4話 食うことは野球部に必要だ
夜が明ける。3年生を中心に数名で交互に見張りを立て、火を絶やさないようにしながらの夜だった。最初、遼四郎は野球部だけでやろうとしたが、エリーは強硬に自分も入れるように主張した。お姫様扱いが嫌なのか、責任感が強いのか、両方なのかわからないが、それがこの人の個性なのだろうと思い、遼四郎は受け入れた。ただ、結局、竜が現れることはなかった。
小屋で見つけた鍋で昨日の竜の骨を夜通し煮込んだスープがあった。そこに余った肉を陸が放り込んでいる。ぼんやりと見ながら、遼四郎が声をかける。
「竜の数はどれくらいなのかな、エリー?」
「実はよくわからないの。攻めてくるときは10前後の群れで来ることが多いんだけど、普段は1匹ずつ、個別に行動してるの。本来はそんな単独行動の竜を、私たち竜掃使が10名ほどの部隊で相手にする。でも、昨日、私はひとりのときに竜に出会ってしまった」
「あんなのが、まとまって攻めてきたんじゃ、たまらないな」
スープが煮えたのだが、とり分ける器がないことに陸が気づく。井戸の脇にベコベコに凹んだ真鍮カップがあることを思い出し、陸はこれをすすいで、そこにスープを満たした。そして、エリーの前にやってくる。
「エリーさん、どうぞ」
「ありがとう。陸君」
エリーに返されて、二カッと笑う陸。食いものが関わると、異性だろうが年上だろうが、まったく、物怖じしない。エリーは、考えをめぐらせながら、スープを口にする。そして、少し驚いてカップを見た。
「なにこれ、おいしい!」
「お腹が温まりますよ」
今度は口を大きく開けて陸が笑う。そして、次の作業のために、足早に去っていく。どうやら、大きめの葉っぱの上に煮た肉片をとり分ける気らしい。
「私たちの戦い方は、基本的に弓で遠距離攻撃して、弱ったところを槍や剣で仕留めるもの。でも、数が多いと、相手を弱らせるまでに時間がかかってね」
「なるほどね、だから、宙の火球みたいな飛び道具があると、戦い方も変わるし、余裕も出てくるわけだ。俺らが勝てたのは、ほぼアイツのおかげだな」
「昨日はそうだったね。でも、もしかしたら、と思うことがあるの。だから、後で相談させて」
そう話して、エリーはスープを飲み終え、カップを陸に返した。今度はすすがずに、そのままスープを満たした陸。
「!」
鋭く気づいた遼四郎。だが、同時に察知した宙と勝利が声を上げる。
「次、俺!」
女子が使ったカップをそのまま使おうという卑劣な男子3名の視線が交錯した。だが、決闘へ発展することはなかった。
「あ、すいません。飲んじゃいました。いいですよね。俺がつくってるんだから」
カップの持つ意味に気づくことなく、陸は、ただ空腹だからスープを飲んだ。
「陸君、ナイス!」
エリーが陸を指さして笑った。陸はスープの味のことだろうと勘違いして、タイムリーヒットを打ったときのガッツポーズで返した。
この日の行程は20キロほどの予定だった。野営地から5キロほどは、まだ、竜の出没がある場所のため、そこまでは前日同様の警戒態勢で進み、その後は警戒を解いてのんびりと荒野を歩く。硬い地面ではスパイクがガチャガチャと音を立てる。
「前に見えるのが、演習場です。今は使っていませんが、あそこなら、非常用の食料も兵営もあります。まずは、入って休憩しましょう」
エリーに導かれ、石レンガの壁で丸く囲まれた演習場に入るナインたち。奥には昨日同様の石を切り出したような石壁が見える。その脇に木造の建物がある。さらに、木造の見張り台が数カ所。
「ここも砕石場っぽいけど」
福原秀樹がキャッチャーらしく観察していた。
「ご名答。建物は木造でいいんだけどね。竜に備えるには石壁も必要なの。だから、あちこちに採石場がある。で、ここは比較的お城に近いので、演習場に再利用したわけ」
「しかし、まあ、なんというか……」
演習場の広場に立ちながら、秀樹が遠くの石壁を見つめる。
「野球場みたいだな、って?」
バッテリーを組む宙が、秀樹の思いに共感してつぶやいた。
「たしかに、野球場というか、アカン方の練習場というか……」
「中学のグラウンドそっくりだよ」
「いや、ウチのにも似てるぞ。ボロさと貧乏さに強烈な既視感がある」
「でも、なんか、落ち着くよな」
「うん」
会話についていけないエリーだったが、普段、こんなところで彼らが活動しているのだとはわかった。同時に、不思議な親近感が湧いてくる。
「こんなどうでもいい空き地に心が動くなんて、みんなって、思った以上に繊細なんだね」
少し茶化し気味にエリーが声をかけた。全員が女子の存在を思い出し、妙に照れる。
「だから、俺は野球部嫌いなんだよ」
勝利が昨日と同じことを言った。
現在、兵はいないが、非常時には駐屯地として利用するためだろう。糧食や生活用品の備蓄が多少あった。エリーが陸を連れて、備蓄された食料と台所を案内した。料理という分野において、すでにエリーからの絶対的信頼感を得ている陸は、彼女と自身の胃袋の期待に応えるため、忙しく動き回る。ときには、勝利ら上級生をもこき使い、昼飯の準備を進めることになった。
「で、遼四郎君と宙君、耕平君も、ちょっといい?」
朝、相談がある、とエリーから言われていたことを思い出した遼四郎は、宙と耕平を目で促して、エリーに続いた。切り出した石壁の近くまで来て、エリーが話し出す。
「まず、昨夜は確認できなかった宙君の能力を試しておきたいの。何かを投げると、竜を倒したような炸裂があるのか、そこを午後に調べましょう」
「まず、小石から投げてみる。ここの石壁にドカンとやっても、演習場だし、いいんだよな?」
宙の返答にエリーがうなずき、次に遼四郎と耕平を交互に見た。
「実は、私たちの中にも、宙君のような能力を持つ人がいるの。宙君みたいな火のほかにも、水、雷、風、氷などの力を宿す人がいる。私にはないんだけどね。ただ、宙君のように大きな力として使える人は、ほぼいない」
「へえ、魔法使いみたいな人がいるのか? どれくらいの頻度で?」
興味を持ったのは耕平だった。
「100人にひとりとか、そんなものかな。とても、希少な力。だから、私たちはそんな力を持つ人を中心に一隊を構成するの。矢の先端や、槍の穂先にその力を移して、攻撃するわけ。それでも、かなり有力なのよ。でも、400年前の“トライビト”は、そんなのじゃなかった。火や雷を放り投げるように使ったの。槍の穂先に力を込めて突けば、一撃で竜を屠るほどの力だった。宙君みたいに」
ようやく、意味が呑み込めてきた遼四郎が考える。そして、問う。
「400年前の“トライビト”には、宙みたいなのが複数混じってた。そういうこと?」
「そう、“トライビト”にはそれぞれに役割があるはず。だから、みんなの中にもまだいる気がするの。竜を討つ力を秘めた人が」
妙な力が腹の底から湧いてくるのを遼四郎は感じた。耕平は、それを見て微妙な表情をつくる。だが、遼四郎は宙を見て言う。
「お前だけと違うのかもよ~。宙君」
「どっちでもいいぞ。俺は俺のボールを磨くだけだ」
すでに火球を体得している自信もあるが、それ以上に、宙はそもそも自信家だった。
昼食は陸が考え、勝利らをこき使って完成していた。空腹を満たすことを優先した陸は、備蓄された小麦をナインらに練らせ、火を起こさせ、兵営の裏に生えていたネギを刈らせ、大鍋にひき肉の缶詰と一緒にぶち込ませ、グツグツ煮た。そうして、練った小麦粉をちぎらせ、さらにぶち込んで煮た。塩梅は陸が決めた。最後にネギをまた入れる。料理において、陸は司令官の地位を完全に得たようだ。
「わあ、おいしそう!」
陸を司令官に任命したエリーが、その功績を讃えた。手下どもは文句も言えない。
「手っ取り早く、すいとん汁にしました。さあ、エリーさん食べましょう」
司令官は自信に満ち溢れていた。手下どもはすいとん作成に疲労を感じていたが、それ以上に空腹、かつ、目の前の鍋が魅力的過ぎた。彼らは司令官に従うことを選ぶ。食欲には勝てないのだ。今度は真鍮製の食器も足りていた。はしもあった。
「いっただきまーすッ!」
司令官の一声で、全員がはしをとる。碗を口にし、その味に目が輝く。司令官は手下どもにリスペクトされたが、本人はすいとんを口に運ぶのに忙しく、気づいていなかった。
「エリーさん、はし使えるんですね」
いつもはどうでもいいことを口にする正則が、案外重要なことに気づいた。
「はし? もちろん。この国のほとんどの人は、はしを使うのよ」
「マジっスか? 日本人みたいですね。って、あれ? エリーさんと俺たちって、なんで言葉通じてるんですか?」
エリーもハッと気づく。
「ごめん、深く考えてなかった。おかしいのよね。やっぱり……」
「おかしいというか、同じ言葉だから通じるのは当然なんだけど、なぜ、同じなのか」
クソマジメな勝利が深淵な問いに変換した。みなが頭を傾げる。
「前に来たのも日本の戦国武者みたいですし、日本と関係があるんでしょ。ここは」
歴史マニアの変人、仁木章吾がつなげた。でも、なんの答えにもなっていない。それに気づかずに章吾は話を大きく逸らした。
「ところで、この後は何するんですか? ゆっくり昼寝でもします?」
そこで、遼四郎はナインに予定を伝えることにした。
「ちょっと、試したいことがある。飯食ったら片付けして、30分後に外野の石壁前に集合」
いつもの調子でナインに声をかけた。だが、数人が笑いだす。怪訝な顔をする遼四郎に正則が最大限に茶化して言う。
「キャプテ~ン、外野ってどこっスか?」
「いや、言いたいことは正確に伝わるんだけどさ。外野でいいのか? あそこ。それに、30分をどう計るんだよ」
ユニフォーム姿で転移したためか、時計を所持しているメンバーは少なく、時計があった者も、なぜか動かなくなっていた。ただ、ここまでそれで苦労することがなかったのだ。
「いや、もう外野でいいよ。あれ、どう見ても外野だし、そっちは内野だろう。なんなら、ベースでも置くか?」
秀樹が遼四郎に助け舟を出した。エリーに不思議な顔でまっすぐ見られて、猛烈な恥ずかしさに苛まれていた遼四郎だが、この言葉でなんとか立て直した。
「以後、石壁沿いは外野、反対側は内野、手前はライト線、向こうはレフト線と呼ぶ。以上!」
そこまで言って自分で笑い出した。
「ダメだこりゃ。俺らやっぱ野球部だわ」




