんな感じなのだ。
「正直に言うわよ。私はね、遼四郎が好きなの。富夫も大好き。アンタは、その邪魔になる。だから、好きになるなら、私にしなさい」
ハーマンはもう一度、吹いた。もう、唾しかない。そして、笑った。
「ははは、ヨーコ、たぶん、当たりだ。今日も遼四郎と富夫に頼りきりだった。でも、俺も変わろうとしてるんだ。いつか、ヨーコのことが好きになるかもしれない。ほかの誰かかもしれない。俺はそれを楽しんでるんだ。ヘタクソだけど、少しだけ許してくれ。遼四郎と富夫を、女子から奪ったりはしないよ」
何も隠さないハーマンは、潔かった。あまりの潔さに、むしろ、野球部たちが負けた気がする。特に宙がおかしい。空を見て、メシを噛み続けている。
「ヨーコは、なんで、遼四郎が好きなんだ?」
主人公は宙に移った。遼四郎は、言葉を挟めない。ヨーコがニヤリと笑って、何かを話そうとした。だが、ケイが鋭い。遮った。
「ヨーコとエリーはね、“トライビト”になって、子どものときにみんなの世界に行ってたの! そこでキャプテンに会っちゃったの。この人って、変にやさしいでしょ。ふたりとも、チビッ子だったくせに、偉そうにキャプテンに惚れて帰ってきちゃったの!」
衝撃の暴露だった。驚きまくる征竜隊。遼四郎は完全に修羅場だ。
「何それ! キャプテンとエリーとヨーコが三角関係なの?」
ハンナの反応はすばやい。さらにケイが言う。
「違うわ。四角よ。私もキャプテンが好き!」
完璧に言い切った。ハーマンの潔さが、ケイに伝染していた。そして、どこまでも連鎖する。
「いや、五角だ。俺は、俺は、ヨーコが好きなんだっ!」
とうとう、まっすぐな男がストレートを投げ込んでしまった。凍り付く空気。遼四郎は久しぶりに、うろたえるだけの時間を過ごす。何も言えない。ヨーコさえ、ただ驚く。すると、ずっと眉間にしわを寄せていたエリーが、低く話し出す。
「私にとって、この人は初恋の人。私の手を握ってくれた、最愛の人。相手が誰でも、一歩も退かない!」
ヨーコとケイへ送る堂々の宣戦布告。宙が自分に有利と考え、エリーに賛同した。
「エリー、その意気だ。遼四郎はキミと結ばれる運命なんだ!」
噛みついたのは、ケイ。
「運命なんか、クソくらえよ。私はキャプテンを愛してます。耕平君も愛してます。両方の好きを続けて、自分で勝手に決めるんです!」
ケイの前向きな言葉に、みんなの思考にパラダイムシフトが起こる。なんでもアリの気分。耕平だけが、不思議に照れて、下を向く。でも、みんなは、好きなら好きと、言っていいような気がしてくる。
「俺、みんな好きですけど。ハンナさんとリサさんが大好きかも。そんな感じでいいですかね?」
空気を読めない章吾が、適当な感覚を言葉にする。それでも、直球的に言われたハンナが、猛烈に赤くなる。
「そ、そんな風に言われたら、照れるじゃん!」
まんざらでもない様子に、突然、陸が怒った。
「なんですか、それ! 僕もハンナさんが大好きです!」
モテモテ領域に入ったハンナ。超機嫌がよくなる。
「そうだよね。陸と私、ずっと仲良しだもん!」
頭に来たヨーコとエリーは、何か言ってやろうとした。だが、メガネの男が立ち上がる。曇っている。すでに泣いているようだ。
「俺は……、俺は、リサが、大好きだぁーっ!」
みんながポカンとした。天に叫び終わった勝利を眺めながら、かなりの間ができた。
「知ってるよ。そんなもん」
「大声で言わなくても、わかってる」
リサは、崩れるように座った勝利の背をやさしく叩いた。
「わかってるよ。ありがとう。私もあなたが好き。でもね、愛する人は決めてないの。未来は自分で決めるんだから、ね!」
今度は勝利がポカンとした。勝ったのか、負けたのかもわからない。どうやら、試合は終わっていないらしい。それだけは感じた。ムッとして見ていたのは、イケメンの一也だった。
征竜隊が恥ずかしいだけの夜を過ごした中、竜掃使や衛門府の兵の一部は野球のやり方を聞きに来ていた。彼らの熱心さに圧倒され、浮かれ気分の遼四郎たちも、一生懸命説明する。ノートに必死に書き込む者も多い。たぶん、彼らは野球ができるようになる。
「ひとつの試合をつくりあげ、勝ち負けを決めることが、いちばん大事なんだな」
「だから、試合を妨げることは違反行為なんだ」
「ルールに触れなければ、何やってもいいわけじゃないよな」
彼らはそんなことを話し合う。先生になりつつある一也が、答える。
「そうだね。何もかもをルールで決めようとしたら、ルールブックが何冊も必要になっちゃう。だから、不測の事態までは、本当は考えなくていいんだ。起きたときに、試合の成立という目的に照らし合わせて、互いに話し合えばいい」
「そりゃ、そうだな。俺たちは勝ち負け以前に野球がしたいんだ。卑怯をやったら、たとえ勝っても、相手を失う。野球ができない。それは負け以前に最悪だ」
「相手あっての野球、って言葉、大事だな」
一也はおもしろいな、と感じた。野球がしたいという、大前提がある彼らは、自分たち以上にフェアプレーに徹するだろう。高校野球よりも、もっと、シンプルで、キレイで楽しい野球がそこにある。どうして、自分たちはそうなっていないのか……、笑えてきた。
「なんか、俺らバカなこと言ってますね。すみません」
一也が急に笑ったので、兵たちが勘違いした。
「違うんだ。みんなの野球がとても楽しくて、いいものになりそうで、うれしくなったんだよ」
「いいものにします。みんなで楽しみたいんです。一生懸命練習して、試合で披露する。勝っても負けても、相手を敬い感謝する。そうします」
「それが、野球人みんなの根本なんだと思う。みんなのルールブックに書いておいたらいいと思うよ。忘れちゃう人、多いんだ」
「ダメですね、忘れたら。どうせ、勝って相手を見下したいだけのヤツとか、人に言いふらしたいヤツ、卑怯やって結果をわからなくするヤツが出てくる。人間なんて、そんなもんです。でも、大好きな野球で、そんなことは絶対に許せない」
「僕も忘れないようにする。なんか、みんなに大事なことを教えてもらったな。勉強になるよ。ありがとう」
一也が涼し気にそう語った。あまりの表情の美しさに、聞いていた男たちでさえ、ドキッとした。数人いた女子は、完全に参ってしまった。もう、大好きになっていた。




