表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/87

38話 やっぱり、それでも、野球をしよう

 翌日、ハーマンが目を覚ました。気づいたエリーが、最初に呼びに行ったのは、富夫だった。

「ハーマンが、起きたよ!」

 軽く演習場を走っていた富夫は、その声を聞いた。突然、方向をエリーの方に向けた。走る。そのまま、すごいスピードで、エリーの横を駆け抜けた。

「ハーマン! 大丈夫か?」

 富夫の顔を見て、ハーマンは笑った。握手した。ハーマンの手はまだ弱い。でも、握り返してきた。それでこそハーマンだ。

「お前が見つけてくれて、陸が蘇生させてくれたんだよな。ありがとう」

 富夫には、ずっと笑っていた。でも、その後、ハーマンは口を利かなくなる。

 征竜隊のメンバーを見ても、手を上げるだけで、話しかけない。ジュリアンとグレッグには、少し離れたところから、頭を深く下げた。でも、それだけだった。

 竜掃使りゅうそうしたちと顔を合わせると、複雑な表情をした後に、軽く肩を叩く。そのまま、誰もいないやぐらに上ってしまった。

 イーデンと、数人の竜掃使が遼四郎りょうしろうのところにやってきた。

「ハーマンさん、櫓から飛び降りるとか、しないですよね」

「そんなヤツだっけ?」

 遼四郎は、あえて明るく返す。

「ハーマンさん、なんか食った方がいいんですけど……」

 イーデンが、軽い粥など、水や食べ物を用意してきている。

「わかった。俺にまかせてくれないか? みんなはやることも多いだろう?」

 遼四郎の言葉に、みなが安心した。それを持って、遼四郎は櫓を上っていった。


 次々に階段を上がっていくのだが、ハーマンはいない。ようやく、見つけたのは、屋上の手前、最上階だった。外の方を向き、ぼんやりと座っている。

「ハーマン、いいか? 入るというか、近くに行くぞ」

 ハーマンは黙ってうなずいた。いつもの彼の気配じゃない。

「竜掃使のみんなが心配して、メシ用意してくれたぞ。ここに置くからな」

 遼四郎は、そっとしておくのがいいのだろうと思った。だから、離れようとした。

「すまん、遼四郎。そこにいてくれ。お願いだ」

 ちょっと驚いたが、そんなパターンもあるなあ、と思う。遼四郎は笑って、その場に寝転がった。ハーマンは考えているのだろう。黙って、時間を過ごす。

「俺、これからどうしたらいいんだろうな……」

 ハーマンから出てきた言葉に、そうもなるな、と感じる。たぶん、ジャスティンと一緒に死のうとしたんだろう。でも、自分は生きている。想定してなかったのだ。

「あわてて、何かしなくてもいいよ。戦場の呼吸で答えを出さなくていい。今は戦ってる時間じゃない。生きてる時間だ」

 アスリートには、瞬間的に答えを出そうとするクセみたいなものがある。でも、生きてる時間は、そうじゃなくていい。迷うのも、生きている証だ。

「決めなくて、いいのか?」

「いいんだよ、そんなことは。後でゆっくり考えろ。その豊かな時間こそが、ジャスティンたちが俺たちにくれたものだ」

 その言葉に、ハーマンが涙を流し、嗚咽する。遼四郎は、黙って寝転がっている。ハーマンの気持ちが落ち着くまで、また、少しの時間が過ぎる。

「やりたいことは、ないか?」

「腹が減った……」

「だから、みんながメシ用意してくれたって……。そこにあるよ」

 遼四郎はハーマンを見ない。メシを食う音がする。すごい、腹が減っている食い方だ。

「野球が、したい……」

 ハーマンのつぶやきに、天井を見ている遼四郎が、大きく口を開いた。

「ハハハ、そりゃいい。そうだ、今日は軽く試合しようぜ。思いきり遊ぶんだ!」

 いつも、野球がやめなたくなったヤツと、遼四郎はこんな感じで話をした。正則と勝利と富夫は2回ずつあった。陸と一也もあった。遼四郎自身のときは、耕平が聞いてくれた。ハーマンも似たようなもんだと思った。でも、違う。

 彼は野球がしたいと、言ったのだ。

 

 昼飯を食ってる中、遼四郎がみんなに提案した。

「武器や兵糧の運び込みも終わったし、午後は夕飯と風呂の準備くらいにして、手の空いた者は休憩にしようか」

 衛門府えもんふの兵も、竜掃使たちもうれしそうな顔をする。ジュリアンとグレッグも賛同した。

「で、やりたいヤツは、野球をしよう。あっちの角で、試合形式でやってみよう。もちろん、やったことない人もいる。ここには、なぜかグラブがいくつかあったし、征竜隊の駐屯地からも道具を取り寄せた。やってみたい人には、俺たちが教えるよ」

 竜掃使の中には野球志望者がすでに多い。衛門府の兵たちも、ジュリアンやグレッグがキャッチボールをしているのを、うらやましく見ていた者がたくさんいた。

「やる。やりたいです!」

「おぼえて、兵役終わったら、グラブ買って田舎に帰るつもりです。子どもとやりたいんです」

「おもしろそうだと、思ったんです。俺らもいいですか?」

 思った以上に希望者が多かった。でも、遼四郎はうれしい。

「わかった。ただし、道具も限られてるから、ケンカせずに仲良くやろう。野球はな、相手を思いやることが第一なんだ。ひとりでボール投げたら、ひとりで捕りに行くよな。でも相手がいると、投げ合える。相手のおかげで楽しいんだ。チームつくっても、相手がいないと、試合なんかできない。相手チームもお互い様だから、ちゃんと試合を成立させることが最優先の目的になる。それを妨害するヤツは、ルール違反なんだ。そんなヤツは野球禁止だな」

 ジュリアンはおもしろいな、と感じた。竜と殺し合うのでも、政敵を蹴落とすのとも違う。相手と勝負するはずなのに、実はその相手と協力して、ひとつの結果をつくりあげているわけだ。野球のようにできれば、国なんか、本来はうまく回るのだろう。

「それから、やってみると、上手にできるヤツもいれば、ヘタクソもいる。でも、野球はチームで強くならないと勝てないんだ。けっして、ヘタクソをバカにするな。上手にしてやろうと思うこと。いや、上手じゃないのは、自分のせいだと思え。不得意はみんなあるんだ。それをカバーし合うのがチームなんだ。ちょっとの上手を鼻にかけるヤツなんかは、実はいちばん、役立たずになる」

 エリートタイプによくある思考パターンを、遼四郎は忘れずにやっつけておいた。衛門府の兵たちは、今、必死に聞いているときだった。言葉が滞らずに通っていく。

「じゃあ、グラブが40くらいある。竜掃使と衛門府に15ずつ分けて、互いにひとりずつの組み合わせでキャッチボールをしてみよう。一也と勝利かつとし、ちょっと、見てやってくれ」

 ふたりは手を上げて了解した。かんたんな野球教室みたいなものだ。

「で、俺たちはあっちで試合だ。別に勝ち負け競うわけじゃない。みんなで野球して遊ぼう。俺たち野球部は専門のポジションにはつかない。打席もいつもの逆でいい。普段からたいしたことない俺たちが、さらにひどい選手になる。女子は、まだ野球をはじめて一ケ月だ。自己申告で好きな守備やっていい。打席も普段通り。たぶん、女子たちが戦力の中心だな。竜掃使や衛門府のみんなは、最初は征竜隊駐屯地での経験者から入ってもらう。指示に従って守ったり、打ったりしてみてくれ。失敗してもいいんだ。楽しむのが目的だ」

 猛烈に楽しみになってきた女子たち。さらに、竜掃使と衛門府の兵たち。


 遼四郎はゲームには補助的に出ながら、監督をやった方がみんな楽しめると思った。

「俺はこっちで監督やるよ。そっちは、秀樹がやってくれよ」

 秀樹は了解して手を上げた。すると、耕平が言う。

「じゃあ、俺もこっちな。秀樹を助けて、勝ちに行くぞ」

 竜掃使たちが、盛り上がる。征竜隊の空飛ぶ風の戦士ふたりが、分かれた格好だ。女子たちも、軽く打ち合わせした後に分かれる。遼四郎側にエリーとヨーコ。秀樹・耕平連合にハンナ、リサ、そして、ケイ。

 先攻は遼四郎側だった。しかし、秀樹と耕平は策士だ。二ッと笑って出したピッチャーは、なんとハンナだった。

「ひ、卑怯だろ! なんで左の剛球投手を出すんだよっ」

 遼四郎は文句を言う。だが、ハンナはマウンドでかわいく笑っている。

「キャプテ~ン、私まだ、野球暦1ケ月の初心者でーす。がんばりまーす」

 そう言いながら、長い足を上げる。柔軟な四肢がしなり、左手からボールが弾かれる。伸び上がるようなキレイなストレート。こっちの一番バッターはひろしだっだ。しかし、左打席。思いきり空振った。

「な、なんちゅう球投げるんだよ……。プロ注(プロ注目選手)か?」

 宙があっけにとられる。ハンナはマウンド上で上機嫌だ。秀樹とリサ、耕平とケイらが、手を上げて笑っている。

 ハンナのピッチングは傍から見てもかっこいい。見ている竜掃使と衛門府の兵が、俄然、盛り上がってきた。


 キャッチボール組では、竜掃使と衛門府側から、15人ずつがグラブをつけて出てくる。バカみたいに列をつくって並ぶのは愚であると気づいたらしく、両方とも自分たちで順番を決めていた。秩序が勝手にできている。一也と勝利が、かんたんに手本を見せて、説明をはじめる。

 だが、竜掃使にも衛門府にも、多くはないが、女性兵士たちがいる。彼女たちの目は一也に集中した。イケメンの動作をガチ見し、そのボイスは聞き逃さない。一也の言うことはなんでも通った。ムッとする勝利。

「もういいよ。一也が全部しゃべれよ。アホらしい」

 それでも、竜掃使と衛門府のみんながボールを投げ合うと、あちこち回って、声をかけた。勝利だって、彼らが野球好きになってほしいのだ。

「野球やってると、友達もできるし、彼女や彼氏ができるかもしれない。楽しいと思ってやろう」

 いつも、野球部を否定していた男が、偽らざる気持ちで、そんなことを言っている。メガネの奥の目も、楽しげだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ